この戦場の光景がSNS映えするかどうかは分からないけど、取りあえず写真だけは撮っておくスタイル
魔王に対する勝利を祝って、戦場には弛緩した空気が漂っていた。剣客たちも勝利の余韻に浸ってその場に座り込む。
「あっ、そうだ!」
見鶴が何かを思い出したように叫び、各国の召喚士たちを集め始めた。
「何するの?」
怪訝そうな表情で尋ねた黒菱に対し、見鶴が笑顔で返す。
「写真だよ、写真! みんなで撮ろうよ!」
見鶴と黒菱が各国の召喚士を呼びに行っている間、
「楽勝だったわー、やっぱ俺一人で十分だったじゃん?」
「何を言っておるか……我一人でも十分過ぎたわ!」
と今までの協力を台無しにするようなセリフで中学組が罵り合い、
「今回の戦闘、我々の勝利だ……」
「ああ、そうだな。疲れたわ」
と、男木と太田が疲労を滲ませながらも勝利の余韻に浸っていた。
そこに、魔王城があった場所に向かって手を合わせていた塚原が帰って来た。
「違うな。此度の戦も、ワシら剣客にとっては負け戦じゃよ」
「ん? 爺さん、そいつはどういうことだ? あと、さっき何してたんだ?」
塚原は二人の隣に腰を掛け、
「ただ黙祷を捧げていただけじゃ。ワシらは所詮呼ばれただけの剣客よ。この世界で勝者として居続けられるのは、この世界の住人だけ、というだけのことよ」
「塚原氏はいつも思慮深いですな」
「なに、ただの年の功よ……ほら、皆が呼んでいる。行こう」
剣がスマホと自撮り棒に戻っている見鶴が大きく手を振っていた。
剣客と召喚士、計十四名。その後ろに、各国の兵士たちが揃い踏みしていた。
見鶴の一際明るい声が響く。
「どこまで入るか分からないけど、じゃあ行くよ……はい、チーズ!」
フラッシュが見えて、電子音が鳴り、結果を見鶴が確認する。
そして、背後の兵団に向けて、
「ありがとうございました! ありがとう……あり……」
最初は勢いよく叫んでいたが、段々声が萎んでいく。
涙を流し続ける見鶴をナーシーが強く抱きしめた。
「ありがとう見鶴。向こうの世界でも、元気でね」
ナーシーの言葉が指しているように、剣客たちの体は徐々に光に包まれて透明度を高めていた。
見鶴たちの隣では、黒菱とその召喚士のタメアキが言い争っていた。
「これ、下着とか見えないんすかね?」
「タメアキ、あんたこんな時ぐらい真面目に出来ないの?」
「冗談ですって。黒菱さん、もう自分の身体を自ら傷つけるようなことはしちゃだめだ。もっと希望とか目標とかを持って生きようよ。俺は……そうだな、向こうの世界に行く魔法の研究でもしてみようかな」
「ストーカーになるつもり? 言っておくけど、子宮からやり直した方がチャンスあるわよ」
「いやー、手厳しい。とにかく、黒菱さんは人生を子宮からやり直すには惜しい人ですよ!」
「はいはい。じゃあね」
剣客の中でも、いち早く黒菱の姿が消えていった。
その隣では、塚原とライトが抱き合っていた。
「塚原さん、行かないでよ……」
「泣くな、ライト。人生というものに於いて、何かのイベントはほとんど唐突に起こるものじゃ。ただ、ワシの願いを聞いてくれるというのなら、健康に気を付けて長生きしなさい。戦争などという馬鹿げたことをやめて、平和に共存する道を目指しなさい。そして、今回の剣客召喚の記録を作って、二度と魔王を呼び起こさせないようにしなさい。難しいことだと分かってはいるが、それが一番じゃ」
「うん。ボク頑張るよ。まずは剣客召喚の記録を作って、王様に色々進言して、それから……それから……」
ライトの頭上に置かれた温かみのある手の感触が薄れていく。その焦りで、うまく言葉が出て来なかった。
「急がなくてもいい。そのために、長く生きるのじゃよ」
「塚原さん……ありがとう」
塚原が消えて、泣き崩れるライトをタメアキが支える。
その傍にいた見鶴にも別れの時が迫っていた。
「ナーシーさん。私、行かなきゃ。こっちにも大切な人が沢山出来たけど、向こうにも大切な人が沢山いるから……。そう言えば、この戦場には来ていないけど、国内でお世話になった人も沢山いたね。だからね、私の代わりに私の世話をしてくれた人たちにお礼を……」
長々と感謝の言葉を述べていた見鶴の頭をナーシーが撫でる。
「見鶴は優しいのね。もっとその辺の人みたいに、自分のために生きてもいいんだよ?」
「あはは。でも、私は……私の中ではこれが一番幸せなんだ。……バイバイ」
「えぇ、ありがとう見鶴。最初は頼りなかったけど、今は私の大切な人」
ナーシーが指差し、見鶴が苦笑いをした方向には、珍しく一般兵に囲まれている剣客がいた。
太田である。太田は、兵士たちに何かを指示すると、エフの前に整列した。
エフたちセルン兵団の周囲が風のドームでうっすらと包まれる。
その魔術の効果なのか、ドーム内の音声が聞こえてこなかった。しかし、中で太田たちがオタ芸を打っているのは見える為、何をやっているかは一目瞭然だった。
風のドームは、自分たちがより楽しむためであり、言葉を交わし合っている他国の剣客への配慮でもあった。
すぐそばに、いつぞやのベッドを設置し、そこに腰掛けて語らう男木とミミコ女王の姿があった。召喚士のミチモリは頭を下げ、少しの言葉を残して女王に場を譲った。
「本当に、男木さんには何から何までお世話になりっぱなしで、どう感謝をすればいいか分かりません。本当は何か手土産でも渡さなければならないどころか、国宝を差し上げてもこの命を救っていただいたお礼に代えることは出来ないのでしょう」
男木が優しくミミコ女王の肩を抱く。
「そんな些細なことを気にするな。それに、回復魔術を最高効率で使うために、女王様の最も大切なものを奪ってしまったのだからな。そういう人間を信用して国に置いてくれただけに、オレの方が感謝しなければならないぐらいだよ」
そっと離された男木の手を、ミミコ女王が縋るように掴んだ。
「男木さんがいなくなれば、私はどうすれば……」
「病気になる前と同じように振る舞えばいいだろう。オレみたいな男のことはきれいさっぱり忘れて、な」
「嫌です!」
ミミコ女王が男木の半透明になっている膝の上に座った。
「わがままだな。だが、それも君によく似合う」
「ええ、私は女王ですから。せめて最後までこのまま……」
しばらく目を閉じて男木の腕に包まれていたミミコ女王だが、ふとした瞬間に、体がベッドの上に投げ出された。
そこにもう男木がいないことに気付いて、声を押し殺しながら涙を流し始める。
だが、我慢しきれずに声が漏れる寸前に、風のドームが消えて、騒がしい声がミミコ女王の鳴き声を掻き消した。
「こんなに拙者のことを受け入れてくれたのは皆さんが初めてでござる。向こうではキモデブメガネドルオタの誹りを受けて来た拙者でござったが、間違いなく此度の剣客召喚においては、周りの環境に恵まれ……これは優勝と表す他あるまい! 感謝……圧倒的感謝! そして次郎からのセイクで優勝! 優勝!」
セルン兵たちが口々に「優勝」と呟いている。その呟きは、やがて叫び声に変わっていく。
エフも交えた優勝コールの中で、太田は華々しく消えていった。
オタク集団から少し離れた場所では、親子のような年齢差の一組の女性たちが抱き合っていた。
「向日葵……あなたが無事で良かったわ」
「マスター、我は、向日葵では……ぐすっ」
「最後までそれなのね。あなたらしいわ」
「アイリス……我は……いや、私は最後まで貴女に心配をかけさせてばかりの、不甲斐ない剣客でした。今も、キャラがブレブレで……」
途切れ途切れの言葉を必死に探し出す向日葵の肩をアイリスが優しく抱いた。
「いいえ、そこまで含めてあなたらしくて、安心したわ」
「アイリスぅ……私は、こういう性格だから、みんなにごめんなさいやありがとうとは最後まで言えなかった。でも、貴女にだけは言わなければならない。……色々心配させて、迷惑もかけてごめんなさい。全部笑って許してくれてありがとう」
セルン兵たちのバカ騒ぎで消えてしまわなかった事が奇跡のような、か細い声で言葉を紡いだ。
大粒の涙を零しながら、アイリスがより一層向日葵を抱きしめた。
「いいえ、私たちの求めに応じてくれて、危険を顧みずに戦ってくれたあなたに感謝することはあっても、謝罪されることはないわ。今までありがとう、向日葵」
「何で……何で泣いているのさ。涙は似合わないぞ……」
アイリスが、向日葵を解放し、一歩離れた場所に立つ。
そして、毅然とした口調で最後の言葉を告げ始める。
「向日葵、これからもあなたらしさを追求しなさい」
向日葵も一歩離れて涙を袖で拭い去った。
「これからもあなたの正義を貫きなさい」
向日葵がアイリスに向かって跪いた。
「そして、絶対に幸せになりなさい」
アイリスの言葉に応えるように、この戦場を共に戦い抜いたお気に入りの黒い傘を眼前に立てる。
「心得た。この佐藤向日葵、全身全霊で誓いを守り通そう。さらばだ、マスター……いえ、アイリス。我らの運命が再び交差するその日まで」
そして、アイリスが涙を拭った時には、もう向日葵の姿はどこにもなかった。
向日葵の名前を叫ぶ声が、賽子たちの座っている森を越えてどこまでも木霊する。
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