異世界よ、これがクールジャパンだ!
「ここに来ていないのはどこだったかな?」
男木の独り言めいた質問に、当然賽子は答えられなかったので、向日葵が答えた。
「我らミスルム国の東に位置するセルン国とやらであろう。……かなり珍妙なナリだが、大丈夫か?」
そう向日葵が指摘したのは、セルン軍の防具の事ではなかった。
武器の方である。鉄の色、つまり銀色であるはずの武器が、ペンキで塗ったかのような毒々しい色になっていた。赤橙黄緑青藍紫、何でもアリのカオスが広がっている。
賽子が休憩がてらメアリの方を見る。
他の二人に休憩中だとバレると面倒なので、視線だけでセルン国についての解説を求めた。
その間に水分補給なども行う。
「セルン国はかなり歩兵が強い国ですね。風属性の魔術師の割合が高いですが、魔術師の数自体が少ないのでほぼ無視出来るかと。レイさんたちによると、セルン軍の歩兵は我が強くてチームワークに欠けるため、集団としては弱いらしいですね。常に多対一を心がければそこまでの脅威ではないみたいです」
奇妙な彩色の武器を掲げた集団の中からピンクの長髪の女性が人垣を割って出て来る。着る意味があるのかと尋ねたくなるような面積の鎧を着用していた。
彼女が腰に提げていた剣は染色されていなかった。右手に何か魔法陣のようなものを出現させている。
「アレは、セルン軍でも有名な姫騎士、エフさんですね。ああ見えてかなりの実力者でセルン軍有数の魔術師でもあったのですよ。それであの美貌なので敵味方問わず人気があります。戦時中は、彼女に一騎打ちを申し込む人たちも少なくなかったのですが、残念ながら誰一人彼女を倒せませんでした」
何故か言葉尻に重みを乗せつつメアリが簡単に紹介する。
メアリの解説と同時に、
「おっ、良い女だな」
と男木が笑った。
その数秒後に三人の剣客の声が重なる。
「でも、剣客じゃない」
メアリの解説なしでも剣客たちは独自の感覚でそれを見抜いたようだった。
賽子以外の二人がセルンの剣客を探し始める。視力が大幅に強化されている賽子はすぐに見当をつけていた。
エフの真後ろに立っている眼鏡のぽっちゃりした体型の男。
この世界に来てあまり眼鏡を掛けている兵士を見たことがなかったことと、太った兵士も見たことがなかったので、他の兵士を見るよりも前に、この男だと予想していた。
武器が槍や弓、斧などではなく、剣ならば確定だと考えていたが、手元が他の兵士や男の体に隠れて見えなかった。
美少女剣士エフが意を決したように大きく息を吸い込み、剣客たちが絶対にこの世界で聞くことになるとは思っていなかった台詞を大声で叫んだ。
「FF(Fighting Field)外から失礼するゾ~(謝罪)この戦況面白スギィ! 自分、参戦いいっすか? えっと、淫夢……? 知ってそうだから淫夢のリストにぶち込んでやるぜー。いきなり参戦してすみません。許してください! 何でもしますから!(何でもするとは言ってない)……んんっ、こういうので合っているのかしら? ともかく、私たちセルン軍は、あなたたちに宣戦布告するってことよ!」
若干たどたどしい叫び声を聞いて、三人がアイコンタクトを取る。向日葵は元ネタを知っているのか爆笑しており、男木も心当たりがあるのか苦笑している。しかし、賽子はこの手のネタに疎かったので、無言を貫いていた。
もっとも、賽子が喋らないとアバターは喋らないし、喋っていたとしてもポーカーフェイスであることには変わりなかっただろう。
戦場にクソリプが木霊してから数秒。今度は様々な楽器の音が戦場に響き始めた。
「何だ? セルンの軍は音楽隊でも持っているのか?」
「い、いや……そのようなことは初めて聞きました」
メアリの回答と同時に、向日葵がハッとした顔で叫んだ。
「こ、これは……絶賛放送中の大人気アニメ、《魔法少女プリティ★ナイン》のオープニングッ!」
「え?」
「は? ……いや、何かゲーム内の友達がそんな単語を何度も言ってた気がする」
あまりアニメに詳しくない男二人が素っ頓狂な声を上げる。
それを掻き消すかのような大声がセルン軍から聞こえて来た。
「あー、よっしゃいくぞ! タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!」
天地を動かすかのような叫び声とともに、セルン軍兵士たちが一斉にカラフルな塗装をした武器を振り回し始めた。
いつの間にか互いの武器が当たるか当たらないかという位置にまで広がって時折、恐らくアニメのキャラっぽい名前を叫んでいる。
アニメのオープニングらしき曲のボーカルを務めるエフの声は遠く離れた生身の賽子の元にまで届いていた。恐らく右手に作られた魔法陣がマイクのような役割を果たしているのだろう。
そして、楽器を演奏している人々も同じような魔術を使っているのだろう。風属性が得意とだけあって、風に乗せて音を届けているのだと考えられる。
その武器を振り回す動きのキレと統率感はこれまでの他国の軍にはなかったものであった。
「あのセルン軍が……同じ動きで奇妙な舞をしています! これは軍事革命ですよ!」
これをアニソンの影響だと知らないメアリが興奮して叫ぶ。
アニソンの影響であることを聞かされていた賽子は、
「これがクールジャパンか……」
と困惑した表情で呟いた。
一際目立つのは、エフの真後ろにいた眼鏡の男。片手に四本ずつ本物のペンライトを持って流れるようにオタ芸を打っている。その動きは素人目に見ても一朝一夕で身につくようなものではないと思われた。
「おじさん、こういうのよく知らないけど、オタ芸とかいうやつだろう? んで、あのぽっちゃり眼鏡君が剣客で決まりだね。見かけによらず俊敏だなぁ。まさに、人を見掛けで判断するなってことだね」
物珍しそうに眺める男二人とは違って、向日葵は顔を顰めて唸っていた。
「あのレベルのキレは中々見ない……流石に基礎体力のある兵士がやっているだけはある。しかし、真の化け物はあの女……! 何故一人で九人分の歌い分けが出来ているのか……!」
剣客よりもエフに対して畏怖の念を抱いてしまうようなクオリティのまま、曲は一番と二番の間奏に差し掛かる。
「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー! 虎、火、人造、繊維、海女、振動、化繊飛除去! チャペ、アペ、カラ、キナ、ララ、トゥスケ、ミョーホントゥスケ!」
男たちの雄々しき叫びが再び戦場を駆け抜けた。
男木が恐る恐る尋ねる。
「彼らはさっき、何と言ったのかな?」
「知らん」
「最初に言ったことと似たようなことを日本語とアイヌ語で言っているらしいが、詳しいことは我も知らぬ故、インターネットで調べるがいい」
その後、歌が終わったようで、男たちが口々に、
「フゥ~~~~ッ!」
と武器を振りながら叫んだ。セルン兵の誰もが爽快感と達成感に満ちた笑顔を浮かべている。
「はぁ~」
剣客三人が同時に溜め息をついた。一体アレは何の茶番だったのだろうか。
「まさか、セルン軍の参戦が最後だったのはアレの練習をしていたからとか言うんじゃないだろうな」
「そうじゃないことを祈りたいけどね」
「戦場で一曲披露するためだけにこんなことを……マスターから、セルンは脳味噌まで筋肉で出来た奴らがいっぱいだから最後まで適当にあしらっておけば大丈夫と聞いていたものの、まさかここまでの集団だったとは……」
しかし、彼らはこれから知ることになる。セルン軍はその程度の予想の範疇に収まる程度の脳筋集団ではないということを。
エフがキャピキャピした声で、
「じゃあみんな、一気に攻め込んじゃって!」
と叫ぶと、
「うおおおおぉぉっ!」
雄叫びを上げたセルン軍による猛ダッシュによる行軍が始まった。
それと同時に再び音楽が流れだす。……それも、先ほどとは異なったメロディのものが。
向日葵が驚きによって目を見開いた。
「こ、この旋律は……まさか!」
「確かにさっきのやつとは違うみたいだな。エンディングかい?」
男木が気楽に尋ねる。
「違う! これは《劇場版:魔法少女プリティ☆彡ナイン》で流れた劇中歌、《FUNNY DAY SONG》だ!」
賽子が少し前の会話を思い出しながら質問する。
「え? 劇場版? さっきは絶賛放送中とか言ってなかった?」
「うむ。今放送している《魔法少女プリティ★ナイン》のスタートはアニメの一期である《魔法少女プリティ☆ナイン》からだ。言葉だけでは絶対に伝わらないからもう少し細かく言うと、プリティとナインの間に星マークがあって、一期は星の中が透明なのだが、二期は星の中がピンク色になっておるのだ! ちなみに劇場版は……あれ、どっちだったっけ? もうあの頃から色ついてた? それとも一期と同じ?」
「細かっ! そんな細かいところ気にして聞くんじゃなかったよ!」
賽子に無駄なアニメ知識が増えている間にも、軽快なテンポに乗って、たまに手だけオタ芸のように動かしつつ猛スピードで戦場を疾駆しているセルン軍が迫って来ていた。
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