4、家庭が複雑ならば、子供にはそれを知る権利がある
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昼食の後、今度は庭に繰り出してみた。図書室に行きたいのはやまやまだが、程よく日光を浴びておかないと不健康になりかねない。
因みに宮殿内だしお供はジュリアだけで良いと思ったのだが、「何があるかわからないから」という理由で護衛の兵士も数人付けられることになった。まあ例え当の本人の我が儘が原因だったとしても、私に何かあった場合責任は臣下の所へ行くのだから、おとなしく受け入れておくべきだ。邪魔になるわけでもないし。
そんなわけでぞろぞろと大人数で散歩している訳である。
排気ガスの無い空気とはこんなに美味しい物だったのだろうか。
これは、外に出たときの私の最初の感想。前世では基本的に車の多いところにしか行ってなかったので、機械とは無縁のここの空気はとても新鮮に思えた。
そして、お目当ての庭園はといえば流石は宮殿、といった風情で、手入れが行き届いているのがよく分かる。植えられている花がグラデーションを作っていたり、区画毎に少しづつ趣が変わっていたり、見ていて飽きがこない造りになっている。
花の名前をジュリアに聞いたりしながら進むうちに、気が付いたら端の方まで来てしまっていた。その先は高めの生け垣が植えられており、私の身長では向こう側の様子がわからない。
きょろきょろと見回すと、少し離れた所に木戸があるので、そちらに向かおうとした、その時。
「殿下、そちらに入ってはなりません。」
振り向くと、いつの間にか背後に人影が。
白髪と黒髪が半々くらいの髪をお団子に纏めた女性だ。厳しい表情にピシッと伸びた背筋が、「規範」という言葉にぴったりな印象である。護衛の人達もびっくりしているのを見ると、余程気配を隠すのが上手いらしい。
「お、叔母上…いつから…」
斜め後ろに立つ、ジュリアの上擦った声が鼓膜を震わせる。
え、この人ジュリアの叔母さんなの?雰囲気全然違うけど?
その件は置いておいても、皇太子って普通結構な権力持ってるよね?そんな私でも入れない場所って?それに侍女ってこんなに発言権あるもんなの?
「私は皇太子です。宮殿内での行動を制限されるような立場の者ではないかと。それに見たところ一介の侍女でしかない貴女が私に命令をするとはどういう事ですか?せめて理由を伺いたいのですが?それとも何かやましい事でもおありで?」
「そのようなことはございません。ただ、理由についてはお教え致しかねます。」
「私は通常ならば此処での自由を保証されているはず。それを制限するというのであれば相応の理由を提示するべきでしょう。」
「しかし…」
ここまで言っても駄目か。ならば理由を教えられない理由を探るまで。自分の知らない所で権利を制限されるほど気持ちが悪いものはない。
「教えられない理由があるのですか?…もし私が幼いからだというのならばその気遣いは無用です。真実を知って傷付くよりも、はぐらかされて思い悩む方が嫌ですから。」
キッと目力を入れて睨むと、ジュリアの叔母さんは溜め息をつき、仕方なさそうに頷いた。
「そこまで言われてしまっては致し方ございません。お話致します。…しかし、立ち話で済むものではございませんので場所を変えましょうか。」
そう言って背を向けた彼女に、続いて歩きながら声を掛ける。
「先程聞きそびれてしまったのですが、貴女の事は何とお呼びすれば宜しいのですか?」
流石に「ジュリアの叔母さん」と呼ぶわけにもいかないし。
「申し遅れました事、お詫び申し上げます。改めまして、シルビア・フォン・トパーズ、皇后陛下の侍女頭を勤めております。どうぞ、シルビアとお呼び捨て下さい」
「分かりました。」
「それでは、殿下の疑問に答えさせていただきます。」
宮殿に戻り、今私達がいるのは私の応接間。ジュリアが用意してくれた紅茶を一口飲むと、シルビアは話し出した。
「私は皇太后陛下ー現皇帝陛下の母君ーの専属侍女として、宮殿に入りました。その後、皇后陛下への皇太子妃教育係を拝命し、そのまま侍女頭となりました。両陛下の婚約が成ったのはお二人が十二の時にございます。その時から、私は教育係として皇后陛下のお側におりました。」
へえ、流石は皇室というべきか。小学六年生相当の子供が婚約ねえ。
「婚約当初はお二人の仲は大変よろしく、微笑ましいものでした。…しかし。」
ここで急にシルビアの声のトーンが低くなった。顔も、無表情から悲しげなものに変化する。
「お二人が十五の時です。帝国立学園学園に入学なさったお二人は、とある女性に出会われました。ミカエラ・フォン・キャッツアイ男爵令嬢、後の皇妃殿下でございます。」
皇妃って父上の愛人みたいな感じだよね?つまり恋人。で、その時既に父上と母上は婚約関係にあったと。
うわぁ、そのまんま「禁断の恋」系統の物語のテンプレじゃん。しかもそのテンプレ通りの解釈だと母上は悪役令嬢。
「入学後、ミカエラ様と皇帝陛下は急激に仲良くなり、ついには皇后陛下を蔑ろになさるまでになってしまいました。」
うん、テンプレだ。
「そして卒業記念のパーティーで、決定的な事件が起きました。」
そう言うと、シルビアは伏せていた顔を上げ、再びピシッと背筋を伸ばした。いよいよ本題に入るのかな。