「でもFPSやめられないんだけど!」
小説家になろうに投稿するのは初めてなのでよろしくお願いします。今日は12時、19時ごろにも投稿をよていしております。
多くの人々が見守る部屋の中、光と風を放つ魔法陣の前に立っている1人の少女――メアリの声だけが響いていた。汗が玉のように浮かんでは流れていく事にも構わず、少女は朗々と言葉を紡ぐ。
詠唱の最終段階に入り、声に否応なく抑揚が生まれた。
「……魔を絶ち、太平の世をもたらす者……」
自分の声が悲鳴にも似て来たことを自覚し、メアリは反省した。術式に飲まれてはいけない。
これは国家事業なのだから失敗できないのだ。気持ちを切り替えたメアリは冷静に最後の言葉を告げる。
「……偉大なる剣客よ、我らの呼び声に応え、かの地より降臨せよ!」
メアリは魔法陣に一縷の望みを込める。どうか、絶対に負けない剣客様が来ますように、と。
魔法陣から放たれていた風と光が、一際大きくなり、段々収束していく。
光の中に人影が映ると、部屋にいた多くの人々がどよめきの声を上げた。
「これは……マウスとキーボードか。何でこんなところに」
何を言っているのかよくわからないボソボソとした声が聞こえて来た次の瞬間、メアリの微かな希望を打ち砕くかのように、ガシャンと何かが落ちる音がした。
逆光となっていた光が弱まると、剣客の姿が誰の目からも明らかになった。下着以外何も身に着けていないため、その貧相な体格が際立っている。頭に見たこともないものが装着されているみたいだが、今はそんなこと関係ない。
これは完全なハズレクジ。少なくなっても足してくれる人なんていないクジなのに。
失敗した失敗した失敗した……。
この言葉だけがメアリの思考を埋めていく間にも、王国の騎士団たちは、突如現れた下着一枚の不審人物相手でも迅速な動きを見せた。
「動くな! ……おい、変質者。名を名乗れ」
ほぼ全裸の少年を騎士たちが取り囲む光景を呆然と眺めながら、一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか、とメアリは記憶を遡った。
話は数時間前にさかのぼる。
城下町の大通りの人混みを半ば弾き飛ばすような勢いで甲冑を着こんだ騎馬兵士たちが走り抜けていく。その先にあるのは巨大な城。門の前には大勢の人々が待ち構えていた。
騎馬隊と人々の間はまだ離れていたが、待ちかねたのか王冠を被った恰幅の良い男性が叫ぶ。
「おい、会議の結果はどうだったのかね?」
その声に負けじと騎馬隊の先頭の男性が叫び返した。
「下りました!」
その声が聞こえたのか、ざわつく人々に対して、もう一度。
「剣客召喚の許可が下りました!」
王の元に到着した騎士たちが跪きながら詳細を報告した。その報告を聞き、王が神妙な面持ちで相槌を打つ。数秒の沈黙が流れた後、王が近くに控えていた少女に、語りかける。
「頼んだぞ、メアリ。この戦争の行方はお前に掛かっている」
「……はい。スティーブン様」
メアリの返答の声は低い。少女に課せられる使命の重さを知っている人々の表情も明るくは無かった。
このような光景が見られたのはこの国に限ったことではなかった。ここプラモンド大陸に存在している他の六つの国すべてにおいて例外は無かった。
剣客召喚。それは千年前に行われ、それ以降プラモンド大陸七か国による合意で禁じられていた魔法。千年の時を経て剣客召喚解禁が提唱され、ついに七か国の満場一致で承認されたわけである。
そして、取り決めに従って各国は本日、同時に剣客召喚を行ったのである。
しかし、それが国家の存亡が掛かった一大事だとしても、遠く離れた異世界――現代日本に住む者たちにとってはどうでもいいことだった。
「ちょっと! そろそろ部屋から出て来なさい! 修学旅行に間に合わなくなるわよ!」
「そろそろ試合が終わるからちょっと待って!」
薄暗い部屋の中でパソコンに向き合いながらドアの外目掛けて少年が叫ぶ。
「あんた何でこんな日まで朝からゲームしてるのよ!」
相手の声がくぐもって聞こえているのは、ドアを数枚隔てているからだろう。
少年の着けているヘッドホンからおっさんの声が複数流れ込んで来た。
「ダイス、おめぇ今日修学旅行かよ! 昨日の昼間からずっとやってるじゃねぇか」
「ニートのアンタもだろ。つーか修学旅行に興味ない学生って珍しいよな。こんな試合、最後までやらずに途中抜けすれば良いのによ」
ダイスと呼ばれたニートのおっさんとニートじゃないおっさんに纏めて言葉を返す。
「うるせー。修学旅行だけ都合よく学校に行く奴とか悲しすぎるだろ。全然知らない奴と何日も知らない所に行きたいか?」
ダイスが喚きながら操作していたキャラが超遠距離からの銃弾に倒れた。
「クソ芋スナイパー死ね! ……ちょっとずつ制服に着替えるか……はぁ~~~~~~~~~」
先ほどの男たちの笑い声が沸く。
「クソデカ溜め息長過ぎィ! さっさと着替えて、どうぞ。で、どこ行くの? ……あっ、俺もキル取られた。この部屋回線重くね?」
「重い重いって、いつも言ってんな。もう114514回目なんじゃね? ……あれ? そういえば先生と親だけがやりとりしているからどこに行くのか聞いてないぞ」
喋りながら部屋着を脱いでゲームを再開させる。この間数秒。制服を着るのはこの試合が終わってからで十分だ。親の声も段々近づいてきているが、ドアの前ではない。まだ焦る時間ではないのだ。
ふと、ゲームの操作に心血を注いでいたダイスの視界の端に何かが映った。
「ん? 部屋に何かあるんだけど。ファンタジーの紋章みたいな何かが光っているんだけど?」
ダイスの言葉に対してヘッドホンから笑い声が返ってくる。そりゃそうだ。不登校の中学生の部屋に魔法陣が突然出現したとしても誰も信じるわけがない。
最初は特に気にならなかった光がだんだんパソコンのブルーライトよりも眩しくなり始め、修学旅行に関しては全く焦りを見せなかったダイスも流石に焦燥感を感じ始めた。
「あ? これヤバくね? ヤバいヤバい。すっげぇ光ってんだけど! でもFPSやめられないんだけど!」
ヘッドホンを通して大爆笑の声が聞こえて来る。母親の声もかなり近くなっていた。
「ちょっと! 本当に怒るわよ! 早く出て来なさい!」
試合自体がもうすぐ終わりそうだったので母親に対しては無視を決め込む。しかし、ゲーマーにとって無視し切れない出来事が起こっていた。
「エアコンつけてないのに何か風が巻き起こってんだけど! ヤバい、パソコン倒れる! 命より大切なパソコンだぞ。マジで! でもやっぱりFPSやめられないんだけど!」
「おー、試合終わったな。ダイスの部屋で何が起こってるのかは知らんが修学旅行楽しんで来いよ。あと土産よろしく。リーダーには適当に説明しておくわ」
「おいニート、年下にナチュラルにお土産を頼むな。大体どうやって俺らに渡すんだよ。またうちのクラン≪P&V≫のオフ会か? まあいいや。早く行ってやれ。母ちゃんの声がこっちでもうるさいレベルだぞ」
「達者でなー。ニートの俺はニートらしく《魔法少女プリティ★ナイン》の最新話録画しているやつ見ますわ」
部屋の状況に冷や汗をかきつつ、何でもないように返事をする。
「いいなー、本職のニートいいなー。久々に学校行ってくるわ。じゃあな」
適当に返事をしつつゲームを終了させた瞬間、部屋中が青白い光に包まれた。
評価や感想などを貰えると励みになります。