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異世界図書館に落ちちゃった

アトラス王国の王弟であるクレメンタイン公爵家夫人であるマリアンナは、問題児である次男坊を探していましたがそれはすぐに判明することになりました。


「キャー、坊ちゃま!」


 爆発音とモクモクと上がる黒い煙。

 叫び声とともに右往左往する人々。


「まったく名門公爵家に仕えるという矜持が足りない人ばかりで嫌になってしまいますわね。アン」


 そう声をかけてきたのはミリー・シンクレア男爵夫人こと、アンの腹心の友であるミリーでした。

 ミリーはシンクレイア侯爵家の一門であるシンクレア男爵に嫁いだものの、男爵が戦死したので未亡人になってしまったのです。

 それ以降ミリーはアンの腹心の友としてクレメンタイン公爵家に寄宿しているのです。


「でもねぇミリー。セディの面倒を見るのは、優秀な使用人だって大変なことだわ。セディはどうやら本気みたいなのよ。どうあっても異界渡りの姫君を召喚するまで諦めそうにないわ」


「それがわかっているならアン。準備をするなら早い方がいいわよ。セディも6歳になりましたしねぇ。私から本家のシンクレイア侯爵夫人に話を通しておきましょうか?」


「ええ、とりあえず打診してみてくれるかしら。どうなるにせよそれ相応のお礼はするから。シンクレイア侯爵夫人には大きな負担をおかけすることになるけれど……」


「大丈夫よ。アン。上手くやるから任せておいて」


 この2人が頭を痛めている張本人は、クレメンタイン公爵の次男坊であるセドリックでした。

 アトラス王国には600年前異世界から姫君がやってきて、その異界渡りの姫君には神様の加護があったという伝承があります。

 これはあまりにも有名な話ですから、小さな子供なら一度は憧れるお話です。


 セディは幼いながらも天才的な魔術師としての才能を持っていました。

 そうしてその有り余る才能を使って、自分の番を異界から呼び寄せることに熱中しているしているのです。

 セディは自分の花嫁は異界渡の姫君だと決め込んでしまって、その運命の姫君を異界から呼び寄せると宣言しています。


「一体どうして長男と次男でこんなにも違っているのかしら。エルロイはあんなにも常識人だというのに」


「アン、それは立場の違いもあるでしょう? エルは公爵家の跡取りだけれども、セディは魔術師として身を立てていくしかない立場なんですからね」


 ミリーはそう言ってアンを慰めましたが、しかしクレメンタイン公爵家の公子であるエルは既に文官としての才能を発揮して書記官として王宮に勤めています。

 将来は宰相になるだろうと言われている逸材なのですから、アンの愚痴も無理もないかもしれません。



 アンとミリーがセディの将来を憂えてから25年もの歳月がたちました。

 エルはシンクレイア侯爵家の長女を嫁に貰い、今や宰相閣下に出世しました。


 一方セディの方は天才魔術師として王立魔術師塔で働いています。

 一応筆頭魔術師の称号を受けてはいますが、後輩の育成や魔術師を束ねるなどの仕事は全部次席魔術師にぶん投げて研究ばかりしていますから、実質的な魔術師塔の責任者は次席魔術師の方でした。


 そんなある日、普段はクレメンタイン公爵家になど寄り付こうともしないセディが、喜色を浮かべながら実家にやってきたのです。


「父上、母上。これをご覧ください。異界渡りの姫君を召喚する魔方陣が完成したのです。6歳で決意して以来苦節25年。とうとう私の番を呼び寄せる時がやってきました!」


「それは素晴らしいことね。セディ。けれど、もしも異界にあなたの番がいない時にはどうなるの? その場合も失敗ってことになるのかしら」


 アンの疑問に公爵家当主も頷きました。


「確かにな。セディ。術が失敗したのか、それとも相手がいなかったのか? そのあたりはどこでわかるんだい? どっちにしろそこまでの大魔術だ。この世界に歪をもたらす可能性を考えれば使えるのは一度きりだと思うがね」


 セディは愕然としました。

 まさか異世界に自分の番が存在しない可能性など考えてもいなかったのです。

 そのまま魔方陣を睨みつけるようにぶつぶつと呟きはじめました。


「そうすると予備を仕掛けておくべきか? となるとこの場所にこの術式を掛けてしかしそれでは……」

 

 ぶつぶつと呟き始めた息子に、公爵もアンも知らん顔です。

 この天才はこうなるとなにも聞こえなくなるのですから。

 しかしアンは気が付いていませんが、アンがいった何気ない一言がこれから起きる事件の発端だったのです。


 

 若槻美穂ワカツキミオは、ベッドの中からノロノロと身を起こしました。

 28歳の美緒は経理部員としてそこそこ有名な企業に勤めています。

 月曜日の朝はいつだって憂鬱なのです。


 だってどうせ電車は気分の悪い人がでて、遅れるに決まっています。

 いつだって月曜日には病人が発生するのです。

 だから満員電車がさらに満員になるわけで……


 それでも社会人生活も長くなると無意識に素早く準備を整えてしまい、誰もいない部屋に別れを告げて美緒は玄関の扉をあけました。

 しかし美緒はそのまま2~3回瞬きをして、すぐさま扉を閉めてしまいました。


 大きく伸びをしてもう一度細く扉を開けると、隙間から真剣に外を覗きこんでいます。

 その隙間から見えるのは、どう見たって巨大な図書館でした。

 そこにいる人々はどうも中世ヨーロッパ風の衣装を着ていて、言葉だって日本語ではありません。

 

 それなのに言葉の意味はちゃんと分かるってことは、これって噂に聞く異世界トリップってことではないでしょうか?

 

 う~ん、今日は月末であるうえに、中間決算月なんです。

 美緒の勤務する経理部としては最も忙しい日ですから、異世界トリップしたので会社を休みますなんて言える訳がありません。


 美緒はベランダに回ってみましたが、ベランダから見えるのは図書館の大きな窓で外の景色は中世ヨーロッパのイメージのままです。

 馬車が行きかい、お城だって見えています。

 どうやらこの部屋からは、異世界図書館にしか出られないようです。


 美緒は律儀にも会社に当日欠勤の連絡をしようとしましたが、全く電話は繋がりませんでした。

 PCメールは送信不可・携帯使えない・家の電話も不通・外部とのアクセス不可。

 管理人さんへの緊急コールも反応しません。


 だいたい12階建てのマンションの筈なのに、この場所に転移したのは美緒の部屋だけのようです。

 このままではサバイバル生活を余儀なくされると判断して美緒は使えるもののチェックを始めました。

 外部アクセスを試みない限り、室内の家電が正常につかえます。


 どうやらTVは地球の情報が見られるのでアウト判定みたいですけれど……

 水道も電気も使えてお風呂やトイレ、キッチンの利用もできますし冷蔵庫も普通に稼働しています。


 理由なんて考えたら負けなんでしょうね。

 とにかく生活必需品は揃ってます。

 ここまできっちりと確認して美緒はようやく異世界トリップを認めるしかなくなりました。


 気づかれないようにそっと外に出てみた美緒は、見つかる心配はあまりないと判断しました。

 この図書館はとてつもなく広大で全館吹き抜けになっています。


 美緒の部屋はこの図書館の一番上、いわば屋根裏部屋とでもいうべき部分にありました。

 しかも円天井ですから、天井の隅の大きな梁の上に扉があっても目立ちません。

 それに外からはマンションの扉しか見えないうえに、このマンションの扉と梁とが同色だったので、そこに扉があると知っていなければ気づく人はなさそうです。


 美緒は神様に感謝の祈りを捧げました。

 美緒の夢は本に囲まれて過ごすことだったのです。

 本の虫と言われるぐらい読書が大好きな美緒は、読むものがなければチラシの文字だって読み返すぐらいの本好きなのです。


 こんな素敵な図書館に住めて、満員電車に揺られて通勤をしないですむなんてここは天国ではないでしょうか?

 もそもそと美緒は本をゲットするための大き目のカバンを持ち出して、図書館に出ていきました。

 梁が建物をぐるりと一周していて、四隅に下に降りる階段があります。

 梁のすぐ下はどうやら書庫のようで人っ子一人みあたりません。


 背表紙の文字も読めますから、これで思いっきり異世界の物語を読めそうです。

 異世界図書館の本はいったい何冊くらいあるんでしょう。

 この規模だと数十万冊、もしかしたら百万冊を超えるかもしれませんね。


 美緒だってここでの生活基盤を考えなければならないことはわかっていましたが、美緒は問題を先送りするタイプなんです。

 だって本当に困ったら、きっといいアイデアが浮かぶでしょう。

 お宝の山を目の前にして、鬱々と悩むなんて美緒にはできません。


 書庫だと思った部屋の本は、どうやらいらなくなって処分される本みたいです。

 子供むけの本は孤児院に送る手配をしていますし、民間の図書館への寄贈本などと分類されていますから、これならいくらか無くなっても気にする人はいないでしょう。


 美緒はこの世界の子供が知っている筈の常識が学ぶために、児童書を漁り始めました。


『子供のための魔法書』

『はじめて魔法を使う前に読む本』

『簡単に魔法を使えるようになる11の方法』

『これさえわかればあなたも魔法使いになれる』

『魔術を使うために』

『基本となる魔方陣の描き方『


 これは大発見です。

 この世界は魔法がつかえるようです。

 しかも子供用のノウハウ本がこんなに充実しているんですから、当年とって28歳の美緒ならきっと簡単に習得できる筈です。


 美緒は物語の本を諦めて、先ずは魔法書を持って帰ることにしました。

 異世界でひとりで生きていくのですから魔法ぐらいは使える方がいいに決まっているからです。

 美緒が一通りもって帰る本を選んだ時、子供の泣き声が近づいてきました。

 美緒は慌てて物陰に身を隠します。


「いくら大事な本だからって、図書館に来るときまでもって来る奴があるか。こんなにたくさんの本に紛れてしまったら探しようがないぞ!」


 お父さんらしい人が子供にそうお小言を言うと、こどもはさらに泣き声を大きくしていきます。


「大丈夫ですよ。ちょうど先週子供コーナーから、おっしゃっていた本を整理した記憶があります。この孤児院向けのボックスを探せばみつかりますよ。」


 図書館の司書さんらしいお姉さんがそう言って慰めました。


「お願いします。青い表紙に金色の字で『子供のための魔法書』って書いてある奴です。すみませんね。これの母親が早くに亡くなったもので、あれがこいつにとって唯一の母親の形見なんですよ。」


「そうですか、いいお母さんだったんですね。」


「いやぁ、オレらみたいな平民から魔法使いが生まれる筈もないのに、きっと魔法使いが生まれるって夢をみるような女ですがね。でもその予言とおり、こいつにはちぃっとばかり魔法の才能があるらしくて……」


「まぁ、それは先が楽しみですね。」


「いやぁ~。お貴族様みたいな凄い魔法は使えなくても、わしらからすりゃ魔法があれば十分食っていけますんで……。」


 青い表紙。

 金色の文字

『子供のための魔法書』


 それって、美緒のカバンの中に入っている本ではないでしょうか?

 何とか返さなきゃ。

 美緒は焦りました。


 でもどーやって?

 見つかる訳にはいきません。

 異世界から落っこちたなんて怪しすぎるでしょう。


 なんとか一度この部屋から出てくれないかなぁと、美緒は祈るような思いで少年たちを観察しています。

 そういえば! 美緒は昔読んだ本の内容を思い出しました。

 中世ヨーロッパではペストが大流行して大勢の人が死んでから、ペスト菌を媒介するネズミを怖がったって聞いたことがあります。


 この世界でも通じてくれるといいのですが……。


「ちゅう、ちゅう。」


 美緒は机の下に隠れて、小さくネズミ鳴きをしてみました。

 するとすぐに反応がありました。


「ぎゃぁー!」


 魂ぎるような大きな悲鳴をあげると、真っ先に司書のお姉さんが部屋から飛び出していったのです。

 それにつられるように男の子とお父さんも司書さんを追いかけていきます。


「ふぅ~」


 美緒は隠れていた場所から這い出すと、『子供のための魔法書』をすぐに気が付くように、机のうえに丁寧においておきました。


 それから大急ぎで階段をあがると、上からあの部屋の様子をうかがいます、

 やがて守衛さんらしき男性をつれて司書と親子連れが戻ってきました。


「いくらなんでも、ここ王立図書館ではねずみなんて1匹たりとも入り込めませんよ。要所、要所にはネズミ返しが設置されていますし、隙間という隙間は塞いでいるんです。」


「でも確かに聞いたんですのよ。」


「ちゅう、ちゅうっていうおぞましい声を!」


「わかりました。だからこうやって点検にきてるんでしょうが。でもいっときますけど、ネズミは本にとっても害獣なんですぜ。すっかり駆除しちまってる筈なんですがね。」


「わかっています。とにかく念のために部屋を点検してくださいな。恐ろしくてとても部屋にはいれませんの。」


「かしこまりました。レディ。」


 守衛は熱心に部屋を隅々まで探しましたが、ネズミは影も形もありませんでした。


 その時、


「あっ!僕の本。」


 男の子は自分の本らしきものを見たらしく、まっしぐらに走っていって、とうとう大事な本を見つけてしまいました。

 そうして実にうれしそうに抱えあげるのでした。


 「良かったな坊主。」


「良かったですわね。でもおかしいですわね。この机さっきはなにもなかった筈ですのに。」


「そう言われればそうだな。オレたちはこの部屋に入るなり机の上を見た。児童書の分別場所をその記録書から調べるためにな。」


「ええ、さっきのネズミの鳴き声といい、いきなり現れた児童書といい。おかしなことが起きていますわ。」


「まぁ、気にしなくてもいいんじゃないか?歴史がある図書館には、幽霊が住み着くと聞いたことがある。きっとその幽霊が本を探してくれたんだろうさ。」


 ロマンあふれる父親のことばに司書の女性もにっこりと笑っていいました。


「そうですわね。図書館の幽霊の仕業ですわね。きっと。」


 くすりと小さな笑い声が天井の方から聞こえてきたのに気づいた人はいませんでした。


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