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夜襲

 敵国内の村落に宿泊するわけにはいかなかったので、野営することになった。

 不慣れな賽子だいすは特に何も手伝うことなく全員の動きを眺めていた。


 賽子には一番防御の厚い場所が割り当てられた。簡素な食事を済ませてさっさと部屋に引きこもる。

 賽子を追う様にメアリも入っていく。

 野営のための寝具を手で何度も確認している賽子にゆっくりと声を掛けた。


「初めての野宿はどうでしょうか? ……いえ、多分賽子さんにとっては戦争自体が初めてなのでしょうね。どうですか? 怖いですか? 不安ですか? 眠れませんか?」


 メアリが話している間、寝具の上をゴロゴロと転がっていた賽子は、メアリの言葉が途切れてから数秒後にピタリと動きを止めた。


「ちょっと寒いな、ココ」


 年中エアコンで適温になっている部屋で過ごし、剣客として召喚されてからも、そこそこ恵まれた環境で過ごしていた賽子が気にしていたのは、戦争のことなどではなく、自分の仮初めの部屋の気温であった。

 日中は日差しのおかげでそれなりに快適だったが、夜風は少し肌寒い。あまり多くのものを食べず、痩せていた賽子の体は暑さに強く寒さに弱かった。


「寒いわ。布団入ろ」


 布団に潜り込んだ賽子が数秒後に顔を出す。そしてメアリの方を向き、


「あれ、何の用だっけ?」


 呑気に語り掛ける。そのあとに「用が無いなら出て行ってよ」という言葉が続く

前にメアリが口を開く。


「剣客様の体調管理は召喚士の仕事ですので、賽子さんが戦争に不安感を持っていないかどうかを聞きに来たのです」


 興味無さげに大きく伸びをしながら答える。


「ふーん。まあ、その時にならなきゃ分からんね。勝負は時の運ってな。勝てるかどうかも正直分からんよ。もちろん、勝てるように努力はするけどな」

「そんな無責任な!」


「無責任って言われてもな……絶対勝てる、なんて根拠もないようなことを言う方がよっぽど無責任じゃね? 出来ませんって言い続ける奴を擁護する気は無いし、少しは努力すべきだと思うけどさ、これは戦争で人間の命がかかってるんだろ? 人間の命ほど脆いものはないぜ?」


 珍しく賽子が饒舌に喋る。それも、今までに無くイキイキと。


「一秒でも画面から目を離してみな。その瞬間にキルを取られるぜ? 人間の命なんて吹けば飛ぶもんだ。剣客様だか何だか知らんが、当たり所が悪けりゃ一発で俺も相手もゴートゥーヘルってわけよ」


 こめかみに人差し指を突きつけるジェスチャーをした賽子がさらに笑みを深めた。

 今度はその拳銃型に握り込んだ手を壁の方に向ける。


「そういうわけで、相手も人間なんだから楽勝かもしれないんだな、これが。どんな相手だろうが一瞬のアクシデントが命取りになるものさ。纏めてバースデーケーキの蝋燭みたいに吹き消してやる」


 そうだろう、と同意を求めるようにメアリの方を向いた。

 メアリが茫然としているのを確認すると、同じ部屋にあった椅子に座り、机にマウスとキーボードを置く。

 さっきまで布団で寝ようとしていた賽子の謎の行動によって、ようやく自我を取り戻したメアリが恐る恐る尋ねた。


「あ、あの……賽子さん。何を……?」


 先ほどからの気持ち悪いほどの笑顔で賽子が答えようとした時、大きな叫び声と鐘を打ち鳴らすような音が響いた。


「敵襲! 敵襲ッ!」

「そら、お客さんだ。自宅警備員を甘く見てくれたようだねぇ」


 メアリの目の前に現れた賽子のアバターが、相変わらずの無表情で呟く。

「ぶっ殺してやる」


 賽子がプレイしていたゲームに夜間戦闘をモチーフにしたゲームモードがあったことと関係があるのかどうかは分からないが、剣客召喚による補正が掛かっていた賽子にとって夜の暗闇は全く問題ではなかった。むしろ、賽子にしかアドバンテージがない状況なので、無双できるとも言える。

 素早く敵味方を識別して排除していく。


 ひとしきり倒し終えた後、さらに遠くまで移動し、近くに敵が残っているかどうかを視力と聴力をフル活用して調べる。

 賽子が知覚できる範囲にもう危険性がないことを確認して、レイの元へ報告に赴いた。

 アバターを出し続けるのはそれなりの負担になるので生身で歩いて行く。


「今俺が分かる範囲はもう大丈夫だろう」

「そうか。剣客として能力が強化されている君が言うのならその通りなのだろう。部下の方にこれまで以上の警備を指示しておくから安心して英気を養ってほしい」


「それにしても、相手は駒を無駄に使っているんじゃないのか?午前中に出会った偵察兵と言い、さっきの夜襲と言いさぁ、確かに軍全体から見れば微々たる損失なのだろうが、こちらはほとんど損失なしで向こうばかり消耗しているぜ? そういうのどうなの?」


「さあね。相手の真意は測りかねるが……意味の無い手を打つほど奴さんは甘くないことは確かだ。夜襲にしても相手の数が少なすぎる。相手も剣客の強さを知っているなら暗殺目的だとしてもあの数では難しいことぐらいわかるだろうに……」


 その後もレイは一人で考え続ける。

「相手が少ない戦力ばかり投入してくることには何か意味があるのか? それとも、何か意味があるように見せかけているだけか? それとも……」


 ぶつぶつと呟きながら思考を巡らせていくレイに一声かけて、賽子は自分の部屋へと戻って行った。


 部屋に帰って来た賽子をメアリが笑顔で迎えた。

「無事だったのですね、賽子さん!」

「いや、部屋出る前に安全が確認できたと言っただろう。少し大袈裟過ぎないか?」

 メアリはぶんぶんと首を振り、

「それだけ剣客様は――賽子さんは大事な存在だということなのですよ! もっと自覚を持って行動してください!」


 はいはい、と気の抜けた返事をしながら布団に潜った賽子は流れるように、手を上下させた。

 もちろんこれは、一緒に寝ようなどという意味ではなく、むしろその逆、さっさと部屋から出て行けという意味であった。


 一瞬何かを言い掛けたメアリだったが、喉まで出かかった言葉を飲み込んで出て行った。


「はぁ、夜襲があったのだから賽子さんの部屋で警備をしようと思っていたのですが、全く言い出せるような雰囲気じゃありませんでした……家に引きこもってばかりで戦争も知らない弱そうな人なのに、どうしてあまり怯えていないのでしょうか……? 私は賽子さんのことを本気で心配しているのに……」


 メアリの愚痴は、行軍に向けて士気を高める為に小さめの宴会を開いていた兵士たちの声にかき消されて夜の闇に吸い込まれて行った。


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