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ミス・ブルックナーの昼食会

 今朝もロッテはいつも通りセディと朝食をとって、セディをお見送りしたのですが、1つだけいつもと違うことがありました。


「いってらっしゃいセディ」


 ロッテがそう言うと、いつもならそのままニコニコと出ていくセディが


「いってきます。ロッテ。いい子にしているんですよ。」


 そう言って、ロッテの額にチュッてキスしたんです。

 まるで本当の新婚さんみたいに!

 そうしてロッテがびっくりしているのを尻目に、さっさとお仕事に行ってしまいました。

 しかもベッキーがうっとりとした顔で、微笑ましく見つめているではありませんか。


「素敵なカップルですよね。セディさまとロッテさま。仲睦まじくて憧れますう」


 なんて言い出す始末です。

 彼氏いない歴=年齢の喪女であるロッテにはきつい展開でした。

 絶対セディは確信犯です。


「いってらっしゃいませ。シャルロットお嬢様」


 それからしばらくして今度はロッテがベッキーに見送られています。

 午前はお仕事することになっていました。

 勤務先は例の梁の上に引っかかっているマンションの現場ですけれども。


「ごきげんよう」

 

 自分のマンションだったはずなのに、仕事場になってしまうとなんだか知らない場所のような気がするロッテでした。

 幾分緊張気味で挨拶をしながら入室すると、すでに宰相閣下と部下らしいと文官が仕事を初めています


「おお、来たか。ロッテ。ここにいるのは私の秘書官のマリウスだ」


「マリウス。この娘が異界渡りの姫で、私の妹になるシャルロットだ。面倒を見てやってくれ」


 宰相閣下に紹介されてロッテが文官に丁寧に挨拶しました。


「マリウスさま。ロッテとお呼び下さい。何分こちらの世界のことは何もわからぬ新参者です。よろしくお願いしたします」


「いや、こちらこそ。私などが異界渡りの姫君のお世話をさせていただくなど恐縮ですが、見知らぬ品々ばかりなので、どうしても姫君の協力が必要なのです。こちらこそよろしくお願いします」


「それでは私のお仕事は商品の説明ですのね。写真付きの商品説明書のようなものをお作りいたしましょうか?」


 ロッテが質問すると宰相閣下が食い気味に質問を返してきました。


「それは一体どのような物なのだ?」


「そーですね。ひとつ見本を作った方が早いでしょう。お待ちください」


 ロッテはデジカメでボールペンの写真を撮ると、それをパソコンに取り込みました。

 そしてボールペンの商品説明を簡単に書き込んでから、それをプリントアウトします。

 その紙をお兄さまと書記官に渡して、紙を見てもらいながら説明をしました。


「このように写真を正面から見た構図とか、横から見たところとかいくつか組み合わせることで商品をイメージしやすくなります。もっと丁寧にしたければ実際に使っている様子を写真に収めてもいいですね」


「そして商品のサイズを記載することで、大きさがわかりますね。後はその商品の使い勝手とかメリットとか特徴のようなものを説明しておけば、その商品を初めて見た人にもイメージがわかりやすくなります。」


 マリウスが興奮しはじめました。


「これは素晴らしいアイデアですよ。ルイ。早速作りあげましょう」


「ロッテ、お前の国ではこういうものが使われているのか?随分便利だな」


「はい、宰相閣下。私の国ではこのような商品説明を集めて1冊の本を作り上げます。そしてその本を無料、又は安価な値段で販売するのです。」


「ロッテ、私のことはお兄さま又はルイと呼ぶようにな。しかしそれでは大赤字ではないか?」


「いいえ、お兄さま。商品にはそれぞれ商品番号が割り振られます。商品が欲しい人はその商品番号を指定して郵送で購入できるんです。どのような田舎でも、商品を本を見るだけで購入してもらえるので儲けることができるんです。」


「なんと! それでは店舗を田舎につくる必要も無いし、余剰在庫を抱えるリスクが軽減できますな。しかも商品の一括管理ができる。なんてすばらしい発想なんだ!」


 この分では日本ではインターネットでもっと手軽に買い物ができると知ったら卒倒しそうです。


「はい。代金は商品と引き換えか、又は代金を郵送してもらって代金が届いてから商品を発送する方法があります。これを成功させるためには大規模な物流センターが必要になってくるでしょうね」


「物流管理システムか。これは軍隊にも応用できるな」


 さすがは宰相さまです。

 考えるところが違います

 軍隊の命は補給だといいますものね。

 確かに有事にも転用できるかもしれません。


「そうですね。完璧な物流システムをくみ上げれば、それは軍隊の補給物資の管理に転用できるかもしれませんね。異世界でも大昔に前線から矢玉の補給を訴える使者に、その軍隊の人員と敵兵力を正確に分析して矢の使用量を使者の目の前で計算してみせた軍師がいますよ。」


「面白いな、それでどーなったのだ?」


「はい、使者の要求する矢の数は必要なく、使者が前線に戻るころにはお味方は勝利しているだろう軍師が言い切ったので使者は怒って帰ったのですが、結果は軍師の言ったとおりでした。計算されつくした物流管理は美しいと思います」


「シャルロットさまは面白いお方ですね。ルイがこんなに楽しそうなのは久しぶりだ。けれども千里の道も一歩からだ。まずはここにあるすべての品物の商品説明書を作りましょうか」


「はいマリウスさま。私はこの品物を当たり前のように知っているために、かえって商品説明に不備が生じる恐れがあります。マリウスさまの目線でわかりづらいところを教えてくださいね」


 自分では当たり前だと思ってしまっていると、知らない人がどこがわからないかわからなくなってしまうものですからね。


 マリウスさまの白紙の視点はとても重要です。

 ロッテとマリウスさまはいいコンビになりそうです。


「それじゃあ、マリウス。私の妹をよろしく頼むぞ」


 そう言って護衛の方々とともにお兄さまは帰っていかれました。

 ただしロッテの護衛役の女騎士は残っています。 

 貴族の令嬢は男性と二人きりにはならないものなのです。


 久しぶりのお仕事はとっても楽しかったので、ロッテはミス・ブルックナーのことを忘れていました。


「11時半になりますね。もうお帰り下さい。ミス・ブルックナーは遅刻を大層嫌われますからね」


 マリウスがそう言ったので、ロッテは午後からの苦行を思い出しました。


「ハハハ。さすがのお嬢様もミス・ブルックナーは苦手ですか。私も子供のころ散々叱られましたよ」


「まぁ、マリウスさまもミス・ブルックナーに教えていただいたんですか?」


 宰相の秘書官をするぐらいだからマリウスさまも立派な貴族の一員なのでしょう。


「そうやって、帰る時間を延ばそうとしても無駄ですよ。私もミス・ブルックナーは苦手なんです。さぁ諦めてお帰りください」


マリウスはミス・ブルックナーに小言を言われるのが怖いらしく、さっさとロッテを追い出しにかかりました。


 しおしおとロッテが部屋に戻ると、ベッキーが飛んできました。


「遅いですわ、お嬢様。さぁ、ミス・ブルックナーがおいでになる前に、急いで身支度を整えますわよ」


 みれば完璧なテーブルセッティングのために侍従らしい方が物差しを持って、ひとつひとつカトラリーの位置を修正しています。

 恐ろしい光景ですね。


 12時前にロッテはきちんと部屋の入り口でミス・ブルックナーをお待ちしていました。

 ちゃんと背筋は伸びていたし笑顔も作っています。


「いらっしゃいませミス・ブルックナー」


「ごきげんよう。シャルロット嬢。お出迎えのマナーはそれでいいでしょう。食事のマナーはどこまでご存知なの?」


「カトラリーは、端から使用することぐらいですミス・ブルックナー。それとフィンガーカップの水は飲まないことでしょうか」


 ロッテが冗談を言ったと思ったらしくミス・ブルックナーはギロリと睨みました。

 けれどそれは冗談じゃなかったんです。

 ロッテだってフィンガーカップの水は飲まないことぐらい知っていました。


 けれども実際のコース料理で使われたフィンガーカップは繊細で美しい薄いガラスでできていたので、とてもそれがフィンガーカップだとは思えなくて戸惑ったのです。


 実際に飲んでしまった人がけっこういたのをロッテは見のがしませんでした。

 指を洗う水にレモンをいれる必要まであったのでしょうか?

 富裕層出身じゃないロッテには、戸惑うことが多いです。


 ミス・ブルックナーとの食事は、それはもう緊張の連続でした。

 会食は会話を楽しむことが要求されるので、ミス・ブルックナーは次々に話しかけてくるのです。

 そのたびにロッテは口の中のものを、慌てて舌で頬の端に押し込んで、何事もなかったかのように笑顔で返事をするわけです。


 恐ろしいことにミス・ブルックナーのお喋りがどんどん飛んでくるので、食べ物は舌で押し込めるぐらいに小さく切り分けることになります。

ですから苦手なフォークとナイフさばきの回数が増えるわけで、食器がカチャカチャ鳴らないように細心の注意が必要でした。


 

 そして極め付けがフルーツとして出された丸ごとの小ぶりのリンゴでした。

 丸ごとのリンゴをお皿の中でナイフとフォークを使って切り分けろとミス・ブルックナーは言いたいのでしょう。


 理屈はわかります。

 フォークで抑えて、くし形にナイフを入れればいいはずです。

 カチャン。

 ナイフがすべってお皿に当たってしまいました。


 慌ててミス・ブルックナーに視線を走らせましたが、ミス・ブルックナーは素知らぬ顔で会話を続けています。

 確かにレディたるもの人の失敗を公衆の面前で咎めたりしませんよね。

 後が怖いかもしれません。

 

 ミス・ブルックナーの試練はどこまでも続きます。

 もしもパイがでたら嫌だなぁとロッテは思いました。

 あんなにナイフを入れるだけでポロポロと零れ落ちる菓子を、どうやって優雅に食べればいいのでしょう。


 ロッテの背中は冷や汗でぐっしょりと濡れてしまいました。

 昼食が終わってミス・ブルックナーはじっとロッテの顔を見詰めました。


「思っていたほど悲惨ではありませんでしたシャルロット嬢。ただしぎこちないだけでなく緊張しすぎです。もっとリラックスして食事を楽しみなさい」


「はい。ミス・ブルックナー」


「もっとも、私とリラックスして食事ができるようなら相当ですけどね。」


 ロッテが緊張のあまり冷や汗を流していたのはお見通しみたいです。

 まったくミス・ブルックナーと言う人は案外お茶目なのかもしれませんね。

 人をからかってよろこんでます。

 

 しかしミス・ブルックナーの授業がこれから始まるのです。

 今は一緒に昼食をとっただけのことです。

 けれどロッテは食事だけで、すっかりくたびれてしまいました。

 何度も言いますけれど、ロッテは普通の勤め人でしかないのですから。


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