明日のガンショップは処決屋
「お久しぶりです、ユキ店長」
「久しぶり、アッシュ。退院おめでとう」
一ヶ月後、新市街にある警察病院のロビーでユキは久方ぶりにアッシュの顔を見た。本日はかの戦闘で負傷した彼女の退院の日である。
「少し痩せたね、やっぱり」
「それは体重の増えた私へのイヤミですか」
病院食で太るだなんて屈辱ですよ、とため息をつくアッシュ。ユキには本当に痩せて見えたのだが、彼女にしか分からないこともあるようだ。
「髪も傷み放題ですし、お風呂にだってろくに入れていません。せめてユキ店長に会うまでにはどうにかしておきたかったのですが……」
あの戦闘で焼けたために一度切った灰色の髪はもうほとんど生え変わっていたが、彼女はいまだに焼け焦げている先端が気になるのだろう。今すぐにでも取り除いてしまいたい気持ちと、髪が短くなりすぎることを天秤にかけた結果とはいえその悩みはいまだに深そうである。
「僕はショートヘアも好きだよ。むしろ新鮮だしこれを機に伸ばすのをやめてみたら?」
「はぁ、優しいお言葉に涙が出そうです……店はお湯が出るようにしてあるんですよね?」
「君の入院費を何で支払ったと思っているんだい?インフラも全て復活しているよ。ところでさ、あの子はもしかして……」
ユキは奥の通路に隠れるようにして立つ人影を指差して問う。金髪で、背が高めの、こちらを睨み付けている少女。あの時と同じ改造制服を着ているが、今は帽子と外套がない。
「あー、あのですね……リリィさーん、怖がらないでこっちに来てくださいよー」
「……イヤ」
「ユキ店長、少し待っていてください」
アッシュがなにやら話をしに行った少女はやはりリリィ・カーマインらしい。一ヶ月前の赤い格好が目立っていたせいで、ユキには一目見ただけではそれと分からなかった。
それにしても、何だか親身に話しこんでいるように見える。入院中に仲良くなったのだろうか。昨日の敵は今日の友だとも言うし、あるいは同性同士だからかもしれない。
と、ユキがそんな考えを巡らせていると、話がついたのかアッシュが手招きをしている。リリィも隠れないで立っているので、ユキはリリィが自分と話をしたいのだなと気がついた。
「えっと、久しぶりだね……リリィ・カーマイン」
「……」
ところがいざ近づいて話しかけてみると、リリィはうつ向いたままで返事がない。やはり自身の能力を破り入院に追い込んだ人間と話すのは辛いのだろうか。そしてそれを我慢してまで伝えたいことがあるのだろう。
「あー、どうだった?騙されたよね、最後の一発。威嚇射撃用の火薬だったんだ、傷もついていなかったでしょ。冗談のつもりだったんだけど、まさか気絶しちゃうなんて思わなくてさ……」
ユキは話題を探した。そして結果として出てきたのはリリィのトラウマを逆撫でするような空気の読めない言葉であり、それにより自分のクビをしめる、もとい焼くことになる。
ユキは気がつかなかった。
リリィの中から彼の言葉によって迷いが消えたこと。リリィが拳を握っていたこと。顔に出現した鱗。
そしてわずかながらに聞こえた甲高く唸るような音。
「おりゃああああああ!」
「ぶっ!?」
炎熱の能力により加熱、加速されたリリィの右拳がもろにユキの頬をとらえた。あらかじめ射線上の避難とエントランスドアの開け放ちを終えていたアッシュの活躍により、ユキは特に何にもぶつからずに緩い放物線を描いて病院の外へと吹き飛んだ。
「あー、スッキリした!どうしても一発だけ殴らせてほしかったのよね。騙されて腹立つし、足はなぜかくっついてるし、耳たぶごとピアスは無くなるし。でも聞きたいこともいっぱいあるからコレで許してあげる。どうせ生きてるんでしょ?アッシュから聞いた感じだとアンタ、この程度じゃ何ともないらしいじゃない」
「……」
「何よ、死んだふり?そういうのはもういいの、さっさと起きなさいよね」
騒然としたロビーの人々に追加で事情を説明しつつ、アッシュはリリィに単純な事実を伝えた。
「リリィさん。確かにユキ店長は死なないと思うのですけど、流石にあれだけ綺麗に頬に入ったら気絶しているはずです」
「あっ……」
「だからお腹にしようと言ったんですよ。さ、大事になる前に店に撤退します。アシはもう用意してあるので急いでください」
アッシュは能力を用いて気絶しているユキを回収し、事態を理解したリリィと共にそそくさとその場を後にする。
迎えに来た人物を退院した二人が抱えて帰るという奇妙な状況が生まれた瞬間だった。
「いきなり殴るなんてひどいことするなぁ」
「生きてるんだからいいでしょ。アンタが私にしたこととおあいこよ、おあいこ」
ユキは自身の店の事務室で無事に目を覚まし、リリィと向かい合って座っている。リリィに付き添うように立っているアッシュを除けばさながら面接のような構図だった。
「聞きたいことがあるんでしょ?」
「ええ、まずアンタが使ったナイフは何?私の能力で溶かせないなんて、石のナイフだったのかしら」
「おや、勘がいいね」
「入院中にずっと考えていたのよ、これくらい当然」
「ま、少し外れではある。これが実物だよ」
ユキは壁にかけてあったナイフを手に取り、リリィに渡した。乳白色のやや太めながら繊細な刃に細やかな意匠が凝らされており、さながら宝刀といった感じだ。
「これ、飾りのナイフ!?」
「うん、それは陶器でできている、珍しいでしょ。本当は物を切るためのものじゃないんだけどね、君のために急いで研いだんだ。これならそう簡単には溶かされないだろ?」
その代わり脆いから、とユキはリリィの手からナイフを取り、再び壁にかけた。
「悔しいかい」
「……とっても」
苦々しげなリリィの回答にユキは満足げにうなずく。
「そりゃよかったよ。で、他の質問は?」
「あの銃は?その、私の足を撃ったやつ」
「あれは『トゥ・ドゥ』、普通のショットガンだよ。詳しい型なんか説明しても分からないだろうから、きっと君が聞きたいのは弾のことだよね?」
「そう。私は騙されたの?お腹に大穴が開くなんて言って、足には殆ど跡も残ってない!てっきり私は足がなくなったんだと思ったのに……」
リリィは焼けるような痛みを思い出していた。じわじわと感覚が麻痺していき、足の感覚が最終的には殆ど消えてしまった、あの痛みを。
「それも見せてあげようか。アッシュ」
「こちらに」
「おお、早いね」
いつの間に用意していたのか、アッシュからショットガンを受けとったユキは部屋のすみにある木の板に向けて構える。
「今から撃つのが普通の弾……って、どうしたんだい?リリィ・カーマイン」
椅子に座っていたリリィは気がつくとアッシュの後ろに隠れていた。リリィの方がアッシュより背が高いために色々はみ出しており、なんだか滑稽だ。
「は、早く撃ちなさいよ」
「まだ銃声が怖いんですよ。まったく、ユキ店長ったら女の子の心が全く読めないんですから」
「別にそんなことは……」ダァンッ!「ひぃっ!?」
ユキが引き金を引き、板が粉々に砕け散った。言葉通りの威力を目の当たりにし、リリィは青ざめる。
「で、これが君に撃った弾」
思わず目も耳も塞いだリリィの予想に反して、先程に比べてあまり大きな音はしなかった。疑問に思ったリリィが目を開けると、まだ少し残っていた板の残骸に何か刺さっている。黄色と黒の警告色が蜂のようだ。
「三八式鎮圧弾、通称『働きバチ』。当たると電流が一定時間流れて神経電流を混乱させ、筋肉の動きを阻害するしくみなんだ。全然違う規格の弾だけど、君のために無理矢理一発だけ装填しておいた。そしてあのときは特別に君を脅かす必要があったから、火薬の量も多くしたし嘘もついた。元々物理的に損傷させることを主目的として作られた弾じゃないし、弾が食い込んだ跡くらいなら残ってるんじゃない?」
「……ほんとだ」
リリィがスカートをまくって確認すると確かに太ももに知らないアザが増えている。よく見ないと気がつかない程度の跡しか残らなかったのは医者の腕が良かったのか、それとも撃ち手の手腕によるものなのか。前者であってほしいとリリィは思った。
「ほっ、他に質問、ある?」
「ユキ店長、露骨に動揺しないでください。私の胸にはなにも反応しないくせに」
「何よ?まあ、もういい、他のことはまたの機会にする。色々悔しくて頭がパンクしそうだからこれ以上は聞いても無駄になる」
あ、でも。とリリィは最大の懸念事項があったことを思い出し、付け加える。
「その、私は家に帰らなきゃいけないの?」
「家って、あの依頼主さんのとこ?」
急に弱々しくなったリリィに面食らい、思わず聞き返すユキ。
「……」
正直なところ、リリィは家に帰りたくはなかった。
自分の討伐を依頼したという父親。入院費は出してくれたみたいだが一度も見舞いに来なかった奴の元に帰ってまた息苦しい生活をしなくてはならないのだろうかと考えるだけで億劫になる。
かといって以前のような放浪生活は許されないだろう。きっと再びユキやアッシュのような、あるいはそれ以上の業者が派遣される。その時は生きていられるのかも分からない。
八方塞がりだ。
と、思っていたのだが。
「君は帰れないよ?」
「へっ?」
ユキの当然だろうという口調に目を丸くするリリィ。そんな彼女の様子を見て、むしろユキも驚いた。
「あれっ。アッシュ、説明していないのかい?」
「説明……?」
「ほら、入院中に手紙を送ったはずだよ」
う~ん?としばらく考えた素振りのあと、アッシュはわざとらしくポン、と手を打った。
「ああ、あれはユキ店長がお金の無心をしてきたのかと思いまして捨てちゃいました。違ったんですね」
「てへっ、じゃないよ。仲良くなってそうだったからきっとちゃんと伝わったんだなって安心したのに……分かった。説明する」
ユキは自分が言うのに嫌な予感がしたからわざわざアッシュに頼んだのだ。しかしもうしかたがなかろう。事態が飲み込めていないリリィに、ユキは告げる。
「君には今日からここに住み込みで働いてもらう」
「……はい?」
「追加の依頼があってね。
『本当は帰ってきてほしいが、娘のことを考えると私にそんな資格は無い。すると娘にはおそらくもう行き場所がないだろうから、君の店に置いてやってほしい。報酬は支払うし、どんな扱いでも構わない。いっそ社会人としての振る舞いを仕事を通して叩き込んでほしい。どうにかならんかね?』
君の父の言葉だよ」
横で聞いていたアッシュが納得したようにうなずく。
「ああ、店をまともな状態にするにはあの報酬だけじゃ足りないはずなのにって思っていましたが、そういうことなんですね」
「そのとおり。まったく、次からはきちんと連絡には目を通してくれよ。君の給料にも関わることだ」
「はーい!分かりましたユキ店長!今日の晩御飯は何がいいですか?」
「お金の話のときだけ可愛くなっても僕は騙されないぞ」
さて、リリィはどうだろうか。ユキはまた暴れだすだろうかと予想し、少し身構えた。しかし心配に反してリリィは特に興奮しているようにも見えない。
「そう、そうなんだ」
「あれ、もっと荒れると思ってたけど、大丈夫かい?」
「いい。それよりも私の部屋はちゃんとあるんでしょうね?」
「あ、ああ。もちろん。君の父親から荷物も届いている、確認するといい。アッシュ、案内してあげてくれないかな。ほら、奥の空き部屋だよ」
「分かりました。ではリリィさん、早速移動しましょう。他の部屋も説明してあげますね」
「……ありがとう」
ユキはリリィのその言葉が誰に向けたものかよく分からなかったが、リリィ自身もよく分からなかった。普通に考えれば加害者と被害者という見方もできる二者が共に暮らすなど異常事態であったが、リリィはなぜか少しも嫌だとは感じなかった。それはアッシュと仲良くなったことが一因かもしれないが、今となってはユキも不思議と敵には思えなかった。
それはきっとユキも何かの能力者だからなのだろうなと当てずっぽうするが、認めたくはないもののそれよりもはっきりとした理由がある。
ユキやアッシュは自分をただの化物として扱うことはない。
命のやり取りを通して得たそういう感覚がリリィの心の底には生まれていた。
「あの子は?」
「寝ました。お風呂にも一緒に入りましたが、ずっと落ち着いていましたよ」
「あの狭いところに二人で……?」
「ふふ、羨ましいでしょう。ユキ店長も次は一緒に入りますか?冗談ですよ。一瞬でも本気にしてしまうだなんて、ユキ店長は愚かですねぇ」
「僕は何も言ってないぞ……まあいいや。で、これからなんだけど」
「ああ。お店の新たな看板ですか」
「うん。銃も一応売るけど、これからは僕らの戦力そのものも売っていこうと思う」
「というと、何でも屋ですか?」
「いや……どっちかといえば喧嘩屋に近いのかな。ある程度『能力』が必要なことを主に請け負う感じで、トラブルの仲裁とか取引の護衛とか。アッシュが今までやっていたことを少し幅広くやるものだと思ってくれればいい」
「なるほど。『処決屋』といったところでしょうか」
「どういう意味?」
「お金を貰ってもめ事をずばっと解決!」
「いいね。名前はそれにしよう」
「名前採用ボーナスとかあります?」
「……まあ、いっぱい活躍してくれたし」
「わーいユキ店長大好きです!」
「ともかくこれから新しいスタートを切るわけだけど、やり残したことが無いわけじゃないからそっちも解決していかなきゃね」
「取り立てに行くんですね」
「うん。次の目標は『ラスティ・ダイヤモンド』からの売り上げの回収だ。気合い入れなきゃね」
とりあえず最序盤だけは書ききったので投稿。
続きはいつになるのか……年明けごろを目標に一括投稿できればなと。
見に来てくださった方、ありがとうございました。
良ければ感想、評価をしてください。
あと、ほかの作品も読んでみてください。
よろしくお願いします。