仲間たちは詮索する
「ハァイ、アリー♪今日はお招きありがとう!」
「ハル、レイ。いらっしゃい!今日はのんびり寛いでくれ」
「……………………………。」
アハルティカとレイバンは、結婚式後初めてマーナガラム家の新居へお呼ばれ(『押し掛け』とも言う)していた。
歓迎してくれるアリアナとは対照的に、ヴォルフは渋々である。2人だけの愛の巣に、他人を踏み込ませるのが相当に嫌らしい。「…お前ら、新婚夫婦に気が遣えないのか」と言わんばかりのジト目でこちらを睨んでくる…。
が、アハルティカはそれをサラッと無視した。レイバンも同様である。
「こちら、引っ越し祝いです。どうか受け取って下さい」
「わあっ!良いの?わざわざありがとう……って。
…こ、こんなに沢山??」
サッ!と背後から出された箱の山に、アリアナが目を丸くしている。アハルティカは得意気に、レイバンは少し申し訳無さそうに、それぞれ笑った。
「本当はもっと早く渡すべきだったんですが……少し遅くなってしまったでしょう?なのでその分、上乗せしておきました」
「私たち2人でね?張り切って選んだのよ!
こっちは食器、こっちはスリッパ!で、こっちは育てやすい観葉植物…小さくて可愛いの!……で、これは入浴剤でしょ~?」
「あとはね~…」と畳み掛けると、ヴォルフがついに観念した。
「…分かった!!分かったから………はあ、
……………もう早く入れ……」
「「お邪魔しま~す!」」
「……いやマジで。ほんっとに『邪魔』なんだからな…?お前ら、自覚しろよ…?」
と、すれ違いざまにヴォルフが低く唸る。それを聞きつけたアリアナが「ヴォルフ!折角お祝いに来てくれたのに、なんて言い方するんだ!」と窘めてくれていた。
◇◇◇
───ペラ、ペラ……、
と通されたリビングで捲っているのは、アルバムである。アハルティカはそこに挟んである写真を、1枚1枚指でなぞりながら楽しく眺めていた。それを、レイバンとアリアナも覗き込んでいる。
写し込まれているのは、異国の風景。
「あらっ…!この写真……」
「ん?……おぉー…!」
アハルティカとレイバンは、揃って声を上げた。
見ていたのは、夕日の沈む海で撮られたヴォルフの写真。険の無い顔つきで、少年のようにニカっ!と笑っている。
「すっごく良いじゃない!あなた、カメラ上手ね。写真家になれるわよ、アリー!」
アハルティカは、手放しでその出来映えを褒め称えた。すると、アリアナが照れたように笑う。
「そんな……、たまたまさ。写真を撮ること自体、それが初めてだったんだから…。
私が凄いんじゃなくて──きっと、被写体が良いんだね」
そう言って、アリアナが小さくはにかむ。
「………」
(──…やだ。可愛い)
と、アハルティカの胸はうずうずした。
(謙遜しているけれど、褒められるのは嬉しいみたい。……それは、写っている相手がヴォルフだから???)
「…いーえ!カメラマンが良いのよ。だってヴォルフのこんな良い表情、今まで誰も撮れなかったんだから。ねー?レイバン?」
「ええ。その通りですよ、アリー。これは自信を持って良い特技だ」
そう言ってレイバンと一緒に賛辞を送ると、アリアナは今度こそ「…嬉しい。ありがとう」と言って笑ってくれた。
「…あ。ねぇ、アリー?」
「??なあに?ハル」
「…なんか、いい匂いしない??」
「…本当だ」
「…あっ!」
アハルティカとレイバンが、食べ物の匂いを感じ取って訊ねると、アリアナが「いけない!」と慌て始めた。
「そうだった、スコーンが…!!
…ちょっとそれ見て待っててくれ!すぐ戻る!」
そう言って、アリアナが軽やかにリビングを出ていく。…どうやら来客である自分達のために、予めおやつを焼いてくれていたらしい。
「…………今のうちに…」
「ん??おい、アハルティカ何を……」
取り残されたアハルティカは、1枚の写真に手を掛けた。レイバンが聞いてくるので、悪戯っぽく笑う。
「この写真だけ2枚分の厚みがある……触った感じで分かるわ」
「………確かアリーは、『アルバムを作ったのはヴォルフだ』って言ってたっけか……」
さっきまで、アリアナは楽しげに写真の説明をしてくれていた。にも関わらず、これについてはノータッチだった、ということはつまり……。
アリアナにさえ、知らせることが無かったヴォルフの『秘密』が──今、ここに収まっているのだ。
「…気になる?」
「気になる。」
「そう来なくちゃ!」
迷わず秘密の暴露を選択した共犯者に、アハルティカは笑う。
───カサ、
と満を持して、挟み込まれた写真を丁重に抜き取ると。
その何気ない風景写真の下から出てきたのは……肩から上の、眠るアリアナが写った写真だった。
「「………………………」」
シーツの海に横たわっている、アリアナ。
力の抜けた顔は幼子のようだ。額にはおそらく汗で湿ったと思われる髪が、ぺたりと張り付いていた。…その僅かに上気した頬に、誰かの指先が優しく添わされている─────多分、ヴォルフの左手だ。
「「………………………」」
(──…なぜアリーに黙っていたのか分かった。…だって、これってどう見ても事後の………)
「おい。」
「「!!!!」」
突然声を掛けられて、2人はビクン!と肩を跳ねさせた。
────ヴォルフだ。
封を開けた引っ越し祝いの品達を、早速各所へ配置しに行っていたヴォルフが…………今、リビングの入口にいる。
「……………それ。………何見てる?」
「……アルバムだよ。お前達が行った新婚旅行の時の。
アリーが見るのを勧めてくれたんだ。いやぁ良い写真ばかりだなあ」
入り口側の席に腰かけていたレイバンが、大きな体をヴォルフに向けるようにして捻る。そうやって、隣に座るアハルティカの手元を、自然に隠してくれた。
その隙に急いで──かつ慎重に、写真を元通り差し直す。
「…ね。楽しそうで羨ましくなっちゃった。
あんたも見る?」
「……………、」
トン、トン、と狼の足音が近づいて来るけれど、動揺を見せてはならない。
「…………………」
「「……………」」
目の前に来たヴォルフが、手元のアルバムに目線を落とした。
(──ば、バレてないわよね……??)
「「……………」」
「……いや。俺は良い」
───「散々見た」。
…そう言って、ヴォルフがアルバムを取り上げた。
────パタン。
とそれが閉じられる。
「お茶。準備が出来たってよ」
「「ワーイ、ヤッター!」」
アハルティカとレイバンは、すっくと立ち上がり、いそいそと部屋を出ようとした。──その時。
「あまり、詮索はするなよ?」
「「……!」」
振り返ると、アルバムを手にしたヴォルフが歯を見せていた。
笑っているのか、こちらに牙を剥いているのかは定かではない。
……と言うか、それを明らかにする度胸が自分達にはなかった。
ヴォルフが『自分しか見ることが出来ない』と悦に入っていた獲物の顔。それを、自分達がほんの僅かでも垣間見てしまった、だなんて知られた日には………
とても命の保障は出来かねる。
…そう判断したためだった。
この後、ヴォルフによって写真は泣く泣く抹消されました。