リリアナ登場
ロッテをひしと抱きしめていたセディは、使い魔らしい小さな青い小鳥を呼び出すと何処かに使いにだしました。
ロッテは慌ててセディから離れると、ベッキーがロッテの涙を拭って素早く化粧直しを施してくれます。
その間にセディが魔方陣を展開していたようで、ベッキーからロッテを取り返したセディがロッテを魔方陣に誘いました。
次の瞬間にはロッテ達は豪奢な建物の居間と思しき場所に転移していて、執事がセディに恭しく出迎えています。
「セドリックさま。父上と母上が図書館でお待ちです。」
「わかった、ありがとう。ギルバート」
さっきの小鳥が先ぶれをしていたのでしょう。
すでにセディの両親がロッテ達の到着を待っいると知って、ロッテはドギマギしてしまいます。
お城みたいな豪華な館にいきなり連れてこられたのですから、ロッテが緊張するのも当然ですが、セディにしてみれば実家なわけで、当たり前の顔をしてロッテをテキパキと館の奥深くへと案内しました。
館が広すぎて、どこをどう歩いたかわからないうちに、ロッテは吹き抜けの図書館についていました。
書庫には天井まで本が並んでいて、中二階に行くためには螺旋階段が続いています。
本をゆったりと閲覧できるように、そこかしこにソファーや肘掛椅子。
それに書き物をするための机などが、配置されています。
個人の持ち物とは思えないほど本格的な図書館が、広々していて人の気配が感じられません。
ところがロッテたちの姿を認めたらしい背の高い壮年と美しい貴婦人がそれぞれセディn声をかけてきました。
「セディ。やっときたか。まちかねたぞ」
「お父さまは、お前が異界渡りの姫を連れてくる日を楽しみにしていたのですよ」
「父上・母上、大変お待たせいたしました。彼女は異界から私が召喚いたしました私の番でございます。
この度は彼女のために、シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢の身分を与えていただきご配慮感謝します」
セディがきっちりと礼をしたので、ロッテもあわててセディに倣って礼を取りました。
「いや、ここ600年間、どの国にも現れなかった異界渡りの姫をわがアスカルド王国に召喚したのは、素晴らしい手柄だ。兄上も大いに満足いたしておる。まぁ王太子はご不満なようだがのう」
そう言って公爵はからからと笑いました。
豪放磊落な性格が伺えます。
「まぁ。堅苦しいお話はそこまでよ。ロッテ、私の隣にいらっしゃい。あなたは私の娘になるのですからね。これからは私たちのことは、お父さま、お母さまとよんでくださいね」
私はあわててセディのご両親に向けて挨拶をした。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします。お父さま、お母さま」
ロッテの言葉は大いに公爵夫妻を喜ばせたようでした。
ロッテとしてはなんだか結婚の挨拶みたいで、少し変な言葉使いだったかしらとすこしもやもやしてしまったのですけれども。
「それでロッテ。あなたにはセディの婚約者としてこの館で生活してもらいます。こちらのしきたりなど、わからないことも多いと思いますが、クレメンタイン公爵家が全面的にバックアップしますから、大船に乗ったつもりでいて下さいね」
公爵夫人の言葉にロッテは不安そうにセディを振り返りました。
セディはを安心させるように、そっと自分の腕の中にロッテを囲い込むと耳元にささやきました。
「大丈夫。僕がついてるからね」
「ワハハハ」
またも豪快に公爵が笑って、楽し気にセディに爆弾を投下してのけました。
「仲睦まじいようで良かった、良かった。国王陛下から召喚の褒美としてお前に、ウィンテスター伯爵の称号があたえられることになった。まぁお前は魔術師としての仕事がある。領地の経営の方は、ジークフリートを代官として派遣するから安心しろ」
「ま、待って下さい。私はそろそろお役目を返上して彼女と母上から頂いたマールブルグの荘園で暮らす予定なのです」
セディが慌てて抗議をしたけれど、もとより王命が覆るはずもない。
「くっそー、あのヒヒじじい。どーしてもオレをこき使うつもりでいやがる」
セディが小さい声でぼやいたが、さすがに国王にヒヒじじいというのは不敬ではないだろうか。
どうやらセディは公爵家の部屋住みからウィンテスター伯爵になってしまったようです。
これでセディも領主さまですね。
男たちがなにやら不穏な気配を醸し出しているのに気が付いた公爵夫人は、ロッテを見て優しく微笑みかけてくれます。
「ロッテは本が好きなのですってね。ですからロッテの好きな図書館を最初の出会いの場にえらんだのよ。セディとも図書館で出会ったのでしょう。これでもけっこう書籍は充実しているから、好きなように利用してちょうだい」
ロッテもわざわざ公爵夫妻が、図書館で私と面会をした理由はなんとなく推察していました。
けれどもあらためてそう言われると、心が温かくなるのでした。
「ありがとうございます。お父さま、お母さま。私は幸せ者ですわ」
それを聞いて公爵一家は嬉しそうにうなずいています。
「シャルロット、お部屋に案内します。いらっしゃい。」
公爵夫人に案内された部屋は、図書館にほど近い2階のスイートルームで、プライベートゾーンとパブリックゾーンとに明確な線引きがありました。
つまりプライベートな居間ではくつろいだ格好をしていてもよいのですが、自分の私室であってもパブリックスペースでは侯爵令嬢としての品位を保たなければなりません。
メイドもプライベートゾーンはこれまでとおりにベッキーが、公的部分には新たにシンクレア男爵夫人がロッテ付きということになりました。
シンクレア男爵夫人は、侍女というよりロッテのお目付け役です。
また、ベッキーは通いのメイドなので、新たにリリアナという少女がメイドとしてロッテの選任になりました。
シンクレア男爵夫人は、お母さまとはそれほど年齢が変わらないみたいです。
お母さまとは仲良しの女友達みたいに気軽に話していますから、ずいぶん長いお付き合いだということがわかります。
そろそろ引退を考えていたときに、ロッテが社交界に慣れるまでということで、引き留められてしまったと笑っていました。
「レディ・シンクレア。頼りにしています。よろしくお願いします」
ロッテがそう挨拶するとシンクレア男爵夫人は、茶色の優しそうん目を輝かせて頷いてくれました。
「もちろんです。シャルロット嬢。きちんとサポートいたしますから安心してくださいませ」
「レディ・シンクレア。私のことはロッテと呼んでくださいませ」
「ではロッテ。私はミリーとお呼び下さい」
いいのかしら?
私のお母さまぐらいのレディにミリーと呼ぶなんて。
ロッテが逡巡するように公爵夫人を見ると、公爵夫人はいかにも母親の顔をしてにこやかに頷いています。
ミリーと気軽に呼びかけてもよさそうだとロッテは安心しました。
いちいちレディ・シンクレアとかシンクレア男爵夫人と呼びかけるより、よっぽど気楽ですからね。
「ありがとう、ミリー。私きっとびっくりするような失敗をするわよ」
「まぁ、それは楽しみですわロッテ。アンよりも豪快な失敗をして見せてくださいませ。アンというのは、マリアンナ・クレメンタイン公爵夫人のことですけどね」
ミリーはおどけてそういいましたし、お母さまは嬉しそうに笑っています。
お母さまは自分の腹心の友をロッテのサポートに付けることにしたようです。
これはでロッテにはいつでもクレメンタイン公爵夫人の援助が受けられるようになったということです。
右も左もわからない中、伏魔殿ともいわれる社交界を生き抜いていくために、公爵夫人は最高の布陣を用意してくださったわけです。
そこまで準備していても、貴族社会の洗礼はきっとすぐに受けることになるのでしょうけれども。
そうしてロッテたちがとっても和やかに過ごしているとき公爵家の侍女頭の女性が、メイド服に身を包んだ華やかな少女を連れてやってきました。
金髪の巻き毛に、青い瞳。
ツンと上を向いた鼻に、ミルク色の肌。
彼女は使用人とは到底思えないほど美しい少女でした。
ロッテはちょっと困ったような顔をしてお母さまを見つめました。
この娘は到底メイドには見えません。
どちらかと言えば女主人に相応しいような少女です
どう考えても、メイドがつとまるとは思えません。
ロッテの視線の意味をお母さまは十分に理解していたようです。
そうでなければ貴婦人など務まりません。
「質問があれば、明日の朝食後に時間をとりますから、図書館でお待ちなさいロッテ」
お母さまはロッテの質問を遮るように言いました。
やはりなにか事情がありあそうです。
厄介事の匂いがします。
侍女頭が私に向かってリリアナを紹介してくれました。
「シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢。この娘がシャルロットさまの専任メイドになりますリリアナと申します」
「リリアナ。お嬢様にご挨拶をなさい」
「シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢。私はリリアナと申します。よろしくお願い致します」
そうしてリリアナは美しい礼をしましたが、それは貴族令嬢がとる礼でした。
これは頭が痛いことになりそうです。
ロッテはともかくも一介のメイドに対する対応をすることにしました。
「よろしくね。リリアナ。明日には先輩メイドであるベッキーが来ますから、わからないことは聞いてちょうだい」
リリアナの返事は驚くべきものでした。
「ベッキーにはお嬢様の雑用を任せます。私は侯爵令嬢としての品位を保つお手伝いを致します」
さすがにそんな不遜な物言いに侍女頭が釘をさしました。
「お前に与える仕事はお嬢様がお決めになります。出過ぎてはいけませんよ。リリアナ」
普通のメイドや侍女にとっては、実際の支配者である侍女頭はとても恐ろしい存在です。
女主人である公爵夫人は、大勢の使用人を躾たり或いは首にすることはありません。
そういう雑事は侍女頭の仕事です。
もちろん侍女頭に使用人を首にする権利なんてありません。
しかし大抵の女主人は侍女頭が素行不良を訴えてきた使用人を雇い続けたいとは思わないのです。
もちろん女主人にとって使用人は身内でもありますから、長く務めあげれば年金を支給したり、身よりがなければ、最後まで面倒を見たりします。
その女主人のお覚えを良くしたいなら、侍女頭には逆らわないことです。
そんな侍女頭から叱責されれば使用人は真っ青になるか、へりくだるものなのです。
なのにリリアナは、侍女頭の叱責にもどこ吹く風です。
明日、さっそくお母さまにお話をお聞きしなければ。
ロッテは、最初から暗雲の渦巻く中をスタートしたみたいです。
ほんとうに貴族令嬢として上手くやっていくことができるのでしょうか。