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邪気眼系厨二病JC

 賽子だいすのアバターには、向日葵ひまわりほどの高火力な技がない。剣を剣で受け止めると、向日葵との火力の差で押し切られる可能性があったため、出来るだけ回避するように心掛けた。


 時たま繰り出される、人間では有り得ないような体勢からの攻撃で向日葵のペースを出来るだけ崩そうと試みる。


 しかし、賽子の遊びに付き合い続けるほど向日葵も愚かではなかった。

 金色の右目をそのままにして、左手を普通の黒目である左の目元に出来るだけカッコよく添え、


「開け! 封印されし我がディバインブラックアイ! リミットブレイク!」

「は? そっち? 金色の方じゃなくて?」


 賽子の驚きの声を複雑そうな表情で聞いていた向日葵の黒目が、黒曜石のような輝きを宿すとともに、向日葵の全身から今まで以上の魔力が溢れて来る。

 一挙手一投足に闇の力が宿り、アバターが捌き切れないほどの闇の物量で押しつぶす。


「他愛無い。これなら我が神武一刀流を見せるまでもないか……」


 向日葵が明後日の方向を見て溜め息をついている間に、賽子は今後の方針を思案する。

 メアリから水を貰って一口飲んでいる時に、振り返った向日葵と完全に目が合った……気がした。賽子の背に冷や汗が流れる。

 この時点で方針が決定した。


「恐らく位置がバレたな。謎のドーピング状態の奴を相手にするのは面倒だから、奴がこちらの大体の場所に見当をつけるまで適当に野放しにしておこうかと思っていたものの、想定よりも早い……!」


 すぐさまアバターをリスポーンさせて向日葵と戦わせる。

 だが、相手の圧倒的火力で二、三撃もらうとすぐにアバターの体力が削られてしまう。

 削られればすぐに新しいアバターを送り込む。


 これは時間との戦いだ。

 相手が魔力を消耗するのが早いか、アバターの足止めを振り切って、生身の賽子が殺されるのが早いか。はたまた賽子の魔力切れが早いか。


 向日葵は、アバターが回避や防御をしようとしても確実に一撃で葬り去れるように出力を上げてきている。一撃一撃を確実なものにして、多少の魔力の無駄があったとしても最速で辿り着こうという狙いである。


「実に愚かよな、香戸賽子こうど だいす! 幾度となく甦ろうとも、我に傷一つ付けることは叶わぬ! 中学校を早々とドロップアウトしたように、此度の戦も潔く諦めるが良い!」

「ハッ、劣勢に立たされたチンパンほどよく喚く。リミットブレイクの効力が切れかけているのはもうバレているぞ? 勝算もなしに大技を無駄使いするなんて、お前本当に適当だな。前世でなにしたんだよ」


「貴様、我の話を聞いていなかったのか? 我は闇の神に愛されたが故に現世に顕現することを許された神代の英雄だと言ったであろう! 我は嘗てとあるライバルと決闘の日々を繰り返し、その余波でラグナロクに終焉をもたらしたものの……」


 向日葵が言葉に区切りを作ったため、賽子がその隙に思い付きの言葉を捻じ込む。


「あー、アレね。流行りのトラックに撥ねられて何とか、ってやつ?」

「違うわ馬鹿が! 我は異世界転生でチート能力を何の脈絡もなく貰って無双するタイプの疲れたオッサンの生まれ変わりなどではない! ……っと、どこまで語ったか。そうだ、我はラグナロクを収めたものの……」


 再び訪れた隙に言葉を捻じ込んでいく。


「じゃあアレだ。黒塗りの高級車に何とか、ってやつ? ……何だっけ? やっぱり撥ねられるんだっけ?」

「黒塗りの高級車は撥ねられるものじゃなくて疲れている時に追突してしまうものだ! それぐらい覚えろ! ……ともかく、そのライバルから示された示談の条件が……って、違う! 貴様が余計な事を言うから語る気が失せたわ! そのまま死ね!」


 向日葵が顔を顰めて剣を振り下ろす。しかし、アバターの左腕を切り落とした程度の結果に終わった。


「流石に調子に乗りすぎたか……」


 向日葵が奇妙な手つきで左目に触れると、魔力を帯びた光が消えて元の黒目に戻った。

 同時に手足に纏っていた闇の炎も消えていく。


「力でのゴリ押しが出来なくなれば、技で切り崩していくまでの事」


 向日葵が一薙ぎするだけで二つの方向から刃がアバターに迫る。

 いや、常人からみればそのように感じられるだけで、強化されている賽子の目にはキチンと相手の動きが見えていた。

 単純に二つの方向から切っているだけである。故に防御も簡単であった。

 淡々とアバターが口を開く。


「その程度の技なら対処出来ますけど?」

「ぐっ……あのジジイのようなことを言いおって……」


 あのジジイとは、恐らく塚原つかはらのことを指すのだろう。

 つまり、塚原の爺さんは先ほどの速度程度の剣なら簡単に見切れるということなのだろう。

 だが、その言葉は大きな問題を含んでいた。

 賽子は、先ほどと同じような速度の剣戟を見て対処することは出来た。しかし、賽子のアバターが先ほどの剣戟よりも速く剣を振れるかどうかは、分からない。いや、ほとんど不可能に近い。そんな技が出来ればとっくに使っている。


 新たな問題に賽子は顔を顰めていたが、幸いなことに、ポーカーフェイスが通常営業のアバターはそれをおくびにも出さなかった。代わりに相手を挑発するようなセリフを叫ぶ。


「セイ! お前チンパン、俺がワンパン。嫌なら三回廻ってワンと鳴け!」


 売り言葉に買い言葉というノリで向日葵も言葉を返す。


「ワンと言った貴様がワンちゃん! 社会にひれ伏す瘦せぎすチワワ! 和平の可能性あるぞワンチャン! 分かったらすぐに啼けよ、わーんママー、とな!」


 罵り合いの勢いは健在だったが、繰り返される攻防の中で、じわじわと向日葵の勢いが失われていく。

 完全にスタミナ切れであった。

 リミットブレイク状態が解除されている瞳にさえ、ぼんやりと賽子が陣取っている場所が見えて来たというのに、撤退を余儀なくされている。

 その状況を客観的に判断した向日葵が歯嚙みした時、アバターが動きを止めた。


 今、このアバターを殺すことも可能であったが、そのチャンスを捨て置いてでも向日葵まで動きを止めた。


 両者の視線が同じ方向に向けられる。

 そこには、これまでの戦いでは全く見覚えのない旗を掲げた軍団が迫っていた。


 つまり、ここにいなかった二か国のうちのどちらかが到着したわけである。


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