ぬわあぁん、疲れたもおぉん!
本日は12時頃と19時頃の2回更新を予定しております。明日以降、8月中は毎日更新をする予定です。
賽子のゆるゆるガバガバな剣戟が当たるほど騎士たちは間抜けではなかった。ここは異世界人の文化レベルを下げて俺TUEEEをするタイプの異世界じゃないんだぞ、と言わんばかりに騎士団員たちは攻勢に打って出た。
へらへらと笑いながら騎士団員が一斉に賽子を取り囲む。様々な方向から賽子を同時に攻撃するが、その攻撃はすべて躱され、お返しとばかりに痛くとも何ともないレベルで木剣が騎士団員の身体に押し付けられていく。
「この剣重い……疲れた……」
愚痴をこぼし続ける賽子の動きは確かに鈍っていて、剣もほとんど引きずるような形になっていた。だが、賽子への攻撃は当たらず、賽子の引きずる剣が申し訳程度に騎士団員の足首に当たっていく。
ルールに則って三回木剣が当たった者から退場していく。
気付けば既にレイ以外の団員は全て退場していた。レイは最初から集団の一歩外で様子見に徹していたため、全く消耗していない。
「おい、アンタ最初から参加しているのか参加していないのかわからないんだけど、その辺はっきりさせてくれない? 疲れたから戦わなくていいのなら戦いたくない」
「ふむ。そういうことなら……」
不意にレイが剣を投げた。表情一つ変えることなく――そもそも変わる余地が無いほど疲れ切ったような表情だったのだが、危うげなく躱し、
「つまり、団長様は殴り合いってことでいいの?」
「いや、剣が無くなったからね。これで終わりにしよう。王、よろしいでしょうか」
王は鷹揚に頷いた。
「うむ。皆ご苦労であった。初めて賽子君を見た時は剣客召喚に失敗したのかと思ったが、どうやら我々に見る目が無かったようだ。これからよろしく頼む」
王が差し出した手を、賽子は一向に握り返そうとしない。
「あ? よろしくって何を?」
その場にいた人々がアイコンタクトだけで会話を始めた。誰も言っていなかったのか、と。
協議の結果、王が咳払いをして、
「今我々のラスター国は……いや、このプラモンド大陸にある七か国全てが戦争状態にある。この戦争は決定的な決着がつくことなく長年にわたって続いてきたのだが、ついに決着をつけるべく千年前に禁止された剣客召喚が行われることが決まったのだ。つまり、君には戦争に協力してもらう」
「はあ、まあそいつは別にどうでもいいんだけどよ……」
自分たちの全てが掛かった戦いをどうでもいいと一蹴されて国王たちの顔が歪む。そんなことにはお構いなく、言葉を続けた。
「俺はどうやったら帰れるの? 早くおうちに帰ってゲームしたいんだけど」
「ふむ。確かに君にとって大事なのはそっちなのだろうがね。……で、メアリ君、そこのところはどうなの
かね?」
全員の視線がメアリに集まる。メアリは誰とも目を合わせずに冷や汗を流し続けていた。
「そ、その……文献には何とも……」
「おい! それどうすんだよ!」
メアリが詰め寄る賽子を宥めるために慌てて言葉を紡ぐ。
「で、でも文献では、帰還方法はともかく、召喚された人は全員帰って行った、とあるので帰れないことはないかと……」
王が好機とばかりに慌てて口をはさむ。
「つまり、戦争のために呼んだのだから戦争が終われば君も帰れるのだろう!」
根拠は全くないが、それに気付くほど賽子は思慮深くは無かった。
「なるほど。よろしい、ならば戦争だ! さっさと終わらせようじゃないか!」
「うむ。しかし、色々と準備に時間が掛かるのでまずはゆっくりしてもらいたい。おい、賽子君に食事と風呂の準備をしてあげなさい」
先に風呂に入ってから、部屋に行くと、多くの食事が運ばれて来た。
見たことがあるような料理から、見たこともないような料理まで、様々な種類の料理がどんどん届けられている光景を見て賽子は顔を顰めた。
全てが運ばれて来たみたいで、人の出入りが減った。とりあえずパンを齧る。
「うん。うまい……うまいが多すぎる。こんな量食えるわけないだろう」
ある程度食べ終えると、部屋で待機していた使用人に命じて返却させた。その様子を見て、メアリがおろおろとして尋ねる。
「あ、あの……お口に合いませんでしたか? 遠慮なく申し付けてください」
「いや、味は良い。しかし、量が多過ぎるというだけの話だ。あと、部屋に他人が居るのが落ち着かない」
「え? もしかしてお邪魔でしたか?」
涙目で尋ねるメアリ。こんな同世代の美少女を捨て置く者はそういない。しかし、賽子は全く遠慮を感じさせること無く、
「うん。はっきり言わせてもらうと邪魔」
「で、でもやることないと思いますよ。退屈しますよ……?」
「それでも自分の落ち着く空間が必要だよね? つーか、人が何人いても俺がやることないと暇であることに変わりはないじゃん?」
二度目の質問はせずに、メアリは大人しく引き下がった。部屋から出て行く直前のメアリに一言。
「あと、これから食事の量は半分で、ドアの前においてくれればいいよ。用があればドアの前から要件を言ってくれればいいからね」
「……あ、ハイ」
メアリは消え入りそうな声で返事をし、ドアからかなり離れて歩きながらぼやいた。
「私、何か賽子さんの気に障るような事をしたかなぁ……やっぱり私が召喚士として未熟だから国にも剣客様にも迷惑を……」
他の魔術師たちが近づいてきたことに気付いて、目元の雫をさり気なく拭う。恐らく誰にも気づかれていないはずだ。周囲を見てゆっくりと溜め息をつく。
そして、遠くに見えた魔術師たちの行方を見送って、次の予定を思い出した。
その頃、自分のテリトリーを創り出した賽子は、前日の朝から寝ていないこともあって、すぐにベッドで寝ようとした。
だが、数分後に扉がノックされたため、渋々ながら起き上がる。
「何の用だ?」
「賽子さん、王から魔術適正も確認するようにとの通達が来ております。ご協力いただけますか?」
賽子には聞き覚えのない声であった。ドアを開けると暗めの色のローブを着た人々が数人立っていた。
「その魔術適正ってやつの確認はここで出来るのか?」
先頭に立っていた女性が代表して答える。
「ここでも確認は出来ますが、魔術適正が高すぎると部屋が汚れる場合があるので私たちの工房の方がよろしいかと思われます」
「なるほど。部屋が汚れる可能性があるのならそっちに行こう」
引きこもりであり、あまり掃除はしなかったが部屋を自ら汚す趣味は無い。食後ということもあって眠気が勝ちかけていたが、渋々移動することにした。
魔術師たちの後ろを歩いて、賽子の部屋の対極に位置する少し大きめの部屋に入る。
その薄暗い部屋には他の魔術師たちだけでなくメアリもいた。
「俺のいた世界には魔術なんてなかったから何をすればいいのか分からないな」
「心配には及びません。この水晶に手を近づけて精神を集中させれば結果が分かります」
「ふーん。じゃあ早速始めようか」
水晶を置いた台が賽子の前に運ばれてくる。メアリがセットした椅子に座って、指示された場所に手を持って行く。あとは結果を待つだけ。楽な仕事だ……と思っていたが五分待っても反応が無い。
「これさぁ、どういう結果が出るの?」
横で見ていた魔術師の代表的女性が答える。
「この水晶の中に適性のある魔術が発現するのです。火属性に適性があれば火が出現し、水属性に適性があれば水が出現するといった感じですね。ちなみに、ここラスター国では土属性に適性のある人が多いですね」
「適性がない場合はどうなんの?」
「それは……何も出ませんね。魔術適正が何もない人は珍しいですね。剣客召喚はかなり極端な能力強化を行うのでしょうか。文献では剣客様の中に魔術を使いこなす人の記録もあったので、魔術の無い世界から来ていることが直接の原因なのかどうかは分からないですね」
しかし、と呟いてその女性が周りを見渡すと、他の魔術師たちが何やら頷き始めた。
それを確認して、言葉を付け足した。
「賽子さんからは確かに魔力が感じられます。つまり、我々の使うような魔術の範疇に収まらないような魔術が使えるのではないでしょうか?」
「よくわからんな。そういや、部屋が汚れるかも、と言っていたのは何だったんだ?」
「ああ、魔力が高すぎる人がこれをやると水晶が耐え切れずに割れてしまう場合があるのですよ。ここのメアリはその例ね」
魔術師に名前を呼ばれたメアリが恥ずかしそうに顔を逸らした。
「その……そんな立派なものではないです……」
「なるほどね。まあ、一応結果が分かったみたいだから寝ても良いかな? 昨日の朝から寝てなくてね」
メアリがおずおずと言葉を挟む
「え……一通りのことは終わったのですが、一応城内の基本的な設備の紹介だけでもさせていただけませんか?」
「あー、トイレの位置ぐらいは覚えておかないとな」
トイレ、洗面所、風呂、様々な人々の部屋などの位置を見てから部屋に戻る。
「じゃあ寝るわ。晩御飯はいらないからね」
「はい。今はまだ昼過ぎですが……今日は色々あってお疲れでしょう。おやすみなさい、賽子さん」
賽子はメアリが部屋から出て行ってすぐに眠りについた。
異世界系でも流行とは少し違うタイプだと中々厳しいみたいですね……。8月中は毎日更新出来ますのでよろしくお願い致します。感想や評価をいただけると励みになります。