楽しい魔王討伐
部屋の中では、賽子が最後に聞いた言葉通り、向日葵を集中的に攻撃している三代目の姿があった。最後の言葉を聞いてから数分も経っていないはずだが、完全に向日葵が劣勢となっていた。
他の剣客が割り込もうとしても、今まで通り自分の元にも届く剣戟を捌かなくてはならなかったので中々つけ入る隙がない。
「ある偉大な経営者はこのような言葉を残しています。ベストを尽くして失敗したらベストを尽くしたということさ、と」
あまりの劣勢の中でキリまでも弱気な発言をしている。
そんな中で、三代目が動きを止めた。
ふらふらと歩いて来る賽子を確かに視認したためである。
その隙に向日葵が攻撃の構えを取ったが、
「退くこと覚えろカス。よく考えろ」
賽子の呟きを聞いて、何かに気付き、大きく身を捻って背後から迫っていた三代目の攻撃を避けた。
「おや、ようやく役者が揃ったのかな?」
賽子は三代目の言葉には取り合わず、ずんずんと距離を詰めていく。
「……とか要らねぇんだよッ!」
三代目が目を白黒させながら聞き直す。
「今何て……」
「クソゲーとか要らねぇんだよッ!」
いくら声が小さいことに定評のある賽子でも、普段の数倍の声量を出せば、流石に部屋全体に響き渡った。
それと同時に、右手に持っていたマウスを投げる。
三代目は賽子の言葉を全く理解できずに動けていなかったが、動く必要もなかった。
体力が無さすぎる賽子は、ボール遊びの経験も皆無に等しかったため、全く投げるコースをコントロール出来ておらず、三代目の足元に叩きつけられたマウスは無残にも中身をさらけ出した。
自分の主力武器を自ら叩き割った賽子を見て、三代目以外の人々も動きを止めた。
「ええと、そもそもクソゲーとは何かな?」
「正確な定義は知らん。だが、これはクソゲーだ。敵はチーター。チーターをBANする運営はいねぇ。味方も大半は頭おかしい。そして何より俺が勝てねぇ。これをクソゲーと呼ばずに何と呼べって?」
自分が勝てないからクソゲーだ、というあまりに理不尽な発言に言葉を失う三代目。
だが、止まったままでいるほど間抜けではなかった。
剣を何度か振ると、賽子にも刃が向かってきた。ハッキリと見えていたそれを、キーボードで受け止める。
昨晩、黒菱が指摘したように、賽子の剣として認識されているのか、刃を受けてもキーボードが傷つくことはなかった。
だが、体力のなさ故に、刃に押し込まれてじりじりと後退している。
賽子目掛けて放たれた魔術を、太田が打ち払う。塚原と見鶴が賽子の近くに立ち、自分に向かってきたものを躱した後、賽子に向かう斬撃をはじいてサポートする。
その間に男木は向日葵の回復を行っていた。
やがて、回復した向日葵と、男木が前線に向かい始めると、残りの五人も進撃を始める。
全員の脳裏に、数回、電話の着信音のようなものが響いた。
(キリがこういう芸当も出来るっていうから繋いでみたけど、どうかな? 聞こえる?)
どうやら、テレパシーの類のようだった。全員がバラバラに返答する。
(これなら相手にこちらの意図を探られないまま作戦を立てられるよ)
(しかし、作戦なんてあるのでござるか?)
(ゴリ押しじゃね?)
(うむ。物理攻撃こそ、ジャスティス!)
相変わらずの無策三人組を無視して、
(とりあえず、あの剣が果てしなく厄介だよね。あれを振らせないのが重要じゃない?)
(なるほど。剣を押さえろ、というわけか)
(数人の剣で剣を囲い込むか、腕を押さえるしかあるまい。どちらが簡単かのう?)
(うーん。あの服に何か仕込みがあると怖いから、剣じゃない? あと、私たち剣客だし、相手の剣を押さえる方が楽でしょ)
大体の方向性がまとまって来た。ようやく無策三人組が帰ってくる。
(では拙者も助太刀しましょう)
(我も力を貸そうではないか)
(んじゃ、俺が一発で黙らせる。その後はお好きにどうぞ)
剣客たちの意思疎通に一段落ついたところで、キリが割り込んでくる。
(では、僭越ながらわたしがカウントを致しましょう。デジタル時計は異世界であっても失われない精密さがウリですので)
キリのカウントが脳裏に響く中で、全員がそれぞれに向かってくる刃を受けたり躱したりしている。
そしてカウントがゼロになった瞬間、まず向日葵が三代目の剣を受け止めた。追加で襲い来る刃を避けるために、既に刃を処理した太田が入れ替わる。
その裏で、塚原が能力で瞬間移動し、三代目の剣を太田の剣と挟み込むように抑え込む。
剣の逃げ場を防ぐために見鶴、太田、黒菱が開いている場所を塞ぎ、剣を引き戻されないように向日葵が三代目の手元側から鍔をガッチリと抑えた。
包囲網が完成するのを待つことなく、賽子がキーボードを両手で振りかぶる。
当然、魔王も回避行動を取ろうとしていたが、他の剣客たちのサポートと、賽子自身に掛かっていた剣客としての体力補正が上手く作用して、素人の賽子でも空振りすることがなかった。
「死ねッ! これがゲーマーの怒りの鉄槌、クソゲークラッシャーだッ!」
三代目の脳天にキーボードが叩きつけられ、賽子のキーボードは真っ二つに折れた。
剣客の正式な武器として選ばれていたものが真っ二つになるほどの衝撃を受けて、三代目の意識が途切れる。
魔王の剣から力が抜けたことを知覚した次の瞬間、剣客たちは思い思いの場所を突き刺した。
黒菱は手首、男木は尻、太田は心臓、向日葵は右目、塚原は脚、見鶴は首だ。
数秒して魔王城が消え去った。周りにあった堀も普通の平地に戻っている。
しばらくして意識を取り戻した三代目がゆっくりと口を開いた。
穏やかな表情で、抵抗の意思は無さそうに見える。
「ぼくは……負けてしまったようだね。見事な、コンビネーションだった。でも、ぼくが倒されたということは、次世代の……」
「うるせぇ、黙れ」
問答無用で賽子が、壊れたマウスのパーツを拾ってきて三代目の口に捻じ込む。
「うん。これで君もイケメンになったな」
三代目は、辛うじて聞き取れる声で、
「元からだよ」
と言って笑いながら消えていった。三代目魔王の身体が光の粒となって分裂しながら宙に消えていく。
魔王が消えたことにより、兵士たちの歓喜の声が沸いた。
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