人間様VSチンパンジー
少し時間を遡った頃のラスター陣営では、ミスルム陣営同様の高笑いの声が響いていた。中学生同士、根底に通じるノリが同じなのであろうか。
「フハハ! やはり相手の剣客は食いついて来たな! あんな厨二病患者丸出しのファッションを見れば、奴の思考回路など一目で分かるわ!」
賽子がメアリの方を見ると、青色の液体が差し出された。賽子が目だけで詳細を尋ねると、
「これは魔力回復に適した飲み物です。賽子さんの技は魔力をかなり消費するようでしたので用意しておきました」
「ふむ。中々気が利くではないか」
そう言って、一息に飲み干し、
「まっず! クソ不味いぞ、これ! もっとこう……翼を授けてくれるような感じの飲み物無いの……とか反射的に言っちゃったけど、やっぱりああいうエナジードリンクとかいうやつもあんまり飲まないんだけどね」
賽子の言葉のほとんどを理解できなかったメアリは、理解できた前半の言葉に絞って質問をする。
「薬というのは基本的に苦いものですが……賽子さんの世界では違うのですか?」
「まあ苦いものは少ないかな。と言うより、基本的に味がしないものがほとんどか。……それにしても、これに頼るのは極力避けたい」
別の兵士に頼んで普通の水を飲み、リラックスした姿勢で机に向き直る。
「あの死体が消えるまでにはもう少し時間が掛かるだろう。それまで休憩だ」
時間的な余裕があることを確認して、メアリがどこか恥ずかしそうに賽子に尋ねた。
「それにしても、相手の服装だけで考えていることがわかるのですか?」
自分が賽子に対して抱いていた疑念や愚痴のようなものが全て見透かされているのかもしれない。
最初から、賽子が他人を自分の周りから遠ざけていたのは、他人の思考が読めてしまうからで、引きこもりなどというのは咄嗟についた嘘なのかもしれない。
自分のこれまでの言動や配慮のなさを悔やみながら尋ねたのだが、賽子からの返答は全く主旨の異なる内容だった。
「あれは相手が典型的な厨二病患者にしか見えなかったからだ。単なる知識の問題だ。……とは言え、俺はゲームが中心で、そういう厨二病的な知識は友達から少し教えて貰った程度しかないけど」
その言葉に、メアリは安堵の溜め息をこっそりと漏らす。
「ええと、その厨二病って言うのはどういうものなのですか?」
「ああ、厨二病はまあ、中学校二年生という特定の年齢層によく見られる痛々しい言動を病気と見做したものだ。とは言え、中学校二年生に限らず幅広い年代でも見られるが……時間が経つにつれて患者の数は減っていく」
「はぁ。そんなに患者が多そうなのに思考回路が読めてしまうのですか?」
「問題はそこだ。厨二病患者は、基本的に自分がカッコいいと思ったものを追求していく者であり、アニメやゲームによって一定のスタイルを与えられている。そのアニメやゲームに奴らがカッコいいと感じるものが詰まっているから、自然と似たような厨二病患者が量産されるわけだ。俺たちニートの大半が絶対に働きたくないと思っているように、奴らも大半は似たような言動をとるものさ」
メアリが数秒瞑目して思考を整理させる。
「つまり、彼女たちの思考は何か別の所からコントロールされている……ということですか?」
「理解が早くて助かる。奴らは社会のステレオタイプから外れたものを好むが、厨二病患者のコミュニティから見ればそれがステレオタイプになっているという矛盾した業を背負っているのだよ! ……こういう言い回しをすれば俺も厨二っぽい感じがするだろう?」
「えぇ……」
メアリは思考を半分放棄した。賽子の言葉は微妙にしか分からなかったが、とにかく、賽子のいた世界には変な人が多いのだとだけ理解した。
だが、今必要な情報は厨二病の概要ではない。相手がどのような行動を優先して選択するのか。これを全体で共有することが大事なのであった。
「それならば、あの剣客は今後どのような行動をとると思われますか?」
「まずは、あれだ。さっきの攻撃を見ても分かるように、奴らはとにかく派手な技を好む。だからこそ、こちらは最小限の力で相手の大技を引き出して消耗戦に持ち込めばいい。幸い、あの塚原との連戦になっているから、相手はもうそれなりに消耗しているはずだ」
「なるほど。他には、何かありますか?」
「他は……そうだな、相手の目がオッドアイだったことを考えると、あの金色の目に何らかの特殊能力があると見ていいだろう。俺の視力や聴力が召喚の影響で強化されていることと似たようなものだろうが、いわゆる邪気眼系厨二病というやつだろう」
「はぁ。邪気眼ですか……」
そもそも相手の目がオッドアイだったかどうかも視認出来ていなかったため、完全についていけなくなったメアリは周囲の警戒に意識を戻した。
その横で賽子も再戦の準備を整える。アバターの死体が消えたこともすでに確認している。
新たなアバターをリスポーンさせ、賽子はニヤリと口角を上げたが、やはりアバターは無表情のままだった。
「まあ、じっくり確実にやろうじゃないか」
普段の賽子らしくない控えめな言葉に、メアリは自分の耳を疑って、聞き流すことにした。
両陣営から一直線に剣客同士が突撃を開始する。そして、前線の最も敵味方が入り乱れた場所で激突した。
その衝撃だけで近くにいた兵士がよろめく。
チラリとそれを確認した賽子のアバターが無表情で向日葵に語り掛ける。
「少し場所を変えようか。ここでは君も派手な技を使いにくいだろう?」
賽子には特に派手な技は無かったが、相手に大技を連発させて消耗を誘うための作戦にレイたちを巻き込まないようにするためのこの提案は、あっさりと了承された。
「ククク……良いだろう。この者どもは我らのレベルにはついて来られぬ。だからと言ってわざわざ巻き込むほど我は戦力の無駄遣いを良しとはしないのだよ」
両者が剣(向日葵は傘)を地面の方に向けて歩き始める。
ゲーム内でチートを使わない程度のモラル以上は、仁義もクソも持ち合わせていない賽子だったが、ここで不意打ちをすることはなかった。まだその時ではない。一撃で倒せるまで待つのも仕事のうちだと考えていた。
混戦状態になっていた場所から少し離れた荒れ地で、再び剣を構える。
「貴様……先刻、我の攻撃を受けて死んだと思われていたが、生きているようだな。その技量に免じて、我に名乗ることを赦そう」
仰々しく語り掛ける向日葵のノリに対してもアバターは眉一つ動かさない。
実際は表情を動かす方法がないだけで、操作中の賽子自身は笑いをこらえていた。
対峙して全く反応を見せないアバター相手に気恥ずかしくなったのか、わざとらしい咳払いをして、
「き、貴様! 我を愚弄しているのか! もうよい、名も無き戦士として散れ!」
向日葵の傘による攻撃を受け流しながら、ようやくアバターが口を開く。
「ああ、悪かったな。ちゃんと聞いてたんだけど……」
もったいぶったように間をあける。こういうのは雰囲気が大切だ。相手を上手く雰囲気に乗せて大技ラッシュをやってもらわなければならない。
「どの名前を名乗ればいいのか少し考えていたものでね」
向日葵の動きが芝居がかったようにわざとらしく止まった。続けて、ゆっくりと距離を開ける。そのままアバターから顔ごと視線を外し、
「なるほど。だが我は……」
やっぱり一拍置いて、
「真名以外を名乗ろうとした無礼は許さぬ!」
そう言って闇の炎を大量に纏わせた傘を振り下ろした。
振り下ろされた傘が、その場で何度も高速回転していたアバターによって受け流される。
高笑いをするために若干緩ませていた頬を凍り付かせた向日葵が呆然と見つめる先では、アバターが元気に高速回転を続けながら、たまにジャンプしたり屈伸したりしている。
端的に言って、煽っているのだ。
カクカクとリズムよく動きながら、たまに武器を持ち変えたり上下に腕を何度も振ったりしながら、
「チン♪チン♪パン♪パン♪チーンパンパン♪ ソイヤッ! ソイヤッ! さあ、クソ雑魚ナメクジチンパンジー君はこの動きについて来れるかなぁ?」
アバターが、高速で伏せと起き上がりを繰り返すことによって腕立て伏せをしているような動きになりながら大声で叫んでいる。
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