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王太子殿下完敗する

「殿下、宜しければこちらにお掛け下さい。いまお茶をお入れします。 ミリー。殿下のお相手をよろしくお長いしますね」


 そう言って殿下をミリーに押し付けると、ロッテはお茶の準備を初めてしまいました。

 殿下はどっしりとソファーに座りましたが、その目はじっとリリーを睨みつけたままです。


「まぁまぁアリスト王太子殿下。お久ぶりでございます。アンのお家でキンポウゲに絡みつかれて泣いていらしたのが、つい昨日のようですわ。いやですねぇ。年は取りたくないですわね」


 いきなりミリーの懐かしいわ発言に、ぎょっとした殿下はリリーから視線を外してミリーを睨んだが、自分の親よりもずっと年配の女性を相手に、怒鳴り散らすこともできないようでした。


 自分の前に座ったのが王太子殿下だと気が付いたジャンヌが、慌てて立ち上がると部屋の隅に逃げ込んでしまいます。

 いきなり若い女性に飛んで逃げられて、驚いた王太子は、思わずミリーに質問をしました。


「な、なんなんだあの娘は! クレメンタイン公爵家のお仕着せを着ているようだが?」


「ええ、随分苦労しましたのよ。ジャンヌがなかなか見つかりませんでしたからねぇ。ほら大狸本舗の本店って、最近リニューアルのためにお店を締めてしまいましたでしょう。ですからジャンヌは従兄のベンの伝手で果物屋のジムの店に身を寄せてたんですの」


 王太子は目を白黒させています。


「ええ、そのジムの店に金物屋のボブのところのジャックがスモモを買いにいきましてねぇ。スモモは今が旬でございましょう?それを八百屋のオリバーが聞きつけてくれましたのよ」


「待て、ミリー。その女は平民でジャンヌという名前なんだな? それでなぜ公爵家のお仕着せを着てこんな場所にいるんだ!」


 王太子殿下は、機関銃のようなミリーの言葉をせき止めました。


 凄いですねぇ、王太子殿下は!

 あのミリーの話にちゃんとついていきましたよ。

 まぁ、訳がわからないけれどもクレメンタイン公爵家が、平民のジャンヌという娘を探し出してこの場所に連れてきたことまでは理解したみたいです。


 ガタンとエイミーが立ち上がり、真っすぐに王太子を見つめて深々と頭を下げました。


「ごめんなさい殿下。ジャンヌは私の幼馴染です。いいえ姉妹みたいなもんなんです。母ちゃんが私が3つで死んでしまって、父ちゃんが私の面倒を見られないので、ジャンヌの父ちゃんと母ちゃんが私を育ててくれたんです」


 もうこうなると王太子も驚きを通りこしてしまったようです。


「な、なにを言っているんだエイミー。お前は親を知らない孤児だろ? ドリュー男爵家から攫われたんだろ?」


 ほとんど泣き出しそうな顔で王太子は尋ねました。


「エイミーの父親ってのはろくでなしですがねぇ。それでも娘を愛してたんですよ。自分が殺されるって時に娘だけは守ろうってするぐらいにはね。王立孤児院の孤児を攫ったり、殺したりするなんて無茶は、いくら盗人ギルドでもやりませんからね」


 ミリーの、おっとりとした言葉に王太子はすっかり打ちのめされてしまいました。


「エイミーは盗人の娘だというのか! オレをたばかったのか!」


 王太子が小さいけれども怒りのこもった声でエイミーに詰問しますが、エイミーはもはや泣くばかりです。

 そんなエイミーをリリーが静かに抱きしめて、落ち着かせようとしています。


「まぁまぁ。立派な青年が、か弱い娘を泣かすもんじゃありませんよ。 エイミーが孤児なのは本当のことでしょうが。母親は物心がつく前に病死。父親に捨てられたんですからね。そんな孤児の楽しみは何だとおもいますか? 実は自分には愛してくれる両親がいる。これは間違いできっと両親が迎えに来てくれるって夢想することなんですよ。殿下」


「殿下。エイミーは自分から男爵令嬢だなんて言いましたかね。おおかた王太子殿下に取り入りたい醜い大人のエゴでしょうが。王太子殿下も酷いお方だねぇ。こんなか弱い幸薄い少女を咎人にしたんだからねぇ」


「な、なんだと!」


 王太子殿下がミリーに掴みかかろうとするので、ロッテは慌てて止めました。


「殿下、術式があるのをお忘れなく。この部屋には防御の術式をかけておりますから、扉の外には声は漏れません。どうか殿下。エイミーをお救い下さい。エイミーを咎人にしないために、リリアナ公爵令嬢が汚名をかけられてまで姿を消したのです」


 王太子殿下は頭の回転は遅いが馬鹿ではない。

 そう言ったリリーの言葉は本当だったようです。


「すまない。リリー。私が間違っていた。許してほしい」

 

 王太子殿下は真っすぐにリリーに頭を下げました。


「そんなアリ。アリは悪くありませんわ。だってアリはエイミーのために、エイミーを助けようとしただけですもの。そういう情が深いところが好きなんですもの」


 まぁまぁ、リリーったらこんなタイミングで愛の告白をしてしまいましたよ。

 ロッテは微笑ましくリリーを見つめています。


「リリー、リリーはオレを愛してるのか? 義務で仕方なく婚約者になったんじゃないのか? オレみたいな馬鹿王子なんか嫌いなんじゃないのか?」


「アリ、アリは馬鹿じゃありませんわ。とっても聡明です。一を聞いて十を知るような人が賢い人だなんて私は思いませんわ。じっくりと考えて、間違ったらそれを正せる人が聡明な人です」


 そう言い切るとリリーは真っ赤になってしまいました。


「殿下。聡明で有名なリリアナ公爵令嬢が、聡明だとおっしゃるんですから殿下は馬鹿王子ではありませんわよ。ここはリリーを抱きしめるべき場面ではございませんの?」


 ロッテの後押しで、ようやく殿下はおずおずとリリーを抱きしめました。

 それを見たジャンヌがすばやくエイミーを抱きしめると、ミリーの近くに連れ去りました。


 ジャンヌって子もメイド向きですよね。

 全体がしっかり見えていますもの。

 このあとしばらく王太子と公爵令嬢は、実に甘い空気を醸し出していましたが、さすがに何度かめのキスの後でミリーが声をかけました。


「殿下、それ以上続けますと、とめられなくなってしまいますわよ。結婚までは公爵令嬢を清いままにおいて差し上げて下さいませ。さもないとマクギネス公爵がお怒りになりますからね」


「まぁ、ミリーったら」


 リリーは真っ赤になって殿下の腕から抜けだしましたし、殿下も不承不承リリーを腕から手ばなしました。

こうなってしまえばあとはもう事務処理だけです。


「エイミーは正式に男爵令嬢として届けだされているのですから、このままでよろしいんじゃございませんか?」


 リリーが言えば王太子は渋い顔になりました。


「それでは嘘をついたドリュー男爵に示しがつかない」


「ドリュー男爵にはクギをさしておきましょう。王家に対する詐欺行為の証拠は握っているとね。そのうえで馬車馬みたいにこき使えばよろしいわ。一応鼻は聞くみたいですもの。使いどころはあるでしょう」


 うわぁー、リリーはえげつないですねぇー。

 さすがの王太子殿下もドン引きの顔をしています。


 よかったですね。

 王太子殿下。

 場合によってはリリーの矛先は殿下に向いていたんですもの。

 ロッテは王太子殿下がたじたじになったのを見て密かに留飲を下げました。


「エイミー、エイミーは私の侍女になりなさい。いいこと。私はかなり厳しい主人ですのよ。嫌なら王太子殿下に助けてもらうといいわ」


「はい、リリアナお嬢様。私の命の恩人ですもの。誠心誠意お仕えいたします」


 エイミーは王太子の顔すら見ないで即答しました。

 男爵令嬢なんて肩書がついてエイミーはきっと苦しかったに違いありません。

 こっそりと侍女の心得なんて本を読んでいたぐらいですものね。

 働くことになってほっとしたみたいです。


「ねぇ、ジャンヌ。私付きのリリーって侍女が、たった今辞めちゃったのよ。良かったら今日から私付きのメイドにならない。住み込みだから、給金はしっかり貯金できるわよ。ご実家に支度金を渡すこともできるわ」


 ジャンヌは途端に目を輝かせました。


「はい、お嬢様。よろしくお願いします」


 これでこの件は解決をみたようです。

 ロッテは後のことをミリーことシンクレア男爵夫人にお願いしました。


「ミリー、えーと今のジャンヌの雇い主に話を付けてくれる? それからジャンヌと一緒に荷物を取ってきてあげてね。ジャンヌのご家族に支度金を渡すのも、忘れないでね」


「まぁまぁ。人をおそろしくこき使うところもアンそっくりですわねぇ。私はもう年寄りですのにねぇ」


 相変わらずのミリー節がさく裂しましたが、それでも何となく上機嫌なのがわかります。


「ええ、頼りにしてますわ。シンクレア男爵夫人。お願いしますね」

 

 その後は本当に見ものでした。

 王太子殿下がリリアナ公爵令嬢を愛おしそうにエスコ―とする後ろから、エイミーが侍女らしく付き従っているんですもの。


 王太子殿下の側近たちは、それこそ金魚みたいに揃って口をパクパクさせていましたが、黙って王太子に付き従うしかありません。

 人々が息を凝らして遠巻きに見守る中、王太子とその婚約者は優雅に図書館の出口に向かっています。


 時々リリアナを悪しざまに罵っていた人が、リリアナに視線をおくられて、ヒィーと叫んで真っ青になるんですからね。

 ロッテは笑いをかみ殺すのに苦労していました。


 図書館の出口までくると王太子殿下は、皆に聞こえるように言いました。


「マクギネス公爵家に先ぶれを出してくれ。今から大切な婚約者を送ってまいりますとな」


「今宵はぜひそちと夕食を共にしたいのだが。かまわないかなリリアナ」


「ええ、勿論ですわ殿下。我が家のコックの腕もなかなかですのよ」

 

 リリアナが楽しそうに返事をすると、王太子は上機嫌です


「そなたは、いつだって私の欲しいものがわかるのだなリリアナ。愛しい人」


 そう言ってリリアナの額にキスまでおとしたのですから、周囲の驚きは相当なものです。

 

 今日中に王太子とリリアナが寄りを戻した話は社交界に広まるでしょうし、ドリュー男爵令嬢がリリアナの侍女になった話と併せて、やっぱり王太子がドリュー男爵令嬢に親切だったのは、ただの騎士道精神だったということになるでしょう。


 めでたし、めでたしですわね。

 リリアナを馬鹿にした人たちや、ドリュー男爵にとっては地獄の始りかもしれませんけれどね。


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