家虎しないと死んでしまう猿
見鶴、黒菱、向日葵、男木が魔王の動きを抑え込んでいる間に、太田は各陣営のサポートに回っていた。
塚原が太田を瞬間移動させることによって機動力を上げている。
太田が昨日の間にこのような事態を見越して話をつけていたため、素早く立て直しが図られていた。
「剣士の皆さんも魔法士の皆さんも、昨日の打ち合わせ通りにやりますぞ! ……エフたそ! アレをお願いしますぞ!」
エフが太田にウインクを返す。
「えぇ、分かっているわ。あの曲ね!」
エフの合図によって、昨日は演奏されなかった曲が演奏され始める。
スウっと深く息を吸って、エフの魂の叫びが戦場に木霊する。
「私の歌を、聴けええええぇぇぇぇっっ!!!!」
アニメ好きな向日葵と黒菱がいち早く反応する。
「むっ……この曲は……まさか、アレをするつもりか!」
「これ、私たち相手にやられていたら厄介ってレベルじゃないけどね」
苦笑する二人に男木が話しかける。
「何が起こればそんな反応になるのか、オレにも教えてくれよ」
「ふん、もうしばらく待てば嫌でも分かる。まあ、一度しか出来ないはずだから見逃すなよ」
「少しだけ教えるなら、対個人の技じゃなくて対集団の技なんだよね。ここも危なくなるかも。でも、タイミングは嫌でも分かるから自分の身は自分で守ってね」
曖昧な説明だったため、男木と見鶴は依然として頭に疑問符を浮かべていた。
セルン軍の兵士たちはこんな状況でもオタ芸を打っているが、他国の兵士たちは普通に戦っている。果たして、他国も巻き込んだ大技が出来るのかどうか二人が疑問に思うのも当然の光景だった。
その間にも曲はどんどん流れていく。
そして、サビ前に一瞬の静寂が訪れた刹那――。
「イエッッタイガアアアアァァッッーーーー!!!!」
空間を切り裂くような裂帛の叫び声があちこちから一斉に上がる。
その直後、兵士たちが自分の手に持っていた剣を投擲し始めた。
魔法の効果によって剣の一本一本が強化されて光を放つ。
輝きを放つ幾千もの剣が飛び交う光景は、さながら流星群のよう。
「うわー、写真に撮りたいなぁ」
「たしかに綺麗だけど、危な過ぎるだろ! もう許せるぞ、オイ!」
降り注ぐ剣は微妙にコースを調整されてモンスターたちに突き刺さる。その軌道修正は、魔法士たちの努力の賜物だった。
これで雑魚モンスターの数は激減し、戦局が再び剣客優勢に戻る。
「ククク……アレこそが、サイリウムをステージ側に投げるようになったり、ファン同士の争いを引き起こしたりして基本的に様々な運営から禁止されるようになった厄介オブ厄介――≪イエッタイガー≫よ……」
「まあ、アレは禁止されるよね……」
向日葵と黒菱が遠くを見るように何かを思案していると、その隙をついて魔王が包囲網から脱出した。
「中々やるじゃないか。僕も戦略的に立ち回らないとね」
そう呟いた聡明な魔王は、当然の如く、一番仕留めやすい賽子への最短距離を突き進み始めた。移動中にも剣を振るうことで剣客たちの動きに制限をかけていく。
「クッ、我の油断がこのような事態を招くとは……」
歯噛みする向日葵を賽子は一笑に付す。
「ハッ、これだから慢心まみれの厨二病は役に立たん。まあ、そこで見ていろ。俺はガン待ちも芋砂も得意だからな。これが罠だと分からんようなクソ雑魚魔王に後れを取ることなどありえん! むしろ、負けてやることなど不可能だ!」
「言ってくれるね。でも、折れた剣でどこまで戦えるかな?」
魔王の剣を直接キーボードで受け止める。今までの間接的な攻撃でも押し切られかけていたが、それよりもさらに重い。しかし、ギリギリで踏みとどまる。
「意外に粘るね。だが、特殊な技を使えなくなった君は、剣客として弱すぎる!」
何度も繰り出される猛攻をギリギリのところで耐え凌ぎながらニヤリと笑う賽子。
「おいおい。俺はFPSゲーマーだぞ? 剣なんざお門違いだ。そんな俺に剣客としての何かを期待されても困る」
他の剣客が割り込もうにも、魔王が厳重に迎撃態勢を敷いていたので中々それだけの隙が生まれない。だが、それだけで相手の消耗にも繋がるので剣客たちは妨害を続けていた。
その様子を煩わしそうに横目で見ながら、魔王が賽子に微笑みかける。
「じゃあ大人しく死んでくれないかな?」
「嫌だね。糞ザコnoobチンパンに後れをとることは俺の矜持に関わる」
「糞ザコnoobチンパン? 詳しい意味はよく分からないが、とにかくぼくを弱小モンスター扱いしていることは伝わってくる。もし本気でそう考えているのだとしたら、君は実に馬鹿だと言わざるを得ないね」
「おいおい、俺はいつだって本気だぜ? 本気で、テメェは取るに足らない雑魚だ、って言ってんだ。これがゲーム内だったら、アンタはリス狩りの対象にされるような野良のカモ以外の何物でもないんだよ」
「リス……何だって? でも、君にはそんな余裕が残されているとは思えないけど?」
賽子の対魔法用の防御力を上回る勢いで魔法が叩き込まれる。まだ軽傷で済んでいるが、このままでは倒されるまでは時間の問題だった。
それでも賽子は笑みを浮かべていた。
「お前、剣客を殺すことだけに拘り過ぎてんだよ。もっと戦場の全体を見ろ」
ハッとした表情で周囲を見る魔王の姿を鼻で笑う。
「見るべき場所が全然違うんだよなぁ。これだからクリアリングの一つも出来ない素人は……」
やれやれ、と肩を竦めた賽子が、表情を一変させてヘッドセットのマイクに叫ぶ。
「おい、メアリ! どこに芋ってんだ! 仕事だぞ! 頑張れじゃねーよ……おめぇも頑張んだよっ!」
賽子がヘッドセットに向かって叫ぶと、その声が自陣に出現していたアバターを通してメアリに伝わる。
今までほとんど何も出来ていなかったメアリの肩が自然と震えた。
自分の頬を軽く叩いて、気合いを入れ直したメアリが叫ぶ。
「賽子さん……そうですよね。はい! 私は、召喚士としての仕事を全うします!」
そして、一拍遅れて賽子に対魔法用のバフが掛かった。
賽子への魔法ダメージがほぼゼロになって、剣とキーボードによる直接攻撃対決にもつれ込む。
最初は押され気味だった賽子の動きが、エフの歌によって軽快なものになり、そこそこ互角に立ち回れるようになっていた。
「剣客ってのは一人で戦場に立っているわけじゃねぇんだよ。そもそも、召喚されなければこの世界に存在することもないぐらいだからな。お前はそこを見誤ったわけだ」
更に、賽子が塚原の瞬間移動能力の恩恵を受けて立ち回りを変え、黒菱がエフと一緒に歌による支援を始めた。少しの傷は男木が治していくので気にしない。
「ま、剣客自体も一人じゃねぇから、一対一に持ち込んだのは愚策中の愚策と言わざるを得ないなぁ」
「ぐっ、まさか一番集団行動が苦手そうな君からこんな指摘を受けるとはね……悔しいが、今回も君たちの勝ちだ!」
その言葉を受けて賽子がフィニッシュのために魔王の脳天にキーボードを振り下ろす。
「あぁ、未来永劫俺たちが勝ち続ける! テメェが何をやっても二度と勝てると思うなよ、チンパンの王!」
賽子を起点に他の剣客からも大技を何度も受けた三代目魔王が再び光の粒となって消えていく。しかし、光の粒は収束されることなく周囲を漂っていた。
「やるね。だが、ぼくは何度でも……ぐっ、何だこれは? ぼくの復活が阻害されていく……。駄目だ、ぼくは先代との約束を守らなくちゃならないのに」
「うるせぇ、こちとらチンパンじゃねぇから十二分に学習能力があるんだよ。何度も同じ手が通用すると思うな」
今回も相手の復活を許すほど剣客たちは甘くない。
「その通り、残念だったな魔王よ。貴様はまだその器ではなかったということだ」
「推しのアイドルの一人もいないような寂しい奴相手に拙者が負けるはずもないというわけですな」
闇魔法の使い手である向日葵と突然イキリ始めた太田が作り出した封印術式を起点に、召喚士を始めとした各国の魔術師たちが協力して、より強固な封印術式を組み立てていく。
「魔王さん……私も、皆を守らなきゃならないから、ごめんね?」
「そういうわけじゃ。諦めてくれ」
「見鶴も塚原さんも甘いわね。それがあなたたちの長所でもあるのだけれど。……でも、魔王さんも、もうこの世に未練はないでしょう? だって私のようなネットに千年に一度の美少女コスプレイヤーと呼ばれる人の美貌を見ることが出来たのだから、ね?」
「堕ちろ……」
術式の中央にいる魔王の姿がどんどん薄れていく。魔法陣が放つ光が一際強くなった次の瞬間には、魔王の姿は消えてしまっていた。
「堕ちたな」
男木の呟きに他の剣客たちも次々と頷き始める。全員が同意を示すと、辺りに静寂が訪れた。
厳重な封印術式が完成し、魔王が出て来られなくなったことが各地の魔術師たちにも確認されると、辺り一面から歓声が沸き起こった。
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