進撃開始
主に賽子の休息のために一日の休みを設け、翌日に二度目の行軍が始まった。
先日の宣言通り、目的地はシュロス国である。
「昨日の相手の目的が暗殺であったとしても交渉であったとしても、実際にシュロス国とリヴィア国が交渉をしているかどうかは分からん。だから、あの二国が手を組んでいたら俺たちはすぐに引き返す」
何度かレイから聞かされていた話だったので、賽子はその先のセリフをうんざりした調子で口にした。
「引き返すとか言いながらハイランド国の方に行くんだろ? そんな計画で大丈夫か?」
「ああ、上手くハイランド国に相手を擦り付けられれば良いのだが……とにかくチャンスを逃さないことが大切だ。俺たちはいつだってそうしてきたからな」
レイの意図することが理解しきれず、賽子は首を捻った。
「いつだって、だと……? つまり、こういう戦法を毎回やってきたってことか?」
レイは苦笑して、
「情けないことにね。うちの軍隊は他所ほど規模が大きくなくてね、けっこう苦しい戦いを強いられていたんだ。出来るだけ敵同士で消耗してもらおう、というのが基本方針でね。まあ、あまりに守勢に入ると集中砲火を受けかねないから、こうやって適度に自分たちの方から仕掛けているのさ。とにかく、此度の剣客召喚で勢力図が一変することを願っているが、結局の所どうなるのかはわからないね」
「あぁ、どうなるのかは俺にもまだまだ分からん。俺が言うのもアレだが、ハイランド国の剣客を名乗っていたあのクソジジイ、頭おかしいほど強かったぞ。残りの剣客がクソ雑魚揃いだと良いんだが」
「賽子君と戦ったときから感じていたが、剣客の相手は剣客でなければ難しいね……どこまでサポートできるだろうか」
「んなこと言っても、俺らの世界じゃ戦争は数だぜ? いくら剣客が強いっつっても、遠距離から大人数で攻撃すればどうにかなるだろ。あと、相手のスタミナ切れを狙うとかさ」
ネガティブな空気を出さないように前向きな意見を出しながら長い道のりを進む。
道中にあるラスター領地の小さな村で夜を迎えた。
素人の賽子が野営で疲労を蓄積し続けては戦力が減少する。とは言え、軍隊全体を収容する余裕はなく、主要な道路以外の警備も必要だったため、一部の兵士は野営することになった。
割り当てられた賽子の部屋にメアリが入ってくる。
「お疲れ様です。体調は如何ですか?」
レイのような行軍になれた者に対しては形式的な挨拶となってしまうような言葉にも、賽子はストレートに不満を隠さず言葉を返した。
「マジで疲れた。一日中部屋に引きこもっている人間の体力のなさを甘く見ているんじゃないか? まあ、早く帰るためには、この程度のことは乗り越えなければな」
その言葉を聞いてメアリがうつむきがちに尋ねる。
「その……賽子さんはいつも急いで帰ろうとしていますよね? 確かに早く元の世界に帰りたいという気持ちは分かりますが、その理由って……」
間髪入れずに賽子が答えを返す。
「ゲームをしなければならないからな。何度か言っただろう」
「ゲームって、この世界にはないから詳しくはわからないけど、前に聞いた話からすると、ただの遊びなのですよね? もっとその……家族に会いたいとか、どうしてもやらなければならないことがあるとか、そういう理由じゃないんですか?」
怒気を孕んだ声ですぐさま返す。
「だから、ゲームなんだよ」
怯んだメアリに対してさらに畳みかける。
「俺にとっちゃゲームの仲間が家族で、あのゲームこそ俺がどうしてもやらなきゃいけないことなんだよ! こっちはゲームに俺の全てを賭けてんだよ! それこそ戦争なんぞをする暇もないほどにな! くだらん戦争に必要以上の時間を割く気も無けりゃ、命を散らす気も毛頭ねぇ。俺は俺の仕事をする。だからお前らはお前らの仕事をこなせ」
硬直していたメアリの目にじんわりと涙が浮かぶ。
「……はい。善処します。十分休養を取ってください。おやすみなさい」
小さく言い残してメアリは部屋を出た。
メアリには実の家族や現実世界に根差した者よりも、ただの遊びに命を賭ける賽子の思考が全く理解できなかった。
「私は……我々は賽子さんの安否をつねに気遣っているのに、賽子さんはゲームとやらの心配しかしていない。世界が変われば人間とはこうも変わってしまう存在なのでしょうか……?」
メアリの質問に答える声は無かった。ただ、誰もいない廊下にまだ幼さの残るすすり泣きの声が木霊しただけだった。
このような行軍が二日ほど続いた。現在のラスター国軍は平時よりも行軍スピードが落ちている。それは歩兵が賽子のサポートをしなければならなかったからである。
賽子はアバターに戦闘を任せており、全力を出すためには歩兵が運んでいる机と椅子を必要としていた。さらに、アバターを操作している最中の賽子は無防備も良いところであり、相手の遠距離攻撃から賽子を守る必要があった。
それならば、最初から賽子が歩兵部隊の中で歩けばいいのだが、万年引きこもりであった彼にとっては馬での移動ですら厳しいものであった。歩兵の中を歩けるわけがない。
歩兵の中に一人だけ馬に乗った人がいては目立つため、賽子がすぐに歩兵と合流出来るような位置を移動できるように先頭の騎兵もペースを落とさざるを得なかった。
端的に言って、彼はどちらの世界でも我が儘な存在であった。とは言え、剣客として召喚された賽子が我が儘なように見えるのは剣客という社会的地位の高さと所持していた能力によって半ば仕方なく思えるような理由があったからであり、消費だけして学校に行く気も無く一日中ゲームをしていた頃に比べれば何倍もマシであったが。
まだ平和なまま続くと思われていた行軍に変化が起きたのは突然のことだった。
「敵影見ゆ! 戦闘用意!」
レイが報告者にすぐさま聞き返す。
「数は?」
「十人程度で軽装備! おそらく偵察と思われます!」
「よし、追え! だが、あまり本隊と離れすぎるな」
レイの指揮によって機動力に富んだ騎兵たちの一部が相手の偵察兵を囲う様に移動する。
偵察兵の八割ほどは倒されたが、まだ生き延びて撤収している者もいた。
しかし、騎兵たちは深追いすることなく本隊の方に戻ってきた。
「おい、これでこっちの位置がバレたんじゃないか? どうする?」
作戦立案に関与していない賽子がレイに尋ねる。
「これまで通り、この道を進む。そもそもこの数で気付かれないことは在り得ないさ。でも、俺の予想より初戦が遅かったね。少し怪しいな」
「シュロス国がハイランド国と同盟を組んだとか?」
「どうだろうね……」
苦笑したレイは列の後方に振り向き、
「ハイランド国側への警戒を怠らないように!」
と注意を促した。
しかし、その後、日が暮れるまで進み続けたが、戦闘が起こることは無かった。
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