自分、パワー系ゴリラプレイ以外無理っすわ
明日は12時頃と19時頃に投稿予定です。明後日以降、8月中は、19時頃に毎日投稿する予定です。宜しくお願い致します。
高らかに異世界ニート宣言を叫ぶ賽子を引き気味に眺めながら、メアリが遠慮気味に言葉を紡ぎ始めた。
「賽子さん。これからスティーブン王に謁見していただきます。詳しい話はまたそのあとでいたしますので私についてきてください」
ふーん、と適当な返事をしながらメアリの後を歩く。程なくして一際大きな扉をくぐると、赤い絨毯の先に玉座と王らしき恰幅の良いおっさんが座っていた。
メアリに連れられた賽子が近づくと王は立ち上がった。歓迎するように握手を交わす。
「儂がここラスター王国の国王、スティーブンである。よくぞ我々の召喚に応えてくださった。感謝する」
「俺は香戸賽子だ。……だが、召喚とやらは知らん。そっちがそういうことをしたのなら俺がランダムに選ばれてしまったってことなのだろう。その手のアニメやラノベもあるらしいがゲーム一筋だったもんで詳しい事は知らんぞ。先に言っておくが、ほとんど学校に通っていないから現代知識チートとかNAISEIとかいうのも無理だからな」
王は「アニメ……? ゲーム……? あと、後半のやつ何……?」と小声で呟きながら、召喚の責任者であるメアリに話を任せることにした。
「メアリ、剣客召喚に関する説明をしてあげなさい。賽子様が混乱なされているようだ」
「あ、様とか要らないんで、賽子でいいっす。俺不登校ニートなんで」
王は再び首を傾げ、
「我々の知らない文化の場所から来たようだね。良ければ、まずはその……不登校ニートとやらをご教授願えるかね?」
「学校に通わずに一日中遊んでいる人間だという意味です」
「ほう。すると、君の家はお金持ちか農民なのかな?」
「いや。農家じゃないし、収入も平均以下じゃないですか? あんまり詳しいことは知らないけど」
平然と言い切った賽子に対して、王の部屋に控えていた人々の顔には動揺が浮かんでいた。
王がメアリに剣客召喚の説明を催促する。露骨に話題を逸らそうとしていた。或いは、弱そうなプー太郎を召喚してしまった現実から目を逸らそうとしたのかもしれない。
「剣客召喚というのはですね、我々が千年前に行い、今まで封印されていた禁術です。異世界から助っ人を呼ぶための魔法で、文献によれば、鎧兜に身を包み、大きな刀や弓を持った人々が召喚されたようですが……」
その遠回しな批判は、賽子には全く効いていなかった。
「千年前ならそりゃあそういうゴツイ人たちが呼ばれるだろうけどさ、今の日本にはそんなやついないぜ? 武器なんて持っているやつは法で裁かれるだろ」
またしても人々に動揺が走った。
「つ、つまり我々が躊躇している間に異世界の方が変わってしまったというわけか」
王の動揺を抑えるためか、メアリが独り言を呟く。
「ぶ、文献によれば、召喚された人々は軒並み身体強化がなされてという言葉を遺していたらしいのですが……」
「そ、それだ! 騎士団の諸君、実力を確かめて差し上げなさい」
その王の言葉を受け、騎士団がいつも訓練に使っている訓練場に移動した。
金髪碧眼のイケメンが二本の木剣を取りながら賽子に声を掛ける。
「私はラスター国の騎士団長を務めさせていただいているレイだ。賽子君、剣を振ったことは?」
賽子は一本の木剣を落としそうになりながら答えた。
「いや、無いな。授業で剣道があるらしいけど学校行ってないから……持ったこともないな」
「おかしいな。メアリちゃんの話によると剣客召喚では剣を持った人しか召喚されないと聞いていたのだが……まあいい。まずは素振りでもしながら我々の訓練の様子を見学してみて欲しい」
適当に相槌を打ってゆるゆると素振りを始める賽子。そのスピードは客観的に見て騎士団員とは比べものにならないほどに遅かった。
しかし、賽子は自分のことは棚に上げて、自分の抱いた違和感をオブラートに包むことなく言い放つ。
「何だアレ? 遅いな……アレが訓練とは笑わせる」
賽子が見た騎士団員の動きは、止まっているかのように遅かったのである。その声は、体育会系特有のやたらと声を出す感じの訓練を行っている騎士たちには届かなかった。
訓練メニューが一通り終わったのか、騎士団員が休憩に入った。それとともにレイが賽子に再び声を掛ける。
「どうだい? 何か思ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
騎士団員が止まっているかのように見えていた賽子はそれを指摘すべきかどうか迷っていたが、レイの言葉で迷いを振り切った。
「あっそう。じゃあ言わせてもらうけどさ、遅くない?」
休憩時間の談笑で盛り上がっていた騎士たちの笑い声が止まり、視線が賽子の方へ集まっていく。
全員の疑問を代弁するようにレイが聞き返した。
「ええと、何が遅かったのかな?」
「だから、君たちの動きだよ」
再び訓練場が静まり返る。空気が張り詰め、メアリはおろおろと周りの騎士団員の顔色を窺い始め、王は目を見開いた。
この静寂を打ち破ったのは騎士団員の下っ端らしき人物だった。
「おいおい剣客様だか何だか知らねーけどよ、あんなヒョロヒョロの素振りをしていたアンタが俺たちの剣技を遅いと言うのか? 異世界でもここでも穀潰しみたいなもんなのによぉ!」
その言葉を皮切りに、騎士団員の不満が噴出し始める。メアリが場をどうにかしようと色々な人々とアイコンタクトをしようとしたが、誰も応じなかった。
賽子は面倒臭そうに後頭部を掻きながらぞんざいに言葉を返す。
「多分、例の剣客召喚とやらの影響なんだろうけどさ、とにかく君たちの剣が止まって見えるわけ。はあ、このままゲームがやりたいぜ。ナチュラルなチートだよ、コレ」
「何だテメェ、舐めてんのか!」
ゲームの中で他のプレイヤーと散々罵り合いをしてきた賽子にとっては、これこそが自然な会話であった。自然と笑みがこぼれる。
「おうおう。やんのかやんのか?」
賽子が火に油を注ぐ態度を取り始めたことによって、場を丸く収めることが不可能になったことを悟ったレイがようやく口を開いた。
「では模擬戦をしよう。百聞は一見に如かず、だよ。王もそれでよろしいでしょうか?」
王も満足そうに頷いた。
「うむ。では許可しよう。儂は剣客様の実力をこの目で見ることを楽しみにしておったからな」
「ふむ。では賽子君、相手の選出は君に任せよう。ルールはここの模擬戦の基本ルールの≪3回木剣が当たった方が負け≫というものでどうだろう?」
「いいぜ。全員まとめてかかってきな」
再び訓練場に静寂が訪れる。その後、騎士団員がざわざわと顔を見合わせた。
「今アイツ何と言った?」
「奴は全員まとめてかかってこいと言ったはずだが……正気か?」
「言葉通り受け取っていいのか?」
騎士団員たちは迷っていた。木剣もロクに振れていないような少年が、恐れを知らないのか堂々と挑発してきている。しかも相手は、木剣でも死んでしまうのでは、と思わせるような体の細さである。
昔話で神話のように語られてきた剣客を殺したとなると、それは騎士の誉れになるのか、それとも大罪にあたるのか。
騎士たちの迷いを断ち切るように賽子が笑いながら叫び続けている。
「フハハ! 恐れをなしたか、クソ雑魚noobども! ファック! ファッキンマザーファッカー! フハハハハ!」
騎士団員は賽子の言葉の半分も理解できなかっただろう。しかし、明らかに自分たちがバカにされているであろうことは感じ取った。
「おい! お前今何を言った⁉」
意図していたわけではないが、相手の知らないことを自分だけが知っているという優越感に浸って気を良くした賽子は笑い続けながら適当に自分の発言を訳していく。
「フハハ! 掛かってこいや、このクソ野郎ども、という意味だ!」
その言葉に逆上するだろうと思い、少し身構えていた賽子の予想に反し、騎士団員は眉をひそめて仲間たちとアイコンタクトを取っていた。その後、代表して一人が疑問をぶつける。
「もっと長い言葉になるはずだろ! それとも同じ言葉を何度も繰り返していたのか?」
同様の言葉を何度もかけられ、賽子の顔が引きつった。
「フハハ! 自慢ではないが学校に通っていなかったからさっき使った英語の正確な意味が分からんのだ! とりあえず、こう言っておけば相手を煽れるみたいだから使っているだけだ!」
「ただのバカじゃねーか!」
数に押されて、賽子にバカのレッテルが定着するかに思われた時、ついに耐え切れなくなった賽子が仕掛け始めた。
「ギャアギャアうるせぇチキン野郎ども! そっちがやらないならこっちから叩き潰しにいってやるもんね! 言い出しっぺはそっちだから俺悪くないもーん!」
走って距離を詰め、振り下ろした剣は、しかし、誰にも当たらずに空を切った。
騎士たちは、えぇ……と困惑した表情を浮かべているが、何はともあれ、火蓋は切って落とされたわけである。
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