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賽子の霊圧が……消えた……?

 勝利を確信した向日葵ひまわりは、晴れ晴れとした天を右手の人差し指で差し、左手を腰に添えるポーズを取って、兵士たちからの称賛の声を一身に浴びている。

 ただ、アイリスだけは少女に称賛とは異なった言葉を掛けた。


「向日葵……かなりの大規模魔法を放った後なのですから休養に専念してください。ラスター軍を倒しても、まだ他の国を相手にしなければならないのですよ」


 向日葵はムッとした表情を浮かべたが、すぐに尊大な表情に切り替え、


「我のことはマーセナリーか黒淵虚月くろぶち こげつと呼べと言っておるだろう。……マスターにはあまり強くは言えぬが、真名っぽい名前は伏せるとカッコいいからマーセナリーが良いと思います」


 アイリスが険しい表情のまま向日葵を睨み続けていたため、最後の方は懇願する形となっていた。


「それなら私のことをマスターと呼ぶのをやめる事ですね。ちゃんとアイリスと呼んで下さい」

「何を言っているのだ! 雰囲気が台無しであろう?」


 なおも抗議を続ける向日葵を適当な相槌であしらって話題を別の方向に逸らす。


「ところで、国の方向性として、剣客一人に突撃させるなんて非常識な戦法が採用されると思いますか? あと、マーセナリーってどういう意味でしたっけ?」

「ふん。雑兵の攻撃では死なないという算段だったのではないか? 故に我が直々に手を下してやったというのだ。じきに結果が分かるであろう。……それと、マーセナリーは傭兵という意味だ」


 よくできました、とアイリスが向日葵の頭を撫でる。向日葵は気持ちよさそうに目を細めた。


「答えるの遅かったし、自分でもマーセナリーの意味を忘れかけていたんじゃないですか?」


 ハッとした表情でアイリスの手を払いのけ、


「なっ……そんなことがあるわけないだろう!」


 と顔を真っ赤にさせながら叫んだ向日葵たちの視線の先では、兵士たちが乱戦になっていた。


 ラスター軍の兵士は、剣客を失ったにもかかわらず、いや、剣客を失ったからなのか、士気が高く、ミスルム軍兵士を押し込めているように見える。

 さらに、向日葵の魔術の爆心地となっていた場所の土煙が晴れる時には、ミスルム軍兵士はそちらに視線を向ける者が多くいた。その隙に付け込んで攻めるラスター軍。一般兵士同士の戦いはラスター軍側優勢の展開に向かっていた。


 それでもなお多くのミスルム兵の視線が集まる先には、多くの弓矢が突き刺さり、数名の兵士の槍に貫かれている賽子だいすのアバターの姿があった。

 アバターの顔は、多くの魔術を受けた影響で原形をとどめていない。

 これを見たミスルム軍からは歓声が起こった。


 しかし、それ故にラスター軍兵士のほとんどが剣客の死を悲しんでいないということに気付けた者は少なかった。

 向日葵も例外ではなく、高笑いを続けている。


「クハハ、相手の剣客の死亡を見届けたが故に、少し押され気味な前線の支援でもしてやろうではないか!」


 だが、隣にいたアイリスは、向日葵が見逃した光景をはっきりと見た。


「向日葵。相手の剣客の死体、消えましたよ。どう思います?」


 その言葉に、体の動きをぴたりと止めた。


「相手の剣客の死体が……消えた……? 粋なことをしてくれるではないか! だが、動揺を誘うために相手の魔術師が消したのかもしれぬぞ」

「いえ、むしろ……」


 自分の見解を述べようとしたアイリスを唐突に制し、一言。


「あと、我のことはマーセナリーと呼べと言っておるだろう」


 アイリスが、今言うべき言葉ではないでしょう、と言わんばかりに顔を顰めると、気圧されたのか、


「う、うむ……早く続きを言うがよい」

「私は剣客召喚の儀を任される程度には魔術に通じているので、その立場から言わせてもらいますと、他人があの剣客に向けて魔術を行使した形跡はないと断言しましょう。むしろ、あの剣客自体が一種の魔術的存在であるように見えました。恐らく、魔力の供給が途絶えて消えたのではないでしょうか。……故に、本体は死んでいない」


「え、何それ? 魔術的存在? しかも不死? ちょ、超カッコいいではないか! 完全に設定的な何かで負けておるのではないか?」


 アイリスは面倒くさそうに向日葵の頬をつねったり引っ張ったりしながら声を掛けた。


「今気にするべきことはそこですか? マーセナリー」


 その呼び名に向日葵がハッとしたような表情を見せたことを確認し、頬から手を放す。

 頬を数回擦ってから、向日葵がアイリスの前で片膝をつき、頭を垂れる。


「では、我がマスターよ。何なりと命令をするがいい」

「ええそうね。絶対に負けないで。出来れば相手を倒しなさい。でも、あなたの安全が第一よ」

「フッ。随分と甘いマスターを持ってしまったようだ……だが、仰せの通りに。最高の結果を御覧に入れて見せましょう」


 墨染のような色の傘を頭上に掲げ、馬へと飛び乗る。……無論、仁王立ちで。

 止まっている馬の上では長時間立っていられたが、動いている馬の上では、やはり困難なのか二、三分後に馬から転げ落ちた。

 その姿をアイリスは憂いを帯びた目で見送る。


「向日葵さんの性格は、調子に乗せやすく、実力は素晴らしい。でも、もし、あの性格が相手に見抜かれていたなら、今回はそこを利用されたことになりますね……」


 そこまで考えて、アイリスは首を何度か横に振った。

 あんな珍妙な性格の持ち主なのだから性格を見抜くことは一筋縄ではいかないはずだ、と。


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