1.ゴースト探偵事務所へようこそ
その探偵事務所には、変人が集まる。
巫淳太郎は将来、警察官か探偵になりたい、と思ってこの事務所の門を半年前にたたいた。
この事務所は探偵としては超一流で勉強にはなるが、変人ばかりで心労が絶えない。
Fカップを有する美人のツインテールがいたので、声をかけたらAI搭載のアンドロイドで、名前をマリアと言った。マリアはどんな質問にと即座に答える。
ボードゲームばかりする黒髪眼鏡の身長180センチの眉目秀麗かつ日本で一番偏差値の高い男子校の学生服を着た高校生、雲類鷲率。率がこの事務所の要であり、唯一の探偵。
そして、僕、淳太郎はクライアントと率を繋ぐ通訳、と言ったところだがーー、まあ、漏れなくこの変人の一人だが、今は割愛する。
加えて、クライアントも変人揃いだ。微かに透明だったり、足がなかったり………。
そう、この探偵事務所は幽霊専門の探偵事務所である。
2020年1月。
豪巣戸探偵事務所の扉が開いた。外からの冷気が流れ、頬がヒヤリとした。
「はい、豪巣戸探偵事務所へようこそ」
アンドロイドのマリアが明るい声で言った。恐らくマリアには見えていないが、類似の現象を何度か経験したことから、このような対応をとるようになったのだろう。
淳太郎は扉の方を見ると、依頼人は着物を着た若い女性だった。
顔立ちは整っており、時代劇のように髪の毛が結い上げられていた。肌の透明感はすさまじく、向こう側が見えていた。
(透明感ありすぎだろ!!)
つまり、幽霊だ。
依頼人の名前は『綾小路フキ』と言った。
淳太郎が「綾小路フキさん、というのですね」と復唱してメモを取ると、ボードゲームをしながら雲類鷲が「時代から言って江戸から昭和初期の名前だな」と眼鏡をあげ「マリア」と言って、続きを促す。
マリアがボードゲームの駒をポンと置くと、率が「さすが」と言って、次の駒を置いた。
マリアも駒を動かし、率も動かす。この作業を音速にも届きそうなハイスピードで繰り返す2人に淳太郎は大きな声を出して止めに入る。
「二人ともストップ、ストップ! 今はクライアントがお見えなんですから」
二人の手元がピタリ、と止まり、率はビショップを持ったまま「どうせ俺には話わからないから、始めといて」と言って、ビショップをボードに置く。
(まあ、そうなんだろうけど、その心意気が悪いというか……)
二人は再びものすごい速さでボードに駒を起き始めたので、淳太郎は諦めることにした。
(うん、この二人を止めることはできない)
淳太郎は綾小路フキに向き直し、話を進める。
「それで、綾小路さんの依頼内容を教えていただけますか?」
綾小路フキは「はい」と返事をして、覇気のない声で話し始めた。
「妖刀を処分してほしいのです」
フキの話を聞きながら淳太郎は「妖刀ですか」と呟くと率が「ムラマサとか?」と横やりを入れてくる。
(この人は、話をすすめろと言っておきながら、がっつり、聞き耳をたてて!)
呆れながら淳之介が溜息を吐く。
「すいません。続きをお願いします」
フキはびくびくしながら「はい」と言った。
フキの家には古来より妖刀が保管されており、その妖刀のせいで一族の不審死が続いているという。フキは後世のためにもこの妖刀を処分し、末裔まで穏やかに暮らせるようにしてほしい、という願いだった。
「なるほど。それで、フキさんのお宅はどこになりますか?」
フキはびくつきながら「桑名です」と応えた。
淳太郎は「くわな? ですか」と言って、しばし考える。
(くわな、とは、どこ?)
マリアと率のボードゲームは終了したのだろう。マリアが横に来て「桑名は現在の三重県に位置します」と応え、淳太郎の右隣りに座る。
率が「その手は桑名のやきはまぐり、という言葉もある」と言った後「国産蛤は今では絶滅危惧種だからな、貴重だ」と不要な情報を付け足して淳太郎の左隣に座った。
「詳細は不明だが、とりあえず、行くか、桑名に」
久しぶりの旅行になるからか、率がどことなく楽しそうだ。
淳太郎が頭を抱えながら「旅行気分で言ってはダメですよ。仕事です」と注意する。
「これは仕事という名の娯楽だ」
率がそう言うと、マリアも付け足す。
「三重といえば松坂牛、伊勢海老があります。食べますか?」
淳太郎は頭をガクッと下げると、食べます、と小さく呟いた。