狼商人は丸め込む
剣術大会2日目の模様です
「ああ、試合数が減ったからか…。かなりお客が集中するようになってきたな……」
「全然座れるところが無いわね…」
「しかも、こっちは3人だしな」
ヴォルフとアハルティカ、そしてレイバンの3人は、他の観客に紛れてぞろぞろと歩みを進めていた。
目当ての試合を見るために移動するお客達で、観覧席は揉みくちゃだ。
けれど、多分自分達はマシな方だ。アリアナに貰った券のおかげで招待席に座れるから、やや倍率は下がっている。……はず。
「ジャック、次もなんとか勝てると良いわね」
「だな」
アハルティカの言葉に、ヴォルフとレイバンは頷いた。
ベルガレット相手の初戦以外、特に危なげもなく上位64名の枠を勝ち取った婚約者様。彼女に比べると、ジャックの勝ち方は随分と危なっかしい。きっと彼の鋭敏すぎる聴覚が、この大歓声で使い物にならなくなっているせいだろう。
耳には頼らず、相手を視界に入れるよう一生懸命立ち回る…。
が、飛び道具を使う相手などには意識が分散してしまうようで、実は初回からかなり苦戦していたのだ。だが、それでも彼が地道に研鑽を積んで来たことは、素人目にも明らかだったのである。
…………確かに『危なっかしい』。
けれどそれは『見応えがある』とも言えた。
「……………」
(当たりが悪ければ、今回で敗退しちまうかもな………)
と、ヴォルフは冷静に考える。そして、存外必死に空席を探していた。
応援したところで、勝率が上がるわけでもないことは分かっている。…が、出来ることならその行方を見届けてやりたいと思ったのだ。
「あ、あそこ空いたぞ!」
ヴォルフが声を上げる。丁度2人連れが2組、席を離れたのだ。
それを見逃さず、場所を取ろうと近付いた時。
「あッ!!!」
「「「???」」」
同じく席に着こうとしていたんだろう。反対側から歩いて来ていた人物が、大きな声を出した。
「あ、あ、あ、あなたは~~~っ!!!
『ヴォルフ・マーナガラム』っ!!」
「……?」
一瞬、反応が遅れる。それは今日、相手がエプロンを着けていなかったからだ。
「───ああ!なんだ…」
「知り合い?ヴォルフ」
「おう、妹だよ。ジャックの」
訊ねてきたアハルティカに、ヴォルフは答える。
(──1番目の妹で、確か名前は………「ルカ」だったか??)
「そっちも兄貴の応援か?俺らもなんだ。隣に座っても?」
そう問い掛けると、ルカは目を怒らせた。
「~~っお断りします!!」
「……ええ~~……???なんかあんた、嫌われてない??」
「何したんだよ、ヴォルフ」
「何で俺が『何かした』前提なんだよ…何もしてないぞ」
と、ヴォルフが肩を竦める。
「な、何もしてないですって…!?
……しらばっくれないで!私、あなたがアリーと『契約』で結婚しようとしてるの、知ってるんだから!!ネタは上がってるの!」
ルカが大きな声を出す。周りもうるさいので、大して目立ちはしていない。アハルティカとレイバンは、目を合わせた。
「ああ、その話か………。まあ、落ち着けよ」
「『落ち着け』!?落ち着けるわけないでしょう!一体何なのあなた、突然やって来て……!お兄ちゃんがどれだけ傷付いたと思ってんのよ??!!」
「………。」
「ふんっ、でも今に見てなさい?!愛の無い婚約なんて、うまく行きっこないんだから!
きっとアリーの目もすぐに覚めちゃうわ!」
「……………………はあ、」
一方的に捲し立てられ、ため息を吐くことしか出来ない………
─────なんてことは無く。
「あのな…………。
俺とアリアナは、確かに『契約』だけど。別にそれを強要した訳じゃない。他でもない彼女がそれを了承してるんだ」
「!な…」
呆れたように言い返すと、ルカが目を見開いた。ヴォルフは構わず、肩を竦めて続ける。
「それに、『俺が現れなきゃ未来は違ってた』みたいな口振りだが、それはどうだろうな??
お前の兄貴が日和ってるのは、今に始まったことじゃない。だろ??」
「……!!!ち、違っ……それはアリーが貴族で……お兄ちゃんが、平民だから……」
「ああ、そうだ。その通りだ。
俺とジャックの条件は、根本的に同じなんだよ」
ヴォルフはそう頷いて見せた。その後、上唇を捲るようにして笑う。
「…だったら、『最初からビビってる奴』と『そうじゃない俺』。
───結果は明らかだろ??」
そう言うと、ルカがスカートを握り締めた。
「………でも、『契約結婚』なんて。
──お兄ちゃんの方が………っ!、…お兄ちゃんだって…!!」
みるみるうちに、大きな赤銅の瞳が潤み出す。
「…『ずっと前から好きだった』、ってか??
ハッ…!恋愛が早さと長さで決まると思ってんなら、大した『純愛』だな」
「………!!!、っ」
鼻で嗤うと、ついにアハルティカが止めに入った。
「ちょっとちょっと!あんた、容赦無さすぎ!!止めなさいよっ!!」
「何でだよ。世間知らずが大怪我しないうちに世の中のこと教えてやるのも、大人の務めだろ」
「それにしたってやりすぎよ……っ!
……ね??怖かったわよね……妹ちゃん…?」
「うっ、………うぅ~~……」
「やだ、泣いちゃったわ。…可哀想に、こっちにおいで~?」
アハルティカが、ルカを抱き締める。
「何だよお前、そっちの肩を持つのか??俺は間違ったこと言ってないだろ?」
「ヴォルフ……。間違ってなかったら酷い言い方しても良いってわけじゃないだろ??お前、大人気ないぞ」
と、レイバンが苦言を呈してきた。
「ね~?お兄ちゃんのためを思って、熱が入っちゃっただけなのにね??」
「…………、…、」
こくこく、と頷くルカを、アハルティカが「よしよし」と頭を撫でてあやす。
「ごめんな~…妹ちゃん。根は悪い奴じゃないんだよ…。少しだけ、話を聞いてくれるかな??
…………ほら!女の子泣かしたんだから、謝れよ。ヴォルフ」
「……………」
「……今謝らないと後悔するぞ?」
「………。…はぁ………分かったよ…、」
ヴォルフは渋々、ルカに歩み寄った。
「……………、…悪かった。謝るよ」
「………」
「……でも、俺にだって譲れないものがある。
目的を叶えるために、相応の努力だってしているつもりだ。…誰よりもな」
「………」
黙ったままのルカ。ヴォルフは少しだけ、声音を優しくした。
「まあ…その一環として…、…『アリアナが大切にしてるものは、俺も大切にしたい』…とは思ってる。
つまり……彼女の親友と、その妹をだ」
「……!」
「兄貴を悪いようにはしないよ……約束する。
───もちろん、アリアナのこともだ」
………くすん。とルカが鼻をすすった。
「………お詫びに、ミズガルダのコーヒー豆を安く<R's>に卸す……ってのはどう??」
「!」
すると、涙では無い光が彼女の瞳を煌めかせた。
「………ビールもですか??」
「………ビールもだ」
ルカは目元を腕で擦った。涙はもう流していない。
「……私も、…突然突っ掛かってごめんなさい」
「ああ……良いよ。これで手打ちにしよう」
「……依頼書は、うちに取りに来て下さる??」
「分かった。近いうち商会の人間を行かせるよ。その時詳しい話をしよう。
……これからよろしくな?店長代理さん」
「ええ。よろしくお願いします、ヴォルフさん」
…そう言って、ルカは席を外した。
目線をステージに遣る。試合はとうにジャックの勝利で終わっていた。………やはり、応援の有無などは勝率に関係無かったらしい。
「……おい、お前ら。演技の割には随分熱が入ってなかったか?」
片眉を吊り上げて問うと、アハルティカとレイバンはけろりとして言った。
「そりゃあ入るわよ」
「実際、ジャックはいい線行ってたからな。乱入してきたのがお前じゃなければ、チャンスはあったろうさ」
「女慣れしてるけど、鼻につく感じじゃないし」
「きっと、妹達や接客で身に付けたんだな」
「コミュ力高くて真面目だし、優しいし…」
「うん。ジャックは優良物件だよ」
「同情しちゃうわ、そりゃね」
「……………。」
自陣に攻撃的な悪役と優しい味方を配置して、頑なな交渉相手を懐柔する手口は、商売をする上で結構メジャーだ。今回もコーヒーとビールで済ませることに成功したが……仲間達に半分寝返られていたと知り、ヴォルフは苦虫を噛み潰したような顔をした。
(まあ、『アリアナの両親に契約云々をバラす!!』とか言い出させずに収められて良かったか……)
もしそうなったら、こちらも然るべき処置をしなければならないところだった。それだけは避けたい。
「、」
(──『それだけは避けたい』…??)
「……………」
(……違うだろ)
と、ヴォルフは自分を叱り飛ばす。
(俺が『避けたい』のは、この『契約結婚』の失敗。その1点のみのはず。それを脅かすものを排除するためなら……場合によってはもっと非情な決断だって、下せるようにすべきだ)
と、ヴォルフはそう考えた。が、胸にもやもやしたものを感じて黙り込む。…やはり、最近の自分はおかしい。進んで、回りくどいことばかりを選んでいる気がする。
アハルティカは、そんなヴォルフには構わず発破を掛けた。
「アリーがあんたを選んだのは、紛れもなく『契約』のおかげよ。じゃなきゃ見向きもしてないわ」
「努力しなきゃね」、と。
そう言われて、ヴォルフは思いを馳せる。
………最近、やたら堪らない気持ちにさせられている、件の婚約者様へ。
「……………分かってるさ」
──だから、自分は正しくなければならない。
(─────リアの『契約相手』として)
▼対応しているお話はこちら 「兎騎士は酒を注ぐ4」
https://ncode.syosetu.com/n0111gi/23/