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じゃあ、死のうか(暗黒微笑)

お待たせしました。久々のバトル回です。

 黒菱くろびしの左手首を見た剣客たちが息を呑む。


「こ、これって……」


 黒菱の左手首に残る一筋の傷。それは間違いなくリストカットの痕であったが、そういう事情に疎い賽子だいすは、ただの大きな怪我の痕としか思っていない。

 他の人が重い沈黙の空気を纏い始め、それほど興味もなかったので尋ねることは無かった。


「妙に、新しいな」


 塚原つかはらだけが口を開く。肩を竦めた黒菱が、あっけらかんとした口調で答えた。


「あっ、やっぱりわかる? 昨日は宴会の空気壊したくなかったから言わなかったけど、今は戦闘前だから良いよね? うちらだけ召喚した時の話とかしないのもつまらないし?」


 黒菱がタメアキの方を見る。代わりに言え、ということだろう。


「我々が召喚の儀に成功した時、地面に血だまりが広がりました。黒菱さんは自ら左手首を切っていたのです。初めは俺の魔術師としての技量のなさ故に事故が起こってしまったのかと思っていましたが、自分でやっていたそうです。ミスルム国の回復魔術師を総動員した結果、それ以前からあった傷痕は消えましたが、召喚時に出来たこの傷だけは……」


 タメアキが力なく首を振った。


「剣客召喚とかいうものに巻き込まれて大好きなあの人にもう会えないと思った時に、ついうっかりいつもの癖で手首切っちゃったんだよね……その後、戦争に勝てば元の世界に帰れると聞いたから今は前向きに戦ってるって感じ? 神だか魔王だか知らないけど、邪魔をするなら殺すまでさ」


 黒菱がヘラヘラとした表情で語る。その眼は今まで他の剣客が見たことのないような底知れない闇を抱えているようだった。


「おい、その傷を消したければオレに言え」


 不治の病を完治させて女王を掬った男木おぎが話しかけるも、あっさりと断られた。


「いやだよ。……これが、これだけが今の私の存在を証明するものなのだから」


 男木もそこまで執着していないのか、あっさりと引き下がる。


「そうか。今の言葉から、お前さんの演技ではなく、本音が見えたから強要はしない。ま、気が変わればいつでも言いな」

「そんな……簡単に見捨てないでくださいよ!」


 涙目で男木に向かって叫ぶ見鶴みつるを塚原と向日葵ひまわりが宥める。


「黒菱さんの意思を尊重してあげなさい。それに傷跡が残っているだけであって、戦闘や生活に支障があるわけでもない」

「それに、黒菱さんの言葉と我の推測が合っていたならば……あの傷を治すということは、剣客として黒菱さんと男木のおっさんの二人が力比べをすることに他ならないはずだ」


 向日葵が呟いた言葉の意味は分からなかったが、それ以前の話の流れをようやく理解した賽子だいすは、笑いながら黒菱に声を掛けた。


「自殺しようだなんて見上げた根性だ。あんたはいつまで経っても素顔を見せないチキン野郎だと思っていたが、どうやら俺の見込み違いだったみたいだな」


 そこまではふざけたような声音だったが、途端に無味乾燥な声音に変わる。


「だが、この戦いでは自ら死のうなど甘ったれたことを考えるな。これはチーム戦だ。存在に責任を持て。課せられた使命を全うするためにベストを尽くせ」


 淡々と言い放った賽子だいすの視線と黙ったままの黒菱の視線がぶつかり合う。

 数秒後、耐えきれなくなった賽子だいすが破顔した。


「試合前のうちのクランリーダーの真似事をやってみたが、やっぱり俺には合わねーわ。……あ、そうだ。この次に決まって続けられる優しい言葉を知ってるか?」


 もちろん、この場にいる誰も知っているはずがない。


「その結果お前たちがどうなろうが私はあらゆる手段で勝利を掴み取る、だぜ? 実際のところは、こんな場によく似合うような深刻な意味じゃなくて、好き放題して遊びまくろうぜ的な意味と、最後はリーダーがどうにかしてくれる的な意味を合わせたような感じだけど。……うん、本当に好き放題し過ぎて界隈じゃ微妙に有名になったぐらいだ」


 今まで呆然としていた黒菱がニヤリと笑った。


「そうだね。ぼくのこれも好き放題のうちに入るだろう? あと、私は今回死ぬつもりないから。彼ぴっぴに再会することは勿論だけど、見鶴とも元の世界で会う約束をしてしまったからね。皮肉なことに、私も、約束は守れと言われて育ってきた人間だから、安心してよ」


 黒菱の笑みを見て、見鶴が安堵の息をついた。


「良かった。……あっ、じゃあ、今度会う時にその彼氏さんの写真も見せてくださいね」

「えっ、それはちょっと……」


 女子二人がはしゃぐ中、隅っこの方で置物のような状態になっていた太田おおたに、賽子だいすが小さく声を掛ける。


「んじゃ、俺はここから別行動ってことで」

「ああ、賽子だいす氏はアバターで戦うからそのような予定でしたな。では、また」


 相手から見つかりにくそうな場所に向かって移動する。

 椅子と机がセットされると、座ったまま時間を待つ。体力を温存するために、無駄にアバターを出し続けるのは避けたかった。

 やがて、メアリによって一分前であることが告げられた。ようやくアバターを出現させ、他の剣客たちの後ろに立たせる。



「時間です」



 メアリの声とともに、剣客たちの前方の空間が大きく歪んだ。

 多くのモンスターたちに囲まれて、三代目魔王と四天王が現れた。当然だが、全裸ではなくフル装備である。


「律儀なお方だ、魔王様。それに応えて我々も全力を出さねばなるまい」

「うれしいね。じゃあ、魔王は魔王らしくやらせてもらおうかな」


 魔王が指を鳴らすと、相手の大半が全て即興の城の中に消えていった。


「ぼくは君たちがここに辿り着くことを祈っているが……今日の魔王軍は過去最強だよ?」


 三代目の言葉だけが響いて来た。

 再び指を鳴らす音が響くと、魔王城が巨大な堀に囲まれ、門番らしきモンスターが守っている城門に続く橋以外の移動手段は無くなった。


「裏口とかから入らせてくれそうにはないね。真正面から堂々と入りましょう」


 いつの間にか真っ黒なローブで全身を覆っていた黒菱が、そのローブを勢いよく脱ぎ捨てた。


「ぼくは三代目魔王だ。ここを通らせてくれないかな?」


 モンスターたちは狼狽えたが、自分たちの魔王ではないことは明らかだったので、城門の守りを固めた。しかし、決心出来ていないモンスターたちは中々攻めに転じ切れないらしい。

 それを眺め続けるほどの慈悲を剣客たちの大半は持ち合わせていなかった。


「そうか……通してくれないのか。それは残念だ」


 黒菱が剣を一振りすると、昨日の魔王のように、数匹まとめて吹き飛ばした。

 ざわつくモンスターたちに、一歩黒菱が近付き、再び剣を振るった。


「原理はよく知らないけど凄いね。やっぱり変身するのは強い人に限る」


 何度か繰り返すと、城門ごと切り捨てられるほどの距離になった。

 崩れ落ちた扉に向かって、太田、向日葵、賽子だいす、塚原、見鶴、男木、黒菱の順に入って行く。


「何処であれ、やはり最前は譲れませんな!」


 太田がバカデカい痛バッグから何かを取り出した。

 それは、何か円形のものにサイリウムを突き刺して出来ていた。全方向に向かって伸びるサイリウムが次々と雑魚敵を薙ぎ払っていった。

 その近くで、派手に闇魔術が炸裂する。


「見ろ! 人がゴミの様だ!」


 中学生が絶対に言いそうなセリフを全力で叫びながら向日葵が無双していく。

 倒されたモンスターたちが消えていき、ものの十数分ほどで最初は床も見えないほど混みあっていた魔王城もすっきりしてきた。


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