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魔王様と

魔王様とお姫様

作者: 福耳 田助

※この作品は以前「魔王様と○○」というタイトルで出していた一話読み切り形式の連載作品の第二話と同じものを、そちらが全く進まなかったので短編として投稿しなおしたものです。

前作に当たる短編、「魔王様と宰相さん」をご覧いただいてからお読みください


 その日、魔王城にはいつもとは違う光景が広がっていました。


 魔王城の廊下、そこに佇むのは魔王様と宰相さん、そしてお勤め中の使用人と衛兵たち。

 そこまではいつも通りです。

 しかし決定的に違うところがいくつかありました。 


まず常ならば堂々仁王立ちの魔王様が、腹を押さえて蹲り、痛みに悶えています。 

 宰相さんは普段の冷静さは何処へやら、小動物ぐらいならそれだけで死んでしまいそうなほどの、途轍もない怒気と殺気をばら撒きながら、虫けらを見るような目で魔王様を見下ろしています。 

 宰相さんの殺気に当てられた衛兵たちは全身から冷や汗を流しながら硬直し、使用人たちに至っては恐怖のあまり意識を失う者すらいるほどです。


 そこまではいいのです。

 いえ、よくはないですが、そこまで大きな問題ではありません。

 年に三回ぐらいはあることです。


 最大の問題は魔王様の隣に立つ、魔族領には存在しないはずの人間種の女性でした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 事が起きる少し前、宰相さんは額に青筋を浮かべ、怒りを滲ませながら足早に廊下を歩いていました。

 執務室にいるはずの魔王様が消えたのです。

 別に誘拐されたとか失踪したとかそういうことではありません。

 机の上には置手紙が残され、そこにはこう書かれていました。


『仕事に飽きたので息抜きにちょっと出掛けてきます』


 見た瞬間に思わず手紙(それ)を破り捨ててしまった宰相さんは悪くないと思います。


 すぐに城下に“魔王様捜索隊”を放った宰相さんですが、2時間たっても目撃情報すら入ってきません。

 いくら城下が広いとはいえ、有名人で非常に目立つ魔王様が歩いていればかなりの数の目撃者が出るはずです。

 それが一切無いということは、転移魔法を使って王都の外に出た可能性が高いということです。


 この時点で、魔王様を見つけて連れ戻すというのは実質不可能になりました。 魔族の中には優れた探査能力を持つ者もいますが、いくらなんでも広大な魔族領全域から魔王様一人を探し出すのは無理があります。

 時間を掛ければ出来なくはありませんが、いくらなんでもその前には帰ってくるでしょう。


 止むを得ず捜索隊は解散させ、怒り冷めやらぬ中、とりあえず自分の分の仕事だけでも終わらせるベく執務室へ向かう宰相さん。

 帰ってきたらどうしてくれようか、そんなことを考えながら廊下を歩いていると…。


「お~い、宰相~」


 後ろの方から聞きなれた、能天気な声が聞こえてきます。


 ビキビキ


 宰相さんの青筋がやばいレベルです。

 いい加減血管が切れそうです。

 とりあえず一発ぶん殴ろう、そう考えながら振り向こうとする宰相さんですが…。


「…っ!」


 その瞬間宰相さんの体にすさまじい悪寒が走りました。

 振り向くな、振り向いてはいけない、そう全身が訴えかけて来るのです。

 長年魔王様に振り回され続けてきたが故か、宰相さんの第六感は対魔王様に限り、神懸かった的中率を発揮します。

 基本回避出来ないことばかりなのでちっとも役には立ちませんが。


 今がまさにそうで、一応仮にも主君として形だけは忠誠を嫌々誓っている相手に名指しで呼びかけられて、まさか無視して逃げ出すわけにもいきません。

 普段があれでも、魔王様は魔族の最高実力者にして最高権力者なのです。


 なまじ優秀な頭脳を持つがゆえに、どう足掻いてもこの場を回避することが不可能であると、瞬時に悟ってしまいました。


(ならばこうしていても仕方がない、可能な限り現状を把握し、早急に対処せねば…!)


 そんな悲痛な覚悟の元、意を決して振り返ると…。


「…っ!?!?」


 振り向いたその先にあった、あまりにも予想外すぎる光景に、完全に思考停止に陥る宰相さん。


 そこには二人の人物が立っていました。


 一人は当然魔王様。

 王城という、ある意味魔王様のプライベートスペースともいうべき空間にいるためか、素のままの締まりのない能天気な笑顔を浮かべています。

 そしてその隣に立つ一人の女性。

 この女性の存在こそが(魔王様が関わらない限りは)冷静沈着を地で行く宰相さんを大混乱に陥れた元凶でした。


 魔王様が女性を連れていること自体は別にかまいません。

 即位してそれなりに経つのに未だに婚約者すらいない現状、いくら適齢期の長い魔王族と言えど、早くお妃を、お世継ぎをとなるのは当然です。

 魔王様自身、女といるより男友達と馬鹿やってる方が楽しい、とか本気で言っちゃうタイプなので重臣たちも大いに頭を悩ませていました。

 それを魔王様が自分で相手を選んで連れてきたというのであれば、よほど問題のある女性でもない限り大歓迎です。


 人間国家であればありえないのでしょうが、魔族は王族貴族平民問わず、恋愛結婚推奨です。

 魔族は実力主義かつ実利主義であるため、相応しい能力があれば、あるいは身に着けるべく努力さえすれば身分の差は大した問題にはなりません。

 事実平民から魔王に嫁いだ女性、というのは歴史上それなりの人数がいるのです。

 只の町娘や村娘が王様のお妃様に、そんなお伽噺のような話も、魔族の間では一般人が芸能人と結婚、という程度にはリアリティーがあります。


 では一体何が問題なのかといえば、端的に言ってその女性は魔族ではありませんでした。

 この大陸では魔族以外の人型知的種族を総称して人間種と呼びますが、その中でも最大勢力であり、4大人間種と称される一角、ヒト族、ドワーフ族、獣人族とならぶ、エルフ族の女性だったのです。


 魔族領と人間領にはお互いに相手種族は存在しません。

 そもそも人間は魔族を怖がるし、魔族は人間に興味を持たないので殆ど交流もないのです。

 もちろん全く無い訳ではなく、領境付近であれば個人単位、村単位での細々とした商取引や交流などは行われています。


 しかし国単位では一切のやり取りが無く、それは人間側に原因があります。 500年前人間が攻めて来た時、現魔王様のお爺ちゃんである先々代魔王様が、先代勇者やら人間の王達やらに色々やった結果、半永久的な相互不可侵条約が結ばれたのです。

 不可侵条約とはいえ商取引まで禁じている訳では無いし、ほとぼりが冷めたら交易で資源を流通させるぐらいはいいか、と先々代様は思っていたのですが、魔族、というか魔王の存在が人間の王族の間で完全にトラウマになったらしく、現代に至るまで全く関わってこようとしません。

 魔族にとっては人間と交流が無くても困らないし、わざわざ魔族側から歩み寄る理由もないので、ほったらかしになっている訳です。


 そういった理由からお互いの領域に、お互いの種族は存在しないはずなのですが、そのいない筈の存在が、辺境ならまだしも王都、しかもその中枢たる王城にいきなり現れた訳ですから宰相さんの混乱も無理からぬ話です。

 しかもそれだけならまだしも、この女性、どう見ても一般人ではありませんでした。


 年の頃はヒト族でいえば10代の後半

 どこかまだあどけなさを残しつつも美しく整った顔立ち

 エルフ特有の長い耳が覗く煌く金糸のようなロングヘアに、白磁にも優る滑らかな肌

 女性としてはやや高めの身長と、メリハリの利いた肢体とが相俟って描かれる、まるで芸術作品のような魅惑的なボディーライン

 決して華美ではないが、洗練され磨き抜かれたデザインに最高品質の素材を惜し気もなく使われたドレスと、そのドレスと完璧に調和するアクセサリー

 最高級の翡翠にも似た瞳には強い意志の光を湛え、その全身には人の上に立つ者の覇気とカリスマを纏っている


 お姫様です。

 誰が何と言おうとも、紛う事なきお姫様です。

 むしろこれでお姫様でなかったら、誰がお姫様なのかというレベルです。


 人間の、お姫様。

 そう認識した瞬間、宰相さんの脳裏に甦るのは数日前の魔王様のバカ発言。


『いやな、魔王としては一度くらい人間のお姫様を攫ってくるとかした方が良いのかなって』


 まさか、あの魔王様と言えど本当にそんなバカなことをするはずが…。

 いやしかし、あの魔王様ならばあるいは…。


 そんな風に激しく懊悩しながらも、どうにかこうにか覚悟を決めて魔王様に問いかけます。


「その、女性、は、どなたでしょう、か…?」


 声を若干震わせつつもなんとか絞り出された問いに対し、魔王様は…。


「お姫様、攫ってきたぞ!」


 実にいい笑顔で、そう、答えたのでした―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 瞬間、宰相さんの体が動きました。

 全身余す所なく魔力強化を施し、腰だめに構えた拳にありったけの魔力をこめて、かなり本気の殺意を乗せた渾身の一撃を、魔王様の鳩尾に叩き込んだのです。


 ズドンっっ!!!


「ふぐぅおっ!?」


 ミサイルの爆撃のような轟音を響かせつつも、周囲には被害を出さないよう調整された絶妙の魔力操作によって、その破壊エネルギーすべてが魔王様の腹部に収束されました。


「ぬぐおぉぉ……!」


 さすがの魔王様もこれには堪らず、その場で崩れ落ち腹を押さえて悶え苦しんでいます。

 ちなみにこれは魔王様と宰相さんという取り合わせだからこそ、この程度で済んでいるのです。

 もし宰相さん以外の者が同じだけの魔力で、同じような攻撃をした場合、周囲に強烈なソニックブームが撒き散らされ、城の一角は崩壊し、エルフの女性はじめかなりの人数が巻き添えで死んでいたでしょう。

 受ける側も、もし人間種や並みの魔族がこの攻撃を受けたら、あたる前にそのソニックブームだけで全身が爆散しています。

 この一見ボケとツッコミのようなやり取りも、実は世界の頂点に近い者同士の凄まじく高度な攻防だった訳です。 傍目にはやっぱりボケとツッコミにしか見えませんが。


「…おい、いまなんつった? あ? こら」


 若干巻き舌気味の発音で凄みながら、蹲る魔王様をつま先で小突く宰相さん。 何という事でしょう、宰相さんがチンピラのようです。

 しかし実はこれが宰相さんの素だったりします。

 ごく親しいものしか知らない、城では決して見せない筈の姿ですが、もはや取り繕う余裕はないようです。


「言ったよな? 王族の誘拐なんかしたら戦争になるって。 お前戦争ヤダっつったよな? なにか? ホントは戦争したいのか? 人間相手に戦場で無双して魔王様パネェとか言われたいの? つーか今から戦争の準備したってどんだけ金と時間掛かると思ってんの? 予算何割吹っ飛ぶと思ってんの? 馬鹿なの?いや、馬鹿なのは知ってたけどそこまで底抜けだったの? …何とか言ってみろごるあ!!」


 完全にチンピラです。

 やたらとどぎつい派手な柄のシャツを着てそうな感じです。


 本来であれば魔王様を相手にこんな態度が許されるはずがありませんが、ブチ切れていることに加え幼馴染の気安さゆえか、遠慮も容赦もありません。

 周囲の使用人や衛兵達も、宰相さんのあまりの迫力に止めに入ることもできません。

 それどころか衛兵たちにすら失神者が出始める有様です。


「もし、よろしいでしょうか?」


 もはやだれにも止められないかと思われた宰相さんの暴虐。

 それを止めたのは、これまで黙って事の成り行きを見守っていた、あのエルフの女性でした。


「どうか魔王陛下を責めないで下さい。 陛下は私どもの命をお救い下さったのです。 それで陛下が讒言を受けるならば、その責めはどうぞ私にお願い致します」


 その言葉に宰相さんは僅かに眉を動かし、意識を保っていた衛兵達の眼が驚愕に見開かれます。


「す、すげぇ…!」

「今の宰相様相手に…!」

「まじかよ…!?」


 ありえないほどの殺気を振りまいている宰相さんに対し、僅かな怯えすら見せず毅然とした態度で言葉を重ねる女性の姿に、驚嘆と尊敬の眼差しを向ける衛兵達。

 自分が“凄い”と思える相手は素直に尊敬する、そんな割と単純な魔族達です。


 対して宰相さんは、女性に向き直ると同時に深く息を吐き出し、殺気と魔力を引っ込め意識的に心を落ち着けます。

 これ以上魔王様をいびるより彼女から話を聞いた方が良い、という判断と、彼女に興味が湧いたためです。

 ちなみに、宰相さんの殺気が無くなったため、ようやく動けるようになった衛兵たちが意識を失った者たちを素早く回収していたり、魔王様がまだ蹲って、軽くシャレにならないレベルでダメージを受けた内臓の回復に集中していたりしますが、宰相さんも女性もスルーしています。


「…大変お見苦しいところをお見せしました。 私は魔王陛下の下、魔王国の政務を取り仕切っております、宰相でございます。 差支えなければ、先ほどのお話の事情と、御身の出自などお聞かせ願えますでしょうか」


 その雰囲気と立居振る舞いから、既に彼女が何処かの国の王族、あるいはそれに近しい立場にあると確信しているが故に、貴人に対する礼を尽くした態度で接する宰相さん。

 先ほどまでのチンピラじみた様子からは想像もできない姿です。


「こちらこそ、名乗りもせずに申し訳ありません。 私は人間領の西端、エルフの国家“西方国”の王族、その末席に名を連ねております、第3王女でございます。 挨拶が遅れてしまいましたご無礼、どうぞご寛恕くださいますようお願い申し上げます」


 見事なカーテシーと共に告げられたその素性には、驚きよりも“やはり”という納得の感情が先に立ちます。


 それから始まるお姫様の話ですが、内容を要約すれば―――


 留学先であるドワーフ国家“北方国”から、父王が倒れたと知らせを受け国許へ帰るその移動中、百人近い賊に襲われもはやこれまでか、という所を魔王様に助けられた


 というものです。


「あの賊は、おそらく兄達か姉達の内の誰かの差し金でしょう。 私に帰ってきてほしくないのだと思います」


 実は今西方国では、国王が病に倒れたことで、後継問題が起こっていたりします。

 西方国の現国王には王子が二人、王女が三人いますが、次期国王はまだ指名されていません。

 順当にいけば長子である第一王子で決まりですが、ここでお姫様、つまり第3王女が出てきます。

 お姫様は兄や姉達よりもはるかに優秀だったのです。


 他の王子王女も無能ではありませんが、お姫様はモノが違いました。

 貴族達の中には、お姫様を次期女王として推す声もあるほどです。

 そんな状況で、兄や姉達が危機感を覚えるのも無理はありません。


「ですが私は、あの国の王位になど全く興味はありません。」


 実はお姫様は妾腹であり、その母親は平民出身の侍女でした。

 父親である王様が遊びで手を付け、結果身籠ってしまったがために、止むを得ず側室として迎え入れられたという経緯があります。

 当然他の側室達とも、その子供である異母兄姉達とも仲は最悪です。

 貴族も国民も、そんな親子から距離を取り、触れないようにしていました。

 これでは故国に対する愛着も、身内に対する情も生まれるはずがありません。

 それでも母親を始め、ごく一部の使用人や兵士はきちんと接してくれていたため、何とか真っ当には育つことが出来ましたが。


「留学もあの国を離れたかったが為の事でした。 成人したら王籍を抜けて、母と共に一平民として北方国へ移り住むつもりだったのです。 もっともこんなにも早くこんな事になるとは思いませんでしたが」


 苦笑しながら話すお姫様からは、こんな状況にも関わらず悲壮感等は感じられません。

 それが少々引っかかった宰相さんは、遂に核心を訪ねてみることにしました。


「事情は理解できましたが、それで何故この国へいらしたのですか? この先どうするにしても、一刻も早く国許へ戻られるべきかと思いますが」

「…それは…その」


 途端にお姫様の態度が一変しました。

 さっきまでの凛とした態度は霧散し、白い肌を真っ赤に紅潮させて、チラチラと魔王様に視線を向けています。


「そ、その…この先どうするべきかと考えていたら、陛下があの、い、一緒に国に来い、と言ってくださって…」


 その様子から、それが単に移住を誘う言葉でない事は明白です。


「…陛下?」

「いやぁ、なんつーの? 一目惚れってホントにあるんだなーって」


 照れ笑いを浮かべながらそう言い放つ魔王様に、もはや宰相さんも何と言っていいかわかりません。


「その…私も、賊に襲われているところを、颯爽と助けて下さったお姿を見て…」

「って、あんたもかよ!」

「つーわけで彼女と結婚したいんだけど、まず何からすべきかな」

「畳み掛けるなぁ!!」


 しかし魔王様の本気の目を見て、これは止めるのは不可能だと悟ってしまった宰相さん。

 溜息を吐きつつ、これからどうするかを提示します。


「…まず王女殿下には国を捨てていただかなければなりません」

「それは問題ありませんわ。 元々母意外にはさして未練も愛着もない国ですし」

「と言っても、まさか人間の国で『魔王と結婚するために国を捨てます』とは言えません。 なので襲撃の事実を利用して、殿下の死を偽装します。 壊れた馬車と、錬金術ででっち上げた死体を転がしておけば大丈夫でしょう」

「あの、出来ましたら母もこちらへ連れてきたいんですが…」

「それでしたら御母堂にも死を偽装していただきます。 娘の訃報を知っての自殺、とでもしておきましょう。 御母堂ご自身は魔族の中でも隠密能力に長けた者に連れ出させます」

「おお、さすが宰相。 サクサク決まるなぁ」

「黙ってろ、ぶっ殺すぞ…人間側はこれでいいでしょう。 次に魔族側ですが、こちらは特に問題はありません。 魔王の決定に異を唱える者など居りませんからね。 内心不服な者はいるかもしれませんが、これは殿下御自身で認めさせて頂くしかありません」

「承知しております。 何としても認めていただけるよう、努力いたします」


 それからも、これからとるべき行動や起こりうる問題、それらに対する対処などを次々に挙げていく宰相さん。

 考えを巡らせているうちに頭が冷えたのか、いつもの冷静さを取り戻しています。

 そうして冷えた頭で考えれば、今回の話も宰相さん含む重臣達が頭を悩ませていた魔王様の嫁取り問題が解決すると思えば、それほど悪い話でもないかもしれません。

 長年の魔王様との付き合いのお蔭か、すっかり“良かった探し”が得意になってしまった宰相さんです。


「私からはこんなところですが、他に何かありますか?」


 思いつく限りのことを話し終えると、確認の為お姫様と、一応魔王様にも尋ねます。

 するとお姫様が…


「あの、実は彼女が…」


 そう言って後ろに控えていた侍女(実は最初からずっといた)に目を向けると、それを受けて侍女は一歩前に出て恭しく一礼します。


「ご挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません。 私は王女殿下付きの侍女でございます。 僭越ではありますが、私から宰相閣下にお願いがございます」

「…何でしょう?」


 この時点でまたも若干嫌な予感を感じた宰相さんですが、とりあえず聞き返します。


「私も、姫様と共にこちらへ置いてはいただけないでしょうか」

「…理由をお尋ねしても?」

「私が忠誠を誓っているのは姫様只お一人であり、あの国や、あのバカ…、国王などではないからです」


 黒い本音を滲ませつつ語った侍女さんの事情も、お姫様と同じようにテンプレなものでした。

 侍女さんの実家は政権闘争に敗れた没落貴族で、父は失踪、母は心労に倒れて間も無く亡くなり、領地も家も失い、路頭に迷う所をお姫様に侍女として拾われ救われた、というものです。


「途方に暮れる私に、手を差し伸べて下さったのは姫様だけでした。 あの日あの時より、私の忠誠のすべては姫様の為にあります。 決してあのバカなどではありません」


 もはや本音を隠す気もないようですが、その言葉からは確かな忠義を感じました。

 これは絶対に退かないな、と思わせるだけの強い炎のような感情です。

 溜息を吐きつつも、まぁもう一人くらいならと思っていたら…。


「護衛の兵士の連中も同じようなこと言ってたぞ。 お姫様に命を救われたとか、誇りを取り戻させてくれたとか。 なんつーか、地の果てまでもお伴するって感じだったな」


 一人どころかだいぶ増えました。

 

「やりゃぁいいんだろ、やりゃぁ!!」


 もはややけくそな宰相さんです。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 それからひと月、宰相さんの不眠不休の激務の末、とうとうお姫様一行の目的は達成され、親子共々無事に魔王国へ移り住むことが出来ました。

 今では毎日を幸せそうに過ごし、婿姑(むこしゅうとめ)の仲も良好です。

 エルフ故にまだまだ若々しいお義母さんは、これから始まる第二の人生を存分に楽しんでいくつもりのようで、まずは真っ当な恋愛をする、というのが当面の目標だそうです。

 何とも逞しい女性で、初めて会った宰相さんはお姫様と見比べ、『ああ、親子だな』と思ったとか。


 一方で魔王様とお姫様の結婚ですが、さすがに今すぐというわけにはいきません。

 表立ってではないとはいえ、それでも反対意見は少なくないからです。

 その為一先ずは婚約者扱いにして、お姫様の地盤固めを行うことにしました。

 まずはお姫様の立場を確固たるものとし、憂いを失くしてからということになったのです。

 魔王様はブー垂れてましたが、宰相さんからは殴られ説教され、お姫様からはやんわりと窘められ、渋々認めたようです。


 しかしそれも案外早く済むかもしれません。

 顔見せと味方作りを兼ねて、魔王国の社交界(一応魔族にもある)に積極的に顔を出しているお姫様ですが、一度そういった場に出るたびに、どんどん味方を増やしています。

 中には侍女さんや護衛兵士たちと同じレベルで信奉する者も出始め、遂には魔王国有数の実力者であり、その気難しさと厳格さで知られるとある公爵すらも味方に引き入れ、魔王国内に一大派閥を形成してしまいました。


 この間僅か半年、地盤固めに数年は掛かるだろうと思っていた宰相さんの予想は完全に覆され、お姫様はその能力と人格を存分に示したのです。

 ここまでしてしまうと普通であれば警戒されるところですが、実力者や優れた者は認めるという魔族の性質と、内外に知られた魔王様とのラブラブっぷりからそういった問題も殆ど起きませんでした。

 殆どということは多少はあったということですが、それらはお姫様の信者たちが自主的に処理しました。

 色々な…そう、色々な方法で。


 ともかくそういった紆余曲折を経て、魔王様とお姫様が出会ってから一年後、二人は国中から祝福に包まれる中でようやく夫婦として結ばれました。


 このさらなる半年の間には、先代魔王様に結婚を認めさせるための最強親子喧嘩が起きたり、魔王様がお姫様に送る結婚指輪の材料を獲りに竜王の巣に乗り込んだりと、まだまだ宰相さんを悩ませる問題が多発したのですが、その話はいずれ機会機会があれば―――




 西方国―――ヒト族の東方国、ドワーフ族の北方国、獣人族の南方国と並び4大国と称される人間領最大国家の一つ。 大陸の三分の二を占める人間領の内、最西端に位置するエルフ族の国。 一応海沿いの立地ではあるが、その大半は切り立った崖になっており水産業などは殆ど行われていない。 国土の大部分を森に覆われた森林国家。 都市などは樹に寄り添うよう、共生するように作られている。 主な産業は僅かな平地で行われる農業と、森で集められる採集物を主要品目とした交易。 西方国産の農作物は数は少ないが高品質の高級作物として高値で取引されている。 政治形態は議会制。 その議会は議長を兼ねる国王と、各氏族の代表者によって構成されている。

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