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処決屋ユキの出入帳  作者: 揚旗 二箱
正義は路地裏で踊る
8/81

善良な協力者

「ねえ、ちょっと!」


 振り下ろされたフォークは鶏肉(ささみ)に刺さってトスッ、と肉の感触をユキに伝える。店長である彼の食事がマシなものになっているのは処決屋としてのサービスがじわじわと利益をあげてきた証拠だ。


「話聞いてるの?あとそのフォークを突き刺すの下品だからやめなさいよ」

「落ち着いてよリリィちゃんと聞いてるさ。君はよく働いてくれてるよ本当にモグモグ」

「私だけ働きすぎだって言ってるの!」


 ついこのあいだ従業員になった金髪の超能力者、リリィが机を叩き皿が跳ねそのてのひらの形に木が焦げた。


「だって君の能力が一番融通がきくし……もちろんその分の給料はもちろんあげるつもり、安心して。それに君こそ机を叩いたりなんかして、食事中だよ」

「……もういい、分かった。もう少し我慢する」


 リリィは食べかけていたパンを全て口に詰めてそのまま席を立った。やや強めの力でドアが閉められたのを確認してから、ユキはため息をつく。

 その時、アッシュがちょうどリリィと入れ違いで部屋に入ってきた。ユキはため息を隠そうとしたがアッシュにはばれているようで、色白な顔に苦笑いが浮かぶ。しかしその灰色の目は少しも笑っていない。


「ユキ店長、またリリィさんと揉めたんですか 」

「自分だけ働きすぎだって、僕もそれは分かってるつもりなんだけどさ。彼女の能力がこの辺りで一番有名でしょ?だから威嚇が必要な依頼だと彼女を出すのが一番早いんだ」

「そんなことは分かってますよ。実際、私はさっきの依頼に少し苦労しましたし」


 そう言いながら水をいれたコップを手にユキの正面に座ったアッシュは机の焦げに気づき、片手でその焦げを軽く撫でる。


「でもリリィさんの言い分も、もっともです。一人だけしか主力がいない状態がこのまま続けばあっという間に潰れますよ、人も店も。ユキ店長は愚かですが……」


 アッシュは水を一息に飲み干し、続けた。


「リリィさんが結構なお利口さんで、任されると断れない性格なのはもうお分かりでしょう?」

「……ごちそうさま。冷めててもアッシュの料理は美味しかったよ」

「おや、どちらに?」

「僕ももっと頑張らなきゃ、店長として」


 ユキは立ち上がり、机の脇に立て掛けてあった狙撃銃『恋文』を肩にかける。


「少し大きめの取引をしてくるよ。うまくいけばそれなりの儲けになるはずだよ」




 旧市街と新市街の差は、大陸中央との距離として簡潔に表される。近い方が旧市街、遠い方が新市街。大陸中央の砂漠地帯には未だ謎が多いものの、能力者(スケイルド)の発生率は中央に近づけば近づくほど高くなることがこの数十年の間に判明した。

 その相関関係の発見以来、だれも化物を好き好んで産みたくないために裕福な者たちは新市街を建設しそこに移り住んたが、カネの無い者たちは旧市街に留まった。新市街のなかでも大陸中央から一番離れた海沿いにはさらに行政機能などが集中した『中央都市』ができあがり、結果としてこの国には三段階の富の階級がうまれた。

 もちろんというべきか、階級最下位である旧市街の治安が最も悪い。警察に治安維持へのやる気を感じられず、小規模な犯罪グループが複数組織されている旧市街では、恐喝や報復の抗争などは日常茶飯事だ。

 よって処決屋の主な仕事の一つは、穴ぼこだらけな警察機能の穴埋め。すなわち、正義の暴力の代執行であった。


「散れ!消し炭にされたいのか犯罪者共が、二度とこの辺りに近づくな!」


 熱風が路地裏を吹き荒れ、恐喝行為を行っていたならず者たちは一目散に逃げ出した。持っていた武器もプライドも忘れて遁走(とんそう)するその背中は滑稽で、リリィはくすっときた。普段はこの程度で笑うことは無いしむしろイライラしているところだが、疲れているのだろう。


「あ、ありがとよ。危うく死ぬところだった」

「依頼でやったの、恩を感じてもらう義理はないわ。その代わり『処決屋』をよろしくね」


 恐喝されていた男にそれだけ言って、マントのように羽織った改造学生服をわざとらしくひるがえしつつ依頼主への報告に立ち去ろうとリリィは「ちょっと待ってくれ!」と引き留められた。声の主は恐喝されていた男だ。


「何よ」

「あんた、リリィ・カーマインだよな?あの炎の能力者(スケイルド)の」

「あのってどのよ。それに、私は『炎熱』の能力者。そこ、重要だから間違えないで」

「ああ、うん。分かったけど、いやその……お、俺に見覚えあるだろ?」

「んー?」


 言われて男の顔をしげしげと眺めてみるリリィ。

 分かることは、自分のように地毛ではなく染められた金髪で、少しツンツンした髪型に冴えない顔。右の耳にシンプルな丸いピアスが二つ。あと少々肌荒れがひどいということ。

 だが、さっぱり思い出せない。

 そもそも私に男の知り合いなんていたっけ?父親とユキを除けば名を知るほどに会話したことのある男など居ないはずだが……首をかしげるリリィにしびれを切らし、男は自らを紹介した。


「俺アルトゼっていうんだけど、ほら、あんたに壁際でアジトの在処を吐けって脅されてた奴だよ。覚えてないか?」

「壁際……ああ!」


 リリィは思いだし、顔の半分までを覆う紅い鱗を出現させた。


「あのときお前がもーちょっと早くアジトを教えていたら私はあんなひどい目に遭わなかったのにねぇ!?」

「ひぃっごめんなさい!?でも就職できたならよかったじゃんか!俺だってラスティ・ダイヤモンドを抜けたのにどこも雇ってくれなくて、今日ようやくバイトを始めたばっかりなんだからお互い様じゃん!」


 アルトゼとかいう男は頼みもしないのにぺらぺらと近況を報告する。ちょっと情けない半泣きの顔に、リリィは怒る気が失せていくのを感じた。


「まあ、それもそうだし今更だし、そんなに怒ってる訳じゃないんだけど」

「なんだよ脅かしやがって……」


 ほっと胸を撫で下ろすアルトゼを改めて見てみると、以前に相対したとき感じたほど悪人という感じではなかった。リリィにとって、あのときあの場に居たということが先入観になっていたのかもしれない。


「で、なんで呼び止めたの。私は忙しいから手短にお願い」

「いやぁその、すっごくどうでもいいことなんだけどさぁ」

「いいから早くっ!」

「つけてた方がよかったのにどうしてピアスを外しちゃったんだろうな残念だな何かあったのかなと思っただけですすみませんハイ!!」

「ああ、あのピアスね……まあ色々あって」


 ちょっと脅かすと早口で自分の情けなさをアピールするのがこの男の生存戦略らしい。ピアスをつけた方がいいということは聞き取れたので、リリィは左の耳たぶに軽く触れた。当時混乱していた私は事情聴取もままならないからってトラウマの封じ込めが先だったのよねー、と左耳たぶを再生する治療が行われたことを思い出す。

 流石に新市街の病院というだけあって、少し跡は残っているものの今ではすっかり元通りになっている。肩の刺し傷も少し大きめの傷痕以外は元通りだ。


「あっ、もしかして店で禁止されてるのか」

「まあそんなとこ」


 リリィはアルトゼが当たらずとも遠からずな方向に納得してしまったことを察したが、面倒なのでそのままにしておくことにした。


「穴をあけないタイプのイヤリングなら案外オッケーだったりしてな。機会があったら聞いてみろよ、俺はつけてる方がいいと思う」

「まさか本当にそんな下らないことのため『だけ』に私を引き留めたとかじゃないでしょうね?」

「ま、ままままっさかー!」


 再びリリィの顔へ鱗が出現し始めたのを見て、アルトゼは慌てて取り繕った。


「そ、そうだ!さっき俺を脅してたやつらいたじゃん?あいつら、なんかラスティ・ダイヤモンドとは別のグループらしいんだよ。ラスティ・ダイヤモンドのアジトは本当に知らなかったんだけど、そいつらのならなんとなく場所がわかる。あんたら用心棒みたいなことやってるんだろ!?だから知ってたら仕事に役立つと思って!」

「本当に?」

「本当だ、案内しろと言われたらすぐにできる!」


 だんだんと目の前の金髪男の扱いが分かってきたリリィは真意を確認するべく鱗をさらに出現させて脅した。すると灰にされると思ったのだろう、アルトゼは涙目と震えた声で自らの誠実を訴えてきた。姿勢もまた、自然と地面に膝まづいて懇願するものへと変わっている。


「……そこまで必死ならきっと本当のことなんでしょうね」

「はなっから本当だって言ってるだろう!」

「はいはい、信じてあげる。それにしても別グループねぇ。なぜそんなことがあんたに分かったのよ」


 ほら立ちなさい、とリリィが促すとアルトゼは涙を拭って恐る恐る立ち上がった。リリィにそこまで怯えさせるつもりはなかったが、アルトゼはまるでキツい尋問に怯える戦争捕虜のような顔をしている。


「……答えなきゃ殺されるのか?」

「な、何もしないって!答えられない事情でもあるわけ?」


 再びホッとした様子のアルトゼは、しかしばつが悪そうに目をそらした。


「いや、その。ちょっとヤバいモノが関わってるから口に出したくないというか」

「何よ、ヤバいものって。改造魔法(チューンドステッカー)のこと?」

「そいつよりもヤバい。俺が奴らを別グループだって分かったのは、ラスティ・ダイヤモンドを名乗ったあいつらがコレを持っていたからだ」


 アルトゼは親指ほどの小さな茶色いビンをリリィに差し出した。蓋は捻ると簡単に開くようになっているようで、ビンを受け取ったリリィが実際に開けてみると中には白い粉状の何かが半分ほど入っている。


「これなに、塩?」

「分かんねーのかよ、こんな怪しげな白い粉がただの塩な訳ないだろう。だが直接口に出すのは気が引ける。ともかく、コレを持ってるってことは少なくとも俺がいたグループとは違う。それはお前にやるから、帰ったらあんたのとこの店長にでも聞けよ」

「お前、アイツを知ってるの?」


 突然語気が変化したリリィに戸惑った様子で、しかしアルトゼはなるだけ平静そうに理由(わけ)を話す。


「え?いやその、そっちの店長が誰かなんて知らねえが、この辺りで店を経営する人間ならだれでも旧市街の事情にはそこそこ通じているはずだ。少なくともあんたよりはな」

「なるほどね……じゃあアジトのこともコレのこともお前が直接説明するのが早そうだし、あとで『処決屋』に来てちょうだい。どうせ店長(アイツ)はいつでも店にいるだろうし、時間はあんまりにも非常識じゃなければいつでもいいわ」

「……それは面倒だなぁー、なんてな。いいよ、どうせあんたにゃ敵わないんだ。んじゃー仕事が終わってからだから、夜になったら顔を出すことにするよ」


 アルトゼは別れ際になってようやく落ち着いてきたらしい。あきらめたように肩をすくめつつ、リリィの提案に乗った。


「分かった、ありがと。んじゃね」

「お、おう」


 去り際のあいさつにリリィが軽くあげた手にびくり、としたアルトゼが少し言葉を詰まらせる。突っ込むつもりはなかったが、リリィは彼が以前も転びそうになりながら逃げて行ったことを思い出して歩き出した背中を振り返った。


「そういえばお前、見るたびに脅されてばっかりね。面白いんだけどちょっと弱すぎじゃないの?」

「ほっとけ!」




 そんなやり取りがあった頃、新市街にある警察署の一室でユキは二人の警官と向かい合って座っていた。もちろん取り調べを受けているわけでもただ雑談しているわけでもなく、ユキは商品の営業に来ているのだ。


「どうでしょう、遠距離攻撃魔法より高精度かつ安価に購入できる狙撃銃『恋文』を試してみませんか。あと、警官の標準装備として拳銃『ボディーガード』も適していると思います。両方注文していただければ割引しますよ」


 ユキの言葉に短髪で真面目な風の警官と茶髪で気の荒そうな風の警官は顔を見合わせ、目配せによって意見を共有した。


「お言葉ですがユキさん、我々も公的機関の人間ですから『これ』の訓練は厳しく行っています。」


 真面目そうな短髪が手袋をはめた左手の甲を見せながらそう返答した。その手袋には怪しい紫色に輝く眼の模様が浮かび上がっており、警官がいつでも魔法(ステッカー)を使用できると知らしめている。


「現状、旧市街の脅威対象は全て魔法で対処可能であると考えていますので、わざわざ装備を更新する必要性がありません」

「大体よぉ、店長さん。俺らと店長さんは純粋な利害関係なワケだ。店長さんたちの暴力活動を見逃す代わりに、上には店長さんたちの活躍を全て俺らの手柄として報告する。それ以上のビジネスな話は望んでねぇよ」


 茶髪が割り込んでそう主張する。確かに、現時点でユキは負傷したリリィとアッシュを隠れて新市街の治療を受けさせるために警察病院を利用させてもらったし、これ以上関係を深めれば確実に悪目立ちする。

 だが、店の将来を考えると民間相手だけでは絶対に限界が来る。早いうちに公的機関と繋がっておくのは悪手ではないはず。

 強気に出る。


「僕らは二ヶ月前にラスティ・ダイヤモンドの下部組織の壊滅を手伝いました」

「ああ?それはもう病院の件でチャラだろうが」

「あれはあれで方々への誤魔化しに苦労したのです。流石に今更そのことを引っ張り出されても割に合いません」

「いいえ、違いますよお二方。僕はこれ以上あの件を盾にゴネる気はさらさらありません」


 ユキはニヤリと笑う。ユキと数回の裏取引をしたことがある二人の警官はその笑顔がいわゆる悪知恵の働いている合図なのだと知っていた。


「あるんでしょ?もう一つくらい、直接手を出しづらいから放置してあって、それゆえにその手柄があれば馬鹿みたいに昇進できるような問題が」


 ユキの言葉に二人の警官は沈黙したままだ。短い沈黙の後、短髪の警官がそっと口を開いた。


「ユキさん、それはあまりにも……」


 カハハハハッ!という笑い声で短髪の言葉を遮り、茶髪は再び会話に割り込んだ。


「いいねぇ!俺は店長さんのそういうとこ好きだぜぇ。自分に絶対の自信がねえとそこまで強気には出られない。分かりやすいよなぁ、成功率がよぉ」


 その目に浮かぶのは底無しの欲望だ。出世、カネ、力。自分への利を際限無く、最大限に呑み込んでやるという野心の炎が燃える。


「ブラノ、もう少し冷静に話を詰めないとボロが出ますよ」

「んだよショット、お前も乗り気じゃねえか。乗り気なら、ひよらない方が気持ちいいだろ?」


 茶髪(ブラノ)の指摘した通りだ。短髪(ショット)は真面目風だが、クソ真面目ではない。貪欲さは茶髪のそれに勝るとも劣らない、手段を問わない欲望の炎がその目には宿る。

 その炎を確認して、ブラノはさらに笑った。


「認知してはいるが、規模がでかくて放置している犯罪行為があってだな。ちょうど戦力が欲しかったところなんだ」

「では、やらせていただけるんですね?」


 ユキが念を押す。ニヤリと笑ながら。


「ええ。ですが我々との繋がりはくれぐれも内密に」

「『善良な一般市民の協力』のもと、犯罪組織の検挙をするとしようぜ。善き協力者(パートナー)さんよ!」

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