勝った! 勝った! 夕飯はドン勝だ!!
あともう一話なのでお付き合いください。
他の全ての剣客がこの世界を去った後も、賽子はこの世界に残っていた。流石にしぶとさと生き汚さに定評があるだけのことはある。
賽子は、他国の軍勢とは少し離れた森の中でいつもの椅子に座っていた。
「賽子さん、この期に及んでも一人ですか?」
「みたいだな」
苛立ちを隠そうともしない賽子に向けて、メアリが微笑みながら、
「長くいてくれるのは嬉しいですけど」
「ニートを抱えて嬉しいと言った奴は初めてだ。剣客としての仕事が消え去ったから今はマジでニートだぞ、俺。ちくしょう。早く帰ってゲームしてぇなぁ。何で俺だけ帰るの遅いんだ?」
そこに、爽やかなイケメンボイスが差し込まれる。
「賽子君、案外しぶといからねぇ」
賽子が声の主に目をやると、レイは手をひらひらさせながらどこかに行ってしまった。
「他の人たちはみんな、仲間への感謝とか、迷惑を掛けたことへの謝罪とか、未来への決意とかを言っているみたいですね」
「全部聞こえてる。まだ耳は遠くなってないみたいだぜ」
遠慮がちにメアリが尋ねる。
「賽子さんは、そういうこと、言わないんですか?」
「言ってもいいけど、そういうキャラじゃないし、催促されて渋々言うことでもないだろう?」
椅子に座ったまま目を半開きにして頬杖をついている賽子の前に、メアリが立つ。
「じゃあ私だけでも。……国家の威信をかけて行われた剣客召喚で、最初は外れくじを引いちゃったのかと肝を冷やしましたが、ちゃんとした実力を持っている人で良かったです。身の回りの警護をしようかなと思っていても、部屋に入れてくれないし、それなりの能力があるので私は必要ないのかなとも思いました。でも、賽子さんのお世話をするのは、ペットを飼っているみたいで楽しかったです」
「ペットねぇ……目の前で言うか、それ?」
だが、賽子も完全に怒っているわけでもなかった。
養われないことに比べれば万倍マシである。むしろ他人が養ってくれるだけで人生は最高に素敵なものになるはずだ。いや、ならないわけがない。
「はい。昨晩、黒菱さんに、言いたいことがあるなら全部言っておけと教えられましたので」
「ふーん。最高級のエサと犬小屋を与えてくれてありがとうございました」
「ふふっ、やっぱり素直じゃないですね」
「素直な良い子なら不登校なんぞになってない」
「あっ、それですよ。学校にはちゃんと行ってください。見識を広げた方がいいですよ。何か自分にしか出来ないことがあれば、ニートみたいな生活をしていても許してくれるって、この世界で学びましたよね? もっと色んな知識を、学校に行くことを通して学びましょう!」
「えぇ~」
非常に面倒くさそうに応じた賽子に引っ付いて、泣きながら訴える。
「色んなことを学んでください。立派な人になってください。誰かを支えられるような人になってください」
「おいおい、別れの時に、真人間になってくださいって懇願する奴なんかどこの世界にもいないだろ」
「色んなことを学んでください。立派な人になってください。誰かを支えられるような人になってください。せめて親孝行ぐらいはしてください」
賽子の言葉を無視して念仏のように繰り返す。
繰り返していくうちに、涙声になって、聞き取れなくなっても繰り返す。
「わかった。わかったって。取りあえず修学旅行ぐらい行ってやるから」
一瞬、声が止まったと思えば、メアリは涙でクシャクシャになった顔を上げて、
「まだです! まだ足りません!」
「んなこと言われてもさぁ……」
「色んなことを学んでください。立派な人になってください。誰かを支えられるような人になってください。せめて親孝行ぐらいはしてください。早めに結婚して子孫を残してご両親を安心させてあげてください」
賽子が渋り始めると再び念仏を繰り返し始めた。
「怖いからそれやめろ。学校、行けたら行くからさ」
泣き腫らした瞳で賽子の目を見据え、
「もっと具体的に!」
「雨とか雪とかが降っていなくて、風が穏やかで、気温が高過ぎず低すぎず、ゲームのイベントや誘いが無くて、遅刻しない時間に起きれて、やる気に満ち溢れている日は学校に行きます!」
「注文が多い!」
「晴れてて、適温で、予定がなく、遅刻することなく、やる気がある日は学校に行きます!」
「言葉は短くなったけど、さっきと何も変わってない!」
メアリが賽子の胴をグーで殴る。
「俺のやる気を削る要因がない日は学校に行きます!」
「具体性が、消えた!」
メアリが再び賽子を殴る。半透明になり、存在感が薄まりつつある賽子を殴った時、数秒前よりも明らかに手応えが無くなってきていることに、気付いてしまった。
「やっぱり無理しないで……」
「うるせぇ、穏やかな日ぐらいは学校に行ってやる」
メアリが賽子に抱きついて、声を上げて泣く。
「つーか、こっちばっかり説経されるってのも癪だな。だから、お前は……」
「え? 私?」
顔を上げたメアリの目を見据え、賽子が短く言葉を添える。
「誇りを持て」
その言葉が聞こえた時、メアリの拳は、椅子を叩いていた。
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