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[九]失望

 結論から言うと、ナキリは少女の頼みを断った。断ざるを得なかったのである。

 監視下に置かれた状態で、そう簡単に外出はさせてもらえないだろう。いきなり流星街の跡地へ行きたいなどと言い出したら不審に思われるに決まっている。ただでさえ組織内で微妙な立場に立たされているというのに、余計に自分の首を絞めることになるだけだ。仮に許されたとしても、今度は少女について説明する必要が出てくる。ナキリにしか認識できない半透明の存在をどう証明すればいいのか検討もつかない。断りを入れた一番の理由は、自分が怪異を鎮められるとは到底思えなかったからだ。


 しかし、少女はお構いなしだった。


「うるっさいわねえ。いいから黙ってあたしと一緒に来なさい!」


 お構いなしでナキリの言い分を一蹴する。


「あと、あの『もどき』は連れて来ないで。金髪の方ならまあ、いいわ」


「もどき? クロハヤさんことですか?」


「半分は黒の民だから、もどき。あいつ、妙に勘が鋭いみたいなのよね」


 ナキリという例外を除いて常人には視認できない少女だが、時たま気配に敏感な者に遭遇することがある。クロハヤがまさにそれなのだという。先程、ナキリの悲鳴を聞いて駆けつけた時も自分を警戒しているようだった、と。


「気のせいでは?」


「それならそれでいいの。ただ、これから向かう場所のことを考えたら、面倒事は極力減らしておきたいわ」


「ですから、まだ行くとは一言も。それに、クロハヤさんが黒の民というは?」


「ただの想像よ。容姿からは全くそう見えないけど、名前はそれっぽいじゃない」


 言われてみれば確かにその通りだ。どうして今まで疑問に思わなかったのだろう。ナキリはクロハヤについてほとんど知らない。

 前にクロハヤも言っていた。黒の民であるナキリの護衛に就けるのは自分かリュシアンくらいのものだろう、と。同じ人の血をひく者同士、親身になってくれるのだと考えれば辻褄が合う。クロハヤと親しくしているリュシアンは言わずもがなだろう。


 クロハヤに話を聞いてみようかと、隣の部屋の方を向いたナキリを少女が諌めた。


「本人に直接確認するなんて馬鹿はやめなさいよ。あなたが何も知らされてないのがいい証拠。向こうは隠しておきたくて黙ってるのかもしれないでしょ」


「どうして隠す必要があるんです?」


「黒の民は所詮、非力な人間でしかないの。なのに召喚されたってだけで同じ人間としては見てもらえない。仰々しい肩書きの割には役立たず。だから蔑まれる」


 卑しい身分を隠しておきたいと思うのが人情というもの。少女はまるで自分のことのように、声に感情を乗せながら語った。


「わかりました。でも、だったら何のための召喚なんです?」


 少女の話を聞いていると、段々と頭が混乱してきた。

 魔法を行使してまで喚び出したということは、それに見合った目的があるはず、何かしらの役目を与えようとするはずだ。役立たずと切り捨てるなら、最初からただの人間を召喚しなければいい。なのになぜ繰り返すのか。それも街ができるほどの人数だ。


「また話が脱線してるし、何でもかんでも聞かないでくれる? あたしだって詳しくないし、あくまで想像だって言ったでしょ! まさか、そうやってうやむやにする気じゃないでしょうね!?」


「そんなつもりはありません。ですが、最初に言った通り、わたしには無理です」


「無理じゃない! だってあなたは――」


 少女の言葉は部屋の扉を叩く音に遮られた。話の途中だが、クロハヤ達はナキリが一人だと思っているため、出ないわけにはいかない。


 ナキリは声量を落として話していたので、外に漏れ聞こえることはなかったようだ。二人共、部屋に入ってすぐ何事もなかったように本題へ入った。主に、ナキリに対する注意事項だ。


「基本的に外出は自由だけど、必ず誰かと一緒に行動して。呪符のことがあるから、王都から外には出ないこと。ちなみに、外出の際は届出が必要だ。他にも色々な場面で窮屈な思いをさせてしまうかもしれないけど、ごめんね」


 と、クロハヤが。


「この辺りの治安は比較的良い方だが、日常のどこに危険が潜んでいるかわからない。有事の際は僕達の指示に従って行動してくれ」


 と、リュシアンが。


「あと、昨日の件や君自身について、例え誰に何を聞かれても無闇に喋らないでくれ。守秘義務というやつで、ここで見聞きしたことも外部に漏らすことがないように十分注意してほしい」


 外出が許されていることがナキリには意外だったが、二人にとってはそうでもないようだ。呪符が原因で王都に缶詰だが、裏を返せば、王都の中ならどこへ行くにも自由。セシリアの施した呪符はそういった意味合いを含んでいたらしい。嬉しい誤算である。


「もう一つ。迷子にならないように!」


「クロハヤ、いくら地理に疎いからといっても、さすがにそれはナキリ嬢に失礼だろう。幼子ではないんだから」


「そうか? お嬢さんは自分がいくつだったか覚えてる?」


「人が言ったそばから……。女性に年齢のことを聞くのも失礼だ」


 問われたナキリは、答えられる質問であったことに安心した。


「十八歳、だったかと」


「えっ! 年上!?」


「え、年下なんですか?」


 よくよく話をしてみれば、クロハヤは十五歳、リュシアンは十六歳、ナキリは二人より年上の十八歳だったことが発覚した。

 ナキリは同じか、少し上くらいに考えていたが、二人はナキリのことを年下だとばかり思っていた。クロハヤは出会った当初からナキリのことをお嬢さんと呼んでいたので、薄々そうではないかと思っていたが、まさかナキリの方が年上だったとは驚きだ。同時にクロハヤ達がまだ若い内から治安維持組織に属し、立派に働いているということに尊敬の念を覚える。老けた十五歳と十六歳がいたものだと一瞬、脳裏をよぎったことは絶対に秘密だ。


「これからはお姉さんって呼ぼうか?」


 クロハヤが茶化して聞いてくるので、冗談とはわかっていたが、慌てて首を横に振った。お嬢さんと呼ばれることでさえ、むず痒い気持ちになっていたというのに。


「……少し思ってたのとは違うみたい」


 それまで、ナキリ達のやりとりを黙って見ていた少女が不意につぶやいた。


「あなたならと思ったけど、どうやら当てが外れたようね」


 帰る、とだけ言い置いて壁をすり抜けた少女を、ナキリは呆然と見送ることしかできなかった。


 勝手に期待して、勝手に失望して、最後にはあっさりといなくなった彼女。結局、名前すら教えてもらえなかった。そもそも、どうやってナキリの居場所を突き止めたのだろう。疑問は残るが、今更どうすることもできない。


「お嬢さん?」


 何もない壁をぼんやりと見つめるナキリの頰をクロハヤの指がつついた。


「どうかした? さっきから様子が変だけど」


「何でもありません」


「そう? もし、何かあったら俺を呼んでね。何もなくても俺を呼んでくれていいよ」


 謎も問題も山積しているが、今はクロハヤのその陽気さに助けられた。


「さて、話は済んだことだし、お嬢さんに街を案内がてら、買い出しにでも行きますか」


「待つんだ。君には仕事が残っているだろう?」


「何のことかな」


「とぼけるな。また無茶を通したそうだな」

 

 一旦席を外していたリュシアンが小耳に挟んだところによると、ナキリが気を失っている間に一悶着あったらしい。クロハヤは昨日の任務の報告書提出を急かされていた。それに加え、現場の指揮をとる身でありながら、それを放棄したとして始末書の提出、鍛錬場の走りこみ五十周をセシリアから直々に言い渡されたとか。そのため、しばらくはリュシアンがナキリに付き添う手筈になっていた。ちょうど遠征任務を終え、まとまった休暇を貰えたので差し支えはないそうだ。


「案内も荷物持ちも僕がやる。仕事に戻るんだ」


「嫌だ」


「嫌だじゃない。子供か、君は」


 拗ねたように唇を尖らせていたクロハヤが、ふと何かを思いついたように踵を返して部屋を出て行った。またすぐに戻って来て、ナキリの右手首に貼り付いた呪符の上から花柄の手巾を被せて縛った。

 不思議なことにこの呪符、ナキリがどんなに頑張って剥がそうとしても決して剥がれなかった代物だ。人目に晒したままにしておくのは嫌だったので、クロハヤの気遣いがありがたい。


「約束、ちゃんと覚えてて」


「何かあったらクロハヤさんを呼ぶ?」


「それから一緒に買い物に行く。街の案内もする。いい?」


「はい」


「リュシーはお嬢さんを守れよ」


「言われなくても務めは果たすさ」


「間違っても手は出すな。無意識に優男ぶりを発揮するのも駄目だ」


「な、何の心配をしてる! 余計な気を回してないで、さっさと行ったらどうなんだ」


「はいはい、っと」


 ひらひらと手を振りながら部屋を出て行くクロハヤ。結局、お嬢さん呼びが定着していることには誰も触れない。ナキリも年下の彼らに畏まった言葉遣いを通しているので、人のことは言えなかった。


 一番騒がしかった彼がいなくなると、途端に室内が静かになる。

 ナキリはまだリュシアンのことをよく知らない。知らないなりに、当たり障りのない話から始めた。


「買い出しって、何を買うんですか?」


「君の持ち物だよ。身の回りの細々したものは、やはり買い揃える必要があるからね。ああ、お金のことなら心配いらない。円環の盾で負担するから」


「本当ならお休みの日、だったんですよね? 付き合わせてしまってごめんなさい」


「気にしないでくれ。僕にとっても良い骨休めなんだ。いつもは休暇といっても鍛錬してばかりいたから、クロハヤに嫌味を言われる始末でね。クロハヤといえば、ナキリ嬢はよく懐かれているようだ」


「そうでしょうか?」


「普段はあんな感じでも、実は気難しかったりするんだ。そんな彼が心を許した君だからこそ、信頼を裏切るような真似はしてほしくない」


「……え?」


「言い方を変えよう。先程までこの部屋にいた少女――彼女は何者なんだ?」

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