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第23話 魔王

 リューン王子の部屋に移動した私たちは、席に着き王子の美味しい紅茶をいただいた。


「……お前、この紅茶めちゃくちゃ美味しいな。なんでもそつなくこなす奴か。カイナスの記憶を見たから分かるが、本当になんでも出来て嫌な奴だな」



「それはどうも」


 ああ、まだ火花が散っている。


「エリオットだっけ?まずは貴方が何者なのか教えてちょうだい」


 私は居たたまれなくなり、本題に入った。


「ったく、せっかちだな。リュナソルトは」


 だから、前世の名前で呼ばないでよーー‼︎


 エリオットは溜息をつき、自分の事を話し始めた。


 自分が魔王である事。

 800年前に大聖女様に封印されて、今も封印されたままだという事。

 高い魔力がこもった黒魔水晶のペンダントを私が着けると、何故かリュナソルトの魔力をエリオットが感じたという。

 そして、今宵は満月。満月に黒魔水晶が照らされ、封印されているエリオットとペンダントの道が繋がり、魂だけがここに出てこれたのだ。そして手近にあったカイナス王子の中に入ったそうだ。


 なんて不憫なカイナス王子。

 因みに次の満月まではこのままだという。



「ふーん。大昔に封印された魔王ですか」


「でも、人間に危害を加えたことないって言ってるから、悪くない魔王もいるんですねー」


 魔王?いきなり何を言っているのだこの人は。確かに人の体を乗っ取るなんて普通の人は出来ないだろう。魔王なら出来るのかもしれない。

 だが、魔王だよ。人類に危害を加える悪の象徴。もし本当に魔王なら私たちなんて一瞬で消されているのではないか?

 正直エリオットが魔王だなんて突拍子過ぎて信じられない。


 リューン王子も何だか信じていない様子だ。

 だが、彼からは桁外れの凄い魔力を感じる。カイナス王子からはこんなの感じなかった。

 カイナス王子を人質に取られているようなものだし、私たちは取り敢えず彼の話にあわせて聞いていた。


「仮に君が魔王だとして、普通は人間に危害を加える存在。君のように私たちと対等に話をする魔王など聞いたことがない。……まあ本当にいたとしても、歴史には残らないでしょう。人間にとって魔族は敵。魔王は諸悪の根源。それが昔からの常識。それが覆るような事実は、聖女や勇者の在り方を揺るがす問題。闇に葬られるでしょう」


 流石リューン王子、鋭い。

 大聖女様は、それが理由でエリューを封印したのだ。



 ……え?今の何?何でそんな風に思うの?

 私は何を知っているの?

 それに彼のことをエリューって……。

 私が覚えていないだけで、彼は前世の名前を知っているし前世で知り合いだったの?

 なんだろう、この胸のモヤモヤは……。


「まあ、現状どうする事も出来ませんし、カイナス王子の体ですから手荒な事は出来ません。様子を見ることにしましょうか。元に戻るのも時間の問題だということも分かりましたし。もう暫くの辛抱です」


「そっ、そうですね」


「だが明日からここを去り、メイルディーンで生活することになる。私はついてはいけない。その前に、君が本当にアデルリアに害をなさないのか、確証が欲しい」


「確証……ね……」


「見たところによると君はアデルリアに好意的だ。それは君が彼女をリュナソルトと呼んでいることに起因しているのか?」


 リュナソルト。それは前世の私の名前。聖女だった私の名前。

 私はふと前世を思い返した。




 ***


 私の前世はここより約800年前の時代。私は貧しい村で暮らす、ごく平凡な少女だった。

 だがある日、そんな平凡な日常はいとも容易く壊れたのだった。


 村を盗賊が襲ったのである。その年は大飢饉に見舞われ、どこも平年より辛い状況にあった。各地で盗賊が暴れたりと治安も悪かった。私たちの村も夜は見回りを強化したりしていたが、人を倒すことに長けていた盗賊たちの前に、あっけなく負けた。村の物は根こそぎ奪われ、最後には火を放たれた。

 物陰の隅に隠れていた私は、なんとか見つからずにすみ、炎の中、懸命に走り生きながらえた。村の火事に気づいた近くの街の自警団が駆けつけてくれて私はその者たちに保護された。


 翌朝火が鎮火し、生存者の捜索が始まったが、生存者は発見できなかった。火事で死体が誰が誰だか分からなくなっており、両親や姉が死んだのか生きているのかも分からなかった。


 生存者がいる可能性は限りなく低い、私は独りぼっちになった。私を保護してくれた自警団の一人が、つい最近事故で妻と私と年の近い娘を亡くしたようで、私を養女として迎え入れてくれた。

 その人は私を本当の娘のように可愛がってくださり、次第に私は心を開き本当の親子のようになった。

 私は幸運だ。家族も村も失い、一人取り残された私を拾ってくれた人がいた。

 しかも、家族まで私にくれた。

 嬉しかった。私はこの人の役に立ちたい。そう強く願うようになった。


 成長した私は家事を一手に引き受けて、学校に行き勉学にも励んでいた。決して裕福な家庭ではなかったが、父は頑張って私を学校へ行かせてくれた。

 ある日、学校の課外授業で森に出かけた。森には薬草が色々生えている。それを見極める授業だ。

 森には魔物が出ることもある。この辺りは比較的魔物が現れない地域であるが、油断は出来ない。先生と自警団の二人が引率してくださった。その内一人は父であった。

 薬草採取に夢中になっていると「逃げろ‼︎」という声が響いた。


 私は声のした方角へ行くと、そこには夥しい数の死体と魔物がいた。

 生き残っているのは、私と同じく少し離れた場所で採取していた生徒数名と父である自警団一人。だが彼は深手を負っている。対して魔物の数は五体。低級の魔物であったが、状況は圧倒的にこちらが不利。絶望的だった。


「お父……さん」


「リュナソルト‼︎こっちにきては行けない。逃げるんだ‼︎」


「あっ……あっ………」


 ダメだ足がすくんで動かない?

 目の前の光景が、あの盗賊に襲われた日と重なる。

 いやっ、私を一人にしないで‼︎


「うっ、うわぁあああーー‼︎」


 私は気がつくと魔物に向かって走っていた。拳を構えて走っていた。

 それに気づいた魔物も私に向かって駆ける。


「リュナソルトーー‼︎」


 父の声が響く。

 助けたい。彼を、皆を助けたい。


 魔物が私の肩を喰らう。それでも私は怯まない。そして魔物に私の拳が接触する瞬間、強い光が放たれた。


 眩い、白い光だ。

 聖女の力だ。

 魔物は体から黒い煙が出てきて、苦しみもがいている。

 浄化の力だ。


 暫くして光が収まると、魔物は全て浄化され、灰となった。


「リュナ……ソルト」


 私は手を上にかざした。

 光の粒が降り注ぐ。皆の上に降り注ぐ。

 その光は辛うじて生きていたものの傷を癒した。


「聖女だ……聖女様だ……」


 無数の死体が転がる中、生き残った者は私に向かい平伏すのだった。




 聖女の力に目覚めた私には、聖グランディアス王国の聖騎士が迎えにきた。

 大聖女の座す国で聖女としての力を磨く為だ。聖女の力を持つ者はそう多くはない。

 だからとても貴重な存在だ。その為然るべき場所にて保護される。

 まあ保護という名の軟禁だ。

 私は聖女養成機関がある場所に引き取られたからマシだが、強欲な権力者に囲われ屋敷から一歩も出れない者もいる。


 私は父と引き離され、聖グランディアス王国に連れていかれた。



 聖女になった私は、力を伸ばすべく鍛錬に励んだ。力を付けた私は、騎士とともに魔物討伐に駆り出されたり、傷ついた人の治療にあたったりと忙しい毎日を過ごしていた。


 それから……



 あれ?

 思い出せない。

 その先を思い出そうとすると、ノイズが走る。私はどう過ごしたの?

 いつ死んだの?

 何も思い出せない。



 ***


「……ル…ア?アデルリア」


「はっ、はい⁈」


 しまった。つい前世の事を思い返して、ボーッとしてしまった。


「つまり、リュナソルトと言うのはアデルリアの前世の名前で、前世で君とリュナソルトは関わりがあったと言うことか?」


 おおっと、いつのまにか話が進んで前世の事バラされているし。

 しかし、思い返してもエリオットと言う魔王に心当たりはない。魔物の討伐にはよく駆り出されていたが、魔王討伐は記憶にない。しかもエリオットは私に敵意はない。魔王と仲良しな聖女とかあり得ないでしょ。


「あなたが言うリュナソルトとは、どんな方なのですか?人……なんですか?」


 もしかしたら前世の私と同じ名前なだけで、違う人かもしれない。魔族にリュナソルトさんがいるのかもしれない。

 時代は同じだけど、人違いかもしれない。


「あいつは聖女だった。聖女なのに普通の人と同じ目線で話し、笑った。特別な存在なのに、それを嫌い皆に同じように接して欲しいと言うちょっと変わった奴だった」


 ーーはい、人違いじゃないですね。

 聖女でリュナソルトと言う名前は、あの時代一人しかいない。


「申し訳ないですが、私は貴方のことを覚えていません」


 私は覚えていない。だが彼は私の事を知っている。私は前世を全て思い出したわけではない。つまり、私が失った記憶に彼はいることになる。

 知りたい。

 私がどんな人生を歩んだのか、彼とどんな関わり方をしたのか。


「私はリュナソルトである事は思い出したけど、貴方との記憶はないの。思い出そうとしても、記憶に靄がかかり思い出せない部分があるの。教えて。貴方の知っている事を教えて‼︎」


 私は知りたい欲求を抑えられず、そう叫んだ。側にはリューン王子がいるにも関わらず、前世の話を認めた。


 だって聖女と魔王が敵対関係にないって、何がどうなったらそうなるのか全然想像がつかないじゃない‼︎

 気になるに決まってるじゃない‼︎


 本来なら知らないで押し通すのが無難だろう。だってこっちは前世の記憶はあるけど、彼のことは知らない。だから知らないというのは嘘ではない。

 ああ、前世とか頭大丈夫?とかリューン王子に思われたらどうしよう。


 知的好奇心に負けて思わず口走ってしまったが、後から後悔の波が押し寄せてくる。


「私も……一緒に聞いてもいいかな?」


 百面相していた私はリューン王子の方を見た。


「前世の記憶を持つ人はそういないだろう。しかしゼロではないと思っている。君がそう言うのならそうなのだろう。……君と彼の間に前世で何があったのか、私も知りたい。私が聞くのは野暮な話かもしれないが、良いだろうか?」


 リューン王子は私の話を信じてくれた。前世なんて突拍子のない話を信じてくれた。


「君が前世で魔王とどんな関係だろうと、私は君を拒絶しない。丸ごと受け止めたいんだ」


 しかも、人の天敵である魔王との関わりの疑惑のある前世の私を拒まず受け入れようとしてくれている。

 私は嬉しくて涙が出た。泣いて上手く言葉が紡げない。

 そんな私をリューン王子はそっと抱き寄せた。


「……何かムカつく光景なんだが。……今のお前が他の奴に好意を持っているのを見るのは……些か辛いものだな」


 エリオットは小さな声でそう呟いた。


「……じゃあ、分かりやすく良いものを見せてやるよ」



 パチン



 エリオットはそう言い指を鳴らす。

 すると私たちを囲むように結界が張られた。


「今から見せるものは外に漏れるとマズイからな。二人ともビビって漏らすんじゃねぇぞ」


「なっ、そんなことするわけな……」


 カイナス王子の体に異変が起こった。

 禍々しい瘴気が立ち込める。

 怖い。私はそう思ってしまった。

 この瘴気、この魔力。人のものではない。

 鳥肌が立つ。


 怖い怖い怖い怖い。


 圧倒的な力の前に、私は歯をガタガタ震わせた。

 私を支える手に力がこもる。リューン王子を見上げると、彼も恐怖に震えていた。


 そしてカイナス王子の姿が歪み、違う姿へと変わっていった。


 ……ん?

 少年??


 目の前には小さな少年がいた。

 彼が現れた途端、周りの禍々しい力が急速に減少していった。


 震えは……気がついたら止まっていた。

 リューン王子も呆気にとられたような顔をしている。


 目の前にいる少年は、濃紺の髪に濃紺と黄色のオッドアイ。見た目は12歳くらいの姿で、筋肉はしっかりついているが細身だ。

 髪は毛先が少し跳ねていて、襟足が長く細い三つ編みが一本肩甲骨辺りまである。

 顔は……うん。カッコ可愛い感じだ。ちょっと小憎たらしい美少年だ。


 美少年は不敵な笑みを浮かべてこちらに来る。


「あーー、やっぱ元の姿を見せるには魔力が足りないか……。まあ、この姿でもお前が思い出すキッカケになれればそれで良いか。どうだ?この姿に見覚えはないか?」


 姿が変わり、声もカイナス王子ではなくなった。

 私はこの声に聞き覚えがある。

 この姿に見覚えがある。


 ーーそう、彼はーー


「エリオット……」


 彼は、魔王だ。800年前、大聖女様に封印された魔王なのだ。この姿は……そう、彼が魔王として目覚める前の姿。


 何故忘れていたのだろう。

 彼は……私にとって大切な人だったのに。


 彼は私が前世で唯一恋した相手。

 そして絶対恋してはいけない相手。


 私は、彼を……魔王を愛していたのだ。


「痛い……」


 記憶を思い出したからか、頭が痛い。


「アデルリア‼︎」


 ああ、リューン王子が心配そうに私の名を呼んでいる。側にいるエリオットも狼狽しているわ。


 そんなに心配しなくても……だい……じょ……。


 私はそのまま意識を手放し、暫し眠りにつくのであった。


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