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タイムスリップアイムホーム

作者: やすふみ

 ローカル線の先頭車両は、勝手に私に景色を見せる。青々と茂る木々やどこまでも続く田畑に人の姿は見えない。穏やかな初夏の午後、不意に今まで経験した様々な人生を思い出す。ああ、また帰ってきてしまったのだ。私はいつも田舎の実家を飛び出して、様々な失敗をして何度も舞い戻っていた。今の私は、事業に失敗してひとり電車に揺られている。友人と二人、自分たちのビジネスで世界を変えようと男の誓いを交わして立ち上げた事業だった。友人は非常用の資金を持ってどこかへ消えた。親の反対を押し切って逆方面の電車に飛び乗っていた頃の情熱なんて、欠片も残っていなかった。次は金のことばかり考えるのはやめておこう。


 ローカル線の先頭車両は、勝手に私に景色を見せる。売れない役者となれば極貧生活も慣れたもので、日銭を稼ぎながらなんとかやりくりしていた。簡単なスタントならこなせる体は作っていたが、流石に突っ込んできた車から身を守るほどの技量は無かった。厳しい稽古と肉体労働の両立を、慣れない義足で続けるのは流石に無理が祟った。ご実家を頼るのも悪いことではありませんよ、と医者に告げられた言葉に従うしかなかった。車両の外は柔らかい夏の日だった。私はこの景色を見たことがある気がする、と感じてすべてを思い出した。夢とは破れるものなのだ。次は堅実に生きていこう。


 ローカル線の先頭車両は、勝手に私に景色を見せる。そこで繰り返す人生を思い出してため息をつく。今回の私は女に生まれていた。それなりに名の知れた企業に就職して、恋人にも出会い、平凡だが順調な生活を送っていた。恋人が既婚者であることを隠していた以外は。自分の愚かさを呪った。発覚したときにはもう既に手遅れだった。電車の規則正しいリズムに落ち着いたのか、腕の中で我が子はすやすやと眠っている。あたたかな日差しに私も少しだけ、頭がぼんやりする。次は。次こそは。


 ローカル線の先頭車両は、勝手に私に景色を見せる。二度と戻るまいといつも考えていた故郷へ向かうため、また下り電車に乗っている。いくら時間を巻き戻して、いくらやり直しても、私はこの町から逃れることができなかった。今回、私は久しぶりに故郷の駅へ降り立つ。折り返した電車に、大きな荷物を持った誰かが乗っていた。残された私はただそれを見送る。

 さよなら。ただいま。

 何も変わらない田舎町はひどく懐かしかった。

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