猿でも分かる煽り用イングリッシュ
「き、貴様……」
向日葵の肩がぷるぷると震える。
アバターの画面越しでは、笑いを必死にこらえている賽子もまた、肩を震わせていた。
少しの沈黙が生まれると、好機とばかりに更なる煽りを加えていく。
「あれれぇ~? おかしいぞ~? 全く反応がない。も、もしかして……出来ないのかなぁ? 何か偉そうに色々言ってたけどぉ? この俺の、神速のような動きについて来られないのかなぁ~~~~?」
「もう許さぬ! 二度とこの世に形を留めていられぬほどの闇の炎で葬ってくれるわ! 食らえ! エンシェントダークフレイムッ!」
全てを無に帰すための必殺の意思を込めた闇の炎が今、煌めいた。
「っと、ようやく本番か……」
小さく呟いてアバターを高速で移動させていく。ここでどれだけ相手を疲労させられるかが真の勝負である。
カクカクと移動しながら、時折一回転しながら周囲の状況を確認する。
チマチマと移動する相手を狙うのが面倒になってきたのか、アバターの足元を中心に闇が広がる。あと数秒で抜け出さなければならないが、範囲が広すぎて間に合わない。
せめてもの抵抗として剣を投げつけてみたが、軽くあしらわれ、相手の魔術発動を遅延させるに至らなかった。
無言で闇の炎に呑まれていくアバターに追加の魔術がぶち込まれる。
「フハハ! これが闇の神に愛された我の実力よ!」
アバターが物理的に喋れなくなっている間に、短く言葉を交わす。
「あんな闇属性の魔術はあるのか?」
「いや、彼女のオリジナルかと思われます。威力、範囲、発動速度、どれをとっても優秀ですね」
その後、軽く水分補給をして、アバターをリスポーンさせる。
「ん?」
アバターを通して見える画面はどこか見覚えのある場所だった。……と言うより、先ほどまでアバターを燃やしていた向日葵とそう遠くない場所だった。
このランダムなリスポーン位置のコントロールは課題の一つであった。コントロールできるかどうかはまた別の問題であったが。
今回はまだクソみたいなリスポーン地点(略してクソリス)ではなかったが、これから先、クソリスをして無駄にデスを積み重ねてしまう可能性はなくもないのだ。
このことに対しての愚痴を呑みこみ、相手を煽ることに徹する。
「ん? どした? 闇の神どした? んん?」
「き、貴様……マジで名を名乗れ……あと、住所と勤務先と家族構成も言え」
煽りすぎてしまったのか、完全にキャラ崩壊を起こしていた。
しかし、その程度では脅しにすらならないのが賽子という人間である。
「あれれ? キャラ崩壊してるよ? そういうのって、まず自分から言うものだよね?」
「ぐっ……小学生のようなことばかり言いおって……チンパンジーか貴様」
最後にボソッと向日葵が呟いた言葉に、賽子は大きく反応した。
「あ? チンパンんんん?」
先ほど無意識的に即興の曲を口ずさんでいたレベルで、チンパンは賽子にとって煽りの代名詞であった。
「俺は賢い人間だから中学校とかいう動物園から出て来たっての!」
「貴様中学生だったのか! 自ら墓穴を掘るとは、流石に義務教育もまともに受けてないチンパンよな!」
「そういうテメェも中学生だろ! もし中学生以上でそんな痛々しい厨二設定引きずってたら、頭ハッピーセットとかいう次元じゃないからな!」
「我、成績いいもんね! 貴様のようなチンパンとは生きる次元が違うわ!」
この辺から互いに剣をぶつけながらの口論になっている。
「本当に成績良いのか? さっきから、貴様とかチンパンとかしか言ってねぇじゃねぇか、この……何だっけ? ……とにかく、それしか言えんのかこの猿ゥ!」
「フハハ! 真のボキャ貧はボキャ貧という単語すら言えない! 真理を見せてもらったぞ!」
微妙に義務教育の差が出てきているように見える。
顎を上げて出来るだけ見下すように笑っている向日葵に対して、やっぱりボキャブラリーに乏しい言葉をぶつけていく。
「クソが! ファック! ファッキンマザーファッカー!」
「大体全部似たような意味ではないか! 少しは英語を勉強すればどうだ?」
「俺のゲーム友達に、ハーフなのにさっきの単語しか分からんやつもいるけど、そいつよりは英語出来るぞ! アイ、キル、ユー!」
「貴様の知っている英語偏りすぎだろ!」
全体的な火力の差でじわじわとアバターは押し込まれていた。
剣を普通の兵士より速く振ることが出来て、異常なまでに視力と聴力が強化されていた賽子のアバターは優秀と言えば優秀だったが、闇魔術も交えることが出来る向日葵に比べると火力不足感が否めなかった。
しかし、闇の炎が燃え移った左腕を平然と切り捨てて反撃に転じたアバターを見て、向日葵が攻撃の手を緩める。
「え、何それ? そういうのアリなの? 痛くないの?」
アバターは相変わらずの無表情で淡々と生身の賽子が発した言葉を再生産するだけだった。
「あ? 確かに左手が無いのは痛手だけど、じわじわ継続ダメージもらう方が最終的にはダメージ総量が多いんじゃないかなと思っただけ」
「コイツ……やはりマスターが言っていた通り、人間ではないのか?」
どうやらアバターが魔力によって構成されていることを相手の召喚士に悟られているようだと考えて、ミスルム国のマスターに素直に称賛を贈る。
言動で煽ることが趣味の一つであったが、技量のある者への純粋な敬意を捨てて嫉妬を口走るほどの悪質なプレイヤーではなかった。
「ハッ、そちらさんのサポートもそれなりに優秀みたいじゃないか」
「ククク……我を召喚した時点でマスターが有能であることは証明されているであろう。中学校もロクに通えぬニート紛いを召喚してしまった貴様のマスターとは大違いよ!」
その言葉に、賽子は真正面からは取り合わなかった。
少し遠回しに相手の暴言を非難する。
「召喚士の評価は何を召喚したかで決まるだろうか? いや、何か特定のものを召喚しただけで称えられる場合、それは召喚されたモノが既に成果を残している時に限られるだろう」
向日葵が少し目を伏せた。
「ふむ。我としたことが、単純な因果律を見誤るとはな。貴様のマスターには非礼を詫びねばなるまいよ。……結局、マスターの評価はマスターとその配下が共同して獲得した戦果によって決まるものだからな」
向日葵が賽子から距離を取り、傘を開く。
「では、我から名乗り出ることにしよう。……我が名は黒淵虚月。闇の神に愛された神代の英雄の生まれ変わりであるが、此度はマスターの剣としての役目を果たそうではないか!」
そう叫んだと同時に、傘の布の部分が漆黒のマントとして背中に装着され、残された金属部分も、一振りすると美麗な装飾が施された白銀の剣へと変化した。
「これは俺も名乗らざるを得ないか……あんたのその名前は本名ではないと思うんだが、どうせゲームでも実名に近い名前を使っているから本名でやらせてもらおうかな」
特に操作はしていないが、アバターがゆるりと剣を構える。
「俺は香戸賽子*(こうど だいす)。ゲームが趣味の、ほぼニートだよ」
互いに自己紹介して睨み合うこと数秒。
誰かが合図したわけでもないが、ほぼ同時に動き始める。
傘の状態から剣の状態へと変化した向日葵の剣戟は、これまでのものよりも速く、鋭くなっていた。
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