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運命の定めた相手

 それからセディは、簡単に風呂だのライトの点灯の仕方だの、生活に必要な様々な用具の使い方をレクチャーして後ろ髪をひかれる思いで帰っていきました。

 本当ならば一刻も早く美緒を自宅に引き取りたいセディなのですが、ともかく美緒を取り込むことができただけでも王立図書館の6階を手に入れたかいはあったと言えるでしょう。


 美緒の方はとにかく色々あり過ぎて疲れたのでしょうか。

 約束どおり天蓋付きのベッドに潜り込むとぐっすりと眠ってしまいました。

 異世界に落っこちてから僅かの物音にも目を覚ますような生活をしていた美緒が、爆睡できたのはこれが初めてのことです。


「おはようございます。ミオさま。」

 

 朗らかな声に目を開ければ、栗色の髪をハーフアップに結い上げたメイド姿の女性がにこやかに立っていました。


「おはようございます。」

 

 美緒は寝ぼけまなこで返事をしながら、あぁそうか、ここは幽霊の間だったっけと夕べの出来事を思い出しています。

 もしかして昨日セディが言っていたメイドさんでしょうか。


「え~と、メイドさん?」


「失礼いたしました。本日よりミオさま付きのメイドになりましたベッキーと申します。お湯を用意いてしておりますから洗顔をなさって下さいませ。その間にお召し物と食事をご用意いたします」


 美緒がベッキーに促されるままに洗面をすませると、ベッキーはテキパキと美緒を着替えさせ身支度をさせてくれます。


 ごく淡いオレンジがかったピンクのドレスは、厚みのあるシルク素材で出来ていたので飾り気のないプリンセスラインなのに、それだけで十分に美しいものでした。

 短い髪でもサイドを編みこんでアップにすればそれほど目立ちません。


 この世界の化粧品が肌にあうかどうかわからないので、美緒は化粧だけは断りました。

 あとで化粧品一式をセディに見て貰って、似た物が作れないか調べてもらうつもりなのです。

 美緒は自分がいつの間にかセディを信頼していることに気が付いていませんでした。


 

「素敵だわ。コーヒーが大好きなのよ。しかもミルクもあるのねぇ。今朝はカフェオレにしましょう。」


 美緒がそう言ってコーヒーとミルクをかっきり半分づづカップにそそぎましたから、ベッキーは驚きました。

 こちらの世界ではコーヒーは砂糖とクリームを入れて飲むことはあっても、ミルクで半分に割るなんて飲み方はしないようです。


「ミオさま、コーヒーとミルクをブレンドするなんて随分変わってらっしゃるのですね。」


「ベッキーも一緒にどう? 1人で食事をするなんて寂しいわ。」


 美緒の勧めにベッキーはしばらく遠慮していましたが、好奇心には勝てなかったらしく嬉し気に同席するとさっそく自分もカフエオレを作っています。


「まぁ。とってもマイルドで美味しいですわ。カフェオレって言うんですね。」


 美緒はそんな素直なベッキーとならうまくやっていけそうだと一安心しました。


「お菓子なんかにも合うのよ。」


 美緒がそう教えてあげると、ちょっぴりいたずらっ子の顔になったベッキーは内緒話でもするみたいにささやきました。


「マントルピースの上にオランジュリーの箱がありましたよ。オランジュリーのお菓子はとっても美味しいって有名なんです。」


「まぁ、じゃぁ伯爵夫人はお菓子もくださったのね。あとでおやつに一緒に食べましょうよ。勿論カフェオレと一緒にね。」


 美緒がそういえば、ベッキーはパァーと顔を輝かせて頷きます。

 一緒に食事をしたことで美緒とベッキーは一気に仲良くなりました。

 どの世界でもおいしいものを一緒に食べると連帯感が増すもののようです。


 朝食を終えると、美緒はマンションの部屋から紙とインク、それに化粧品を取ってきました。

 セディが来たら渡す必要があるからですが、昨日ひっぱたいたセディなのに今日の美緒は待ちかねているのでした。

 美緒は生活必需品を複製してもらわなければいけないからだと思っていますが、果たしてそれだけでしょうか?


 だって美緒は持ってきた化粧品で手早く化粧を済ませてしまったのですから……

 女性が嫌いな相手を美しく装ってまで待ちかねるものでしょうか。


 そうして無意識に美緒がセディの訪れを待ちかねているというのに、セディはなかなかやってきません。

 退屈のあまり本でも読もうと美緒が階下に降りると、6階へと上がる階段の手前には図書館の警備兵とは違う制服を着た兵士が詰めています。


 美緒の姿を見ると一瞬目を見張りましたがこれが自分達が守っている姫君だと得心したらしく、丁寧な礼をして助力を申し出ました。


「姫様。ご用命があればお申し付け下さい」


「すこし、本を読もうかと思って降りてきたの。おすすめの本はあるかしら」


「畏まりました。すぐに何冊か見繕ってお届けにあがります。どういった本がお好みですか?」


「出来れば誰でも知っているような有名なお話がいいわ。でも自分で適当に探すわよ」


「いいえ。姫さまに何かあっては大変です。お部屋までエスコートさせていただきますから、どうぞお部屋でお待ちください」


 確かに美緒を守ってくれるつもりなのでしょうが、美緒としてはまるで閉じ込められているような気分になりました。


「嫌になってしまうわ。私は別に姫でもなんでもないのに」


 そうこぼすとベッキーが驚いたような顔になりました。


「姫さまは異界渡りの伝承の姫君でいらっさいますわ」


 当たり前のような顔でそう言われて今度は美緒が驚いてしまいました。


「どういうことなの。ベッキー詳しく教えて頂戴。そうね。伯爵夫人から頂いたお菓子を食べながらお話しましょう。勿論カフェオレと一緒にね」


 そう頼むとベッキーは見えない尻尾をブンブンと振っていそいそと準備にとりかかります。

 ベッキーの言うとおりオランジェリーのお菓子は秀逸です。


 伯爵夫人は彩りもよく、手軽に食べられる焼き菓子を見繕ってくれたらしく、バターがたっぷりと入ったものや、洋酒に漬け込んだドライフルーツの入ったもの、ナッツ入りやクリームの入ったものなど、様々な種類を少しづつ選んでくれています。

 

「ミオさま。こっちのお菓子にはベリージャムがたっぷり詰まっていますわ。甘酸っぱくて美味しいですよ。」


「ねぇベッキー。こっちは随分と濃厚よ。洋酒の香が効いてるわよ。」


 もうすっかりベッキーと美緒は仲良しになってしまいました。


「それでベッキー。私が異界渡りの姫君っていったいどういうことなの?」


 ベッキーの説明によるとおよそ600年前に異世界から来たという女性が王様と結婚したのだそうです。

 それが異界渡りの姫君で、異界渡りの姫君には神様の祝福が与えられていると言います。

 600年前の姫君には豊穣の祝福が与えられていたので、異界渡りの姫君が生きている間ずっと豊作が続いたという伝承があるのでした。


「それにしても、どうして私がその異界渡りの姫君だと言えるというの? ただの迷い人かも知れないじゃないの?」


 美緒の疑問はもっともです。

 なにしろ美緒はこの世界に落っこちた時に、別に神様に出会ったこともなければ何か特別な力も授かってはいないのですから。


「だってそれはセディさまが呼び寄せたからですわ。有名なお話ですもの。セディさまが異界渡りの姫君を呼び寄せるためにその才能の全てを掛けて研究しているって話は……」


「もう25年も研究していらっしゃいましたから天才ってのおかしな振る舞いをするものだと馬鹿にする人も多かったんです。だのにセディさまはとうとうご自分の伴侶を呼び出すことに成功されたんですものねぇ」


「ありがとうベッキー。よく話してくれたわね」


 お礼を言った美緒のはらわたは煮えくりかえっていました。

 あのセディが美緒がこの世界に飛ばされた元凶だったのです。


 よくもまぁしゃぁしゃぁと力になるなんて言えるものです。

 とっちめてから元の世界に戻してもらおう。

 美緒がそんな決意をしていると夕食のバスケットを持った侍女がやってきました。


「朝食と昼食の残りがあるから、そのバスケットはそのままベッキーが家に持って帰って頂戴ね。」

 

 ベッキーの家には弟妹が多いのに、母親がいません。

 ベッキーが通いで働いている理由は、家族の面倒をみるためなのです。

 侍女さんが持ち込む料理は量だけはたっぷりあって、ベッキーと2人で食べても余ってしまうんです。


 夕食のバスケットは、朝や昼よりも多いからベッキーの弟妹もお腹いっぱい食べられるはずです。

 ベッキーは一瞬とまどった顔をしましたが、すぐに嬉し気にうなづきました。

 美緒がそれほど食べられないのは今日一日一緒に食事をしてよくわかっています。


「それじゃぁベッキー。きょうはありがとう。又あしたお願いね。」


「はい、ミオさまも夜更かししないで寝て下さいね。」


 そう言ってベッキーは帰っていきました。


 しまった!

 オランジュリーのお菓子も持って帰ってもらえば、さぞかし子供たちが喜ぶでしょうに。

 まぁいいわ。

 明日忘れずにベッキーに伝えましょう。


 そう考えながら昼食の残りを温めていると聞きなれた声がしました。


「夕食は持たせてあった筈なんだが、どうしたのだ?」


「セディ、いらっしゃい。あんなにたっぷりの夕食をいただいても残してしまうだけなので、ベッキーに持ち帰ってもらいましたの。私はこの残りで十分ですもの。」


「やはり変わっているなぁ。どうしたらそんな風に思えるんだろうねぇ。」


「合理的っていうんですよ。こういう考え方。 こうすれば私は残り物を捨てなくてすむし、ベッキーの弟妹達はお腹を満たすことができます。どっちも大満足ですわ。」


「いや、私が言いたいのはそんなことじゃないんだがね。」

 

そう言ってセディは諦めたようにため息をつきました。


「まぁいいか。それが君という女だ。きょうは階下に降りたんだって? 必要な物があればベッキーに言いつければよいのに……人手が足りないよならもう少しメイドを増やすか侍女をつけようか?」


 そう言われて美緒はやっと自分が怒っていたことを思い出しました。

 セディの姿を見た時にはそんなことはすっかり忘れてしまったのです。

 美緒は気を引き締めてセディを睨みました。


「セディ。私に秘密にしていることがありませんか? 特にどうして私がこの世界に飛ばされたかということとか」


 セディはとうとうバレたかと覚悟を決めました。


 セディが異界渡りの姫君を召喚しようとしていることはあまりにも有名な話で、そのうえ女には目もくれないセディが王立図書館の一部を買い取り、しかもそこに見馴れぬ色を纏った奇妙な風体の女性が住み着いたとなれば、多くのものが異界渡りの姫君を想起してしまうことでしょう。


 セディは静かに、しかし真剣に自分の想いを打ち明けました。

 セディが召喚したのは、異界渡りの姫というだけではありません。

 セディの番なのですから。


「番というのはどういうことですか? どうして私がセディの番だとわかるというのですか?」


 美緒はいきなり召喚されたことよりも、自分がセディの番だと言われていることのほうがショックでした。

 番というのは要は運命の相手だということでしょう。

 美緒の運命の相手がどうしてセディだとわかるというのでしょうか?


「ミオ。僕はこう見えてこの世界で最も優秀な魔術師だ。正直天才だと言われている。異界渡りの姫君にどうしようもなく魅かれて25年間も君を召喚しようと努力し続けたのも、きっと君が僕の番だからとは思わないかい?」


「少なくとも僕は自分の魔術師としての技量にかけて誓うよ。召喚式が指定したのは僕の番だ。君がここにいる事こそが君が僕の番だという証拠なのさ」


 そうして熱心に美緒に愛を囁くのでした。


「愛しています。ミオ。君だけを望んで、君だけを見つめてきたんだ。君は僕の運命の人なのだよ美緒」


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