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悪役令嬢登場

 お母さまはすこし無謀なのではないでしょうか?

 相手は次期国王なのですよ。 


 王太子はそれこそか弱い姫君を救い出す白馬の騎士を気取っているのでしょう

 それを覆そうとする人の言葉なんて聞ける訳ありません。


 とはいえ王太子殿下のことよりもロッテが頭を悩ませなければならないのは、リリアナという美しい娘の処遇のほうです。

 一介の事務員でしかなかったというのに、いきなりこんな難題を抱え込むなんて!

 ロッテは考えがまとまらないまま自室に戻ってきました。


「お嬢さま、お帰りなさい」


 ベッキーが飛んできてくれました。


「ベッキー。こっちに来ることになっても大丈夫なの? 家から遠いんじゃなくて?」


 ベッキーは弟妹の面倒も見ていますから、遠距離通勤はきっと身体に負担になってしまうでしょう。

 


「まぁ、お嬢様ったら。公爵さまのお館と図書館は同じエリアです。かえって少し近くなったぐらいなんですよ」


 そんなロッテの心配は杞憂だったようです。


「お帰りなさいませ。シャルロットお嬢様。すぐに着替えませんともうすぐ先生がお越しになる時間ですわ。」


 リリアナがそう言って自分が見繕ったらしい衣装を見せてくれました。


 凄いわ!

 ロッテはその衣装選びの的確さに舌を巻きました。

 この娘はよほど勉強をしていたらしい。

 シンプルなグレーのこの服は、初めて教師を迎える令嬢に相応しい装いです。


 相当利口そうなこの娘は、本当に夢見る夢子さんなんでしょうか?

 いいえ、本当の夢見る夢子さんというのは、実際の生活では帰って現実的なのかもしれません。

 実生活では臆病なほど慎重なのでしょう。


 リリアナが庶平民出身というならロッテだって出自は同じようなものです。。

 まぁ珍しい異世界からの渡り人というプレミアはついていますけれどもね。

 お母さまの策というのが何をさしているのかはわかりませんが、リリアナを害するつもりではないでしょう。


 それならば……。


「リリアナ、ベッキー、あなた達は私付きなんですから、私が勉強している間に、どうしてもやらなければならないことはないのでしょう? それなら一緒に勉強しない? お母さまと先生の許可は私が貰いますから。」


 ベッキーは一瞬このお嬢様は一体何を言い出すのかとばかりに絶句しましたが、少し間をおいて承諾しました。


「私の仕事はお嬢様のお世話をすることですわ。お勉強は嫌いですけれども、学ぶことでお嬢様のお役にたつのでしたら喜んでご一緒いたします」


「ありがとうベッキー。それでリリアナはどうしますか?」


 リリアナは静かに答えました。


「お嬢様がそれをお望みでしたら、努力したいと思います」


 やっぱりとても頭がいいのです。

 あくまでも判断は雇い主のロッテに委ね、ロッテの命令に従うと言っています。

 けれどもそこには自分の意思は微塵も含まれません。


「そうねリリアナ。無理をさせるつもりはないわ。どっちにしろ先生が講義するのは同じことだから、勉強する気があるなら便宜を図るつもりだっただけなの。気にしないでちょうだい」


 いいこと、リリアナ。

 チャンスは前髪しか持っていないの。

 あなたの出自が本当に平民で本気で成り上がるつもりがあるなら、それを逃しては終わりよ。

 ロッテがそれで話を打ち切ろうとするとリリアナが、訴えました。


「すみません。お嬢様。私も勉強に同席させてください。メイドの仕事に支障ないようにいたしますから」


 おー。

 完璧ですね。

 勉強したいのは自分の意思だと認めることもできましたし、なによりも自分の仕事はメイドだと認めることも出来ています。


 完璧にロッテの欲しい答えを持ってきました。

 やっぱりすごい。

 どうしてこの少女をただの孤児だと思えるでしょうか?


 お母さまに聞いた話は一旦忘れてしまった方がよいでしょう。

 ロッテは自分でリリアナを見極めようと考えました。


 「嬉しいわ。それじゃ私たちは今日から学友ね。」


 先生がいらっしゃる前にお母さまのお許しを得ておかなければなりません。

 ロッテはお母さまの腹心の友であるミリーにお母さまの説得をお願いしました。

 ミリーはたいして驚いた風もなく了承してくれましたから、お母さまの方はこれで大丈夫でしょう。


 ただミリーがロッテの話を聞いた時にいったひとりごとが妙に気になります。


「まぁ、やることがアンとそっくりだわ。面白いことねぇ」


 まさかお母さまもメイドと一緒に勉強したんじゃないんでしょうねぇ。

 まさかね。


「リリアナ、ベッキー。私の服であなた方が着られそうなのがあれば着替えておいてちょうだい。これはあたなの為ではなく先生にたいする礼儀の為です。メイド服でお勉強の場に現れるのは先生に対して失礼ですからね」


 一瞬、遠慮しようとしたリリアナ達は場にあわせた服装をすることが礼儀であると思い直したらしく、頷くとすぐに衣裳部屋に向かいました。


 どのような衣装を選ぶのかとても楽しみですね。

 やがて戻ってきたベッキーは不安そうに尋ねました。


「いかがでしょうかシャルロットお嬢様。どれを選んでいいかわからなかったので、リリアナに選んでもらったのですが」


 そういうベッキーは無難に濃紺のプリンセスラインのワンピースを選んでいました。

 紺色は誰にでも似合う色ですから、改まった場所が初めてのベッキーでも無難に着こなせています。

 リリアナの見立てはよく考えられていました。


 ベッキーとロッテは背格好から体格までそっくりなので、もしも衣装や髪色を変えればベッキーは十分に影武者が勤められるぐらいです。

 そういうことなので、ベッキーの洋服はあつらえたみたいにぴったりでした。


 リリアナが着ているのは肩でストンと着るタイプの服でした。

 実はリリアナと背格好はほぼ一緒なのですが、すこしばかり違うのが胸元なのです。

 リリアナの方が、お胸がすこしばかりふくよかなんです。


 ですからリリアナが着ている服も、肩幅と袖丈などはピッタリですが、胸元に入れられたシャーリングが、すこしばかり伸びています。


 リリアナの選んだのはベージュ色のローウエストのワンピースです。

 腰の横で結ぶリボンがアクセントになっている上品なタイプのものです。


 ベージュというのはとても上品な色合いですが、その分着こなしが難しい色でもあります、

 着る人の品格がいちばんわかりやすい色といってもよいでしょう。


 間違いありません。

 ロッテは確信しました。

 リリアナが貧民窟で生まれ育ったというのはお母さまの嘘ですね。


 なんのためにそのような話をしたのか?

 理由は良くわかりませんが、お母さまが王太子の件で悩んでいたのは本当のようでした。

 いったいこのリリアナという少女には何があるというのでしょうか?



 教師としてやってきたのは、にこやかな笑顔が印象的な30代くらいの青年でした。

 ロッテは先生の顔を見ると、テディベアを思い浮かべてしまいました

 文官とは思えないほど鍛え上げられた体つきをしていましたから、テディベアを思い浮かべたのは体型のせいではなく、その醸し出すオーラのせいです。


 先生は3人の娘が出迎えると一瞬ぎょっとした顔をしましたが、そのままにこにこと授業を始めました。

 先生の教室では身分に関係なく名前で呼び合いたいとのことで、先生は先ず自分をロビンと呼ぶようにと言いました。


 そして身分や姓を教えようとはしませんでしたから、ロッテたちはリラックスして伸びやかに勉強することができます。


 3人娘は『ロッテ』『ベッキー』『リリー』とお互いを愛称で呼び合いました。

 このようにファーストネームだけで授業を進めるという手法は、このような身分社会では珍しく一個の自分と真っすぐ向き合うことができる、とても良い教育方法のようにおもえます。


 それにしてもそのような教育方針を公爵家という上位貴族の家でも押し通すというのですから、ロビン先生の心臓もたいがいのものだとロッテは感心していました。


 授業が終わるころにはリリーたちはお互いにはすっかり仲良しになってしまいました。

 リリーは恐ろしく博識で、その立ち居振る舞いも素晴らしく上品です。

 ロッテは先生からたっぷりと出された課題について、あとでリリーに教えて貰うことにしました。


 午後の茶会だってリリーがいればとてもスムーズに運びそうですが、リリーが隠している事情をお母さまから白状させるまでは公式の場所に出て貰わない方がよいかも知れません。


 ロッテはそのことをミリーに相談してみました。

 どう考えても上流社会に属すると思えるリリーですら、公爵夫人のお茶会に出席した方が良いのかわからないというのですから。


 ロッテが確信しているのは、リリーがかなり上位の貴族令嬢であること。

 公爵家に身を寄せているのは、ぜったいにあのおバカな王太子の責任であること。

 

 この2つだけなのです。

 お茶会に参加するか否か?

 お茶会にリリーを出せば、少し情報が得られるかもしれません。


 やがて今日公爵家に来るご婦人方は信頼もでき口も堅い人ばかりだから、リリーも一緒に茶会に出席するようにとのお母さまからの伝言がありました。


 これで間違いなく、リリーと社交界のご婦人方はお互いに知り合いだとわかりました。

 口が堅いということはつまりは、リリーを一目みればご婦人方にはリリーの正体がわかるということですからね。


 ロッテは今夜から貴族年間をしっかり覚えようと決意しました。

 貴族たるもの相手の名前や位階をしらないなんて話になりません。

 どうやらリリーは相当に有名な貴族令嬢のようなのですから。


 そうしてロッテとリリーは2人してお茶会のガウンをキャッキャと言いながら選びました。

 ベッキーは当たり前のようにメイド服に着替えています。

 ベッキーはリリーはロッテ側の住人だとわかっているようでした。


 ロッテがリリーのために淡いピンクのガウンに白いレースの縁取りがあるものを選ぶと、とっても可愛らしいお姫さまになったのにリリーはなんだか恥ずかしそうでした。

いつもはもっと濃い色合いの服を着ることが多いのだそうです。

 

 色白のリリーには柔らかい色合いの服が似合うはずなのに、どうしてそんなきつい色合いの服なんて選んでいたのでしょう。

 リリーはセンスが良いのでラブリーな服が苦手なのでしょうか。


 リリーは髪色にあわせた薄いブルーのガウンをロッテのために選びました。

 差し色に薄紫の小花が散りばめられています。


 二人してお茶会に出席するとご婦人方は痛ましそうにリリーを見て、公爵令嬢ともあろう方がこのように身を隠しておられるなんてと憤っています。


 リリアナはなんと公爵令嬢であり、しかも王太子の正式な婚約者でもありました。

 それなのに王太子が一方的に公爵令嬢を断罪し、なんと孤児院出身の男爵令嬢と結婚すると騒いだといいます。



 それって定番の悪役令嬢物のお話みたいじゃありませんか!

 しかし現実の世界でそんなことは可能なのでしょうか?


 ご婦人方に言わせると、やっぱりそんなことが許されることはないそうです。

 どうやら孤児院出身者の少女には、お母さまが言っていたように貧民窟に歴とした両親がいたのでした。

 両親が亡くなって孤児になったわけで捨て子ではなかった訳です。


 貴賤婚が問題になっているというよりも、王太子が公衆の面前でリリアナを罵倒しただけでなく、場合によってはリリアナの命さえ狙いかねない状況なのでリリアナの叔母であるお母さまがリリアナをかくまっているのだそうです。


 どうやら王太子一派はリリアナが領地に逃げ出したところを討つつもりだという情報が入っているので、リリアナは家にも帰ることができずメイドに身をやつしているのでした。


 王太子殿下ってかなり甘やかされていて、思い込んだら他の話が耳に入らないタイプのようです。

 公爵令嬢リリアナも、怒るっていうよりもあきれ返っていますもの。


 まさかこんなところで悪役令嬢と友達になれるとはロッテは思ってもみませんでした。


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