動物実験
「はい、見鶴ちゃんはあっちを見ちゃダメだよ~」
サキュバスの方に気を取られて防御がおろそかになっていた見鶴への攻撃を、黒菱が弾いて防ぐ。
「わっ、ありがとうございます!」
暴走してから、ミノタウロスの攻撃の破壊力は増加の一途を辿っていた。
体格の巨大化に合わせて剣まで巨大化し、避けることが困難になっていた。当然、自前の武器で防御することになるのだが、海外で銃弾から人命を守ったことで有名なアイポンを基軸とした見鶴の武器はともかく、自前のスキルと普通に街で売られているような素材で作りだした黒菱の剣は限界を迎えようとしていた。武器の性能まで本家同様にすることは、元から不可能だったのである。
かなり細く、洗練されたデザインで作られていた三代目魔王の剣に似せて作っているため、耐久性は他の剣よりも心許なかった。
見鶴を庇ってから二撃ほど受け流すと、その剣に限界が訪れた。
「うわっ、兎さん大丈夫?」
今度は見鶴が黒菱を庇った。見鶴が手にしている剣は、ミノタウロスの巨大な剣を真正面から受けきっても、全く刃こぼれする気配すらない。
巨体になっても、意外と速く動けるミノタウロス相手に、二人は攻めあぐねていた。
二人で防御をしていたので安定していたのだが、ここで一人が二人を守らなくてはならなくなった。
根元から折れた剣では反撃に転じることも難しい。
助太刀に向かおうとする太田を、賽子が手だけで制した。
「やっぱり即席の剣じゃダメか……キリ、あなた、まだいける?」
「当然です。剣客の正当な剣の性能を甘く見てもらっては困ります」
黒菱が諦めたように溜め息をつく。そして、水に包まれたと思えば、昨夜のような普通の美人女子大生のような状態になっていた。
「どうしたの、兎さん?」
「私も、向こうの世界からこっちに持って来た剣を使うだけよ。残念ながら威力は心許ないけどね。その剣で切られてなおピンピンしている私の存在がそれを証明しているのだから威力の低さは折り紙付きなんだよね」
猛スピードで迫ってきた巨大なミノタウロスの剣が、黒菱のすぐ近くで止められた。
黒菱に当たったのかと勘違いして見鶴が悲鳴を上げたのも無理はない。それほど、その剣の刃渡りは短かったのである。
剣と言うよりも、完全にナイフである。
どれだけ高位の回復魔術師を手配しても消せなかった傷痕を黒菱の左手首に刻み付けた過去を持っているナイフは、向日葵が見れば泣いて喜びつつ悔しがりそうなほど禍々しいオーラを纏っていた。
その直後、鍔迫り合いをしていたミノタウロスが体を小さく震わせた。
ミノタウロスが、何かを訝しがるような気配を漂わせながら再び剣を振った。速く、重い攻撃であったが、こんなに小さいナイフでも軌道が読めれば受け止められないことはない。
剣とナイフがぶつかり合うと、再びミノタウロスは小さく体を震わせた。
「あの牛さん、何かを怖がってる……どうしたんだろう」
ほとんど間を置かずに、いつものように電子音が鳴った。
「答えはとてもシンプルです。今、この角度からは見えませんが、機会があればミノさんの左手首に注目してください。答えはそこにあります」
ミノタウロスが大きく体を動かした時、見鶴にもはっきりと見えた。
「牛さんの左手首がちょっと切られてる……私たち、あんな場所を攻撃した覚えなんて無いのに、どうしてだろう?」
首を傾げている見鶴に黒菱が微笑みかける。
「この武器使うの初めてだから、少し手を出さずに待っててね」
理性を無くし、対処どころか何が起こっているのかも理解できてい無さそうなミノタウロスは、この瞬間、四天王から実験用の動物へと格下げされてしまった。
黒菱が剣を振るたびに、ミノタウロスの左手首の傷は深くなり、何度も繰り返していると左手が千切れ飛んでしまった。僅かに使える魔術で止血をしているのか、出血多量で相手が倒れることは無かった。
「この剣は恐らく、剣の軌道とは関係なく、因果関係を無視して相手の左手首を切るのでしょう。では、相手に左手首が無くなればどうなるのか。早速試してみよう」
黒菱は、もはや研究者のような顔つきで今までよりも剣を振る回数を増やした。
左手首と同じように、剣を持っているミノタウロスの右手首に傷が現れ始めた。やがて、相手が剣を落とし、右手首も千切れた。
「うわぁ、兎さん……もう可哀想だよ……」
「この剣の性能を見ておくことには価値があるわ。次の魔王戦に十分な力を発揮するために必要なの」
何度かナイフを振ってみるが、目立ったところに傷はなかった。ただ、腕や足による相手の攻撃を受け止めた時に普通の傷がつく程度であった。
賽子と太田も傷探しを手伝ったが、特に見当たらなかった。
「この剣が因果関係を超えて攻撃出来るのは左手首優先で、手首だけなのね。このナイフだと殺すには難儀しそうな体力だから、見鶴ちゃん、一気にやっちゃって」
「はい。牛さん……ごめんなさい!」
ほとんど無防備なミノタウロスが一撃で切り裂かれていった。
それよりも少し時間を遡った城外では、向日葵とデュランダルによる空中戦が行われていた。
飛び立ったデュランダルを追いかけて城を出て来た塚原に、ライトが声を掛けた。
「塚原さん。ボクたちはこの戦いでほとんど戦う機会もなく、皆さんに敵をほぼ全て任せる形になってしまいました。……ボクたちが無理に城の中に入っても、恐らく足手まといになるだけでしょう。でも、何か出来ないかと思っていた時に、相手が空に飛びだすのが見えました。そこで、香戸さんの護衛についているメアリさん、太田さんの支援を始めたエフさんを除いた五人で魔力を込めた結晶を作りました。これを首に掛けてください」
ライトの小さな手のひらにすっぽりと収まっているネックレス状の光の結晶を見た塚原は、その美しさと、この流れから予期されることに息をのんだ。
「まさか……」
「はい。剣客召喚のために古代の文献を漁っている時に見つけたものです。大丈夫。ボクたちを信じて。まずは近くの高台から……」
「その必要はない」
ライトの言葉を遮り、すぐさま装着しようとして、
「これは空中で回転したら落ちそうじゃな。手で握っていても効果を発揮出来るのか?」
「え? うーん、多分?」
「ふむ。ならば助言に従って高台から練習しておこうか」
果たして、塚原は高台から空に駆け出した。時を駆けたわけではないし、少女でもなかったが、空でもその速さは健在であった。
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