割とフレンドリーな魔王
話題をこれ以上広げることの出来なかった賽子が沈黙した。そこに塚原が助け舟を出す。
「魔王だとか四天王だとかはよく知らんが、ここは戦場で危ないから離れておれ。老婆心というものよ。老婆心と言っても、ワシはジジイじゃが……」
塚原の言葉に、五人が顔を見合わせる。数秒後に、サキュバスが魔法で全員分の装備を出現させた。
顔を真っ赤にさせていたリヴィアの剣客が思わず叫んだ。
「それが出来るなら、最初からやってくださいよ!」
三代目が、まあまあと宥めて、
「先代はぼくにこう告げてこの世を去った。もしお前が魔王に認定されたならば、それは私が倒された証拠であり、お前は次の勇者召喚が行われるまで永き眠りに就くであろう、と。そして今、ぼくは永い眠りから目覚めた。つまり、この戦場に勇者がいるはず。ぼくは勇者にしか用はない。戦争がしたければ勇者だけぼくたちに差し出して再開させてくれないだろうか。頼む」
小さく頭を下げた三代目に剣客たちからざわめきが起こった。
「おーい、ここに勇者とかいう御大層な肩書きの奴はおらんかね~?」
「ククク……三代目の手を煩わせるまでもなく、闇の神に愛された我が手を下してくれよう!」
「ほんと厄介だな。警備員仕事してる? つまみ出してよ、早く」
賽子、向日葵、太田の三人が全く建設的な方向の意見を出さないので、他の四人が召喚士の元に尋ねに行くことにした。
その間に魔王がフレンドリーに語り掛ける。
「いや~、いきなり現れた人に積極的に協力してもらってありがとね。それにしても君たち変わってるね。ぼくは先代に、戦場では屈強な男たちと戦うことになるって聞かされてたんだけど、いつの間にかこんな少年少女まで動員するようになったんだね。人間の業というものはつくづく恐ろしいものだと感じたよ。あと、君たちだけやたら鎧とか着てないよね? そんな装備で大丈夫か?」
賽子のアバターは何故か鎧兜を着込んでいて、リヴィアの剣客も戦闘力が低いためかそれなりに鎧を着ていたが、他の剣客は仰々しい装甲と無縁であった。
向日葵はゴスロリ服、塚原は和風の着流し、シュロスの剣客はアニメの魔法少女系アイドルの衣装、男木は白いTシャツにジーンズ、太田は黒のズボンに、何かライブの日付のようなものが細かく書かれているTシャツという出で立ちだ。
「大丈夫だ、問題ない」
自信満々に答えた太田に、向日葵も同意する。
「うむ。一番良いのを頼む、と言いたいところだが、当たらなければどうということはないからな!」
ドヤ顔で言い放つ向日葵に太田が更に合わせていく。
「見えるぞ。私にも敵が見える!」
「殺し合いをした相手と茶は飲めないか? 太田君」
「二人の剣客が揃って楯突くか。人の総意たる、この私に!」
向日葵と男木が、ドヤ顔でどこかで聞いたことのある名言っぽい言葉の応酬を繰り広げ始めたが、賽子や魔王一行は蚊帳の外だった。
何かに気付いた魔王が割り込みにくいオタク二人の会話に切り込んでいく。
「ちょっと待った。その……剣客とやらは何だい?」
「それは……」
賽子を含めた三人が口ごもっている間に、残りの四人が帰ってきた。
「勇者召喚なんて知らないって。でも私たちみたいな剣客って言葉より絶対勇者の方が強そうだし、勇者召喚があれば絶対そっちを使っているよね」
リヴィアの剣客の、のんびりとした報告に他の三人が同意を示す。
「寝ぼけて来る世界を間違えたんじゃね?」
男木が笑みを浮かべながら声を掛けると、三代目も眉間に皺を寄せ、顎に手を当ててひとりごちた。
「まあ、千年も封印されて寝ていたら、いくら魔王でも寝ぼけるかな……」
その言葉に剣客全員が動きを止めた。
「皆の者、剣客召喚は何年ぶりに行われたと聞いたかね?」
塚原の質問に、残りの全員が同時に答えた。
「千年」
「では、何故、千年の間、剣客召喚が行われなかったのかを知っている者は居るかね?」
全員が沈黙し、賽子が最も早く口を開いた。
「国際条約で禁止されていたからだ。だが、何故国際条約で禁止されるに至ったかは知らん。資料がとても少ないらしい」
他の人たちも大体同じ意見に纏まった。
「つまり、千年前の剣客召喚で何か大きな事が起こったが故に禁じられたとしたら?」
塚原に続いて魔王も口を開く。
「そして、君たちが剣客召喚と呼ぶ、そのシステムを我々が勇者召喚と呼んでいたとしたら?」
剣客全員と魔王及び四天王が全員同時に武器を構えた。
最も早く動いたのは、レスポンスが命のゲームで反射神経を鍛えてきた賽子。
アバターが素早く、セルン兵から回収していた剣を投げた。
機械のような精密さでアバターの放った剣が魔王の左目に刺さったと思いきや、魔王に触れた瞬間に剣の方が崩れ去った。
魔王が口笛を吹いて拍手する。
「いやはや驚くべき手の速さだ。でも、ぼくは魔神から祝福を受けて魔王になっているから、その辺の剣では傷一つ付かないようになっているのさ」
「なっ……またしても超カッコいい設定の奴が現れたではないか!」
賽子とリヴィアの剣客、塚原以外の四人が切りかかるものの、四天王に阻まれた。
四天王の本来の強さと、剣客たちの疲労の度合いが相まって、完全に押されつつあった。
魔王が手を伸ばすと、その先の空間が歪み、剣の柄が出現した。それに手を掛けて引き抜くと、刀身まで漆黒の剣が姿を見せる。
今までにない圧迫感が場を支配していく。
「みんな最初に色々攻撃されて疲れているだろう? 下がって」
「そんな……! 三代目様だってかなりのダメージを……」
食い下がろうとした二足歩行の筋骨隆々な牛頭の男――ミノタウロスが魔王の視線を受けて頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、三代目様」
四天王たちが距離をとると、一対一などクソ喰らえだと言わんばかりに四方から先ほどの四人が迫る。
しかし、魔王は軽やかな身のこなしで剣を躱しつつ、カウンターを浴びせていく。
軽く振られているように見えた剣だが、四人を吹き飛ばす程度の威力を見せていた。
そのまま魔王が三人の方へ歩いて来る。
リヴィアの剣客が後退る中、賽子と塚原が切りかかる。
賽子のアバターは魔王と剣を打ち合わせた瞬間に消え失せた。
「は? バグった?」
勿論、アバターが消えた後なので賽子の怒りの声は護衛の担当者にしか聞こえなかった。
少し休憩してからアバターをリスポーンさせると、今まで粘っていた塚原も何かの衝撃波のようなもので引きはがされた様子が画面に映し出された。
リヴィアの剣客が震えながらその場にへたり込む。
「そんな……私こんなところで死んじゃうの? みんな勝てないの? みんな死んじゃうの?」
客観的に見て、剣客たちの現在の消耗ぶりでは相手になっていないのは明らかだった。
だからと言って、一般兵に何とかできるものでもない。
ここで一人ずつ殺されるのも時間の問題だ。
全員が目を伏せ、返す言葉も持ち合わせてはいなかった。
少し遠い場所にいる賽子が、自分だけとんずらしようかと考え、魔王が爽やかな笑顔で何かを言おうとした時、ピピっと電子音が鳴った。
その音に続いて、剣客たちにだけは聞き覚えのある女性の声が聞こえて来た。
「いいえ、わたしはそう思いません」
感想や評価をいただけると励みになります。次回もよろしくお願いいたします。