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孤児の娘がヒロインに?

 翌朝目をさましたロッテは、自分が公爵家に引き取られたことを思い出しました。

 侯爵家の朝食は普段はそれぞれが自分の仕事にあわせてとります。

 ベッドに運んでもらうこともあるでしょうし、館では取らないこともあるでしょう。


 しかし今朝だけは、家族そろって朝食をとることになりました。

 なんといってもロッテにとっては館で過ごす最初の日なのですから。


 図書館での朝食と違っているのは毎朝焼き立てのパンを食べることができることです。

 焼き立てのパンが食べられるなんてそれだけでも幸せなことですが、毎朝近くのパン屋さんが配達してくれるものが並べられているのですって。


 胡桃が入ったものや、干した果物を入れたもの、柔らかいパンやハードパンなどが、薄くスライスされて置かれていますから、各自好きなもの自分で選ぶセルフサービスのシステムになっていました。

 朝食室のカウンターに、パンやサラダ、卵料理や果物なども並んでいますし、お茶やコーヒーなども暖かい状態で置かれています。


 公爵家ほどの大貴族の皆様がセルフサービスということに驚きましたが、公爵家では使用人に余計な負担をかけないようにしています。

 家族だけの食事の場合は簡素に済ませるのが、普通のようです。


 もしも泊まり込みのお客さまがいれば。朝からきちんとしたお食事が出されますから、今朝のこの気取らない朝食はロッテがお客様ではなくすでに家族として遇されている証でもあります。


「ロッテはハードなパンが好みなの?」


 ロッテが持ってきたパンを見てセディが尋ねました。

 ロッテのパン皿にはハードパンの中にオリーブの実のが入ったものと、ドライフルーツや胡桃などがぎっしりと詰まったものが入っています。


「パンは大好物なんですよ。ですからソフトパンも好きですわ。でも好物といえばハード系のパンに果物や木の実が練り込まれたものですね」


「こうしてロッテと毎朝食事ができるんなら、私も魔術師塔の自室を引き払ってこっちに帰ってこようかな」


 セディの実家に帰る宣言に食いついたのは公爵夫人です。


「まぁ、もう5年も実家に帰らなかったのに、婚約者ができると変わるものね。でも嬉しいわ。あなた達が結婚してしまえば、この家も寂しくなるのですからそれまではここに戻ってくれるといいわね。セディ」


「はい、母上。身勝手は承知していますが結婚式をあげるまで、私もこちらで暮らすことにします。父上かまいませんか?」


「お前が戻ってくれれば、色々と頼みたいことがもあるんだ。助かるのはこっちだよ。シャルロットさまさまじゃのう」


 公爵家当主のお許しもでたので、今日からはセディも一緒に暮らすことになりました。


「セディ、さっそくだけれどシャルロットを連れてシンクレイヤ侯爵のところにご挨拶に行っておきなさい。ロッテが社交界にでれば顔をあわすことになるのに、知らん顔って訳にはいきませんよ」


 お母さまがさっそくセディに注文をだしましたが、セディは素直に頷きました。


「ええ、母上。シンクレイヤ侯爵ご夫妻には、私からもお礼を言いたいと思っていたところです。なるべく早く訪問させていただきますよ。ロッテのこの後の予定はどうなっていますか」


「ロッテには先生方をお願いしていますから、午前中は授業を受けてもらいます。午後は私について社交やマナーを学んでもらうつもりなの。さっそく今日は我が家での茶会に出席してもらいますよロッテ。気ごころの知れたそれほど身分の高くないお友達を呼んだから気楽に参加してちょうだいね」


 セディへ説明していたはずなのに公爵夫人はロッテにしっかりと釘をさすことを忘れません。


 いよいよ社交界デビューすることになりました。

 緊張したらしくロッテはいつの間にか肩に力が入ってしまっていたようです。


「ロッテ、そんなに緊張しなくてもいいよ。気楽にね」

 

 そんなロッテを気遣ってセディがそっとロッテに手を延ばし、その額にキスをしてやります。


「それじゃ、仕事に行ってくるからね。ロッテ。なんでもお母さまに相談してむりしないでね。なるべく早く帰るから夕食は一緒に食べよう」


「いってらっしゃいセディ。待ってますわ」


 そんな若い二人の睦まじい様子を見守っていた公爵夫妻は2人してにっこりと頷きあいました。

 公爵家の問題児が、ようやく落ち着いたなぁといわんばかりに。



 朝食のあとロッテはお母さまとの約束通り、図書館に来ていました。

 図書館の蔵書をのんびりと眺めているだけで、ロッテの心は落ち着きを取り戻してきました。。

 図書館はロッテにとっての心のオアシスの役割を果たしてくれているようです。


「待たせてしまったかしら? ロッテ」


 公爵夫人の声がしたのでロッテは慌てて振り返りました。


「いいえお母さま。私も今きたばかりですの」


 公爵夫人はクスクスと笑いながら、近くの椅子に私を誘いました。


「うそおっしゃい。あのあと少し夫と打ち合わせをしていたから時間は経ってしまったはずなのよ。けれどロッテとの待ち合わせには図書館が一番ね。ここにいると時間をたつのを忘れてしまうのでしょう」


 完全に図星をさされて、ロッテは真っ赤になってしましました。

 そんなロッテを愛おしそうに眺めながら公爵夫人は切り出しました。


「リリアナのことですが、困ったことに王太子が1枚かんでいます。リリアナは王都の孤児院で育ちました。孤児というのを知っていますかロッテ?孤児たちは自分の両親を想像するのです。自分は高貴な者の落としだねで、そのうち迎えがやってくると夢想するのはよくあることなのです」


 なんとなくわかります。

 孤児であれば、いずれは両親は自分を迎えにくると思いたいでしょう。

 自分をすてたのにはきっとどうしようもない理由があったに違いない。

 捨てられた事実を受け止めるのは、あまりに辛すぎるのでそんな風に希望を持ってしまうのです。


 中には自分は高貴な人の落としだねで、自分の存在することで困った人が自分を捨てたのだ!

 両親は今でも行方不明の自分を探している。

 そんな夢想を繰り返すことで、いかにもそれが真実であるかのように思い込んでしまうこともあるかも知れません。


 リリアナぐらい美しければ、そのお伽話は真実味を帯びてきます。

 しかしこのささやかな孤児の娘の希望にどうして王子が関与するのでしょう。

 ロッテは黙って公爵夫人の言葉を待ちました。

 公爵夫人はロッテがリリアナの心情をきちんと理解したのを見届けると、話を進めました。


「王太子も王家の一員として孤児院に慰問にいくことがあります。そこで王太子はリリアナと出会い、彼女の物語を信じ込んでしまいました。」


 あちゃー。

 やっちゃいましたか?

 リリアナの物語はきっと真実味を帯びて聞こえたことでしょう。

 なぜならリリアナ自身がそのことを信じ込んでいるからです。


 そして年若い王太子さまは、薄幸の美少女を救うナイトになったってわけですね。

 けれどこの話にどうして公爵家が1枚かむことになったのでしょう?


 お母さまはうんざりした声を隠そうともせずに話します。


「王太子殿下は、自分が彼女の庇護者になって彼女の親を探すと言い張ったんですよ。その間リリアナを王宮に賓客として招くともね」


 えーと、確か王太子殿下には歴とした婚約者がおいでではなかったでしょうか?

 さすがに独身の男のところに美し娘が転がりこんだら不味いでしょう。

 世間がどう思うか考えることもできないというのでしょうか?


 王太子殿下っておバカですの?

 そのしりぬぐいに公爵家がリリアナを引き取ったと?

 婚約者である私のメイドとすることで、王太子をスキャンダルから守る処置をとったというところでしょうか?


「わかりましたお母さま。それならリリアナは私専属にしておく他なさそうですね。厄介ですが。公爵家のことですからリリアナの出自について調べはついているのでしょう?」


「セディから聞いていたけれど、あなたは話が早くてたすかるわ。もう懇切丁寧に貴方を説得するしかないと思っていたんですからね。リリアナは貧民窟で8歳まで暮らしていました。母親が病死すると父親はリリアナを孤児院の前に置き去りにして出奔してしまったようです。どうやら盗人仲間を裏切ったことがばれたようですね」


 それではリリアナは自分の両親を知っていたことになってしまいます。

 そんな悲惨な環境で暮らした幼い娘が、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げたのは仕方ない事でしょう。

 しかしことが王太子を巻き込んでしまってはそういう簡単な話では済まなくなります。


 下手をしたら王家への詐欺罪で処刑されることもありえます。

 王太子にしても自分が関わったことで、ひとりの少女を殺してしまったとなるとさすがに拙いことになりそうです。


 確かにうんざりする位にやっかいです。

 公爵夫人はどこらあたりを落としどころにするつもりなんでしょう。


「リリアナが処刑を免れて、王太子が面目を保つためにはリリアナの両親をでっちあげるしかなさそうですけれどもねぇ」


 ロッテは思わずそうつぶやきました。

 しかしこのような臭いものに蓋をするような処置をとれば、そのひずみはどこかで必ずあらわれます。

 王太子は自分の失敗を学ぶことができませんから、同じ間違いを繰り返し最後には自爆してしまうこともあるでしょう。


 リリアナにしてもいつまでも夢想の中で暮らしていくわけにはいかない筈です。

 真実と向き合わずにおとぎ話が本当になれば、彼女は知らずに詐欺師として成長していくことになってしまうでしょう。

 

 ロッテはどこに落としどころを見つけてよいかわからなくなりました。

 困惑してお母さまを見つめるとお母さまも心底困ったようにいいました。


「一応考えはあるのよ。けれどもそれにはあの2人が今よりも成長していることが必要なの。今のままではこの案は必ず失敗します。そこでねぇロッテ、あの馬鹿王太子はこっちでなんとかするから、あなたはリリアナを守ってあげて欲しいの」


 ロッテはいつの間にか頭を抱え込んでいました。

 社交界のいろはもわからない状態なのに、さっそく難題を預けられてしまいました。

 まさかお姉さまのあのものすごいバイタリティーは、こうしてお母さまの無茶ぶりに鍛え抜かれたからではないでしょうか?


 ロッテはあのいかにも有能なフランお姉さまの姿を思い出して、思わず身ぶるいしてしまいました。

 ロッテとしてはフランと自分では元々の資質が違うと思っています。

 お母さまの考えるレディ教育は、もしかしてかなり高度なところを目指しているのかもしれません。

 

 考えすぎなのでしょうか?

 もしかして本当の策士はお母さまではないのかしら?

 

 それに……

 ロッテはどうしてもあのリリアナが孤児にも、平民にも見えないのです。

 公爵夫人はロッテにも本当のことを話していないのかもしれません。

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