他愛もなく始まる
第一章節 他愛もなく始まる
「これをこうしてっと。よーし!イタズラ完了。ふふっ、反応が楽しみ♪」
まだ六月の暑さが蒸し籠る部屋で黒髪の少女が一人、起動しているゲーム機器
から、手を離し、それに向かって笑みを浮かべていた。
「また雫かぁ!」
この場にはいない妹に対し、怒りを吐く少年がいた。その少年は、短く乱雑な切り口でありながらも、
寝癖も立たない艶やかで滑らかな黒髪に、柔らかな赤の双眸を持ち合わせている。
彼は洞野翔という少年だ。翔は高校の二年生である。そして、所謂、天
才の頭脳を持っていた。
しかし、それが原因で学校では虐められ、翔自身、他人とは距離をとって過ごしていた。
翔の両親は、翔が高校一年の時に借金から逃げるように家から、姿を眩ませていた。そして彼には六歳下の妹、洞野雫がいた。
雫は何をするにも、翔に付き添ってもらう程の兄好きの、所謂ブラコンである。そんな雫は、腰まである黒髪に蒼と朱の異違色眼を持っている。
そんな雫がする他愛も無い悪戯がある。それは、ある程度進んでいる翔のゲームデータを消去することだ。
この兄妹は大のゲーム好きで、家には、大量のテレビ用ゲーム機や携帯型ゲーム機などが常にフル稼働している。
勿論の事ながら、オンラインゲームはランキングは一位固定、更には、武器、防具系統はすべて揃え、武器防具レベル、プレイヤーレベル、スキルレベルなども勿論、カウントストップ、つまり、カンストしている。
しかし雫が消すのはロールプレイングゲーム通称RPGなどのオフラインゲームである。こういった行為は兄の隙を見計らっては幾度となく繰り返していた。その為、度々、兄に叱られていた。
そして、今日、事件が起きた。
…それは、翔が一番大切にしていたRPGのセーブデータを雫がほぼほぼ間違いでではあるが、意図的に消してしまったのだ。
今日は三年に五回と無い猛暑日だった。
クーラーがフル稼働してもまだ暑いくらいで、ゲーム機は勿論、殆どの機械類が、オーバヒート寸前レベルまでに達していた。
翔買い物帰り早々にして、扇風機を付け、そして自室に敷いてあるクールマットレスにうつ伏せていた。
「しょうにぃ。遊ぼ」
後ろから耳に馴染んだ声がした。振り返ると白の薄手のシャツにパンツ姿の妹、雫がいた。すると、また先程の言葉に内容が類似した言葉を発した。
「しょうにぃ。暑いからさぁ、なんか暑さを忘れるような楽しい遊びをしよ~。」
よく見ると雫は汗でシャツが身体にべったりとくっついていた。はっ、と雫を見てあることを思い出した。
「そうだ。お前、ゲームのデータまた消しただろ。それも、一番大切に真心込めて極めていたデータを…」
俺の言葉の一文字目を聞いたとたん。眼を逸らし、
「さ、さぁなんのことかなぁ。」
と、話の終わる前に言葉を挟み、
「ところで、買い物から帰って来た時に荷物多くなかった?」
と、話を切り替えてくる。
「ふぁぁ。何かあったの?」
欠伸をしながら訊いている妹は、いつの間にか、自分のいる布団に潜り込んできていた。しかし、表情は、いまにも寝てしまいそうな、とろんとした表情であった。
「あぁ、帰りに何故かホームレスのおっさんに絡まれて変なこと言われてよ、『今までの此処の人生をすべてリセットし、新世界で始めてはみたくないか?新しい人生を。』ってさ」
はぁ、と微笑を含んだ溜め息をし、
「ふざけた話だよな?」
と、雫に同意を求め、振り返ると、眼を輝かせて、見えない尻尾をふり、満面の笑みでいる雫の姿があった。
「それってさ、つまり、しょうにぃの事がわかっていってたのかなぁ?ねぇねぇ、そういえば、なんか持ってたよねぇ?その人にもらったんでしょ?」
「あ、あぁ。まあな。」
それを聞いて嬉しそうに、
「見せて!見せて!今すぐに!」
雫が急かしてきたので見せてやることにした。 布団から起き上がり胡座で座り、近くにおいてあるテーブルに持っていたビニール袋を置いて中身を出した。
中にあったのは、濃紺色をした直径約十センチ程の何らかの宝石でできたであろう珠である。
「おぉぉぉ!こっ、これか!な、なんか格好いい。」
すごいテンションが上がっているのは、俺の膝の間にいる妹様である。勿論パンツとシャツのみだ。そろそろ着替えることを推奨する。
「なぁ、雫?そろそろ服来たらどうだ?」
それを聞いたとたんに、嫌な顔をされ、
「えぇぇ。いいじゃん家なんだし。別に誰が見るわけでもないしさぁ?」
と、反論をしてくる。
「いや、誰が見てるじゃなくてレディーとしてだ。俺だってそんな妹を見ているは見苦しいんだ。」
すると、むぅぅ。と、唇を尖らせ不満をむき出しにしていた雫。
だが、すっと立ち上がり、ベッドを降り、部屋の隅にある大きな引き出しにしまってある俺の白地のクールウェアとこれまた引き出しの最上段にある薄での俺でも少し大きいと思ったズボンをさっき来ていたシャツを脱ぎ、服を着るなり満足な様子だった。
さっきの不満はどこへ言ったのやら。
と、そこで、さっきの話に切り替えるようにまた膝の間に戻った雫が質問した。
「因みにさ、これの使い方は?効果は?」
確かに言うのを忘れていた。
「あぁ、それは、強くても、弱くても、二人以上で握ると効果を出すらしい。因みに、今日の一番記憶に残っている物の世界に行ける、つっても基盤が同じなだけで内容は大体違う。とは、言っていたがな。」
それを聞いた雫は五秒ほど考え、あぁ!と言い、思い出したようだ。今日、一番記憶に残っているもの、
「しょうにぃが大切にしていたデータが入ってたゲーム。そのデータ消しちゃったけどね。ま、いっか。」
こいつ、やっと自白した。消したことを。まぁ、雫の性格上わかっていたことだが、やはり、単純な思考だ。だか、そこがまた可愛い。
「まぁ、そういうこった。要約するとつまりは、二人で握ればゲームの世界に行けるって話だ。」
それを聞くなり雫は催促をするように
「よし握ろう。すぐ握ろう。」
やっぱり、押しが強い妹だ。
「はいはい。じゃあ、いくぞ?」
「さん!」
雫が勢いよく叫ぶ。
「にー!」
次に俺が叫ぶ。緊張が手から背筋、全身へと走る。
「いち!」
俺と雫が叫ぶ。そして珠の上に手が重なりあい置かれる。
…なーんだ、と雫が言いかけたときと同時に珠は七色に光り、世界から色と音を奪っていく。