ジジイ、朝の散歩がてらに挨拶運動
本日からは1日1話、19時頃に毎日投稿となる予定です。8月中は継続出来ます。よろしくお願い致します。
シュロス国への侵攻前日、賽子は王や軍部の要人たちが主催の、これからの戦争に関して話し合うミーティングに無理矢理参加させられていた。
開催場所は王の間であり、王の部屋の扉から玉座までの無駄に広い空間が今は大きな机に占められている。
その巨大な机の上には大きな地図が広げられていた。
「賽子君、このプラモンド大陸は見ての通り正六角形に近い形をしておる。そして儂の治めるラスター国は大陸の西端に位置しておるのだ」
正六角形の大陸の地図では、中央部分にひとつの国があり、残りの六つの国が頂点の部分に割り振られている形となっていた。
賽子が素朴な感想を述べる。
「はあ、結構綺麗に領地が分けられているもんですね。この中央の国とか絶対不利じゃないっすか? ここから攻めます? 他国と組めばこんなん秒っすよ、秒」
賽子の言葉を予想していたのか、すぐに反論の声がレイから返される。
「それは難しいな。大陸の中央に鎮座しているハイランド国は建国以来あの場所にある。今まで幾度となく大小様々な戦争があったが、全て防衛してきたわけだ。平地に慣れた我々には攻め落とすことが難しい。他国と組むことも難しいだろうな。理由は……長い戦争状態に入ってからかなり時間が経っているのに、うちがどことも同盟を組んでない事から察してくれ」
賽子はその辺の事情を考えようともせずに適当な相槌を打っている。理由や過程よりも結果が全てだ。賽子にとっては、同盟を組むことは難しそうだ、ということさえ分かればいい。
メアリが城の窓から見える山の中でも最も高い山を指さした。
賽子の視力ならばギリギリ建造物が幾つか見える。
「あれがハイランド山です。国の名前と山の名前のどちらが先に決まったのかは定かではないですけど、それだけあそこが彼らの庭であることを示しています。それに……」
メアリの言葉を王が引き継ぐ。
「さらにもう二つ、我々がハイランド国と無暗に戦争をしたくない理由がある。一つ目は、奴らが我々の主要な水源を握っているからだ。これは単に儂の国に限った話ではないが」
「なるほど。奴さんはそもそも喧嘩を売られにくいってことか」
「そして二つ目の理由は、ハイランド国にライバルがいるからなのだよ。ハイランド国の北西、つまり我々ラスター国の北東に位置するミスルム国は長年のライバルだ。我々は奴らが潰し合うのを傍観しておけばよい」
メアリが補足の為に耳打ちする。
「ハイランド国で主流なのは光属性。そしてミスルム国の得意魔術は闇属性。どちらが優れた属性なのか無駄に張り合っていて、これが長年の対立の原因です」
「ほーん、分かりやすい構図で助かる」
そうなれば、残された選択肢は一つに絞られる。
「つまり、うちの南東にある、この……シュロスって名前の国を攻めるってことですか?」
「うむ。まあそうなるな。東半分の国は今のところ無視してもいいだろう。まずは一勝することが大切だ」
王や騎士団員は士気を上げていたが、魔術師たちの顔色は芳しくなかった。
「シュロス国の得意な魔術は水属性でしたね。土属性が主力な私たちとは相性が少し悪いわね。まあ、直接的な戦闘では不利でも、土属性魔法のおかげで相手の主力部隊である船団を上陸させないという最大の嫌がらせも出来るのでおあいことも言えますが……」
このあたりから賽子は会議に飽きて来ていた。ゲームでも試合前にチームで話し合いをすることがあったが、ここまで規模が大きくないし、時間も掛からない。いつの間にか、さっさと抜けることしか考えていなかった。
「まあ攻める方向が分かれば良いよ。俺の仕事は相手をぶっ潰すだけだ。残りのことは後から言ってくれれば良い」
その言葉に、王は容認する姿勢を見せた。
「うむ。では戦場ではよろしく頼む。ただ、全ての国が一人ずつ君の様な剣客を召喚しているから……」
王の言葉を遮って、賽子がドヤ顔で言い放つ。
「ハッ、相手がどんな輩かは知らんが、とにかく全員倒せばいいのだろう?」
変わらない賽子の勢いにレイが苦笑する。
「はは、頼もしいね。俺も負けてられないな。とにかく、よろしく頼むよ」
賽子が適当に返事をして部屋に戻っていった後も、夜遅くまで作戦会議は続いたのであった。
翌朝、王がラスター国の戦力の八割を前に激励の演説を行っていた。その時に、ラスター国の召喚した剣客として賽子も紹介された。ちなみに、残りの二割は防衛のための戦力であり、今回は居残りである。
賽子はアバターを出現させて軽く自己紹介した。ニートはあまり声が通らないので、言葉で聞かせるより能力を見せた方が速いという判断であり、アバターもしゃべってくれるので自己紹介を楽にするという利点もあった。
そして、慣れない馬に乗りながら、歩兵部隊のスピードも考慮してゆっくりと進軍を開始する。
城門の傍には、兵士たちの家族と思われるような人々をはじめとした多くの国民が軍の応援に駆け付けていた。
人前が得意でない賽子が顔を引き攣らせていると、横にいたレイが小さく呟いた。
「先月よりも随分人が少ないな……」
「これで少ないのか?」
「ああ、もしや戦争が長期に長引きすぎて不信感を持たれているのかもしれないな」
そうネガティブなことを呟きつつも、彼のファンと思われる女性たちの声援に手を振って応えている。
異世界でもやっぱり、人間社会は顔が命だと賽子が再確認した瞬間だった。
その光景から現実逃避気味に視線を逸らした賽子は、剣客召喚の影響で異常に強化された視力によって、街の門付近で起こっていた騒動を目にした。
意識を集中させると、やはり強化された聴力によってその場で交わされていた会話も聞き取れた。
「おい、あれがラスターの剣客様だってよ!」
「かなりの老体のように見えるけど、動きは俊敏ね。健康長寿のご利益があるんじゃない?」
「わざわざ私たちのような庶民にも会ってくれるなんて光栄ね。拝んでおきましょう」
そういう会話をしている人々は賽子たちの方を見ていなかった。むしろ逆の方向である。それに、そもそも賽子は老体ではない。
「レイ。あっちにラスターの剣客様がいらっしゃるみたいだぜ?」
「どういうことだ? ラスターの剣客は君だぞ? とりあえず話を聞きに行こう」
騎士たちが颯爽と駆けて行く。馬に慣れていない賽子はそのままのペースだったが、向こうの様子は知覚できていたので問題は無かった。
騎士たちが到着すると、人々は大人しく道を開けた。
「先ほど、ラスターの剣客様が来ていると話していたらしいね。その人は誰のことなのかな?」
「え? 騎士団長様、お知りにならないのですか? あのご老人ですよ」
婦人が指さした先にいたスキンヘッドで白いひげを生やしたお爺さんが恭しく一礼する。
レイが鋭く詰問した。
「貴様、名を名乗れ!」
「ワシは塚原武。齢八十にして、ハイランド国の剣客じゃ」
民衆がざわめく。無理もない。自分たちが無意識的に自国の剣客たと思っていた人間が、剣客は剣客でも、他国の剣客であり、しかもその相手にここまでの侵入を許していたのだ。
騎士たちが剣を構えても、塚原は武器を見せる素振りも見せない。手にした杖に自然と体重を預けている。だが、塚原が元から細い目をさらに細めただけで空気が張り詰めた。賽子が今まで感じたことのない、触れれば切り裂かれるような空気であった。しかしながら、直感で殺気を感じても、賽子は笑みを深めただけだった。
「クソジジイ、ここで殺してやるっ!」
そう言うと、馬を飛び下りて近くの大衆食堂に駆け込む。お茶を頼みながら滑らかな動きで机にマウスとキーボードをセッティング。念じたように店の外で完全武装した賽子のアバターが出現した。
そのままアバターが街を駆け、騎士団員の前に躍り出る。
「舐められたもんだな……俺がラスターの剣客、香戸賽子だ! 今すぐ叩き切ってやるぜ、クソジジイ!」
「そうか。元気でよろしい。ワシは塚原武。八十歳の老人じゃから少し手加減してくれんかのう?」
「うるせぇ! 一人でノコノコ敵地に来る方が悪い。苦情はあの世で言ってくれ。まあ、楽に送ってやるよ。アンタの国までの道より、ここからあの世への道の方が近道だからな!」
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