死角からの四角い刺客
突然の乱入者に対して身構える魔王。
しかし、いくら魔王や四天王たちが声の主を探せども、全く見つけることが出来なかった。
「何者だ! 貴様、どこにいる!」
やはりピピっと電子音が鳴って、
「わたしの名前はキリと申します。これからよろしくお願いします。そして、ここはGPSの届かない場所です」
滑らかに受け答えをしたキリ。その正体は、とあるメーカーのスマートフォンに搭載されている秘書機能アプリケーションソフトウェアだった。
スマートフォンの存在すら知らない魔王たちが困惑するのも当然である。
しかし、剣客たちにとっても唐突過ぎる登場であった。彼女は何と言って出て来たか。そもそも何の質問に答えたのか。
魔王が天に向かって問いかける。完全に見当違いの方向だったので、数人の剣客は笑いを堪えていた。
「なるほど。君がどこにいるのか、ぼくには全く見当も付かないが、とにかく君はこの現実を否定するわけだね? 彼我の戦力差が明らかであり、結果の見えたこの戦いの行方を」
「はい。私はあなたたちの勝ちだとは思っていません」
リヴィアの剣客が着込んでいる鎧の下の学生服の胸ポケット。そこから戦場に向けて淡々と言葉が紡がれる。
「三代目魔王。魔王に任命される以前の名前はサタソン。勇者召喚が行われたことにより覚醒。現在剣客召喚と呼ばれているものは、勇者召喚の時よりも戦力になりやすい人材――平たく言うと、剣の道に優れた人物を効率よく呼び出すためであり、三代目魔王さんの認識の方が正しい」
戦場全体に困惑した空気が流れる。特に魔王側の狼狽は大きかった。
「三代目様の幼名を……何故……?」
そう呟いたサキュバスに向けて、
「サキュバス。一般的には夢魔、淫魔とも。三代目を幼少期から支え、魔王軍のアイドル的存在。魔術的素養は高いが、未だにヴァージンであることに大きなコンプレックスを抱いている」
「は? ちょっと、何言ってるのか分からないんですけど!」
相手のサキュバスの抗議をスルーして、
「デュラハン。一般的には西洋風だが、あなたが純和風の落ち武者なのは、前回召喚された剣客と魔物の間に生まれたハーフの子供であるからです。源氏ですから血統は一流です」
「え? いや確かに父親の顔見たことなかったけど……え?」
衝撃の事実っぽいことを告げられたデュラハンの肩をミノタウロスが優しくたたく。どんな事があっても自分は仲間だと、そう伝えるために。
「ミノタウロス。先代魔王四天王の一角、キマイラが最後の晩餐のために用意した、温室育ちの霜降り肉が剣客の夜襲を受けて生き延び、長年の世代交代の間に進化した六代目ですね」
デュラハンがミノタウロスの肩を優しくたたき返した。
祖先がちょっと残念なのはお前だけじゃないぞ、と。
最後に残されたケンタウロスが、死刑の執行を待つ者のように手を組んで祈りを捧げている。
自分には、衝撃の事実などない。自分の身は潔白であるはずだ、と。
「魔神様、閻魔様、魔王様……!」
「ケンタウロス。近年稀に見る駿馬であったので、霊となって様々な世界を旅していた先代魔王が三代目のために、キングカメハメハ、オグリキャップ、ディープインパクトなどの無数の候補の中から考え抜いて、デュランダルという名前を付けました」
「た、確かに先代様が私の夢枕に立って名をくださいましたが、そんな裏話があったとは……」
一見助かっているように見えるデュランダルだったが、剣客の中の数人は笑いをこらえていた。
「全部競走馬の名前じゃねーか。先代さん、死んだらこっちの世界で競馬見てたのかよ……」
男木の言葉に三代目が首を傾げた。
「先代が興じていたという競馬とやらは、どのようなものなのですか?」
「ただのギャンブルだよ。馬の到着順を予想するだけの、な。単純なようで奥が深いっつーか、まあそれで破産するような奴を何人も見て来たから、お前さんも始めるならほどほどにな」
その言葉に三代目が、信じられないというような感じで何度も首を横に振った。
「先代は、ぼくに何度も賭け事や享楽に溺れずに武芸の道に励めと言っていたのに……」
かなり落ち込んでいる様子の三代目に塚原が諭すように話しかけた。
「霊であったなら金は賭けられないじゃろう。騎馬技術を研究するための題材だったのではないか? 真相はワシらのあずかり知るところではないが、そう考えるのが供養というものよな」
「……はい。そうですね。ありがとうございます。先代は好奇心が強く、研究熱心な人でした。相手の優れた剣客から死の寸前まで技術を盗んで後世に伝えようとしたほどです」
あまり間を置かずに淡々と話し続けていたキリも、改めて先代の死を悼む魔王たちを慮っているのか口を開かなかった。
数秒後に魔王軍が顔を上げた。
「キリ……と言ったね。君はどこでこのような情報を知ったのかな?」
迷いも見せずに既定の間隔が置かれて電子音が鳴る。
「ここはGPSの届かない場所です」
「またそのよくわからないものか……いや、この世界の中で知ったということは間違いないのだろう」
「はい。そしてここはGPSの届かない場所です。ちなみにGPSとはグローバル・ポジショニング・システムの略称であり、宇宙上に打ち上げられた衛星を用いて……」
懇切丁寧にウィキペディアから引用しているのではないかと思われるような説明を始めたキリの声を三代目が遮った。
「いや、その説明はもういい。それで、本当に君たちが勝てると思っているのかい?」
「はい」
食い気味に答えたキリの声に剣客陣営の大半が爆笑し始める。
「流石にアメリカ生まれは仰ることが違うなぁ!」
「いいえ、パーツは世界中から寄せ集められ、最終的に工場で組み立てられます。故にわたしは中国生まれのメイド・イン・ピープルズ・リパブリック・オブ・チャイナです」
「え……? メイド……何?」
「Made in People’s Republic of China です」
「あっ、そう……」
自分から声を掛けておいて、難しそうな横文字が出て来た瞬間から目を逸らす賽子。
「この逆境も立て直せますな。そう……」
「そう、アイポンならね」
お決まりのセリフを強要する太田。
「我はドロイドユーザーだが、乗るしかない。このビッグウェーブに!」
「次回の新製品の発売日には並んでくださいね。出来ればデスクトップ、ノートパソコン、タブレットもうちの製品で揃えましょう。同時に買うとお得です」
「う、うむ。考えておこう」
隙あらばダイレクトマーケティングを捻じ込むキリに押し込まれる向日葵。
「そもそもよく電池持ったわね。私も同じメーカーのものを持っているけど、二日目には電池切れちゃったわ」
「リヴィア国が誇る魔術は雷属性です。もし充電してもすぐに電池切れになるようでしたら、バッテリーを交換するか、本体ごと買い替えましょう」
自社製品を持っている相手にも隙あらばダイレクトマーケティング。これには男木も苦笑い。
「商魂たくましいな。意外だ」
「偉大な経営者の言葉に、このようなものがあります。いくら素晴らしいものをつくっても、伝えなければないのと同じ、であると」
塚原はスマホ世代ではないからか静観している。
リヴィアの剣客は困惑した表情のまま、ついに胸ポケットからスマホを取り出した。
そこから音声が発せられていることを確認し、魔王軍が驚きの声を上げた。
「な、なんだアレは……あんな変なものが我々も知らないようなことを喋っていたというのか」
「し、しかしあんな手のひらサイズの物体に何が出来ると言うのだ……」
その声にすぐさまキリが答える。
「では見鶴さん。いつものように私を自撮り棒にセットしてください」
「え? う、うん。分かった」
大きめの鎧の余ったスペースに入れていた自撮り棒に、見鶴と呼ばれた少女がスマホをセットした瞬間、一体化した二つの物体が輝きを放ち、一振りの剣に変化した。
「ある偉大な経営者はこのような言葉も遺してします。質は量よりも大事である。一本のホームランは二本の二塁打よりもずっと素晴らしい、と」
「すごい……これって……」
感嘆の声を上げる見鶴に四天王たちが同時に襲い掛かる。
他の剣客たちが助けに入ろうとする前に、見鶴が動いた。今までの、召喚の影響で強化されていた身体能力だけが頼りだった時の動きとはまさに次元が違う。
後ろからの攻撃も確実に見えているかのように、振り返ることもなく捌く。
戦いながら、見鶴がポツリポツリと呟き始めた。
「私は特徴が無かった。特徴がないことが特徴のようなごく普通のどこにでもいるような一般人の女子高生だ。ううん、今もきっとそうなんだと思う。でも……」
源氏の血を受け継ぐデュラハンの巧みな刀捌きを、刀の側面に蹴りを入れて吹き飛ばす。
ミノタウロスの攻撃を誘導してデュランダルにぶつける。
サキュバスの魔法を雷属性の魔術で打ち払う。
「でもね、この世界に来て、沢山の人に出会って、いっぱい写真を撮って、沢山の思い出が出来て、それで守りたい人が、大切な人がいっぱい出来たの!」
一振りするごとに、慈しむように呟き続ける。
「お姫様のジョゼフィーヌ様でしょ? 召喚士のナーシーちゃんでしょ? こんな未熟な私を支えてくれたリヴィアの皆さんでしょ? あと、私を暗殺しに来たのに私が全然戦えない事を知って同盟を結んでくれた黒菱さんに、さっき私を守ろうとしてくれた他の剣客のみんな……」
その言葉にシュロスの剣客――黒菱が目を少し伏せる。だが、ここは戦場であり、剣客としての矜持があるのか、完全に目を閉じたり、こみ上げてくる涙に視界を妨げられたりすることは無かった。誤魔化すのは彼女の得意分野だったから。
「皆を私が守れるのなら、あなたたちが私の大切な存在を脅かすなら、私が守る!」
四天王全員を吹き飛ばし、魔王に対して剣を構える。
見鶴のその姿に、他の剣客はほとんどが呆然としていた。
「え? 何あれ。チート俺TUEEE系以前の王道アニメの主人公でござるか?」
「ククク……やつこそが音に聞く逸般人か……!」
分が悪いと判断した魔王は、嬉々として四天王の追撃に回っていた賽子のアバターを消し飛ばして、自分たちの周囲に何かの魔法陣を作った。
「君たちの実力を侮っていたようだね。それに、ぼくらも君たちもコンディションは万全とは言えないはずだ。だから明日の正午、この場所にて決着を付けようじゃないか」
一歩歩み出た塚原を見て、魔王が爽やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫。ぼくは約束を守るよ。先代に教わっているんだ。約束は必ず守れ、と。ぼくは君たちとの約束も守るし、先代と交わした約束もきっと守って見せる」
魔法陣に光が満ちて、次の瞬間、魔王たちの姿が消え去った。
ただ、三代目の静かな決意の言葉を残して。
「絶対に勇者を倒して、その亡骸を先代の墓に供えるんだ」
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