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処決屋ユキの出入帳  作者: 揚旗 二箱
ステップ・ザ・ソードライン
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39/81

正義の矜持

 新市街上空。

 炎熱の超能力者、リリィ・カーマインは『例のブツ』ことテトラト少年を抱えて飛行していた。処決屋の皆やアルトゼたちのことは心配だが、まあうまいことやっているだろう。店長(アイツ)もいるし、いまは自分に課された責務を果たすのみだ。


「こんなに高いところを飛ぶのは久しぶりね。落っこちないようにしなきゃ」

「あの、リリィ、さん。もうあのホテルから離れたし、そろそろ降りませんか……?」


 リリィの腕の中で不安げな声を上げるテトラト。最初こそ肌の感触にドギマギしていたが、今はもう経験したことのない高所で抱きかかえられているという恐怖のほうが支配的な感情だ。


「えー、まだちょっとしか飛んでいないじゃない。それに旧市街の入り口まで行けばいいんでしょう?飛んでいた方が絶対早いわ」

「そ、そうかもしれませんけど……」


 膨大な熱を放出するという乱暴な飛行方法。リリィ本人は完璧にコントロールできているつもりだが、いつ燃えるとも落ちるとも分からない少年の身には不安でしょうがなかった。やっぱり降りた方がいい。テトラトがそう言おうとした時だった。


「んっ?何か後ろから……」


 リリィの能力の一つ、熱源の探知が後方から迫る熱源を捉えた。速度はこちらより早く、まっすぐ向かってくる。その気配からはそこはかとない殺意を明確に感じ取ることが出来た。


「テトラトくん!口を閉じて!!」

「え、はいっ!」


 返事とほぼ同時、熱放出の角度を変更。進路を横にずらす。同時に後方の気配も進路を変更した。


「やっぱり……口は閉じたまま、できれば吐かないようにおねがいね!」


 ちら、と後ろを見ると迫りくるソレを目視できた。深緑色に輝く槍がリリィに引き寄せられるようにして飛んでくる。テトラトを抱えているいま無理な増速はできず、あと数秒で追いつかれてしまう。


「回避するよ。三、二、一、いまっ」


 槍に追いつかれる直前、リリィは熱放出の向きを斜め前方から身体の真横へ集中させて瞬間的に出力を上げた。爆発とともにリリィの身体は素早く移動し、槍がその側方をかすめていく。


「なにあれ、槍?改造魔法にしても見たことが無いけれど……テトラトくんは大丈夫?」

「はい、なんとか……リリィさん、もしかしたら、いまの攻撃は新型の改造魔法なのかもしれません。いままでに見たこともない動きをするかもしれませんから、気を付けてください!」

「分かったわ。って、あの槍戻ってくる!?」


 前方で急旋回した槍はふたたびリリィにめがけて飛んでくる。すんでのところで再び回避、しかし後ろを見るとまだあきらめていないようだ。


「ずっと追いかけてくるなんて、反則……!」


 回避、回避、また回避。ただ単調に追いかけてくる結晶の槍はリリィとテトラトの体力が消耗しきるまで追ってくるように思える。


「ったく、ムカつくの……よっ!」


 回避の瞬間、側方を通過する槍を空間ごと急速加熱し爆破、槍は粉微塵と砕け散った。急な出力上昇でリリィはバランスを一瞬失ったが、完全に墜落を始める前に体勢を立て直す。


「危なかった。壊せるだけマシだけど、あんな魔法いったいどうやって作るのよ」

「ぼくには詳しいことは分かりませんが、おそらくリリィさんの特徴かなにかを追尾するように設定しているんだと思います。そして壊せば追ってこないのは、あの槍が蓄えられた魔力を消費して飛んでいるものだからだと」

「そんなことが出来るの、私が飛んでいるのと同じ理屈かしら。興味深いけど、それだとあれこれ考えている暇はなさそうね」


 リリィは放出しているエネルギーの束を意識する。限界が来るまで能力を使ったことは無いが、あまり無理をしているとどこかで不調になる可能性がある。


「速度を上げてさっさと逃げ切るしかないか……テトラトくん、いろんな方向に引っ張られる感覚って味わったことはある?」

「さっきが初めてです」

「じゃあ今からもっと強烈になるから、覚悟しておくように!いくわよ!」




 空へ響き渡る甲高い音。リリィがさらに放出したエネルギーの余波は光や音となって拡散していく。当然地上からもそれを目視することが出来た。天を切り裂く紅蓮の星。それが人だと言っても誰も信じない。それを追いかける緑色の閃光。

 その数、三。


 リリィは若干の偏差をもって追撃してくる緑色結晶槍の一本目を視認。

 追い付かれる直前に減速し若干降下、頭上をかすめる槍へ意識を集中し爆破、撃墜。


 続く二本目。リリィが左へ急旋回すると槍は同じ軌道で追いかけてくる。回転の外側へのエネルギー放出を続け旋回半径を短縮、それを追い切れない槍が大回りでリリィの左側方を通過、再び前方から迫る。リリィはこれに旋回中で育て切った火球をぶつけ、接触した球の爆発により槍は真ん中から折れた。撃墜。


 三本目。リリィは真後ろから迫る槍へ向けて火球を発射。火球は座標指定の必要が無く、槍の接触があり次第爆発することを利用して早期の撃墜を試みる。三つ放った火球のうち二つ目が槍に接触、爆風にて吹き飛ばす。撃墜。


「よし、だんだんコツが掴めてきたわ。テトラトくん、起きている?」

「え……あ、はい。ただ途中で何回か意識が……」

「だよね、何回か重くなったなって思ったもの。でもあと少しだから我慢して、あと何本来ようと絶対に避けきってみせるから」


 自分で言った言葉の正義感に酔いしれるリリィは同時に背後からの熱源を知覚した。

 その数、三十。


「三十!?何本来ようとって言ったから意地になっているってワケ?」

「リリィさん、改造魔法というのはこんなに連射が利くものじゃないはずです。使用者はきっと無理をしているのでしょう、だからいまさえどうにかなれば……」

「必死ってことか。分かったわよ、今だけしのぎ切る!やってやろうじゃない!!」


 最初の三本は偏差なく迫って来た。リリィは増速しつつ先ほどよりも大きな火球を宙に設置、エネルギーが拡散しきる前に槍が突っ込む。二本撃墜。残りの一本を右へ回避(ドッヂ)、旋回を待ち、直接爆破。三本目撃墜。


 四、五本目と六、七本目には偏差があるうえ、左右に広がっている。これでは火球での撃墜が困難だと判断、リリィは急降下し新市街のビル群の合間を縫うように飛行する。追跡してきた槍のうち一本が壁に衝突し停止。四本目無力化。通りに誘い込んだことで五、六、七本目の横の広がりが解消される。リリィは減速しつつ意識を集中し、背後へ向き直って生み出した巨大な熱の槍を投擲する。ビルの壁面が赤熱し、そこへ突っ込んだ槍もひび割れて落下した。五、六、七本目撃墜。


 観衆の声が聞こえる。

 下を見れば、ここは交通規制をしていない通りだったらしい。道路やビルの中から突き刺さる多数の目線を感じる。見れば、何人かは火傷もしたみたいだ。


「ここじゃ派手なことは無理ねっ」


 リリィは上昇してビル群を離脱。残りの結晶槍はビル群突入時にさらに二本損傷したようで、残りは二十一本。


「いいね、まとめて焼き払ってあげる!」


 能力出力をさらに上げ、顔の中央部までも鱗が侵食する。リリィの周囲には熱風が渦巻き始め、次第にそれは方向性を持って前方へ流れ始める。


「舐めるんじゃ、ないわよっ!!」


 熱風、いや暴風か。以前灼熱の竜巻を起こしたものと同等のエネルギー放出。周辺大気を丸ごと過熱して吹き荒れる暴熱突風が新市街の上空を()く。大量の結晶槍がそれに巻き込まれ、ひび割れ、コントロールを失い、次々と無効化される。


 熱放出が終了、残り九本。


「はぁ、はぁ……テトラトくんっ!?」


 腕の中のテトラトはぐったりと意識を失っている。急加速や急旋回による負荷、常識外の高熱環境に耐えきれなかったのだ。その肌は赤熱し、焼けている。まだ息はあるようだが、槍を撃墜するための行動のひとつひとつが少年の命を消耗させていく。


 化物が人間を助けようとするからこうなるのだ。

 誰が言ったかもわからないそんな声が聞こえた気がした。


 ギリ、と無を噛みしめる。自分の能力は、正義は……。


「ふざけるな!」


 独りで叫ぶ。


「この能力を正義のために使うって決めたんだ……自分の責任の重さで折れるような心で、正義なんかやってられるか!!」


 リリィは自分で自分に言い聞かせる。いまこの子供を助けてやれるのは自分だけだ。自分の方法では傷つけてしまうとしても、すべてが上手くはいかないとしてもこの子を生きて送り届ける。それだけが揺るぎない、信じた正義だろう。振り返り、旧市街の入り口へと飛行を再開する。先ほどまでの回避行動で気づいたこと、これは無駄にならないはずだ。

 残りの九本、この子供を殺さないようにしのぎ切って見せる……!


 二十一、二、三本目は同時に飛んできた。リリィはそれに再び大火球をぶつける、のではなく、自身の左右後方へ向けて低出力の火球を十数個ずつ発射した。それらから放出される熱量はおおよそ自分と同程度。ある種の賭けだが、リリィには確信があった。数秒後、飛来した槍のうち二本が軌道を変えて左右の火球へと自ら突っ込んだ。


「やっぱりね!照準設定はそれなりに適当なんだ!」


 おそらく槍は標的の熱を目標にして突っ込んでくるのだ。自分(リリィ)の場合ひらけた空で唯一高温の物体だから追いかけやすかったのだろう。ならば熱源をすこしバラしてやればいくらかは騙しがきく、要は熱で分身を作ればいい。これなら比較的低出力でも機能するからテトラトへの負担は減る。

 だが所詮は時間稼ぎだ。小さな火球では槍を破壊するのに威力が足りない。


「そんなもの、他の方法でどうにかすればいいだけよ!」


 いま優先されるのは自分の命ではなく、悪に追われるこの子の命なのだから。


 軌道を逸れなかった二十三本目は身を捻って回避する。直後、槍の二十四、五本目が飛来、同時に軌道をそれていた二十一、二本目が旋回して向かってくる。それらが皮膚へ接触する直前、小爆発でわずかに向きを変えつつ少し降下。槍がかすめて背中の鱗をひっかき、肩をわずかに切り裂いた。


 この程度、痛みでも何でもない。目的地へ向けて飛行するのみ。


 二十三本目、二十六本目が前後で挟み撃ちとなる。背後へ小火球を連射して二十六本目の軌道を逸らし、右方向へ短くエネルギーを放出。前方から来た二十一本目が右側方を通過する際に片手でそれを掴み、掌の中で爆破した。二十一本目撃墜、残り八本。

 結晶槍に切り裂かれた右手が血を流す。


 この程度、痛みでも何でもない。目的地へ向けて飛行するのみ。


 左から二十二、四本目、右から二十三、五本目が飛来。リリィは少し増速して槍の角度を揃えて身体を傾けて右へ旋回。腹側をかすめて飛んでいく二十二、四本目からテトラトを守り、通過後に遠くで旋回を始めた二本の槍を左右から小さな爆発で挟み、その圧力でへし折った。右方向から来ていた二十三、五本目は背中に突き刺さったが、角度が浅かったことや鱗に守られていたこともあり傷は深くない。二十二、四本目撃墜。二十三、五本目無力化。のこり五本。


 この程度の痛みは何でもない。早く、目的地へ。


 背中に刺さった二本の槍を焼き砕き、空気抵抗への影響を最小限に抑える。ほぼ同時に前方から逸らした二十六本目、背後のしかも下から突き上げる角度で迫る二十七本目と二十八本目が飛来する。リリィは左方向へ回転(ロール)し回避を試みる。二十六本目が左腕をかすめた瞬間に局所的に加熱、テトラトへの影響を最小限にして槍を砕く。両脚を開き二十七、八本目を通過させる試みは一部失敗。二十七本目が右ふくらはぎを貫くも停止、二十八本目が上方へと通過する。二十六本目撃墜、二十七本目無力化。残り三本。


 この程度、この程度。そう言い聞かせる。


 脚がやられた影響か姿勢がふらつき始めた。上方で旋回した二十八本目、背後から偏差をつけつつも並行に二十九本目、三十本目が迫る。左右へ小火球を放つが、調整が雑だったからかうまく働かない。迫る槍からテトラトを守るべく抱きかかえ直し、両脚に意識を集中する。数秒後、二十八本目が鱗ごと背中を貫通し停止。テトラトを貫かなかったのは幸運だが、内臓がやられたかどうかは分からない。残る二本が両脚へ接触すると同時、爆破。脚の感覚が無くなったことに驚き一瞬目視すると、折れた槍が右のふくらはぎにも突き刺さっているようだ。しかしどちらとも破壊できている。二十八本目無力化、および二十九、三十本目停止。

 すべての槍をしのぎ切った。


「ははっ、どうにか、なったわ。私ってすごい……」


 自画自賛をしてみるが気休めにもならない。突き刺さった槍のせいか飛行のバランス感覚を失い、緩やかに高度が下がっていく。どうにか、この子供だけでも守り切らなくては。できるだけ開けた通りを探す。もう墜落は免れないので、せめて死なないような場所を選ばなくては。


 地表が近づいてくる。体を捻り、背中を下にして鱗で摩擦を受ける準備をする。刺さった槍の欠片がどうなるかは想像もつかないが、テトラトを下敷きにするわけにはいかない。うまくいかないかもしれない、と今更よぎったがその不安を十分に咀嚼することなくその時間がやってくる。


「カッ……」


 衝突の瞬間、使える限りの能力を使い衝撃を和らげるがそれでも息が詰まり視界が明滅する。超能力者は転がり、滑り、皮膚をズタズタに切り裂かれながら放置車両にぶつかって停止した。


「ゲ、ゲホッ。ぜぇ、ぜぇ……」


 肺は潰れていない。目も耳も生きている。脚は、駄目か……。激痛でとてもじゃないが動かせない。


「テト、ラト、くん」


 テトラトを呼び起こしてみるが意識はない。首や脇に手を当てると脈はあるので、一応まだ生きているようだ。


「よし、旧市街の入り口まで、行けば……」


 行く、とは。どうやって行くのだろう。脚はもう動かない。ダメージが集中していたのはふくらはぎだから膝立ちすれば何とかできるかもしれないが、バランス感覚すら無事か怪しいいまは避けたい選択肢だ。


「贅沢は言ってられないか」


 エネルギーを小さく放出し体重の負担だけでも小さくできないかと考えるが、放出の方向がふらついて定まらない。もしかしたら耳は聞こえているが三半規管はやられているのかもしれない。


「ぐっ、うぅ……」


 悲しさではなく単純な痛みによる涙が出る。だが立てる、どうにか立てた。あとは歩いて、目的地へ……。


「居たぞっ!」


 道の向こうから、路地から、スーツ姿のラスティ・ダイヤモンド兵が大量に出てくる。それぞれの手の甲にはすでに緑光を発している眼の紋様。追い付かれた。


「くぅっ!」


 すぐに攻撃が始まり、大量の結晶弾が集中的に撃ち込まれる。リリィはとっさに背を向けて放置車両の扉を溶断し、テトラトを中へ押し込めて再び扉を溶接した。結晶弾は背中の鱗を貫通しないものの確実に傷を増やしていく。頭に当たっていないのは幸運だった。


「調子に、乗るなぁ!!」


 自分を無理やり奮い立たせ、大雑把に爆発を放つ。兵士たちの攻撃は一瞬止んだが、リリィの攻撃がまともに狙いをつけられていないと分かると散発的に攻撃しながらじわじわと距離を詰めてくる。


「このっ、来るな!近寄るなっ!」


 炎の蛇、火炎球、爆風に熱風。ありとあらゆる手段で敵を薙ぎ払おうとするが、出力が上手くいかない。ただちょっと妙な技を使える女が駄々をこねて暴れているだけだ。耐熱性を付加しているのか結晶弾も上手く溶かせず、ガラス質の欠片が次々に身体中へ刺さっていく。


「う、うぁ……」


 爆発がきちんと起きているのかも、炎がちゃんと出ているのかも分からない。自分を立っているのかすらも。もはや現実を認識できない。

 強い衝撃があった。結晶弾を頭に受けたらしく意識が一瞬飛び、気がつけば仰向けに倒れている。角度が良かったのか、まだ死んではいない。


「はっ、このクソ女が。手こずらせやがって……」


 目の前にぼんやりと敵の顔が見える。突き刺すような深緑光。至近距離から頭へ結晶弾を叩きこむつもりだ。流石にもう助からない、頭を砕かれて終わりだ。化物だなんだと言って人間と同じ条件で死ぬのだから。


「た……」


 助けて、と言いたかった。命乞いではなく、誰か。

 声は出ない。処決屋の皆はまだあのホテルにいるだろう。

 誰でもいい、死にたくない。

 誰か……!


「―――から離れろ、この野郎っ!」


 乱入者か。

 目の前に見えていた敵兵の顔が消えている。誰かが殴りかかったらしい。視界の端で何か棒のようなものを振り回している人間がいる気がする。


「-リィさん大丈夫ですか?」


 誰だ。誰の声だ。店長(アイツ)か、アッシュか、それともアルトゼか……?そのどれとも違う。誰だ?目の焦点をどうにかして合わせる。男、男だ。前で二つに分けた髪と、眼鏡。ちょっと高めの声。


 ……いや、本当に誰だ!?


「あ、なた、は?」

「忘れちゃったんですか!?僕は依頼で……がっ」


 男はそこまで言ってどさっと倒れてきた。痛い痛いと泣き喚き、非常に重い。

 依頼……依頼だと?結晶弾を一発受けただけで泣き喚いている、こいつと知り合い……。

 首を回して辺りを見渡すと、そこには混乱が起きていた。


「うおおおおおおっ」

「何だこいつら、やめろっ……!」

「よっし一人倒し……ギャア!?ああクソ、痛ぇ~!!」

「暴徒だ!暴徒たちが一斉に……」


 暴徒……?

 周囲で突然兵士たちを襲い始めた人々の顔をよく見てみる。

 格好だけ不良で真面目さが抜けていないやつ。家から一歩も出たことが無いような見た目の男。

 ほほがこけ、くぼんだ目をした女。

 その他、本当に見たことが無い人たちもいるが、おおまかな共通点はただ一つ。


 過去に依頼で仲裁したいさかいの当事者たちだ……!


「な、なんで」


 思わずつぶやくと、まだ上に乗っている男が息も絶え絶えに耳打ちをしてきた。


「リリィさん、めちゃくちゃ目立っていたでしょう。俺ら突然の交通規制で何が起きたのかって思って外を見ていたら、飛んでいるあなたが見えたんです。何かと戦っているみたいで、興味本位で追いかけていたら落ちて……一時立ち入り禁止になっていたけど、無視してここまで来たらピンチみたいだったから力になれるかな、と」

「本当に?」

「困っている正義の味方を助けたら俺も特別な存在になれるかなって……」

「……漫画の読み過ぎじゃないの」


 誰でもいいから助けろと、そう願ったのは確かに自分だが。

 このように恩返しされることなんて、今まで一度もなかった。


「このアホども、あのガキを殺すことが任務だろうが!消耗しきったガキに何を手こずってやがる!」


 その声で奇妙な感情が吹き飛んだ。


「どいてっ!」


 眼鏡の男を脇にどけ、テトラトを隠した放置車両へまっすぐ向かう兵士を見た。暴徒たちも所詮は一般人。兵士相手に長らく抵抗はできず、リリィを助ける一瞬の隙を作っただけだ。手を向け、せめて足を止めようと小さな爆発を連発するが一発として当たらない。テトラトは何か能力を持っていたようだが、相手は大人の兵士だ。ましてあの状態では抵抗など……。


「テトラトくんっ……!」


 叫びもむなしく、兵士は車のドアに手をかける。リリィが応急的に溶接したおかげですぐには開かないが、結晶弾を用いれば窓からでも殺せる。今は焦っているあの兵士が少しでも冷静になれば終わりだ。兵士の左手が輝く。

 窓から手を突っ込み、中の少年を撃ち殺すべく。


「―――ッ!!」


 リリィは最初、目を疑った、耳も疑った。

 扉がわずかに光ったのを見た。

 聞こえない、音にならない音を聞いた。


「……」


 車の扉は粉となり、兵士の左腕はひじから先が消えている。何が起こったのかわからず、その場にいる全員の時が凍結した中で最初に声を出したのは腕を無くした兵士だ。


「お、おまえ『最初の吐息』はもう使えないって話じゃ……」

「喉が、やられていたから、ですか?どこから聞いたのか、ぼくは知りませんが……」


 テトラトは口をべぇと開けた。のどの奥から漏れ出す緑光と、舌の上に乗っている白っぽい塊。


「溶けて一つになっちゃっていましたけど、魔法で製造されたのど飴って、こんなに効果が、あるんですね。これなら、あと一回くらいは、出せますよ?」


 兵士の胴体に幾何学模様が浮かび上がる。あとはテトラトが息を吐くだけで、男はバラバラに分解されることだろう。兵士含め再び時が停止するも、すぐに動き出した。沈黙を破るサイレンによって。


「警察だ!誘拐犯どもは伏せろ、発砲は許可されている!」


 警察とは思えない乱暴な言葉だが、リリィにはそれに反応する力はもう残されていない。まるで押し寄せる波のように警察を名乗る部隊が通りを制圧した。制服の細部など、少し違う気がするが思い出せはしない。


「貴様がリリィ・カーマインか?まあ、見ればわかるが」


 覗き込んできた男もまた、警察のような制服に身を包んでいる。白っぽい髪は染めたのか、わずかに紫色を帯びている。明らかに顔つきはこの国のものではなく、ますます本物の警察なのかが疑わしい。


「あんた、何者……?」

「何者かと聞かれたらそうだな。警察ではあると答えよう。はるばる北から同胞を取り返しに来た、ちょっとした異国者(ストレンジャー)だがな」

次回で(比較的)長~いこの章も決着です。

正直いろいろ描写もれがある気がするので遡っての編集もたくさんあると思われます。

また、いずれキャラクターの掘り下げのために割り込み投稿を行う予定です。

ここまで付き合ってくれている数少ない読者さんたちには苦労を強いますが、その折にはよろしくお願いします。

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