チート能力発現
明日から8月中は毎日19時頃に投稿を行う予定です。よろしくお願い致します。そろそろバトル感が出て来た感じですね。
次に賽子が目を覚ました頃には朝日が昇っていた。部屋の前に置いてあった少し量の多い朝食のパンとスープを食べ、空になった容器を部屋の前に戻す。
「超暇だなー。ゲームしてー」
向こうの世界から何故かついて来ていたマウスとキーボードをいつものように机においてカチカチと弄ぶ。
ゲーム出来ないかなぁとひたすら繰り返していたら、賽子の眼前にいつもの液晶画面程の大きさに近い青白い平面状の物体が出現していた。その画面には賽子の寝ぐせがついたままの後頭部が目立つ後ろ姿が映っていた。
つまり、この画面には誰かの視点が映っていることになる。
後ろを振り返ると、ロールプレイングゲームによくあるような鎧兜で完全武装し、派手な装飾が施された剣を持った賽子が立っていた。
「お前は……」
一拍遅れて、コピーの賽子も「お前は……」と呟いた。
「これは……ヘッドセットを通して言葉が発せられているのか」
感慨に浸る前に自分の声が二度聞こえる鬱陶しさが勝り、ヘッドセットを頭から取る。
その直後、遠慮がちなノック音が聞こえた。
「どうした?」
「おはようございます。王から話があるとの通達がありました」
ドアを開けると、メアリが目を丸くした。
「賽子さん……それは……?」
「ん。適当にこれいじってたら出てきた。多分これが魔術なんじゃない?」
恐る恐るメアリが手を伸ばす。
「あっ、これちゃんと触れます。剣も鎧もちゃんと戦えるレベル……いや、そんな次元じゃないですね。こんな上質なものは店にも中々無いですよ。是非ともこれを王の間に連れて来てください!」
歩きながらキーボード操作で移動させる。
「これ歩きながらの操作は面倒だな。王の前に行ってからもう一度出す感じでも良いか?」
「ええ。確かに歩きにくそうですからね」
意識を緩めると、画面とともに、出現していた賽子のコピーも消えた。
王の前で再び意識を集中させると賽子の後ろに完全装備の賽子が現れた。移動させる手間が省かれたのは新たな発見であった。
王の間に居合わせていた人々も驚嘆の声を上げる。代表して王が、
「賽子君、これは一体何かね?」
「よくわかんないですけど、ゲームで遊ぼうとしてマウスとキーボードをいじっていたら出てきました。多分魔術的な何かじゃないですか?」
一部の人々の視線が王国専属魔術師たちの方へ向く。
「ふむ……このような魔術は見たことも聞いたこともありませんでしたが、確かに魔力によって出現していると思われます。かなりの魔力を感じられます」
ざわつく人々を黙らせて、王が再び質問した。
「それは何と呼べばいいのかね?」
「さあ? アバターとでも呼べば良いんじゃないですか?」
口々に人々が名前を復唱する。その後、レイが、
「じゃあ、そのアバターは戦えるのかな?」
と聞くと、賽子の口元が不敵に歪んだ。
「多分な。コイツは俺よりも動けるぜ?」
ぞろぞろと歩く騎士団員を見送りながら、机と椅子を準備させる。
「俺はここからでいい。と言うより、マウスとキーボードを安定させないとやりにくい」
「じゃあ、そうしよう。ルールは昨日と同じもので良いね?」
この会話は訓練場までの道中で行われていた。賽子自身から離れていても問題なく会話できている。
木剣を地面に置いてもらい、それをいつもの装備を拾うボタンで拾って装備を変えれば準備完了だ。
いつもやっていたFPSゲームと同じ要領でカタカタ移動させ、カチカチ攻撃する。
ある程度はアバターが勝手に判断して行動しているようで、攻撃の軌道もゲームのようなワンパターンなものではなく、ゲームでは難しい回避動作もある程度はオートで作動していた。
後ろから囲まれようと、高い金を払って手に入れたヘッドセットの性能と長年にわたる戦いの中で身に付けた足音の聞き分け能力を駆使して軽く捌いていく。
もう昨日とは剣を振るスピードが段違いで、レイの速度を超えていた。そして最も重要なことは、アバターは人間と違って疲れ知らずという決定的なポイントだった。
「はぁ……はぁ……これが、噂に聞く剣客様の強さか……」
地面に転がり、肩で息をしながら語り掛けるレイに対して、
「フハハ! これただのチートじゃねぇか!」
少し距離を置いて賽子のアバターが高速で屈伸運動をしながら言葉を返す。
要するに賽子の圧勝だった。一度も相手の剣に当たることなく、昨日よりも速いスピードで相手を全滅させていたのである。
これには王も大喜びで手を打ち鳴らした。
「勝てる! これは勝てるぞ、諸君! 賽子君、ありがとう。数日後に戦争を仕掛ける! 攻勢に打って出るぞ!」
その王の声を聴いて、賽子は自分の部屋へ向けて歩き出した。
自分の部屋に辿り着く直前に、足元から崩れ落ちた。全身から汗が噴き出している。
まだ強がって笑みを見せているが、色々と限界が来ているのを悟っていた。
「へへ……トイレは逆方向だったな」
次に賽子の意識が捉えたのはあまり見覚えのない天井だった。とはいえ、全く見覚えが無いわけでもない。城の自分の部屋のはずだ。
起き上がろうとしたが、中々体に力が入らない。さらに、誰かに上から押さえつけられた。
相手を確認すると、それはメアリだった。少し目元を赤くしている。
賽子が意識を取り戻したことを確認したメアリは少々上ずった声で早口に捲し立てた。
「目が覚めましたか? あっ、まだそんなに動かないでください。魔術初心者によくあるのですが、魔力を一気に消費したことが原因だと思われます。今はゆっくり休んでください」
「なるほどな。……ところで俺はどのくらい寝ていた?」
「およそ丸一日ですね」
顔を顰めた賽子の意図をくみ取ったのか、言葉を補足する。
「大丈夫です。戦の準備はかなり時間が掛かるものなので、賽子さんのせいで計画が遅れているわけじゃないありません」
「そうか。体調が戻ったらあの魔術を長時間出せるように練習するとしよう。暇つぶしに最適だ」
「適度に休息を取るようにしてくださいね。……朝食はいかがなされますか?」
丸一日何も食べていなかったことを思い出し、腹の調子を確認する。すぐさま、
「食べる。すまないが持って来てくれ。……あぁ、もちろん量は少なめで」
数分後、予想よりも少し多めの朝食が運ばれてきた。柔らかそうなものと、栄養になりそうな野菜や果物多めだったので、量以外の要素は病人仕様とも言える。賽子は、やはり量の多さに苦言を呈しつつも、スプーンを手に取ったメアリに一言。
「自分で食べる。食器はいつものように外に置いておくから」
メアリは躊躇うように視線を左右に動かしたが、
「……はい。お大事に」
と、シュンとした声で返事をしてゆっくりと出て行った。
結局、賽子の体調が本調子になるのと、ラスター国の戦争準備が整うまでにここから二日ほど掛かった。
その間にも賽子は暇な時間に部屋でアバターの操作を練習していた。その口元は歪に歪んでいる。
「多少得物は違うが……これは俺の得意分野だ。負ける気がしねぇ」
某所と違って割と早くPVが3桁になって、「これが小説家になろうか……」という感じに戦々恐々しております。感想や評価をいただけると励みになります。