FPSに出て来る犬の強さは異常
このサブタイトルに共感してくれる人っているのでしょうか……。
賽子とデュラハンには見かけの数的な差が生まれていた。
しかし、賽子は、ただでそのような隙をくれてやるほどのお人好しではない。
アバターが、自身の左腕に出現していた紋章を触ると、アバターの真下に魔法陣が広がり、ラスター軍の紋章がついた服を着ている犬型のモンスターが多数出現した。
ここで一対二だった状況が多対二という状況まで逆転する。
「この世界に来て、あまり多くの敵をキルすることがなかったから気付けていなかったが、さっき雑魚狩りした時に、スコアストリークが使えることに気付かされたよ」
「な、何だコイツ……! しかもこの犬、微妙に強いッ!」
スコアストリークとは、賽子が遊んでいたゲームに於いて、殺されずに一定のポイントを貯めると使うことが出来る強力な装備群である。つまり、ただ多くの敵をキルするより、死なずに多くの敵をキルすることが重要であった。
今までは剣客同士の尋常な戦いばかりで多くの敵を倒す機会に恵まれて来なかったが、先ほどの雑魚狩りタイムで多くのポイントを稼いでいる。
賽子は目を閉じていても相手の位置が分かるようになり、手にしている剣もドリルの様に回っている。そして、床には無駄に強い犬型モンスター集団。
隠し玉で一人味方を増やした程度で捌き切れる質と量ではなかった。
重低音の唸りを上げながら高速回転している剣が、犬たちに意識を割いていたデュラハンの心臓を易々と貫いた。
鼓動と動きが止まっていく中、最後に残った力を振り絞ったデュラハンが第二の心臓たる生首にエネルギーを全て移す。
力を託された弓矢を主兵装としている方のデュラハンが弓矢を乱発したが、賽子はその全てを躱した。そのまま、突き刺していた剣を引き抜いて、投擲する。
弓矢が無くなっていたデュラハンは、元から自分の頭に刺さっていた弓矢を引き抜いて、それを弓につがえた。そして、賽子が投げた剣を打ち落とすために放つ。
執念と魔力の籠った一発は、剣を弾き飛ばし、賽子のアバターを貫いた。アバターはそれなりに回避行動を行っていたものの、相手の弓矢は執念で軌道修正されて追尾していったのである。
「見ましたか魔王様! 勇者に一矢報いましたぞ!」
その声に応えるように、暴走状態にあったミノタウロスが無言でサムズアップし、サキュバスも称賛の声を掛けた。
「おお、流石はデュラハン! 私も負けていられませんね!」
高らかに笑うデュラハンに、無事だった犬型モンスターが次々と嚙みついていく。最初は抵抗していたが、近接戦闘向きの武器が無かったために徐々に押された結果、ついに諦めて四肢を投げ出した。意外と強かったワンちゃんたちに噛まれながらも、デュラハンは満足そうに笑っていたが、数秒して違和感に気付く。
周囲の剣客が誰一人として反応しない。城の中にいたサキュバスとミノタウロスは称賛の声を掛けてくれたというのに、剣客側は誰一人として振り向くこともない。
やはり勇者は血も涙もない危険な存在だ……と考えていると、目の前で先ほど弓矢に貫かれたはずの少年の死体が血も涙も遺さずに消えていった。
次の瞬間、無傷の少年が現れ、首がない方のデュラハンから刀を奪いとる。
「お、お前……何故生きている!」
アバターが相変わらずの無表情で言葉を紡ぐ。
「これが俺の能力だから……よっ、と。墓標としてはこんな感じかな? 弓矢が無くなって寂しくなってたあんたの頭に新しい贈り物だぜ。感謝しな」
この時になって、ようやく剣客たちがその光景を見た。
魔力が切れ、首から下が消えたはずのデュラハンの首が、しかし、地面に落ちることなく浮いている。生前の愛刀に貫かれて固定されていたのである。昔、弓矢が刺さっていた光景は、刀の柄が代役を果たしていた。
完全に年相応の少年による悪ふざけであることを理解して、真顔で再び各自の相手と向き直った。恐らく同世代の向日葵ならば遠慮なく笑い飛ばしていただろうが、一応の良識を備えた年上組は死者への追悼という概念を持っていたので、ほぼ無反応のまま相手に向き直ったわけである。
一仕事終えた賽子は、西洋の墓によくある十字架に見えなくもない刀と生首の組み合わせを満足そうに眺めて、その場に座り込んだ。
ゲーム内ならば、自分の担当の仕事が終わればすぐに味方のカバーに回るところだが、ピンチに陥っている人はおらず、無言でフォローに向かって逆にチームワークを乱す可能性を無くすための判断だった。
何気なく隣のサキュバスに視線を移す。
そのサキュバスの前では、太田が大量のサイリウムを振り回しながら魔術を打ち払い続けている。魔術があまり得意ではない男木は太田の後ろで聖水斬のチャージをしていた。
永遠に続くかと思われた攻防に変化をもたらしたのは、崩された壁の外から聞こえて来た音楽だった。
「何この変な曲……?」
顔を顰めるサキュバスに向かって、太田が唐突に叫び始めた。
「言いたいことがあるんだよ! やっぱりエフたんかわいいよ! すきすき大好き、やっぱ好き! やっと見つけたお姫様! 俺が生まれてきた理由、それはお前に出会うため! 俺と一緒に人生歩もう! 世界で一番愛してる! ア・イ・シ・テ・ル!」
叫びながら、輝きを増すペンライトが徐々にサキュバスの魔術を押し返し始めた。
自分の魔術による均衡が崩されていることと、謎の言葉を堂々と叫んだ太田への驚きで絶句しているサキュバスをよそに、男木がニヤニヤとした表情で尋ねた。
「あれ、例のアニメキャラとか声優さんじゃなくても良かったのかい? そもそも、ライブでそういうこと叫ぶ人いるの?」
「これはガチ恋口上と呼ばれるものですぞ。最後まで大声で詰まらずに言い切れないと、恥ずかしいので使う人は少数派ですな。そして、エフたそはこの世界の唯一無二のアイドル。拙者がアイドルを推す行為の素晴らしさを伝えていかねばならないという使命感故のチョイスであり、元々この手の言葉はその時の心の高まりを表現するものであるので、この日、この場所はエフたそで間違いないですぞ」
「なるほどね。太田くんの熱い思いも奴に全力でぶち込んでくるから、そのまま相手を押さえておいてくれ。この剣の本質を彼女に味わってもらおうじゃないか。見とけよ見とけよ~」
太田が切り開いた道を、男木が走り抜ける。そこまで広くないインスタント魔王城において、障害物の無い距離を詰めるのは全く難しい事ではない。
そして、かつて賽子が受けたように、下腹部目掛けて剣が突き上げられた。
「え……? 何、この感覚……」
サキュバスが困惑するのも無理はない。剣を体に突き刺されたはずなのだが、想定していたほどの痛みは襲って来なかったからだ。
代わりに、もっと別の、感じたことのない異物が体に侵入している感覚がする。
しかし、傷の状態を確認しようにも、男木の体が視界いっぱいに広がっているだけだった。
今までに発したことのないような艶やかな声が自分の喉から漏れてきていることに気付いて、その数秒後に、サキュバスの意識は黒く塗りつぶされた。
「賽子氏~、あっちに異次元が広がっているのですが、それは……」
「ああ、俺の時はケツから体が真っ二つになったのに、何であのサキュバスは無事なんだ? マジ異次元だ。今、あいつのチンコが元に戻っているからなのか?」
「え? そっち系の異次元? 拙者は、我々のような童貞には生涯拝めない系の異次元だと思っていたのでござるが……。と言うより、賽子氏にはそのような過去があったのでござるか……」
そう語りながら賽子の隣で体育座りをする太田。
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