リリーアイドル化計画
婚約者らしい甘い行動を望むなんて馬鹿げたことを考えた自分をロッテは激しく後悔していました。
セディがありえないぐらい密着して甘い言葉をかけたり、耳元でささやいたりするのでロッテはもうどうしてよいやらわかりません。
セディが上機嫌で馬車からおりた時には、ロッテは膝が笑ってしまって上手く歩けないほどです。
過去の恋愛経験が不足していたことが露呈してしまったようです。
そんな状態であってもこの演芸ギルドは『リリーアイドル化計画』を成功させるための大事な場所です
ロッテは気を引き締めました。
ギルド長がいそいそとウィンテスター伯爵とその婚約者を出迎えに現れました
ギルド長にとってはセディは王様の甥っ子という認識なのかも知れません。
演芸ギルドと言うだけあって、そこかしこに有名な女優や歌手の絵姿が飾られています。
そんな華やかな演芸ギルドだというのに、ギルド長の部屋は装飾のほとんどない殺風景とすら言えそうな部屋でした。
「おかけください。ウインテスター伯爵。この度は素晴らしい企画があるとか?」
「はい、そうなんですが、それについては婚約者のシャーロットからお話させていただきたいのですが」
ギルド長は興味深い顔をして、ロッテを眺めました。
「これはこれはお美しいお嬢さん。どうです有名になりたくはありませんか? 青銀色の髪に菫色の瞳なんて見たことがないほど神秘的だ。きっと人気が出ますぞ」
セディが慌ててギルド長を止めました。
ギルド長はすこしでっぷりとした優しい叔父さんという感じなですが、見た目と違いやり手のプロヂューサーなのでしょう。
「彼女は私の婚約者で、シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢です。失礼のないように」
ギルド長はまじまじとロッテを見つめて唸ったと思うと興奮し始めました。
「こいつはいい! 大当たり間違いなしだ。シンクレイヤ侯爵家の秘された姫が。実は青銀の髪と菫色の瞳を持つ神秘的な姫君だった! しかも王族であり当代随一の魔術師の婚約者となる。その秘密の恋とは?」
ギルド長がうわ言のように幻の舞台を語っているので、セディたちはギルド長の魂が現実に戻るのを辛抱強く待っていました。
セディたちがしらっとしているのを見るとギルド長も自分の失態に気づいたようです。
コホンとわざとらしく咳払いをすると居住まいを正して質問しました。
「それで、シンクレイヤ侯爵令嬢。この度はどのような企画をお持ちいただけたのですかな?」
「はい。ギルド長。今日お伺いしたのは、王太子殿下とその麗しい婚約者のリリアナ嬢の恋物語を舞台上演して頂きたいからなんです」
ロッテがそういうと、ギルド長はにべもなく言いきりました。
「ダメですなぁ。政略結婚なんぞドラマ性がありませんからな。しかも失礼ながらマクギネス公爵令嬢は、あまり人気がありませんしねぇ」
「いいえ、ところがそうではございませんのよ。ギルド長はあのドリュー男爵令嬢のことをご存知かしら?」
途端にわかりやすくギルド長は、話に乗ってきました。
「知っているかですって! こんなドラマチックな話があるものですか。攫われた男爵令嬢を王太子殿下が救ったんですからなぁ。しかしこの2人の恋もリリアナ嬢のおかげでぶち壊しだ。身分違いの悲恋。絵になりまずぞ」
ロッテはもったいぶっていいました。
「やはり情報通で知られるギルド長にも知らないことがありますのね。」
それからロッテは大いに語りました。
リリアナ嬢が幼いころに王宮の庭園でお互いの身分も知らないで王太子と出会い一目惚れをしました。
なのにその後すぐに政略結婚で婚約者が決まって、2人の初恋は潰えたと思い込んでいたんです。
気の毒なドリュー嬢の話を聞いて実の両親を見つけたのがリリアナだったのですが、王太子はリリアナが男爵令嬢を虐めていると思いこんでしまいました。
それで王太子は誤解から婚約者であるリリアナ嬢をなじったのです。
それを聞いたリリアナは自分には初恋の君がいるから、王太子の恋人に嫉妬なんてする訳ないと啖呵を切ったので。
ところがそのリリアナの話を聞いてやっと王太子には、その初恋の相手こそ自分だとわかってしまったんです。
お互いの誤解が溶けて王太子とリリアナ嬢は相思相愛の恋人同士となり、ドリュー男爵令嬢は恩人であるリリアナの侍女として仕えることになりました。
めでたし、めでたし。
ロッテが一気呵成に、このいかにもなロマンスを語ったところギルド長は黙ってロッテを見つめました
ダメだったのかしら?
ロッテが諦めかけたころ、ギルド長はブラボーと叫びました。
「素晴らしい! 大ヒット間違いなしです。是非舞台化しましょう。歌を作るのもいいですなぁ。オペラの題材にも使えますぞ!」
ロッテとセディはギルド長がまるでその話のついでのように、ちょっとしたエピソードにセディたちの恋物語を添えてもいいか? と聞いてきたときに何気なく頷いてしまいました。
すっかり『リリーアイドル化計画』が上手く行ったと安心したからです。
それでもリリアナと王太子の恋物語を大いに宣伝してくれた場合に限ると注文は付けましたけれども。
こうして演芸ギルド長から『王太子殿下とリリアナ嬢との恋物語』の舞台を大々的に興行するという確約を貰ったセディたちは、その契約書を持って商業ギルドを訪れました。
この舞台上演と同時に王太子とリリアナのブロマイドや、リリアナ御用達のリボンやハンカチ、スイーツなど平民でも手軽に購入できる商品を一斉に売り出してもらえるようにお願いするためです。
演芸ギルド長の確約もあったので、この話も簡単にまとまりました。
この時、未来の王妃であるリリアナの親友として、ロッテのブロマイドもほんの少しだけ出したいと言われてしまったのです。
それでリリアナグッズを10点以上購入してくれた人にたいするプレゼントとして無料で配布するという条件で、ロッテの写真も渡すことになってしまいました。
その写真は今日中に欲しいというので、セディたちは国立図書館に向かいました。
あのマンションで写真をとって、それをプリントアウトするためです。
ところがセディはデジカメを手にとると、そのまま真っすぐにクレメンタイン公爵家に帰宅してしまったんです。
「セディ、私の写真を撮って今日中に商業ギルドに持っていかないといけないのよ」
ロッテがそうクレームをつけると、セディは真剣な顔で言い切りました。
「だからかえって来たんじゃないか。衣装を着替えるためにね」
それからはもしかしてセディって前世はカメラマンの記憶でもあるのではないかしら?って思うぐらい、写真撮影に夢中になりました。
「ロッテ、こっち見て。はい笑って」
「ロッテ、そこで後ろを振り返って! そうだ。いいねぇ」
「ベッキー、その服はダメだ。もっと妖精みたいなのがあったろ! それに着替えさせて」
「ようし、じゃぁ今度はソファに寝そべって、目をつぶって。いいねぇ」
「ジャンヌ、もっと幼い感じに仕上げて。そうそう天使みたいなイメージでね」
「庭にでるよ。ロッテ。花に顔を近づけて。いいねぇ」
セディは満足したみたいですが、ロッテは大いに不満です。
「セディ、私のプロマイドは無料なのよ。つまりタダなの。単なるおまけなのにどうしてそんなに種類がいるの?」
セディはいかにも物分かりの悪い娘を見るような顔をしました。
「いいかい。おまけってとっても大事なんだ。欲しいおまけが出るまで何度でも同じ商品を購入したりするもんなんだよ。 だからおまけってのは種類が多い方がいいのさ」
なるほど。
確かに。
それは言えてますねぇ。
思わず納得しかけてロッテは慌てて反論しました。
「でもそれはおまけをみんなが欲しいと思うからですわ。私のプロマイドなんて欲しがる人はそんなにいないと思うわよセディ。だって別にお姫さまでも無ければ、美少女ってわけでもないんですもの」
セディは私を憐れみを込めた目で見つめたあと、商会に行ってくるとだけ言ってそのまま出ていってしまいました。
ロッテとしては今まで一緒に商会に行ってたんだから、写真を持っていくのだって一緒に行きたかったのに。
実はセディはプロマイド用の写真なんて商会にくれてやるつもりなんてありません。
当たり障りのない写真を少しだけ渡して、あとは自分のコレクション用にするつもりなのでした。
けれどもやり手の商人とセディが互角に渡り合えるかどうかは疑問ですけれども。
そんな訳で時間が空いたロッテはお母さまの命令で、貴族年鑑をみながら、その人たちの人柄とかエピソードをミリーに教えて貰っています。
「ええ、このピートっていうのが女癖が悪くてね。メイドに手を付けてしまったんですよ。そこで伯爵夫人が彼女をあのグランゼドーラホテルの次男坊。エリオットに嫁がせたんですよ」
ふむふむ。
「グランゼドーラホテルの主は準男爵ですからね。次男坊なら爵位を継がないと思いきや、長男が遠征中に事故死しましてね。現グランゼドーラ準男爵はエリオットって訳です」
ほうほう。
「元メイドのシャネルが生んだのが長男のマルコムでこのマルコムが後継者です。つまりグランゼドーラ準男爵はいずれクリュシュナ伯爵の孫が継ぐって訳です」
「えーと。ミリー。それを現グランゼドーラ準男爵はご存知なの?」
「知っているに決まっているじゃありませんか。ですからクリュシュナ伯爵は、グランゼドーラ準男爵を男爵にしようと、せっせと動いてるって寸法です」
ほへー。
「グランゼドーラ家は男爵と書き直しておいてくださいな。すぐにそうなりますから」
ミリーに云われて、私はグランドーラ準男爵の準の文字にバッテンをつけて、息子のマルコムにはクリュシュナ伯爵孫と記載しておきました。
「ねぇミリー。この話はどれくらいの人が知っているの?」
ロッテがそう聞くと、ミリーは目を丸くしました。
「いいですか。いやしくも社交界に身を置くものが、こんな情報もつかめないようなら、社交界を渡っていけませんわよ。もう少し頭を使いなさいロッテ」
なるほど。
全員が知っているんですね。
社交界って恐ろしすぎます。
そしてロッテは嫌な予感に襲われました。
はっはっは。
まさかね。
「それならミリー。私がシャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢ではなく、異界渡りの姫だってことは、どれぐらいの人が知っている訳?」
「ロッテお嬢様。そんな青銀の髪と菫色の瞳をしていながら隠せるとでも思いましたか? もちろん公然の秘密ですとも。けれどいいですか。社交界ってところは公然の秘密をほのめかすのは、はしたないとされています。お嬢様も知らん顔をなさってくださいよ」
へぇー。
ばれてないって思ってたのは私だけですのね。
ロッテはあの演芸ギルド長や商会ギルド長の笑顔が思いっきり胡散臭く思えてきました。
あれ、そう言えば私のことを未来の王妃の親友って言ってませんでしたか?
どれだけ情報がだだ洩れしているんでしょう。
ロッテはすっかり頭を抱えてしまいました。




