第2話 ループしていたのは私だけじゃなかった⁈
【アデルリア=ウェルメール。君に結婚を申し込みたい。君をここから連れ去って良いかい?】
彼は私にそう言った。
私はこのループで目を覚ました時、彼の事しか考えられなかった。
二回も辛い目に遭って、誰も信じてくれなくて、辛くて。
そんな中、初めて私を信じてくれた。どれほど嬉しかった事か。
しかし、彼は私のせいで命を落とした。
私は彼の無事を確かめたかった。彼に会いたかった。
願わくば、彼とこの国から逃げたかった。
そして、彼は無事で、会えて、求婚された。
求婚には正直ビックリしたが、私は嬉しくて彼の腕の中で泣いた。嬉し涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。こんなはしたない所を見られたくない。でも、止まらない。
私は顔を見られたくなくて、手で覆った。
「どうしたんだい?」
「その…恥ずかしくて。私、今すごく酷い顔だと思います。嬉しくて…泣いてしまって」
「嬉しい?と言うことは、私の求婚は受けてもらえると捉えていいのかな?」
私は頷いた。
すると彼は私を強く抱きしめた。
「よっ、よかったー。断られるかもしれないなと思ったから」
「断るだなんて、そんな…‼︎」
貴方は私を唯一助けてくれた方。そんな大切な方がこの国から連れ出してくれるのだ。断る理由なんてない‼︎
「だって君は今日、カイナス王子と婚約する予定だっただろ?だから…」
そうだ。私は今日カイナス王子と婚約するはずだった。そして、昔の私はカイナス王子の事が好きだった。この頃の王子は皆に平等に優しく、二人きりの時は時折普段より甘く、優しかった。
私は、人にも自分にも少し厳しいところがあった。それでよく人と衝突していて可愛げのない子だった。そんな私にも王子は優しくしてくれてた。どうして、忘れていたんだろう。
数ヶ月後の春に、私たちは王立学園に入学した。そこで庶民の入学生として注目を集めていた少女、リアが現れてから、王子の様子は変わった。
王子は彼女にご執心で、私のことは少し避けるようになった。入学してからの八ヶ月は本当に辛かった。私はある時、王子に婚約解消の話をしてみた。
しかし、王子は婚約解消はしなかった。リアは庶民の出で、皆とは違うから、学園で困らないように手助けしていると。私の事は変わらず好きで、婚約解消はしたくないと。
私はその言葉を支えにして生きていた。
今思えば、バカだなと思う。どう考えても嘘でしょ。
この国、メイルディーン王国の時期国王は、第一王子であるカイナス王子が有力だが、第二王子派も結構いる。
そこで侯爵家の令嬢である私との結婚はプラスになる。私との事は政略結婚として捉えているのだろう。
前世の記憶が蘇り、二度も死んで色々あって百年の恋も冷めた今なら分かる。
恋は盲目とは恐ろしい。その曇った目のせいでそんな事にも気づかないとは。
「カイナス王子と婚約は…したくないんです。その…色々ありまして」
リューン王子は首を傾げた。
そりゃそうだ。側から見たら、あんなに好きだった王子との待ち望んだ婚約を嫌がっていると見えるのだ。
「だってあんな事があったなんて説明したって…」
「えっ?」
「あっ、いや…」
どうしよう。心の声が漏れてしまった。しかし、そのお陰で一つ思い出した。
さっき私が飛び降りた時の彼の様子を。彼は私に結婚を申し込んできたのだから、きっと私の事が好きなのだろう。そんな私が飛び降りてきたら、無事受け止めれて心底安心はするだろう。
しかし、それにしてはリアクションが大袈裟過ぎはしなかったか?だって二階だし、落ちてもそんな大怪我するとは思えない。でも彼の腕は震えていた。
私は一つの仮説を立てた。
彼は私と同じく、あの二人で死んだ時間からループした。だから私を助ける為に結婚を提案したし、私が生きている事に喜んでいる。
うん。しっくりくる。私を好きって言うより、無実の罪で捕まった可哀想な子を助けたいんだろう。
嫌われ過ぎたアデルリアは安易に人の好意が素直に受け止められない残念な人になっていた。私を好きになる人はいないと思い込んでいるのだ。
「アデルリア…」
後ろを振り返ると、カイナス王子がいた。
カイナス王子は、リューン王子に抱きしめられている私を見て眉間に皺を寄せた。そして、私の腕を引っ張り自分の腕に抱き寄せた。
「えっ、あの…カイナス王子?」
「やっと、会えた…。さっきいきなり走り出すから探したぞ」
「申し訳ございません。人を探してまして」
「そこにいるリューン王子の事か?」
カイナス王子は私の後ろにいるリューン王子を見た。
「その…」
どうしよう。なんか修羅場?みたいな雰囲気なんですが。
困っていると、周りが騒がしくなった。
「ああ、そろそろパーティーが始まる時間だ。しかし、この状況では婚約の発表は難しいだろう。……少し場所を変えようか」
カイナス王子の提案で私たちは場所を変えた。
「ここは…」
王宮にこんな場所があるとは知らなかった。パーティー会場の賑やかな声はここには聞こえてこない。周りは木々が生い茂り、建物が二つポツンとあった。
「ここは王宮の離宮だ。オレの母上が病気の療養の為に住んでいる場所で、人は滅多に近寄らない。ここなら人には見つからないだろう。さて、話をしようか」
私たちは近くにあった東屋に行き、腰掛けた。
「アデルリア、君はオレとの婚約は嫌なのかい?」
「いや、と言うか。その…」
貴方はもうすぐ好きな人が出来て私を嫌いになるんですよ‼︎なんて言えないし。
ああー、なんて説明したらいいんだ…。
「貴方には私より相応しい方がいると思うんです」
「そんな事はない、オレが好きなのは君だけなんだ。君以外考えられない」
「でも、貴方はもうすぐ好きな人が…その…別の人を好きになるって。うっ、占いで言われたのです‼︎」
苦しい言い訳だ。こんなの信じられるわけがない。しかし、カイナス王子からは予想外の答えが返ってきた。
「えっ?おっ、オレは別にリアの事は好きになったわけじゃないぞ。あれには理由があってだな…」
えっ、リア?何故まだ現れていない人の名を。彼女に会うのは春に学園に入学した後だ。まだ数ヶ月ある。
もしかして、この人もループを?
もしかしたら、私たち三人はループと言う共通の体験をしているのかもしれない。もしそうだとしたら情報を共有した方が今後に有利だ。
ただ、問題がある。リューン王子はいいが、カイナス王子は私を陥れた可能性がある。敵かもしれない。逆に話せば命取りになる。
そう考えていると、リューン王子が話を切り出した。
「カイナス王子、貴方は時間が巻き戻った体験をしましたか?今リアという、春にならないと会うはずがない人の名前を出していたもので」
カイナス王子は目を丸くした。
「その言い方、もしやリューン王子もですか?」
「ええ、そうです」
リューン王子は言い切った。やはり、あの時の記憶があるんだ。だから、助けてくれようとしたのだ。
「そうか、オレは一年後のアデルリアの誕生日の日、死んだ。部屋でメイドが入れてくれたお茶を飲んでいたら、突然アデルリアの悲鳴が聞こえたんだ。すぐに立ち上がろうとしたんだが、どうやらお茶に毒が盛られていてな。そのまま倒れた。そして、気がついたら一年前に戻っていた。最後に聞いたのがアデルリアの悲鳴だったから、心配だったんだ。君の無事な顔が見られてホッとしたよ」
えっ…死んだ?カイナス王子が?
「カイナス王子、どういう事ですか?私は牢の中で貴方に婚約破棄を兵士に伝えられて…‼︎」
「ろっ、牢屋⁈婚約破棄⁈」
私たち二人は大混乱した。
見かねたリューン王子は二人に落ち着くよう言った。
「どうやら、オレの話を先にした方が良さそうかな。多分この中であの日のことを一番客観的に見ていると思う」
そうしてリューン王子はアデルリア17歳の誕生日に起きた出来事を話し始めた。