セディの告白
「この部屋を準備したのは、もともと君を守るためだったのさ。本当なら私の家に引き取っても良かったんだけれど、いきなり見知らぬ男についてくる気にはならないだろう?」
セディは一生懸命に、この状況を説明しようとしているようです。
確かにいきなり見も知らぬ世界に飛ばされて、面識もない人から家に来いって誘われたら警戒するのが普通ですよね。
けれども問題はそこではありません。
美緒は騙されないぞとばかりにセディをねめつけて質問しました。
「もうこっちにきちゃったもには仕方ありません。それで呼んだからには帰れるんでしょうね。」
美緒の言葉にセディが固まってしまいました。
つまりそれってもしかして?
「帰れないってことなんですか? いったいなんの術式を使ったんですか?」
セディの答えはあまりに小さい声なので全く聞こえませんでした。
「セディ、聞こえないので大きな声で言って下さい。」
それでもセディはもじもじしてなかなか返事をしません。
美緒が黙り込んで睨んだので、セディがおずおずと告白しました。
「異界渡りの姫君をこの世界に落とすためにはキスをすればいいんだ。だから私は君を見つけてすぐにキスしてしまったんだよ。もう帰したくなくて……。ごめん。でもずっとそばにいて欲しかったんだ。」
「だってセディ。異界渡りの姫君って言うぐらいなんだからきっと絶世の美女なんでしょ。わたしなんて平凡でちっとも美しくないわ。いったいどうやったら異界渡りの姫君だなんて勘違い出来たって言うのよ。」
美緒はなんだか無性に腹が立ってたまりませんでした。
セディは誰でも良かったんだ。
異世界から来た女なら、だれにでも親切にしたんだ。
そんなのあんまりだ。
美緒は自分の気持ちがどうしてこうもささくれだってしまうのかわかりませんでした。
けれどセディがただ異界から来たってだけで親切にしてくれているのだと思うと、とっても嫌な気分になったのです。
「ミオだから。顔とか関係ない。ミオがいいんだ。ごめん。ミオはとっても綺麗だよ。その好奇心にあふれるキラキラした瞳とかさ。無茶苦茶やってしまってしょんぼりしている姿とかさ。だから最初にミオが自分を偽ろうとしている時凄く腹が立ったんだ。」
美緒はそれを聞いて焦りました。
ちょっと待て。
落ち着こう。
セディ。
それじゃぁ、まるで。
まるで……。
「ミオを一目見た時に、運命の人だってわかったんだよ。なのにミオは私の顔すら見ようとしなかったろ。だから逃がしたくなかったから。キスした。ごめん。でも次だってぜったいにキスするよ。ミオを捕まえるためならなんでもする。」
それって
やっぱり
恋の告白ですよね。
ミオはその告白がとって暖かいなぁって思ってしまったのです。
例えもう帰れないにしても。
それでもなんだか胸が詰まって美緒はそっとひざまずくセディに屈みこむと、その額にキスを落としました。
ですからセディは今やとてもご機嫌なんです。
幽霊の間でのんびりとお茶をすすりながらミオと結婚したら王立魔術師なんてやめてやると意気込んでいます。
「いやぁ、出来れば温泉と湖がある山の中で、のんびりとしたスローライフがおくりたいねぇ。」
「温泉と湖。それに山ですって! 素敵ですねぇ。大賛成ですわ。」
ミオが大喜びしているとセディはチラッとミオを見てうそぶきました。
「だってミオは図書館から動く気はない。僕の家には来ないっていったろ?」
「そ、それはそうですけれど。でも温泉ですよね。それに窓から湖や山々がみえるのでしょう? ぜーったいのんびりできますよね。私も憧れてたんですよスローライフ。」
それを聞くとセディはクックと笑いだし、美緒を抱き寄せると膝に乗っけてしまいました。
「意地悪言ってわるかったね。私とミオって趣味がにているんだねぇ。だったら私が田舎に隠居したら家に図書館を作ってあげるよ。私の図書館に一緒に来るかい?」
「行く!いきまぁ~す。絶対一緒に連れていって下さいね。約束ですよ。」
美緒はそれがどういう意味を持つことになるのか深く考えずに返事をしてしまいました。
図書館と温泉で落とされるなんて美緒らしいと言えばそれまでなのですが……
それを聞いたセディは、すっかり満足したみたいです。
「もう、いっそさっさと辞表でもだしてしまうかなぁ。」
なんて呟いています。
「それでセディ、インクと紙はどうですか?なんとかなります?」
夢は夢としてお仕事のことはキッチリと確認しておきたい美緒は先ほどセディに見せたインクと紙を指し示して確認しました。
「大丈夫だよ。こっちでは使わない材料が使われていたみたいだけどね。ちょうど腕のいい錬金術師がいるんだ。奴に頼めば大丈夫さ」
天才魔術師が言うのですからよほど腕の良い錬金術師なのでしょう。
セディは夜が更けてきたので、紳士らしく暇乞いをしました。
「ねぇ、ミオ。一緒にこない。ミオの部屋を用意してるんだけどなぁ」
「いいえ。私とあなたはお仕事のパートナーですよ。今のところはね。まぁとりあえずはお友達からはじめましょうよ」
美緒としてはいきなり番だの運命の相手だのと言われても受け入れられません。
でもセディの想いがあまりにも真っすぐで純真なので、少しほだされてはきているのです。
ゆっくりと知り合っていければいいなぁと思う美緒なのです。
勝手に召喚されたというのに怒りよりも、愛しさを覚えるのはもしかして番であるからなのかもしれません。
そんな美緒の想いが理解できるからか、いきなり召喚して悪いと思っているせいか、セディは大人しく帰っていきました。
翌朝ベッキーが朝食の準備が終わったころに、セディがニコニコとしてやってきました。
ベッキーが2人分の朝食を準備していたので、てっきり自分の分を用意しているのかと思ってたのですが、ベッキーは当然のようにセディに朝食をサーブし始めましたから、最初から言いつけられていたのでしょう。
「おはようございますセディ。今日はお仕事はいいのですか?」
「おはよう、愛しいミオ。今日も美しいね。朝食は君と食べることにしたんだ。ここから仕事にいくんだよ。どうせすぐ近くだしさ。でも今日は別件の用事があるんだけどさ。それよりゆっくり朝食を食べようよ」
美緒はもうセディから愛してると言われても、美しいといわれてもスルー出来るようになっていました。
慣れとは恐ろしいものですが、セディもいくら何でも求愛し過ぎるのではないでしょうか?
食事が終わるころにセディはチラチラと時計を気にし始めました。
「昨日言っていた錬金術師の件だけれどもね。解析に成功して、今日は試作品を持ってきてくれることになっているんだが……」
まるでセディの言葉を聞いていたみたいに、男がひとりやってきました。
浮浪者のようなひげもじゃの熊みたいな人で、もしかして何日も風呂に入っていないかも知れないほどすすけています。
警備が通したのですから身元は確かでしょうが、案内もなく勝手にずかずかと部屋に入り込んできたのですが、セディもそれを咎めようとはしませんでした。
「出来たぞ! これで使えるはずだ。自信作だぜ。それよかセディ。あの化粧品売りにださないか?あれならすまし顔の貴族令嬢に高値で売れるぞ。いい資金源になりそうだな。」
なんだか興奮して一方的にまくし立てていますが、きっとこれも職人気質のなせる技って奴ですよね。
昨日見本を渡されて、もう試作品を作り上げるなんてよほどの錬金術師なのでしょう。
きっと徹夜しただろうに、とてもエネルギッシュです。
「パドス、挨拶くらいしたらどうだ。ミオすまないね。わかったと思うがこいつが例の錬金術師さ。腕はいいんだがなぁ。ちょっと礼儀知らずなんだ。」
セディの説明にパドスはさも心外そうに抗議しました。
「お前だけには言われたくねぇよ。どれだけ社交をサボってやがるんだよ。こないだも宰相閣下がぼやいてらしたぞ。」
「あぁ、兄貴ならいつものことさ。気にしなくていい。」
美緒はあせりました。
ちょっと待ってください。
宰相閣下のことを、兄貴って言ってましたよね。
ということは、セディって宰相閣下の弟ってことです。
美緒はセディの身分を聞いていなかったことにようやく気が付きました。
「あ~。お前さんが異界渡りの姫さんか。良ければ異界の品物を見せちゃくれないかね。このインクも紙も面白い素材が使われているんでなぁ。異世界の品物に興味があるんだ。上手くいけば大儲けできるぜ」
パドスは美緒の方を見るとさっそく交渉をはじめました。
美緒が驚いて硬直してしまったのを見て、セディはパドスの頭に拳固をくらわしました。
「いってぇなぁ。なにしやがるんだよ」
「ものには順序ってものがあるんですよ。見てごらんなさい。可愛そうにミオが固まってしまっているじゃありませんか。」
そうしてセディはソファーにパドスと私を坐らせると、自分は私の横に腰かけて、人数分のお茶とお菓子をベッキーに頼んでいました。
「お菓子はオランジェリーのを用意しているからね。それを頼むよ。残ったお菓子は持って帰りなさい。お茶を出してくれたら今日はもういいからね。」
それを聞くとベッキーはとてもうれしそう準備をしてくれます。
セディも美緒のやり方を見習ってベッキーの弟妹にもお菓子を買ってきてくれたようです。
セディにとっては、はした金でもベッキーの幼い子供たちにとってはとっておきの贅沢になります。
お姉さんであるベッキーの株も最近急上昇なんですって。
ベッキーを朝から帰してしまうということは、セディは今日は一日美緒と一緒にいるつもりなのでしょう。
そう思うとついつい嬉しいと思ってしまう美緒なのです。
だってセディが側にいると不思議なくらい美緒は安心できました。
いつもセディがいてくれればいいなぁと思っていることは、しばらくはセディに内緒にするつもりの美緒なのでした。