2. ひつまぶし
東京駅から名古屋行きののぞみ新幹線に乗り、麦茶を飲みながら淳太郎はため息をついた。
マリアは人間型のアンドロイドなので、見た目は人間だ。スタイルも抜群の美女が窓側中足を組んで座る。そこにイケメンの率がサングラスをして、俳優のような出立ちで通路側の席に座る。
まさに美男美女。
その二人の間を割くように、良い意味でも悪い意味でも平凡極まりない淳太郎が真ん中の席に座っており、異様な組み合わせに憂鬱な気持ちとなった。
「淳太郎、大丈夫ですか? 顔色が悪そうです」
マリアが淳太郎を覗き込むように、表情を伺う。マリアと目があって淳太郎は思わずドキリとする。
「え。大丈夫。現状に悲観していたというか……」
マリアがニコリと微笑み「良かったです。淳太郎が通訳してくれないと旅行費用を稼ぐことができないので、心配しました」と毒を吐く。
(いや、わかっていたけれど、わかっていたけれども、オブラートに包むということがない)
淳太郎がほんの少し心に傷を負っていると率が「マリア、名古屋でひつまぶしの美味しい店の名前を調べて」とSiriのようにマリアを使う。
「蓬莱軒ね、熱田神宮の」
「遠いだろ。ほかには?」
「名古屋駅の地下街にいくつかあるわ。しら河、まるや、備長などがあるみたい」
率はサングラスを取りながら「マリア、AI搭載なんだから、もっと単発で答えられないのかよ」と文句を言う。
マリアが「人の主観ありきで情報が欲しいなら、自分で調べなさいよ」と言い、スマートフォンを率へ投げつけた。
率がスマートフォンをキャッチし「精密機器を投げるなよ」と反論する。
名古屋までの道すがらこの険悪な雰囲気のままだと考えると淳太郎は頭痛がしはじめ、頭を先刻よりさらにうなだれる。
――1時間半後。
「ほわあぁぁぁ」
率、マリア、淳太郎が声をそろえ、目を輝かせて奇妙な声を漏らした。
ひつまぶしがマリア、率、淳太郎の手元に届き、その絵ずらがとても魅力的だったのだ。
お盆の上には、小ぶりなしゃもじ、茶碗、小さなスプーン、箸、薬味、出汁、木目が特徴的な大振りのお櫃の中には細かく切れている鰻が、びっしりと敷き詰められている。
なんといっても鰻の香ばしい匂いと出汁のまろやかな香りが鼻をかすめ、見た目と相まって食欲を誘う。
淳太郎は鰻と鰻の間に小ぶりのしゃもじを入れ、茶碗に盛り付ける。茶碗に盛った鰻とごはんを箸ですくうとゆっくり、口に運んだ。
鰻は皮がパリッとして、身はほっくりしており、口の中でホロホロと溶けた。
「幸せだ」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
淳太郎は茶碗が空になると、再びしゃもじを使用して、ひつまぶしを茶碗に盛り、今度は薬味と一緒に食べることにした。薬味を小さなスプーンで掬い、パラパラと茶碗にまぶした。
少しお腹が満たされたからか、周囲を見る余裕が生まれ、ふと、マリアを見ると、彼女は既にひつまぶしを間食していた。
淳太郎は思わず「マリアさん、食べるの早くないですか?」と問いかけると、マリアはお箸をそろえながら「私、アンドロイドなので、咀嚼しないのよ」と言った。
「そうなんですか」
淳太郎はそんな返しをしたものの、味覚やおいしさは感じるのか、そして何よりも、どうやって消化するんだ、と疑問が生まれる。
「マリアは味覚、嗅覚等の五感センサーがあるから、旨味はは感じるらしい」
率が淳太郎の疑問を解消するように横やりを入れた。淳太郎は茶碗に出汁を注ぎ、ズルズルと茶漬けを堪能する。ごく、と茶漬けを喉に流し込む。
「けれども、消化はしないから、そのまま廃棄するらしい」
淳太郎は苦笑いを浮かべながら「へえ、そうですか」と相槌を打ち「あ、お茶漬け、僕もやってみますね」といって話を逸らした。
(そんな話聞きたくなかった)
淳太郎が腹の内でそんなことを思っていると、マリアが「セクハラです」と言って率を睨む。
率は食べ終わったのか、箸をお盆に乗せおえると「それは人間に対して使う言葉だ」と言って取り合わない。
二人がまた喧嘩を始めそうなので、淳太郎が仲裁に入ることにした。
「僕も率さんが悪いと思いますよ。言わなくていい事まで言うのはあまり得策ではないと言うか……」
珍しく淳太郎が反論したからか、率は淳太郎のお櫃を見ながら「早く食え」と話を変えた。
どうやら謝罪をしたくないらしい。
淳太郎が食事のスピードを上げる。マリアは少し落ち着いたのか、表情が柔らかくなっていた。
「ここから桑名まで近鉄の快速で一駅みたいですよ」
率はサングラスをかけると「クライアントは先に行ってるのか? いまどこにいるんだよ」と言った。
淳太郎はモグモグ口を動かしながら、ゴクッと飲み込み「いやあ、まあ、ここにいますけどね」と言った。
ひつまぶしにワサビを入れ、出汁で最後の一杯を啜る。
「ここにいるのか?」
「はい」
率が深いため息を吐いた。呆れ混じりのその声に淳太郎の頭はクエッションマークが多発した。
マリアがおかしそうにクスクス笑い「率は科学で説明がつかない事が苦手なのよ」と言った。
淳太郎は「仕方ないだろ。苦手なもんは」と反論する。
「意外ですね」
率が「はっきりと言え。この仕事してるのに、意外ですね、と」と回答を最後まで求める。
マリアが会計伝票を持って席を立つ。
「さ、行きましょう♪」
マリアに促されるように、率と淳太郎が席を立った。