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洋裁師は語る2

 そこからはトントン拍子だった。


 アハルティカと名乗った女性は、その場で「是非うちの会社に来て欲しい」と熱心にスカウトを持ち掛けたかと思うと「…え?え?」とまごつくこちらの様子を見るやいなや、「彼女をくれるならいくらでも払うわ!」と、店主から金で黙らせようとしたのだ。


 「──ちょっと待って下さい!」とそれを一旦保留にし、両親に相談する。

 反対されると思っていたのだが………、娘が『お人形』以外のまともな人間と交流を持ちたがったのが、余程嬉しかったらしい。あっさり「やれるだけやってみなさい」と言って送り出してくれた。



 本格的に服を作れるとなれば、そちらを選ばない理由は無い。



 エミリーは、しっかりとアハルティカの手を取った。そして、晴れて自分の店を構えるに至ったのである。




◇◇◇




「はあ…………」


 店の2階にある自室で目覚めたエミリーは、昨晩と同じため息を吐いていた。あの後、しばらくドレスのデザインを考えてみたのだが………全く良案は浮かんでこなかったからだ。


(こうなったら仕方ない………ヴォルフさんのを先に仕上げよう…)


 エミリーは起き上がり、アスガルズ支社のレイバンに連絡を入れた。ヴォルフの直電は知らされていない。

 用件は、「舞踏会用のお召し物についての相談」である。



 レイバンから伝えられた面会時間をメモに取り、電話を切ってから適当に身なりを整え、店を出る。




「…………………」


 …鍵を閉め、まだ看板の掛かっていない我が店を見上げた。


(当時は、『もっとやれる』と思ってた………)


 エミリーは窓越しに、店内の陳列された服を眺める。


 どれも、「なんとか形にしました」といった作者の内情が伝わってくる、ありきたりな洋服たちだ。出来に応じて、売り上げもそこそこ。


(それでも…………。私にとっては、これが精一杯……)


 と、エミリーが力無く肩を落とす。


 都会に出て、世にある素晴らしい服を見るたび、エミリーは打ちのめされてきた。

 そして何度でも、自分の「ヤバさ」を再確認するのだ。



 ……だって。どこにも居ない。

 ()()()人形相手にしか使ってこなかった──そんな腕で、勝負をしている洋裁師、なんて。



 ……所詮人形。所詮独学。



 そういった『所詮』が自分の周りに渦巻いているのを感じて、エミリーは泣きたくなるのだ。


 悔しいのか悲しいのかは分からない。分からない程に、自分は中途半端だ。これ1本でやっていく覚悟もないから、店の名前すら未だに決められなくて。



 これまで向き合ってこなかった『このままではいけない』という漠然とした不安。もう、それと並走し続ける体力が、エミリーにはない。


(……だから、最後に。それを振り切れるくらい、全力になってみたかった。勝負したかった。今回に、掛けてた。……………なのに)



 アリアナは、協力的では無かった。



 ということは──もう、そう言うことなんだろう。


「あは……」


 エミリーの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。


 ──自分は駄目だったのだ。このまま、何となくのありきたりな服を、一生作り続ける。そういう運命────。



 <doll(仮)>。



 中途半端な自分に似合いの、何とも素晴らしい名前ではないか。




◇◇◇




「作業しながらで悪いな。ちょっと立て込んでて──」

「いえ………」


 商会長室にて書類に目を通し、次々と処理していくヴォルフ。

 こんなに忙しそうなのに、面会を後日へ回さなかったあたり、舞踏会の出来に社運がかかっているのは間違いなさそうである。


 それを感じて、エミリーの背中に冷たい汗が流れた。


「舞踏会で着る洋服の話、だったよな。それで?ドレスの進捗はどうだ?」

「あ、ハイ……あの…。ぼちぼち……です」

「…………何?」


 歯切れの悪さに引っ掛かったのか、ヴォルフがこちらを見た。


「俺は、『アリアナが気に入る最高のドレス』をお前に依頼した……。そうだよな?」


 片眉を吊り上げたヴォルフが、手を止める。美しさが冷たさを演出し、ただでさえ緊張するのに胃の中のものを戻しそうだ。……朝食を食べなくて正解だった。


「……………はい……………」


「なら、『ぼちぼち』で満足出来ると思うか?」


「……………いいえ……………」


 血を吐くように答えると、彼がふう、とため息を吐いた。



「エミリー。お前、さては俺の燕尾服に合わせてドレスを仕立てようとしてるだろ」



 ─── ギ ク リ 。


 と、細い肩が震えた。…普通は逆だからだ。


「いいえ!その……」


 咄嗟に、言い訳しようと口が動く。


「アリアナ様に伺ったのですが───特に希望が無いようでしたので………」


 「……先に、ヴォルフさんの服から仕上げようかな、と──」。そうもごもご伝える。


 すると、ヴォルフが綺麗な指で形の良い顎を擦った。


「…『希望が無い』??本当に??」


「ええ。『全部任せる』、と。そのように仰って───」


 参考までに覗かせてもらった、アリアナのクローゼット。エミリーは、そこに収まっていた服たちを思い起こしていた。


 ──どれもこれも、一級品。こちらが尻込みするような、庶民には手の届かない布を、ふんだんに使った数々のドレス。



「………まあ…。もし私のドレスが気に入らなくても、着ていくドレスには困らないでしょうから。

…然程興味が無いんでしょう」



「────、」



 棘の生えた言葉。それを聞いて、ヴォルフがぽかーんとした表情を浮かべた。それから、プッ!と吹き出す。


「じゃ、俺から伝えとく。なんか、ひらひらで可愛い、女の子っぽいやつ」

「!……そう仰っていたのですか?」

「ああ。前にな」

「……………」


(なんだ、着たい服あるんじゃない!なら古典的なドレスの型をそれっぽく応用すれば、それなりの……)


 早速思考を巡らせ始めたところを、ヴォルフに遮られた。


「なあ。」

「はいっ?」

「前にさ、お前が作ってくれたスーツ。…覚えてるか??紫色のヤツだ」

「え、ええ…。覚えています………」


 たしか、『貴族との商談用に』と依頼された服。一流の素材を取り寄せ、一流の製法を真似て。そうやって、何とか形にした代物。


「お前には伝えそびれてたんだけど…。アリアナがさ、べた褒めだったよ。


『貴族と渡り合うだけの教養を感じる』………ってな」


「!…………でも、あれは──」


 途端、心の内が妙な罪悪感で一杯になり、エミリーは口を開いた。が、その先が続かない。



「“私の『本気』じゃありません”───ってか?」



「!!」



 ヴォルフがニヤリと笑う。見透かされていた事に、心臓が嫌な音を立てた。


 …だってそれを着て、彼は実際にお貴族様と対峙したのに。



「──ッ申し訳ございませんでした!!!」



 地面に頭を打つ勢いで謝罪する。…が、ヴォルフの対応は余裕だった。


「いいよ。個人的な感情はどうあれ、周りからは狙った評価を得られてるんだ。なら、最低限の基準は満たしてる。だろ?」


 「それに、着るものにもあんまり、拘りないしな」と、さっくりそう言われ、勝手ながら複雑な気持ちになる。

 どうやら…彼の実力の前では、服など添え物にしかならないらしい。ゆえに、その出来はこちらが思うほど、彼にとっては重要じゃないのだろう。


 知らぬ間に、何とも言えない表情を浮かべていたようで。それを見留めたヴォルフが、苦笑して言った。


「悪く思わないでくれよ?

これでも俺は、お前を拾ってきたアハルティカの審美眼を、かなり信用してるんだ──いや。それを言うと、アハルティカを引き込んだ俺自身の目を……ってことになるかな」

「…………」


 言われて、目線を下げる。どこまでも無力な自分が、いたたまれなかったのだ。


 しかし、その一拍後。

 ふっ…、と驚く程柔らかい笑い声が聞こえ、エミリーは瞬きをした。



「でもな────あいつは違う。



リアは、お前自身の腕を信じてるんだ」



「……!!」


 優しく、恋い焦がれる人を思い出すような、視線。紫のスーツを褒められた……その時の事が、彼の頭を過っているのか。


 …目と目が合う。瞳からは穏やかさが消え去り、まるで火花が散っているかのように苛烈だった。


 …それはもう、こちらへ引火しそうな程に。



「──そう言う人間には、どういう『返し方』をするのが筋か………もう分かってるんだろ」


「…っ、」



 ……声にならず、こくっと頷く。ヴォルフが満足そうに目を伏せた。


「なら、俺から言うことはもうないな。──さっさと行け」

「っ失礼します!」



 そう言って、部屋を出る。

 支社を出る。

 表通りへ出る。


 ───気付いたら、駆け出していた。




◇◇◇




 店に帰り着くと、なぜか頬が濡れていた。どうやら泣きながら帰ってきていたらしい。


 …悔しいからでも、悲しいからでもない。胸の奥から勝手に込み上げてくるような、そんな涙。


 ぐすっ…、と鼻を啜りながら、店の鍵を開けた。



(アリアナ様は…………私の何を信じてくれたのかな)



 初対面だったのに、嫌な態度を取ったと思う。自分の事ばっかりで。勝手に絶望して。


(それに私って卑屈だし、自信なさすぎだし………)


「……………」


 考えれば考えるほど、意味が分からなかった。

 もしヴォルフが言うように、彼女が期待してくれているのだとして。どうして「全部任せる」だなんて言えたのか。


(──『ただ何となく』??…ううん。それでも良い)


 今やるべき事は、最高の状態で、最高の物をアリアナに贈る。ただそれだけなのだ。




 エミリーは自室に戻り、ベッドの下からトランクを引き摺り出した。


 すー…はー…、と深呼吸を1つ。

 そうして中から引っ張り出したのは、薄汚れてボロボロの『彼女』。


「…………久しぶり」


 エミリーはどきどきしながら声を掛けた。


 ──本当に、久しぶりだ。

 …忘れてしまいたくて。…自分がしょうもない、経験の乏しい人間であることを隠したくて。

 『彼女』をここに閉じ込めた日から─── 一体何年経った??


 そんなに長い間、お別れしていたのに───「今更何よ」と『彼女』は怒るだろうか。


 だが……今思い返してみても、エミリーにとって「最高」だった時期とは、『彼女』と一緒に『彼女』の服を作っていた………あの時以外、あり得なかったのだ。



「……お願い。

私もう一度、最高だった頃の自分になりたいの。


あなた無しじゃ、駄目なの…」



 …………そう言って、ぎゅうと抱き締める。



「……………………………………」


 ─「今更気付いたの?もう。エミリーってばほんと馬鹿ねえ?」。



「……!……あははっ…。…ごめんね…!」


 胸の中で、小さく『彼女』の声が聞こえた。




◇◇◇




 それから久しぶりに、エミリーは作業に没頭した。

 真っ白い紙の束がみるみる減っていき、代わりにドレスのデザイン画が積み上がる。


 その中から、良さそうな物を幾つかピックアップした。


 ─「ひらひらしてて可愛い!私、これ好きよ。あと、これも、これも………」。


「ちょっと!それはあなたの好みでしょ?アリアナ様はもっと、」


 久々に話せるのが嬉しいのか、『彼女』が口を挟みまくるので、エミリーはそれを窘めようとする。…そのとき、ふと湧いた違和感。


(───『もっと』、……なんだろう??)


 ─「『もっと』?」。


「もっと……多分、かっこいい…、よ」


 ─「『かっこいい』?」。


「…うん。そう。シュッとしてて…綺麗で…」


 ─「でも可愛いのばかり描いてるじゃない?」。


「!それは………ヴォルフさんが、そう言っていたから…」


 そう。これから作るのは『アリアナが気に入る最高のドレス』なのだ。その彼女が可愛いドレスをご所望なのだから、これで間違いないはず………。


 と、考えつつ、手元のデザイン画を見つめ直す。



「…………」


 ……どれも良いと思う。ここ最近の中ではピカイチの出来だ………けれど。


 ──それを着たアリアナを、上手く想像できない。


 『彼女』の服を作るときは、『彼女』がそれを着て、飛んだり跳ねたり嬉しそうにするところまで想像出来た。のに。


「…………」


 ──いや。彼女はきっと、飛んだり跳ねたりなんかしない。


(…じゃあ、アリアナ様ってどんな人?)



「…………よし。」



 エミリーは立ち上がった。

 アリアナは騎士だ。普段は王都支部の中に住んでいるから、改めて打ち合わせの時間を取るのは厳しいだろう。しかも、剣術大会?が近いとかで、忙しいと言っていた。


(………それでも、ちょっとでも、彼女を知りたい)


 ─「どうしたの?」。


「…もう一度支社に行くのよ。…あなたも来てくれる?」


 ─「もちろん!」。




 そうやってエミリーは、今朝とは全く違う心持ちでアスガルズ支社の敷居を跨いだ。大きな鞄には、デザイン画と『彼女』を携えている。日は沈みかけていた。



 アポ無しでとんぼ返りしてきたエミリーに、目を丸くさせたレイバンとアハルティカ。


 そこまで頭が回らず、はあ、はあ……と息せき切って、勢いのままやって来てしまったのだ…。

 「まずい、追い返されるかな」と危惧した時。レイバンと目を合わせてから、アハルティカは笑って言ったのだ。


 ──「何、あなた?やっとその気になったの??」、と。



 その後、2人はお茶を淹れてくれた。退勤して人が少なくなっていくオフィスにデザイン画を広げると、それを見てたくさん褒めてくれた。


「へえ……良いな。貴族の服を作るのは初めてなんだろう?なのにすごいじゃないか!」

「ええ、スッゴく良いわ!とっても可愛い!夢みたいね」

「「けど……」」

「……けど……?」

「「…ちょっと、可愛すぎ??」」

「!………ですよね?」


 3人は、うんうんと頷きあった。そこまでは分かる。だけど、そこから先が分からない。


「私、もっとアリアナ様のこと知りたくて……。服作りのヒントにしたいんです。なんでも良いから、教えてもらえませんか……!」


 「アリアナ様もヴォルフさんも忙しそうで……。お二人だけが頼りなんです!」と、エミリーはレイバンたちに頼み込む。


「その…。…お二人はアリアナ様と、お知り合い…なんですよね?」


 そう問いかけると、レイバンとアハルティカは各々体の一部を掻いた。


「いやぁ…、まあ『お知り合い』っていうか……?」

「もう??『友達』っていうか??」


 「「えへへ…」」と笑う2人に、エミリーは愕然とする。


(──『友達』…??貴族のご令嬢が??)



 ──その後。

 アハルティカが楽しそうに語ったアリアナ像は、想像していたものと全く違っていた。


 騎士として強くかっこいいのは元より、「優しい」だの「親切」だの「慈悲深い」だの。まるで、神か何かのように心酔して聞かせるので、困り果ててレイバンを見る。すると、彼も概ね同じことを語り始めたのだ。


「真面目で礼儀正しいんだけど……良い意味で型破りだよな」

「ええ。会ったこと無いわ。あんなに魅力的な子にはね」


「…………………。…ありがとうございました」


 そう締め括られて、デザイン画と取りまくったメモを鞄に入れる。『彼女』も興味深そうにメモを見ていた。




(型に嵌まらない彼女に、1番似合うドレスって………一体どんなだろう?)


 てくてく……と帰り道を歩きながら、エミリーは考える。


 とにかくデザイン案を考え直さなければ。気に入ってもらえる物を作るのはもちろんだが、似合わなければ意味がない……。あの可愛いさ全振りのドレスは、何かが違う。


「!…」


 ───ぴたり、


 と、エミリーは足を止めた。


(…本当に、『違う』のかな………。だってアリアナ様は、嘘を吐くような人じゃないっぽいし………。なら、ヴォルフさんが言ってたことは、彼女の本心……??)


 レイバンとアハルティカの2人は、アリアナを完全無欠の超人みたいに語った。素晴らしい血筋と武力をあわせ持ち、驕らない人格者で、誰に対しても平等で公平だ。と。


 けど………。


(…ヴォルフさんは、『特別』なのかも。だって、『可愛いお洋服が着たい』だなんて、普通の女の子過ぎるもの)


 そういう所を、ヴォルフにだけは見せているのか。だとすれば、彼は相当信頼されているし、アリアナから大切に思われている。


「………………。」


(だったら、良いな………)


 と、エミリーは思った。


 これが自分の空想でなく、真実なら良い──。

 そうであって欲しいと、心から願う。


 ヴォルフのあの緩んだ視線を思い出すと、そう望まずにはいられなかったのだ。

 …きっと彼ら2人は、お互いにとって唯一無二。


「!」


(──そうか)


 違和感の正体が、やっと分かった。

 ヴォルフの言う『可愛いドレス』はきっと、『今のアリアナ』が着たい服じゃないのだ。




 空想の中のアリアナ。

 その隣に、ヴォルフが立った。




◇◇◇




 そこからの勢いは「凄まじかった」、とだけ言っておこう。


 もはや『ドレスを作る』こと以外エミリーの中には存在せず、周りから心配されるほど部屋に籠りきりだった。

 机の上に所せましと並んでいた貴族服の資料も、全て退かす。アリアナのドレスを作る上では、そのどれもが参考にはならなかったのだ。


(既存のドレス型だと、アリアナ様の上背に合わせて拡大した時、裾が幅を取りすぎる。それじゃ駄目だ、彼女はそんなんじゃない。もっとスマートで、スタイリッシュで…)


 ただ大きくて豪奢なだけのドレスなんて、お呼びじゃないのだ。


「だったら裾を絞って………。いや、それだと地味すぎ??」


 ─「おっきく刺繍を入れたら??私のときもそうしてくれたでしょ??」。


「それ良いわね!ならもっともっとタイトに……生地にはハリを持たせて……、」


 ─「でも、それだと『ひらひら』してなくない??」。


「あ……。そっか………」


 新しく見出だした路線の中にも、可愛さはできる限り取り入れたい。けど…………。


「うぅ~~~~~ん………………」




 後日、「どっち付かずになっちゃうんです…」と打ち合わせでアハルティカに溢すと、彼女はけろりとした顔で言った。


「良いじゃない。両立が難しいなら作りなさいよ、何着でも」


「え゛っ…?」


「ヴォルフには、私から言っといたげる。だーいじょうぶよ。『アリーのためだ』って言えば、いくらでも出すわ、きっと」


「……………」


(そうか。あの日忙しくても時間を作ったのは、『社運が掛かってるから』じゃない。…アリアナ様が『特別』だったから)


 そう納得すると、アハルティカが快活に笑った。



「──さあ。どうするの??作るの??」


「……………」



(……正直言って、もう1ヶ月も無いのにドレスをいくつも作るのはキツイ。だけど、だけど───)



「…………作ります!」


「うん!そうこなくっちゃ♪」



 口が勝手に動いていた。アハルティカがぱちん、とウィンクする。取り敢えず2着作る旨を、ヴォルフに伝えてもらった。




◇◇◇




 ────舞踏会、1週間前。


 エミリーはアハルティカと共に、マクホーン邸へと向かっていた。出来上がったドレスを搬入するためである。


 こんなに夢中になって服を作ったのは、本当に久し振りだった。出来映えは最高傑作と言っても良い。どっちのドレスも、きっとアリアナに似合うはず。


(………喜んで、くれるかな………?)


 空想上のアリアナは、物凄く喜んでくれた。

 ドレスを着て、照れたように笑い────「『普通』のご令嬢みたいだ…!」だなんて、摩訶不思議なことを言う。少し鏡の前で、裾をヒラヒラさせたりなんかして。


 どちらのドレスも、彼女の魅力を際立たせ、一風変わったその経歴までもを、貴族社会に溶け込ませるはずだ。


 そのことにホッとして……彼女は一夜限りの貴族令嬢になる。…誰よりも可憐で、美しいご令嬢に。


「……………」


 部屋の応接セットに座りながら、エミリーはどきどきした。もうすぐやって来る彼女は、どっちを選ぶのか…。


 ドレスの色は、ギリギリまで迷った。可愛い方のドレスはすぐ決まったけど。…こっちの冒険した方は、最初淡色にするつもりだったのだ。


 けど、─「絶対青が良いわよ!目の醒めるような青がね。彼女には青が似合うの!」と『彼女』がごねるので……結局押し切られて、青色にした。


 実際、良いと思う。可愛さから外れたデザインにしたので、せめて色で帳尻合わせができないか……、と思案していたのだが。こちらの方が、断然良い。


 それに何より、このドレスを纏ったアリアナの隣には、当然のようにヴォルフが立つから。



 ──そして、2人は優雅にダンスを踊るのだ。アリアナははにかんで、彼の手を取る──。



 それはとても幸福な光景のように思われた。出来れば現実でも、そうであって欲しい。『今のアリアナ』が気に入るのは、きっと────


「……選ぶのはアリーよ?」

「う…。そうですよね…」


 ハンガーに掛かった青いドレスを期待一杯に眺めていたのを気付かれたらしい。アハルティカに諭され、エミリーは黙り込んだ。


(──でも、そう祈らずにはいられない。『ヴォルフさんの気持ちが報われたら良いのに』と思わずには…)



「──ごめんなさい!待たせたね!!」

「!!」


 そう言いながら、扉を開けて走り込んできたアリアナ。


 思わず立ち上がったエミリーに気付き、アリアナが笑った。


「君のドレスが出来るの、すごく楽しみにしてたんだ……!だけど、支部から呼び出しがかかって…」


(!!!た、『楽しみ』に…………!!)


「…い、いえ!!大丈夫です!!!」


 堪らず大きな声を出してしまい、見かねたアハルティカがコホン、と咳払いをする。


「…で、アリー?私たち、2着ドレスを作ったんだけど…」

「2着も?大変だったろう!」

「エミリーが頑張ってくれてね。力作揃いよ!」

「は、はいっ……頑張りました!」


 緊張で固まるエミリーに、アリアナが小さく笑う。


「そっちに掛かってる2着なんだけど……。


当日はどっちを着ていくのか……。気に入った方を、選んでくれるかしら?」


「もちろん!そうだな………、」


 エミリーは、アリアナの視線が黄色いドレスの方に向けられたのを見て、パッ!と俯いた。



(──お願い。お願い………!!)



 ギュッと目を瞑り、神様に祈る。



「────────こっち!」



「…………、……!!」


 …………恐る恐る目を開けると、そこには青色のドレスを手に取った彼女がいて。


「ど、うして…」


 そう訊ねると、アリアナが笑った。



「どちらも好きだし、期待以上なんだけど……。


──こっちの方が、ヴォルフと合うような気がして」



「………!」


(──やっぱりだ………)


 「間違ってなかった!」とエミリーは唇を噛み締める。


 ──アリアナは、そっちを気に入ってくれた。『ヴォルフの隣に立てること』の方を選んだのだ!!


「それに………、」


 と、アリアナがドレスを優しく撫でる。



「──ありがとう。


…私、ほんとは青色が1番好きなんだ」



 「……でもあの時は、流行りの色じゃないと知って、言うに言えなかったんだよ」と、アリアナは申し訳なさそうに苦笑いした。



 ─「ほうらね。私の言った通りでしょう??」。


 そう言って、鞄の中の『彼女』が得意気に笑った気がした。




 「…それにしても、随分背中が空いてるね?」と困惑気味に言われ、アハルティカがしれっと「そういうデザインなの」と言う。


(…元々半分くらいだったのを「限界まで開きましょ」って言ったのは、アハルティカさんなのに!)


 と、エミリーは内心で突っ込んだのだった。






 ───その後、しばらくして。店の名前が、正式に決まった。


 <Wendy>。


 それは()()()『人形』などではなく、エミリーが初めて服を作ってあげた───大事な大事な、親友の名前だ。





読んで下さりありがとうございます。

▼対応しているお話はこちら 「鹿騎士と狼商人の齟齬」

https://ncode.syosetu.com/n0111gi/25/

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