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狼商人と仲間たちの挨拶

本編「鹿騎士は会食する」から数十分前のお話。

 ───ガタゴト…ガタゴト…。


「~♪~♪♪」


 馬車に揺られつつ、アハルティカはうきうきとご機嫌だ。


 それを、ジト目で見遣るヴォルフ。


「………おい。本気で着いてくる気か?お前ら。」


「あったり前じゃない!


──あんたの婚約者様に、『しっかり』挨拶しとかないとね?

だって私達、仲間じゃないの!」


あー、楽しみっ!


 と、浮かれているアハルティカに、ヴォルフが眉をしかめる。


「全く、…お前。恥ずかしくないのか?

最後まで『貴族』との結婚に反対してたくせに。」


彼女の噂が広まった途端、これか?


「最後には同意したでしょうが。我らが商会長サマの仰せの通りに、ね。


……だからこそ、この目で見ないと、気が済まないんじゃないの!」


 「まあまあアハルティカ……」と、その言い合いを止める振りをして、レイバンが加勢する。


「だけど──ヴォルフ。


彼女の意見も一理ある。そうは思わないか?

だって、その件に関して、お前はだんまりなんだから。

─なぁ?」


「ねぇ?」


「…はぁ」


 2人が連携して畳み掛けてくるので、ヴォルフはため息をついた。


 レイバンに掛かれば俺1人の個人的なスケジュールを掌握することなど訳もないらしく、朝、馬車に乗ったところで、2人も一緒に押し掛けてきたのだ。

 最初、「2人で出掛けるから、途中まで乗せて」と言っていたので承諾したら、車内ではみるみる間に話題が婚約者様のことへと移り変わり、「会いたい」から「会わせて」へと変貌して、最終的に、今「会う」になったところである。

 ……そんなにせっつかなくても、早い内に引き合わせるつもりだった!


「お前たちの言いたいことは分かる──が。


タイミング、ってもんがあるだろう。

初デートだぞ、今日は!」


「っデート…!デートだって~レイバン!」


「デートかぁ~…!」


「うぜぇ~………!」


 うぷぷっ、と笑うアハルティカも、何だか嬉しそうに、噛み締めて言うレイバンも、どちらも癪に障る。何なんだ、お前ら。



 アハルティカが、「ごめんって」と笑いながら手を振った。


 しかし、ヴォルフ・マーナガラムという男を知る者であれば、そうなることも分かっていただけると思う。

 彼は16の頃から仕事に打ち込み、18には会社を立ち上げ、21歳で世界各地に支社を設立したかと思えば、そこから更に投資をすることで大きく会社を成長させた。

 ……その間、仲間内でも贔屓目抜きに、あらゆる面で完成されていたはずの彼は、全く恋愛をしようとしていなかったのだから。


 寄ってくる数多の女性を、自分の気が向いた時に、しかも、商会に利益を運びそうな者だけを選り好みして軽く摘まむ程度の交流が、恋愛に分類されるのであれば、話は別だけれど。

 ……ヒドい話だと思う?でも、彼女たちは、不思議なことにそれを望んでいた。

 女たちに、それが『至上の悦び』だと錯覚させる程に、ヴォルフは絶対的かつ唯一の魅力に溢れていたから。



 ──そんな男が、ちまちまと。



 デートの予定を擦り合わせて、


 前日には相手の好みそうな行き先を考えて、


 朝はいつにも増してきちんと身だしなみを整えて………って。


 まるで、人並み。そんなの。



 ───喜ばしく、ないわけがないでしょう。



 そして、気付いた。


 決してミーハーでなく、滅多に人を褒めないあのステラさんが─もちろん、普段人を貶しているわけではないのだけど─べた褒めした、例の婚約者様。


 ………この商会長サマが、やっと見つけた婚約者様についてノーコメントだったのは、単に「契約相手」としてそれ以上でも以下でもないから、だと思っていたけど。



 ──まさか。



 『独り占めしたかったから』、だなんて。



 こんなの。

 めちゃくちゃ面白いし、絶対見たいに決まってんじゃない!




「……でも、相手はそう思ってないかも?」


「!」


 アハルティカの言葉に、ヴォルフがピクリ、と眉を動かした。


「金持ちの平民にたかるつもりかも。

好きなもの何でも買わせて、破産したらポイ。おかしくないでしょ?」


「いや。」


 …あらま。


「……リアに限って、それはない。」


 ヴォルフは、その懸念に関してははっきり否定した。

 ………『デート』だと、認識していないのは、多分そうだと思うが。良い歳した男と女がわざわざ時間を作って会うのだから、そう定義付けても良さそうなもんだが、多分意識もしていないだろう。



 アハルティカは、その即答にふむふむ、と頷いた。



 ─── "リア" 。


 なるほど、アリアナ・フロージ・マクホーン様という方は、『平民』に愛称で呼ぶことを許しているらしい。……それくらいには、うまくヴォルフが距離を詰めた、ということかしら?



 そんなことを思っている間に、馬車は王立騎士団王都支部前に到着していた。




◇◇◇




 ……一目見て、彼女は何かが違う、と分かる。



 短く、少年のように切り揃えられた髪。慈愛に満ちた、新緑を思わせる瞳。正義感の強さがうかがえる眉。そして、優しく快活に動くその唇。

 それらは、彼女の日に焼けた肌を賑やかに彩っていて、かつ、しっくりとおさまっていた。



 ただ、佇まいにおよそ平民とは思えない、何か気品のようなものが備わっている。



 ……素敵だわ。なんだか、この子は。



 思わず駆け出していた。そして、「しまった!」と思う。


 『貴族』に馴れ馴れしくし過ぎた。

 彼女からすれば、私なんて吹けば飛ぶ塵。

 気に障れば、存在自体がなかったことにされてしまうのに!


 アハルティカの、一瞬冷えた心臓を見逃さず、彼女は追い討ちをかけて、それをブッ刺した。



 ────── ぐ さ り 。



 ああ…カンジ悪い、って思うかもだけど。


 言わせてね。私…


 ─────美しさを。

 褒め称えられるのは、慣れているの。

 他の美しい「何か」に例えられるのも。


 だけど、良いとこ「花」や「宝石」よ。



 それを、──────「女神」、ですって。



 ましてや……、『貴族(あなた)』が、『平民(わたし)』を?



 信仰の対象とも言える神を、そこに当てはめるのは、褒め言葉として、最上級だと、思う。



 刺された心臓が、ズキズキ、と疼き始めた。



 …それは、彼女を『貴族』の範疇におさめて計ろうとしたことへの罪悪感か────それとも。



 高揚感に鞭を入れられ、アハルティカは思わず彼女を抱き締めていた。



「私、あなたのこととっても気に入ったわ!ねえアリアナ様、あなたのこと "リア" って呼んでも良いかしら?私の事は "ハル" って呼んで?ね?」


 そうしてねだると、彼女はふふっ、と可愛らしく笑って────また、アハルティカを虜にしようとしてきたのである。



「ありがとう、ハル。…だけど出来れば "アリー" か "アル" と。



"リア" は特別なんだ。」



 ピタッ、と動きを思わず止めてしまった。



 ……そんな。




 『呼ぶ』ことを許しているのではなく、()()()()()()()『呼ばれたい』っていうの………?




 アハルティカは、琴線に『触れる』どころか、見事に爪弾かれて、その音色にくらくらしてしまう。



 だって、聞いたこともなかったもの、そんなのは。



 ────なんて…、……素晴らしいの。



 彼女といると、何か素敵なことが起こる予感が、ビシバシする。

 そう、最も美しくて、とめどなく輝いていて、とてつもなく綺麗な──そんなことが!!



 話が終わると、ヴォルフはアリーの持ってきたリュックを手に取った。


「あっ?!良いよ、ヴォルフ!重たいから……」


「ああ。ホントに重くて大きい。

だから、屋根に上げる。場所を取って仕方ない、だろ?」


良いな?


 と確認を取るヴォルフに、アリーは申し訳無さそうに「ごめん、…こんなことならもっと軽く造るんだった」と謝った。


「フィリップとやるから、お前は乗ってろ。」


「…わかった。ありがとう。」


 御者にも「お願いします」と言って、レイバンに開けられたドアから馬車に乗り込むアリー。


 それを、アハルティカは眩しく見つめていた。


「……………」


「で?……どーだよ。俺の婚約者様は?」


 馬車の屋根に荷物を積んで、ロープで固定した後、ヴォルフが軽やかに御者台から降りた。くい、と片眉を持ち上げて聞かれ、待ち受けていたアハルティカがニッコリ笑う。


「サイッコーよ!!あんた程の目が無くても、誰もがあの子を『欲しい』と願うわ!」


「やらないさ。」


「当たり前!狼商人の腕、存分に振るってよね!」


「もちろん。」


 そう言って2人は笑った。





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