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処決屋ユキの出入帳  作者: 揚旗 二箱
正義は路地裏で踊る
9/81

秩序を乱す『星』

 二人の警官との取引をまとめて戻ってきたユキは店の前にアッシュの姿を確認した。夜の暗がりと店から漏れる明かりが、彼女の暗めなグレーの髪と色白な肌との対比を際立たせている。


「お帰りなさい。ユキ店長」

「アッシュ、お留守番ごくろうさま」

「実は私もリリィさんに店番を頼んでていま戻ったばかりです。それよりもユキ店長、珍しくお客さんが来ているみたいですよ」


 アッシュがくいくい、と親指で店のドアを指す。つられてユキはドアの方へ注目するが、なぜ無音なのだろう。接客中に無言になるのはなるべく避けた方がいいとは言ってあるはずなのだが。


「もしかして僕に?オーダーメイドの銃を買いに来たひとかい」

「そんな物好きな人がこの国にいるはず無いじゃないですか。ふざけた妄想は大概にしてくださいよ、子供じゃないんですから」


 ユキにとって自分より背の高いアッシュに上から、しかも冷静に言われるとわりと本気で心にくるものがある。ふざけた妄想とまで言われると本当に彼女がここの従業員なのかすらも信じられないが、彼女はいつもの軽口のつもりなのだろう。


「そこまで言わなくてもいいじゃん……」

「ささ、しょげていないで早く中に入ってください。リリィさんの紹介で、私と入れ違いに店へ来た方です。なにやら役に立つ情報を持っているとのことですから」


 ユキのつぶやきを無視したアッシュが背中を押す。促されるままにドアを開けると、店の床に膝まづいている男とその前で仁王立ちするリリィの姿が目に入った。どうやら床に膝まづいている彼が客のようだが、なぜ脅されているようにしか見えないのだろうか。


「あの、ユキ店長」

「一応言い訳を聞こうか、アッシュ」

「私が出たときからこうだったわけではありません。私の責任にするのはやめてください」

「はぁ……リリィ!」


 即座に保身に走ったアッシュとお客さんを扱うのが下手すぎるリリィに、ユキは数日分の疲れを一度に背負い込んだような気分になった。思わずため息が出る。


「アンタどこに行ってたのよ?せっかくのお客さんをずいぶん待たせちゃったじゃない」

「とりあえず、お客さんを事務室に通して差し上げなさい。どういう経緯(いきさつ)か知らないけれど、お客さんを床に座らせるなんて言語道断だよ」




 というわけでユキ、アッシュ、リリィそして床に膝まづいていた男ことアルトゼは事務室に移動し席についた。ユキとアッシュが同じ側、リリィの隣にアルトゼがいる。

 さながら集団面接のようだが、目の前の焦げ跡にすら怯えるアルトゼにとってはリリィの隣にいるだけで自白を強要されているような気がしていた。リリィの側から伝わる明らかに体温ではない熱がそれに拍車をかける。


「はじめまして。僕はこの店『処決屋』の店長をやっています、ユキと申します」

「そして私が副店長のアッシュです」

「アッシュ、君はいつそんな肩書きを……まあいいや。お客さん、お名前をうかがってもよろしいですか?」

「あ、ああ。俺はアルトゼ・スレトゥンです。一応、元ラスティ・ダイヤモンドのメンバーで、今はバイトして生活してる……っす」


 アルトゼはなんとか噛まずに自己紹介を終える。

 リリィの態度からは想像もつかないほど落ち着いた店長と副店長だ。だがなんとなく分かるのは、この二人があのとき自分を脅していたリリィに声をかけた二人であろうということ。つまりとんでもない実力者なのだ。

 ますます胃が痛くなる。アルトゼは今更ながらに強者しかいないこの場に自分のような凡人がいることに緊張してきた。


「そんなに気を張らなくてもいいよ。そうだね、敬語も疲れるしこれからは普通に話そうか」


 そんなアルトゼの緊張を察したユキはなるべく明るい声で提案した。実はユキ自身敬語が苦手で、接客の場面でも許されるのなら失礼にならない程度に言葉を砕いている。


「ほら、あいつもああ言っているしお前も遠慮せずに話しなさいよ」

「お、おう……」


 未だ表情が強ばっているアルトゼ。ユキはそれを察してリリィに指示する。


「リリィ、君は敬語を使いなさい」

「私だけ!?」

「君の口調は時に攻撃的だ。アルトゼさんが怯えるといけないし、敬語の練習だと思ってさ」

「わかっ……わかりました!」


 ユキとリリィのそんなやり取りを見てようやく緊張がほぐれてきたアルトゼ。

 どうやらこの店長が同席している限りはリリィに怯える必要はないらしい。何となく、この店での力関係が分かってきた。きっと副店長のおねーさんもリリィよりは強いのだろうし、もしかしたら店長よりも彼女の方が強いのかもしれない。


「さて、アルトゼさんは何か有用な情報を持ってきてくれたんだよね。さっそく教えてくれないかな。謝礼はその内容次第で変わるよ」

「えっ、謝礼?お金を貰ってもいいんすか」

「役に立つ情報であれば僕らは対価を支払うのが当然だよ。あなたの『商品』を、僕らが『買う』わけだからね」

「ほ、ほぇー」

「もちろんこれはビジネスの一貫としての取引だということを忘れないで欲しい。つまり、代わりにといってはなんだけれど情報には一定の責任を負ってもらうよ」


 リリィへの恐怖が彼の行動原則を支配していたために遅れたが、アルトゼはようやく情報をもたらすことはお金になるのだと気づくこととなった。心が弾むような気持ちになったが、表情に出ていたのかリリィから自分へ『調子に乗るな』というメッセージのこもった視線が刺さり、彼は素早く冷静になった。情報は一度表に出るとその価値を失う。出し方を間違えるわけにはいかない。

 アルトゼは再び緊張してきた心臓を意識しながら、重たく口を開く。


「あんたらのリリィ・カーマインが壊滅させたラスティ・ダイヤモンド、つまり俺らの他にラスティ・ダイヤモンドを名乗っているグループがあるのは知ってるか?」

「君らが居なくなったあとを埋めるように最近この辺りで犯罪を繰り返すやつらだよね。よく排除の依頼が来るから知っているよ」

「なら話が早い。俺は元ラスティ・ダイヤモンドってことでよく絡まれるんだが、やつらが帰っていく方向は大体同じということに気がついた。古い地図はあるか?あの廃墟になってた教会も載っているようなやつ」

「はいはい、少々お待ちを」


 アッシュが地図をとってきて机に広げた。古すぎて所々に穴があったり紙が完全に黄色くなってしまっていたりはするが、道案内程度であれば問題ない。


「俺らが活動していたのはこの教会を中心とした古い広場だった」


 アルトゼは教会を指差し、そこから北へ向けて指を滑らせていく。


「で、やつらが帰っていくのはこの方向」


 指が止まったのは今はもう放棄されて教会同様に廃墟と化している住宅街。一軒家よりは集合住宅の方が多く、無秩序な建設計画の爪痕として複雑怪奇な路地が血脈のように走る。


「この辺りがやつらの縄張りだ。ここまではいいな?」

「うん。問題ないよ」

「住宅街に帰っていくなんて、まるでそこに彼らの本当の家があるみたいですね」

「アッシュさん、その通りなんだ。ここにはそして、奴らの家とも呼ぶべき本拠地が存在する」


 やや食いぎみにそう言ったアルトゼの指はするりと移動し、周囲に比較してやや大きい敷地をもつ建造物で止まった。


「廃工場だ。ここが奴らのアジトになっている」

「……少し質問いいかい?」


 ユキはアルトゼの指差す紙面の廃工場を見ながらそう切り出した。どうぞ、とアルトゼが促すと、ユキは「正確にはまず質問をするための質問だね」と前置いて言う。


「実は僕は今日、ある大きな依頼を受けてきたんだ。その中身に言及しながらの質問になるから、アルトゼさん。あなたをこの依頼に巻き込まなければ話ができない。謝礼はこの質問の答え次第だ。だから、どうする?」

「どうするって?どう意味だ」

「もし秘密が守れなかったらあなたを含む秘密を知った人たちを『口封じ』することになる。それでも情報提供を続けてくれるかい?」


 ユキの言葉にアルトゼは躊躇った。別に秘密を漏らすつもりはないが、責任を負うという行為そのものが彼の心に負担をかける。

 もし間違えてその秘密とやらを漏らしてしまったら?考えるだけでも恐ろしい。


「……ん、あっつ!?」


 黙りこくってしまったアルトゼはしかし、右半身が猛烈に加熱されるのを感じて我に帰った。隣をみると、紅い鱗の出現したリリィの身体に陽炎が揺らめいている。


「何ぐずぐずしてんの。さっきもうすでに私に色々話しちゃってるんだからビシッとしなさいよ。同じことを話すだけでいいし、秘密は漏らさなきゃいい」

「で、でも誰かに尋問とかされたら」

「その時は私が助けに行く」


 リリィがアルトゼの方を向いた。紅色の目が真っ直ぐ彼の目を捉える。


「お前を尋問する敵を炭にしてやる。だから覚悟を決めたら早くしゃべりなさい」


 アルトゼは困惑した。

 隣にいるこの女は本当に自分がかつて相対した化物なのだろうか?違う、むしろこの場において正体の分からない他の二人よりも分かりやすく人間だ。感情に対してストレート、強い正義感。もしかして俺はこのリリィ・カーマインという女を誤解していたのではないか?よく見れば化物の形相ではなく、とても綺麗な顔をしている。その性格同様に、出で立ちまでも凛としていて……。


「落ちましたね」

「ん、何か言ったかい?アッシュ」


 そんなアルトゼとリリィのやり取りを見てアッシュがボソッと呟いたが、元より聞かせる気がないためにユキがその内容を理解することはなかった。


「いいえ、何も。アルトゼさん、機密の保持を約束できますか?」

「……ああ、分かったよ。質問に答えよう」

「だ、そうですユキ店長」

「リリィ、敬語を忘れてる……まあいいか」


 ユキはふっ、と軽くため息をついた。このアルトゼとかいう元ラスティ・ダイアモンドのメンバーを情報源にできるのは正直とても助かるが、同時に不安もある。別グループということは裏を返せば、元は同じ組織に属していたということだ。そんな人間が第三者である自分達と組んで『仲間』に敵対するなんて、騒ぎが大きくなるのは目に見えている。もちろんラスティ・ダイヤモンドを名乗っているだけで別グループという線も、あるいは本体からは敵対して独立した『新生』ラスティ・ダイヤモンドという線もある。

 ヘンなものも関わっているみたいだし、あの二人もなかなか厳しい仕事を用意してくれたものだ。自分で引き受けた以上仕方がないし、むしろこっちにとってもかなりのチャンスなのだからいつも以上に力をいれなくては。


 ユキにも覚悟が決まった。

 問題の導火線に火をつけるような、一つのキーワードを口にするための覚悟だ。


「アルトゼさん、『星屑』って知っていますか?」

「ああ。知っている。俺も今その話をしようとしていたところだ」

「なら話が早いですね。今回僕たちはその流通を止めろ、という依頼を受けていてその生産元を探していたんですよ」

「ちょっと待った!『星屑』って何よ。それに関する依頼ってことは私も参加するんだよね?なら私がその正体を知らないままに話が進んでいいはずがないでしょ」


 互いに何らかの確認がとれたのか話をどんどん進めるユキとアルトゼをリリィが遮った。助けを求めてアッシュをちらちらと見つつ、なんの説明もなしに登場したキーワードを問う。

 そしてリリィの目線を察したアッシュがリリィに続く。


「ユキ店長。私も『星屑』については小耳に挟む程度です。一度この場で説明してくれると助かります」

「そうか、そうだよね。焦りすぎたよ。でもどう説明したらいいのかな」

「それならカーマイン、あんたに俺がさっき渡したやつだよ。ほら、あんたが塩と勘違いした……」


 返答に窮するユキに今度はアルトゼが割り込む。指摘されたリリィは小瓶に入った白い粉末を持っていたことを思い出し、あわてて机の上に置いた。


「これのこと?」

「それだ。ユキさん、これが俺を脅迫してきたやつが落としていったもの、『星屑』だ。やつらは最近これをさばいて儲けている、その精製場所はあの廃工場ってもっぱらの噂だぜ」

「で、結局これは何なのよ」


 リリィに問われ、ユキの代わりにアルトゼが返答する。


「ヤクだ。俺も詳しくは知らないが、ダウン系の効果でとてつもない虚脱感を得ることができるらしい」

「ま、麻薬!?」

「ああ。ラスティ・ダイヤモンドは元々この手のモノを新市街の方で商売にしているが、それは向こうにはカネがあるからだ。こんな貧乏人ばかりの旧市街で売っても組織の首を絞めるだけ、なのにやつらはこんなところでヤクを捌いている。元メンバーにしてみれば頭が悪いようにしか思えない」


 まあ『星屑』ってのは最近出てきた新しいヤクだ、俺も噂以上のことはよく知らない。とアルトゼは締めた。


「そう、決して塩じゃないね」


 そしてニヤリと笑ったユキにリリィはいらだちを覚えたが、こればかりは自分が世間知らずだということもあるのだろうと思って思い止まった。


「熱い熱い!カーマインさんすみませんがいらだちを俺にぶつけるのをやめてもらえませんか!!」

「八つ当たりなんかしてないわよ」

「まあ落ち着いてくださいリリィさん。『星屑』以外にも塩という呼び方が無いわけじゃありませんよ」

「アッシュそれ慰めになってないよ……」


 しょげた様子のリリィに一応のフォローはしたということで、アッシュは事物の確認にうつる。


「では、今回ユキ店長が受けた依頼はその禁止薬物『星屑』の流通を阻止することそのものというよりは、生産工場を停止ないし破壊することが主であるということですか。で、その工場はアルトゼさんが知っていたと」

「そういうことになるね。流通阻止の方法は問わないって言っていたけれど、生産元さえ絶ってしまえばあとは依頼人の方でどうにかできるようになるそうだ。それに、生産工場を潰した方が報酬は大きくなる。精製されていた薬物のサンプルもあった方が良いとも」

「サンプルはいまリリィさんが出してくれたものだけでは足りないのですか?」

「『星屑』に関してはきっと足りていると思う。ただ、他の薬物も生産しているかもしれないからどのみち工場には行かなきゃいけないだろうね……どうしたの?リリィ」

「行くっていうのはつまり、『襲撃する』ってことなんでしょ?」


 リリィは元気の無い目でユキを見た。このところ能力の使いすぎでさすがに心身ともに疲労しており、数日の休憩期間を挟んだとしても大規模な能力使用は控えておきたいところだった。


「リリィ、そんな憂鬱に構えなくてもいいよ。今回は君よりアッシュに頑張ってもらうことになる」

「あれ、そうなの?」


 きょとんとするリリィにアッシュが事情を察して説明する。


「今回は薬物のサンプルが必要なのですから、リリィさんの能力では少々火力が高すぎる場面があるということでしょう」

「その通りだ、アッシュ。リリィはもちろん戦力ではあるけれど、今回はアッシュが対応できないことを処理してもらうだけにとどめる」


 バリケードの破壊とかね、と具体例を付け加えるユキ。激務は無いと聞いてほっとしたリリィだったが、ここで一つ疑問が浮かんだ。


「アンタは?」

「えっ」

「アンタは何をするのよ。まさか私の時みたいにいいところだけ持っていく役ってわけじゃないでしょうね」

「ああ、僕はこいつで君とアッシュを支援するよ」


 リリィの疑問にユキは狙撃銃『恋文』を掲げて答えた。


「工場までの市街地跡で敵勢力の抵抗を受ける可能性は高い。アッシュと君が力をあわせれば一騎当千だろうけど、それでも発生する最後の穴を僕がこれで埋める」

「なんでわざわざ銃を使うのよ。アンタって何か隠している能力があるんでしょ?それを使えばいいじゃない」


 追求するリリィ。この場で俺以外が能力者(スケイルド)かよ!?と驚くアルトゼを無視して、ユキはにこりと微笑んで言う。


「それはね、銃の実射宣伝(プロモーション)のためなんだ。僕が奥の手を出すよりも、こうして本来の商品の価値を高める方が良いと思う」


 お前が撃ちたいだけだよな。

 穏やかな笑顔を見て、ユキ以外の三者はそう確信した。

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