初戦
次の日の行軍も、平和なものだった。……午前中までは。
昨日より頻度の増えた偵察兵を何度か倒しつつ進んでいくと、突然、先頭をゆく騎兵が止まった。
賽子はそれを知ってか知らずか、近くの歩兵たちと元の世界での引きこもり生活について談笑している。
これまで行軍中にほとんど口を開かず、黙々と進んでいた賽子が、今日は珍しく談笑している。その姿をメアリは訝しげな視線で眺めていたが、すぐに周囲の警戒のために視線を逸らす。
賽子の様子を見たレイは、偵察兵との戦いも騎兵がほとんど行っていたので緊張感が抜けているのかもしれない、と思いながら先頭集団に尋ねた。
「何があった?」
「相手の兵士が大量に待ち構えています。それに……」
自信無さ気に報告の声が途切れた。レイが自分の目でも確認するために進みながら聞き直す。
「それに?」
「シュロス国だけでなくリヴィア国の兵士の姿も多く見られます」
その声に、談笑していた賽子たちも話すのをやめて前方を注視した。
確かに明らかに装備の色が違う兵士が多く見られた。一部の兵士が持っている旗もデザインが二種類ある。
開けた場所に陣取ったシュロス・リヴィア連合軍はじわじわと広がり、ラスター国軍を包囲しようとしていることが素人の賽子にも明らかだった。
「いかがいたしますか、レイさん」
不安そうな表情を浮かべる部下に向かって毅然と答える。
「まだ進む。若干包囲されつつあるが、相手の誘いに少しは乗ってやらなければ守りを堅くされるだけだ。それに、こちらの誘いに乗ってくれなくなるだろう」
ちらりとレイが賽子の方を確認した。
特に異存がないことを確認して、改めて号令を掛ける。
「これより戦闘態勢に入る! 囲まれるなよ。出来るだけ広がって退路の確保を怠るな!」
兵士たちが叫びながら陣形を整えていく。
声量に乏しい賽子は叫ばずに、ニヤリと口角を持ち上げただけだった。
距離が縮まるにつれて、弓矢などの遠距離武器によって牽制が始まる。
また、この頃になると、賽子だけでなく先頭集団にも相手の剣客の姿が見えた。剣客の強さを考慮して、先頭集団の歩みが遅くなる。
人垣で幾重にも守られている人物は、小柄な……と言っても、周りに屈強な兵士が多いので相対的に小さく見えるだけで、実際には万年引きこもり中学三年生の賽子より少し背が高い程度の少女だった。
鎧の隙間から学校の制服と思われる服が見えている。構えているのは、意外なことにその辺の武器屋が売っていそうな剣だった。
レイが顔を顰めながら無意識に呟く。
「あの娘はどっちの剣客なんだ……?」
その言葉への返答は無いものかと誰もが思っていたが、レイの背後から自信たっぷりの声がした。
「そりゃあ、リヴィアとかいう方の剣客だろ。この前うちに来た方とは別の奴な」
その言葉に兵士たちから動揺の声が上がる。代表して、レイが質問した。
「どうしてそう断言出来る?」
しかし、賽子は不敵な笑みを浮かべたまま、もったいぶったような返答をした。
「それはじきに分かることだ」
「いや、しかし戦略にも関わってくることだから頼む」
だが、賽子はその言葉にも耳を貸さなかった。
「なあに、こいつは俺と相手の我慢比べだ。前を見ろ。そして指揮を取れ。相手の誘いに少しは乗ってやらなければならないからねぇ」
少し前に自分の言ったことを返されたレイは渋々追及をやめた。
伊達に騎士団長を務めているわけではない。切り替えは速かった。
相手の剣客が硬い表情で剣を構えたまま、あまり動いていないことを不審に思いつつも、突撃の号令を出す。
「三、二、一……行け! 騎兵部隊突撃ッ!」
その合図をして、レイ自身も敵陣に突っ込んでいく。
それを見送っている賽子の左頸動脈に背後からの剣が迫ったものの、アバターがその剣を持っている兵士の腕を掴んで止めた。
剣を一瞥して、賽子が獰猛な笑みを浮かべたまま振り返った。
「いやぁ、随分と舐めてくれるじゃないか、シュロス国の剣客さんよぉ」
周りにいた歩兵たちが信じられない、という風に首を小さく振っていた。
その歩兵たちと全く同じ装備をしていた兵士は賽子のアバターに両腕を背後から抑えられていた。
近くにいた兵士が恐る恐る裏切り者の兜を外す。
丸刈りの男は、無言のまま少し目線を伏せ、仲間の兵士の顔を見ようとはしなかった。
「お、おいジョニー……どうしたって言うんだ? 賽子さんも酷いぜ。こいつはどこからどうみてもジョニーじゃないか」
裏切り者は沈黙を守り続けている。気を良くした賽子がドヤ顔で解説を始めた。
「ははあ、あんたたちがどれだけ仲良しなのかは知ったことじゃないが、こいつは昨日までと足音が違っていたんだよ。外見までは似せられてもそこまでは再現できなかったようだな」
兵士たちがざわめく。
「あ、足音なんて道が変わればすぐに変わるはずだろ! 何でそれだけで確信が持てるんだ!」
「まあ、そう言われるだろうな。確かにそれだけでは確証とはならなかったよ。だが、今日君たちに俺の素晴らしきニート生活について話していた時、明らかにこのジョニー君だけ反応が違っていた。わざとこっちの世界で使われていない用語を大量に用いて話していたのだが、君たちのようにただ困惑を浮かべていたところまでは良かったんだが……ジョニー君はいくつかのネタに反応して少し笑ってしまったからね」
それでもかつての仲間と全く同じ外見の仲間に攻撃することを躊躇っている兵士たちに呆れて、賽子が剣を貸すように催促した。
しかし、諦めきれていない兵士の一人が、アバターに捕らえられていたジョニーの、ジョニーたる証を求めていた。
賽子が兵士から剣をもぎ取ったと同時にその兵士が叫ぶ。
「あった! ハイランド国軍とのかつての戦いで負った胸の傷がチラッと見え……ぐはっ!」
報告をしていた兵士を思いっ切り蹴飛ばし、ジョニーはアバターの手を振りほどいて、一般兵には出せないようなスピードの跳躍を繰り返しながらシュロス国側に退却していった。
「レイ! 後ろだ!」
後ろから猛スピードで迫るジョニーの剣を何とか捌いて、レイが兵士たちに叫ぶ。
「今だ! 撤退撤退!」
特注で作られていた、馬に取り付けるタイプの台にマウスとキーボードを置き、アバターによって賽子が撤退戦を支援する。
「賽子君、相手はどう動いている?」
「追いついて来そうな奴らはあらかた片づけた。本隊もじわじわとだがこちらを追いかけてきているみたいだな」
その言葉に満足そうに頷き、周りを見回した。
若干兵力の損失が見られるが、損失の無かった今までの方が珍しかっただけである。
「よし、ではこれより予定通りハイランド国に向けて移動を始める。もし途中から連合軍が追いかけてこなくなったら無理をしてハイランド領に入る必要はないから後方の様子は逐一報告するように」
ある程度の距離を移動してから、レイが賽子に話しかける。話題はやはりと言うべきか、相手側の剣客のことだった。
「シュロス国の剣客がうちの兵士を装っていたなんて全く気付けなかった。申し訳ない……それにしてもよく気付けたね」
「ああ、実は昨日の夜襲の時には気付けていたんだ。俺のアバター越しに人を見れば、そいつがどこの所属か自動的に識別出来るからな。まあ、俺も肉眼のままなら気付けていなかっただろうが」
「相手は特定の人物に完全になりきる能力か。前はサポート系の能力だと思っていたけど、かなり厄介な能力だな……。誰が剣客なのか分からなければ対処が難しいぞ……」
最近ようやくブクマがついてとても嬉しいです。ありがとうございます。
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