リリカルマジカルミュージック!
塚原は一度刃を杖の中に戻して居合いの構えを取り、男木は前回賽子たちに聖水斬を放った時と同じように両手で剣を持った。
「オレが一撃目で周りの輩を吹き飛ばす。塚原さん、止めは任せた」
「承知した。しかし、その技は準備にも時間が掛かるのだろう? 賽子君」
突然名前を呼ばれても、会話の内容を聞いていた賽子はすぐに塚原の意図に気付いた。
「ああ? 時間稼ぎか? 盾役にこれ以上ないぐらい適任だろうな、くそったれ!」
そのまま男木を庇うように立った賽子の背に声が掛けられる。
「ククク……貴様が逃した獲物は我が担当しようではないか。喰らえ、エンシェントダークフレイム!」
後方から爆風が届いて来る。賽子のアバターはその風を浴びながら、明らかに人間とは違う関節の動きで三方向から同時に繰り出された攻撃を避け、カウンターまで始めている。
その姿に、困惑しつつも、太田が兵士たちに檄を飛ばした。
「ぬっ……あの少年は人間じゃないのか? やはりバラバラに攻めても勝機は薄い。曲に、リズムに乗って攻めねばなりませんぞ!」
数秒間アイコンタクトを取っていた三人の兵士は、カウンターによって最も深手を負っていた兵士を後方に送り返した。
「二対一? 舐められたもんだな」
賽子が攻め入る直前に、二人とも先ほどまでの得物を投げ捨て、懐から二振りの短剣を取り出し、流れるように二刀流へ移行した。やっぱり短剣も色が塗られていた。
「よし。右はサンダースネイク、左はリバーススネイクだ!」
太田の指示によって、次々と剣を振り回し始めた。
左右の兵士が全く反対の動きを行う。通常、移動せずに行われるはずのオタ芸をセルン兵士たちは動きながら打っていく。これが無駄に体力のあるセルン兵士たちのスタイルであった。
剣を大きく振るだけでなく、コンパクトな突きも繰り出してきた。
歌によって謎の強化がなされていた兵士たちの動きは元からかなり速い部類に入っていたが、軽くて振りやすい短剣になったことによって速さが増していた。
さらに、賽子にとって見慣れない動きを高速で繰り出すことによって動きの予測を困難にさせていた。それだけでなく、もう一つ動きを読みにくくさせている原因があった。
「クソっ、あの腹立つような剣の色はどうにかならんのか! 果てしなく見辛い!」
「素晴らしい! オタ芸は……コールは、謂わば高まった魂の発露! 存分にリビドーを解き放つのですぞ!」
賽子がチラッと背後の男木を確認する。チラッと、と言っても、首が動くわけではなかったのでその場で一回転しただけなのだが。
「チャージはまだか? 終わったら俺ごと吹き飛ばせ。遠慮するな」
「あ? 目の前にいるの、鎧来たおっさんばっかりだぞ。半裸ならともかくよぉ……」
その言葉を聞いて、賽子が相手の捨てた剣を拾い、二刀流に移行する。
「半裸ならチャージ速度が上がるんだな?」
アバターの放つ威圧感に二人の兵士が怯むが、二人を支えるように地響きのような叫び声が起こり始めた。
「一! 二! 三……」
何かのカウントダウンらしい。数字が大きくなるに従って、彼らの声も大きくなっていた。
どうやら、また新しい曲が始まったようである。
「これはマズいね……」
シュロスの剣客の呟きに向日葵が同意する。
「うむ。この旋律は、コールを入れやすいと評判の屈指の名曲……!」
「えっと……それはどういう意味なの?」
「奴らの一体感が増す程度さ。程度と言い捨てると足元を掬われるだろうけどね」
「七! 八!」
その辺に落ちていた武器を拾い、二刀流になることで手数を増やしていく。これによって相手の攻勢を抑え込めるようになったが、脱がすことには向いていない。
「クソッ! 半裸にする暇すらくれねぇのか?」
カウントダウンに意識を割き過ぎている兵士から倒し続けているが、全体としては微々たる数だった。
そしてついに戦場のボルテージは最高潮に達した。
「九! ノア――リリカルマジカルミュージック!」
叫び声とともに、剣を空高く掲げ振り下ろす。
一糸乱れぬ剣の動きが、戦場に一陣の風を巻き起こした。
その風を切り裂くように六人の剣客が得物を構えなおす。
相手の士気の高まりに応じて、彼らのテンションも引き上げられたようだった。
「あと三分持たせろ。あんなおっさんどもだが……いいね、こっちまで昂ってきた」
「三分間待ってやる、と言いたいところだが、あんたの手を借りるまでもなく、この場にいる全員ぶっ殺してやる!」
力強い言葉とともに、アバターが相手から奪った剣を投擲する。
その剣は、相手の鎧の継ぎ目に深々と突き刺さった。この戦法に変えて以来、賽子の戦果は急増した。やっているゲームがFPS――一人称視点のシューティングゲームであったため、この戦法の方が本来のスタイルに近いのだろう。
「我も《プリナイ》ファンとして負けるわけにはいかんな……どうせロクにアニメも見ていないような連中に我のサファイアちゃんをくれてやるわけにはいかぬッ!」
「その通りだ! ディアナちゃんの家族に挨拶をしたいというなら、このボクを倒してからにすることだなっ!」
わざとなのかどうかは分からないが、アニメと現実の区別をごちゃごちゃにして叫び始めるアニメ視聴組の二人。
「何ィ! だが拙者はフェリカにゃん推し! 拙者の情熱は負けませんぞ!」
その言葉を聞いたシュロスの剣客が前線に走り出す。
「塚原さん。アレの相手はボクがします。なに、心配はいらないよ。ボクは負けないさ。……相手の狂おしい程に迸る愛ゆえに、ね」
走りながら体中に水を纏い、周囲からの視線が遮られた。シュロスの剣客を包んでいた水球が破裂した時、そこにいたのはシュロス軍の一般兵Aではなく、艶のあるグレーの髪の少女だった。
先ほどまで一般兵の姿をしていた時には無かった胸部の膨らみが、大胆な切り込みの入った衣装で強調されている。もはや性別まで変わってしまったように見える。
まるでアイドルのライブの衣装のような服に身を包み、二次元から出て来たかのような顔立ちをした彼女は、両手を軽く握り込んで頭の横に掲げた。
「フェリカのおやつにしてやるぞー!」
大多数の人が頭上に疑問符を浮かべている中、太田が元気よく叫んだ。
「にゃんにゃん! ……ハッ! 何だこの女神は! 声も先ほどとは全く違う……完璧に再現されている!」
二人のやり取りに全くついていけていない大多数の人の動きが止まった。
しかし、後ろから流れて来るアップテンポな曲に合わせてすぐに動き始めた。
「あー、相手の推しキャラの姿になれば攻撃されないってことか。発想も中々アレだが、それを実現するだけの能力があるってのも予想外だな」
「くっ……あのフェリカにゃんが相手の術によるまやかしだということは頭では理解できている。だが、拙者は……拙者はっ……!」
髪の色とほぼ同じカラーのアーマーによって包まれた手足から繰り出されるフェリカの攻撃を極めて丁寧に受け流していく太田。魔法少女系アイドルアニメの登場人物だというのに、肉弾戦がメインのようである。
何度も唸り、首を振って思索を続ける太田に決断を迫るように、曲がサビへと迫る。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
セルン軍の兵士たちが太田の迷いを断ち切るべく、大声を上げる。
そして曲が更なる盛り上がりを見せ、
「フッフー! フワフワ!」
太田の迷いが完全に吹っ切れた。
「偽物、贋作、海賊版、違法アップロードに危うく騙されるところであった! だが拙者は礼儀正しく公式を支えてゆく一人のファン! 《プリナイ》を、フェリカにゃんを、そして西城さんを支えてゆくのだ!」
「敵ながら見事な心意気……ん? 最後の人には聞き覚えがないな……」
唐突に出て来た新たな人物名に首を傾げる塚原。
向日葵が最も早く真相に気付いた。
「コイツ……ただのアニメオタクではない! 貴様、アイドル声優オタクだな!」
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