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交渉決裂! 奇妙なネゴシエーター!

 猛スピードで突っ込むアバターを前にして、諦めたように溜め息をついた塚原つかはらは手に持っていた杖を振るった。

 二人の動きが硬直する。乾いた金属音が遅れて響いた。


「何だ今の……クソ速かったぞ? んで、あんたの得物はその仕込み杖か」

「フォッフォ。戦わずに勝てるのならそれが一番なのだが、そうも言ってられなさそうじゃからのう。悪いが……」


 次の瞬間、賽子だいすの眼前の画面から塚原の姿が消えた。

 それに対応すべく、弾くようにマウスを動かす。


「やはり後ろか!」

 再び膠着状態となり、やはり塚原が瞬間移動して賽子に攻撃を仕掛ける。それを何度も繰り返していたが、両者ともに無傷のまま時間だけが経っていく。

 面倒な相手だが、負けることはないだろう、と慢心しながら塚原の攻撃を捌いていたが、今度は違った。


「何? 次はどこだ!」


 マウスを高速で左右に動かしても画面に塚原の姿が映らない。


「まさか上かっ!」


 マウスを斜め上に動かすと、一瞬だけ影を捉えることが出来た。この間せいぜい一秒も経っていない。だが、それはナチュラルに音を置いていくレベルの戦いにおいて致命的な隙であった。さらに、賽子が普段やっているようなFPSゲームでは、大抵の場合、自身の真上を見ることが仕様のレベルで出来ないため、どうしようもない。


「遅い」


 画面が一気に真っ赤になり、その後、画面の中央に「リスポーン」という文字が表示されるよりも早く、賽子はいつもの癖でリスポーンを完了させていた。

 リスポーンは一部のゲームにおいて、再出撃や復活を意味する単語である。


 画面に映った風景は、食堂でアバターを出した時と同じものだった。

「あ、やっぱり復活出来るのね。多分魔力的なペナルティがあるんだろうけど改めて見てもチートだな」

 即座に元の場所までアバターを走らせる。塚原ほどの実力者なら騎士団を壊滅させることなど造作もないことだと思われたが、何故かそうせずに街の門の外に佇んでいた。


「ふむ。あまりに手応えがないと思っていたが、やはり生きておったか」

「分かっちゃうもんなの? まあ、あんたも化け物みたいな能力を持っているみたいだな。さあ、続きをやろうぜ」


 しかし、塚原は賽子の申し出をあっさりと断った。


「ワシはライトに、朝の散歩に行ってくると言って出掛けたのだからそろそろ帰らねば心配されてしまう。今回の戦いはただの挨拶代わりじゃよ。では、再び会えると嬉しいな、香戸君」


 レイが困惑した声を上げた。


「何だって? ここからハイランドまでは馬でも何日も掛かるぞ? 心配されるという程度では済まないんじゃないか?」

「なに。心配には及ばんよ。ワシは健脚ぐらいしか取り柄がないが……しかし同時にワシの誇りでもあるからのう。ではさらばだ」


 そう言うと、塚原はたまにテレポートのような瞬間移動をしながら恐るべき速さで遠ざかって行った。

「何だあの爺さんは……? 本当に人間か?」

 賽子がそうつぶやいた後、一旦立て直すために城へ引き返す事が決定した。


 アバターを消した賽子は、お茶を頼んだは良いものの、お金が払えないことに気付いて、探しに来たメアリに支払ってもらう。店員は無銭飲食をしようとしていた相手が剣客だと信じることが出来ずに、メアリに連れられて出ていく賽子の背中に訝しげな視線を送り続けていた。



 その後、賽子はメアリとともに一旦王の部屋に向かった。

 幸運にもハイランド国の剣客の正体が判明したのだ。作戦に変更が生じるのも無理はない。

 そして、どうせ会議を行うならやりやすい場所で行った方がいい。だから侵攻作戦を取りやめて、作戦の練り直しを行う。実に合理的な判断だ。


 アバターを使って体力を消耗していた賽子は部屋の隅で休憩しつつ、塚原に関するいくつかの質問に答えていた。

 そんな時、王の部屋の扉が勢いよくノックされた。


「何だね?」


 扉の外から大きな声が返ってくる。

「シュロス国からの使者が二人、王への謁見を求めています!」


 シュロス国……これから攻めようとしていた国からの使者である。王が部屋に居た者たちとアイコンタクトをとる。臣下たちが頷いて、最後に王も頷いた。


「許可する。入れ」


 警備の兵士に連れられて、一組の男女が堂々と入ってくる。高そうな服装を見るに、かなりのお偉いさんなのであろう。二人は正式な使者である証を見せ、手土産を渡しつつ王の前に跪いた。

 先ほどまで作戦会議に使われていた机などは邪魔にならない程度に片づけられて

いた。


「君たちは確か、シュロス国の外交担当のラミィとディランか。さて、このような時にどのような要件かね?」


 ラミィと呼ばれた女性が話題を切り出す。隣のディランという男は武装していることもあって、ただの護衛なのだろう。黙ったままラミィの隣に控えている。しかし、一人の護衛が何かをしようとしても、おそらくこの部屋にいる戦力を合わせれば簡単に制圧出来るだろう。


「率直に申し上げますが……我々シュロス国と同盟を組まないか、という事です」


 ラスター側の人々にざわめきが起こる。当然だ。先ほどまでシュロス国を攻めることについて話し込んでいたのだから。

 数秒黙考して王が言葉を返す。

「もう少し具体的な話を聞かせてもらおうか」


 ラミィは予想通りとばかりにすぐさま答え始めた。

「我々シュロス国は今こそハイランド国を打倒すべきと考えました。そこで現在、東のリヴィア国にも交渉を行っている最中でございます。南の三国とハイランド国の永遠のライバルであるミスルム国が同時に攻めれば必ず攻め落とせられるはずです」


 確かに勝てそうな話である。面倒臭いからさっさと首を縦に振っちゃえばいいんじゃないのかと賽子は部屋の隅で考えていたが、王はまだ決断しない。


「それで、我々と君たちにはどのようなメリットがあるのかね? ハイランド国は強いぞ。攻めるならば大きな犠牲を払うことも覚悟しなければならない」

「やはり水源ですかね。ラスター……」


 相手の説明を王が遮った。

「君たちは水の供給を止められても、いざとなれば水属性の魔術でしのげるではないか。儂がシュロス国の王ならばハイランドを最後まで残すだろうね」


 ラミィが少し狼狽えながら答える。

「しかし、それでは魔術師を戦闘で満足に運用できなくなります。さらに、ハイランドが他国と手を組まないとは考えられません。相手が強くなる前に叩くべきであると我々は考えます」

 王が数秒瞑目し、


「君たちとリヴィア国の交渉の結果が出ているのなら一考の余地もあったが、対ハイランドの最大戦力であるミスルム国との交渉が成立するとは思えん。かの国は昔から、対ハイランドは一対一でなければならないという理解しがたい美学を持っているからな。あそこが参加しないのであれば、たとえ三国が集まっても勝率は五割だろう。今の我々にとって、満足にハイランド対策が出来ないような同盟にはほとんど価値が無い。よって、却下だ」


 王の威厳のある声が響く。その声を聴いたラミィとディランは顔を合わせ、次の瞬間ディランの姿が消えた。


 恐るべきスピードで跳躍し、王の首に剣が迫る。

 しかし、その剣は届かなかった。賽子のアバターが無表情でディランの剣を受け止めていたのである。


「ハッ! 舐められたもんだな!」


 その場に居合わせた人々がラミィを捕らえようとした時、的確な水流による妨害が入る。

 全員が防御姿勢を取っている間に、ディランが目にも止まらぬ速さでラミィを抱えて消えて行った。


 茫然と二人を見送った人々の中で、最初に我に返ったのは騎士団長のレイだった。

「奴は……ディランはあんな動きをしない。明らかに常軌を逸した動きだったぞ。王、私は彼らを追いつつ、国内の警備を厳重にするよう通達に参ります」


 レイが出て行った後、賽子もアバターを使って相手の逃走ルートを探り始めた。水路ではなく、陸路で逃げていることが確認できる。街から少し離れた場所に迎えの馬車が停まっていることまで確認した。


 魔術師たちはディランの使った魔術についての評価を報告する。

「あの水魔術も完全に一兵士のそれを超えていました……」

「魔術だけを極めようと長年努力しても身につくかどうか……」


 全員が顔を見合わせて頷く。総括として王が断言した。

「どうやらシュロス国の剣客はサポート能力に秀でた者なのだろう。何にせよかなりの曲者だな。心して掛からなければならないぞ」


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